この作品に登場するアイドル、また、それに関連する芸能事務所や企業、業務内容、イベントは本作オリジナルのものであり、現実のものとは異なります。
この冬に、アイドルを堕とします。 第一章 第六話
アイドルと言っても、多種多様である。その中でも美空玲奈は異質の才を持っているそうだ。奴について軽く調べてみたが、どうやら一昨年にデビューし、昨年に音楽祭での優勝を果たしたらしい。
そんな奴は無論初めてで、一躍時の人となった。その癖、奴の才能はバラエティに富んでおり、声優業やモデル業、芸能番組への出演と幅広く足を広げている。
まさかこんなに凄い奴だとは思いもしなかったが、それだけに疑問もある。
「ふー」
この日、奴は朝から歌の練習をしていた。音楽祭に向けて……ではなく、今度リリースする新曲の練習だそうだ。
「どうだった?」
一頻り歌い終わって、壇上から降りてきたかと思えば、感想を求めてきた。
「流石は音楽祭優勝者様。素人目にも凄いって分かる」
そう言うと、奴は目を丸くした。
「私のこと調べてくれたんだ」
「少しだけな」
「なら、尊敬する気になった?」
「そう言う余計な一言がなければな」
クスクスと奴は笑う。
「気になったんだが、いつも一人で練習してんのか」
「そうだけど、何?」
「普通こう言うのってボイスコーチ……みたいな奴に教わるんじゃねえの?」
「あーね。私もデビュー前はそうだったよ。毎日毎日、呆れるぐらい五月蝿く言われてねぇ……あの時は辛かったなあ」
ごほんと咳払いを挟む。
「今、私に歌を指導出来る人がいるのなら是非探してみたいくらいだね」
「なるほど、そう言うことか」
大した自信だ。
相当自分の実力を信じているのだろう。
しかしこの手の奴は、一度の失敗や挫折に弱いと聞く。もしコイツを堕とすのであれば……。
頭を振る。
何もコイツである必要はない。他にも駒は幾つもある。しかしどの道、波留プロに所属しているアイドル共を知る必要がありそうだった。
差し当たって、どうするか。
「まさか波留プロのアイドルが、どいつもコイツもお前みたいなわけじゃないだろ?」
「そりゃそう。寧ろ、私だけだね」
「お前目線、才能ない奴っている?」
「それ、どういう意図の質問?」
「そんな怪訝そうな顔すんなよ。ただ、お前以外にどんなアイドルがいるのか気になっただけだ」
「私から他人への陰口悪口を引き出そうとしてない?」
「そんな意図はない」
尚も眉を潜めるも、奴は口を割ってくれる。
「それこそ君が昨日出会った
「出会った?そんな名前知らねえぞ」
「いきなり倒れて運ばれていった子。分かるでしょ」
「ああ」
アイツか。
「一応、あの子、元々は有名な子役だったんだよ。今はまぁ……こうしてアイドル活動をしていることさえ知ってる人は少ないんじゃないかな」
「オワコンってやつか」
「芸能界ってそんなもんだよ。たった二、三年でも最前線から離れれば、誰の記憶からも忘れ去られる。本人は頑張っているみたいだけど、どうかなって感じ」
敢えて言葉を濁した風であった。
才能がないと断言するのは憚られるのだろう。
「まぁ、枕に逃げないだけ偉いと思うけどね」
枕か。その辺の業界事情も聞いておくべきかも知れない。
「枕営業って実在するんだな」
「あ、夢壊しちゃった?」
わざとらしく煽るような口調だった。
「いや、お前らが純潔かどうかなんて一ミリも興味ねえよ。きめえオタクじゃあるまいし」
「敵を作る発言するなぁ。私の前ならいいけど、他の人の前でそんな発言しないでよね。責任を負うのは私なんだから」
「分かってる」
ジト目をされた。
「こう言う人気商売で食っていくのって結構難しいんだよ。デビューしたての子とかはそれこそ他に副業もしなきゃ生活さえままならない。人気が付けばいいけれど、上位互換が無数にいるこの界隈でメディアに映るのって難しくてね。でも、露出の機会がなければ人気も付かない」
「まるで詰みゲーだな」
「音楽祭はそういう子にも平等にスポットが当たるからいいよね。でも、実際音楽祭に出るには高い歌唱力が必要だから……まあ、楽に人気を得るには枕をするのが一番の近道なんだよ」
「今人気のアイドルで枕してた奴っているのか?」
「さてね。言及はしないよ」
……いるんだろうな。
ステージの上じゃ光塗れなアイドルも、業界全体で見れば真っ黒な闇を抱えているって訳だ。
*
幸いにも俺は美空玲奈に仕事の時間を拘束されなかった。奴は最悪例の写真について、俺の口止めさえ出来ればいいのだろう。故にマネージャーとは口だけで、放任気質であった。
そのおかげで、自由に動ける。まともに奴のマネージャーをしていたら八木麗琴美と知己の仲になる事さえ難しいだろう。
——そう。俺が狙うのは
理由は単純。
「あ?いない?」
「そ。本来この時間は歌の練習だったらしいけど、体調が優れないんだってさ。ま、昨日倒れるほど無理してたみたいだし仕方ないんじゃないかな」
「で?八木麗琴美は家にいるのか?」
「こっちに来てはいるらしいよ。琴美ちゃんの控室にいるんじゃないかな」
「なるほど」
ならば、早速向かうとしよう。
「それで?
部屋を出て行こうとした時、後ろから声がかかる。振り返って見れば、奴は怪訝に俺を見つめていた。
……こいつ。嫌に鋭いな。
まさか、俺が八木麗琴美をソープで働かせようとしている……とバレたわけでは無いだろうが、今の会話の流れでこうも嫌疑の目を向けてくるのか。
「別に。ただ、なるべく色んなアイドルと顔見知りになった方が仕事もし易いだろう?」
「ふーん?」
別に嘘はついていない。仕事と言っても、マネージャーではなくお姫様から命令された俺個人の仕事だが。
「それじゃあな」
美空玲奈を無視して部屋を出た。
*
「って、いねえじゃねえか」
八木麗琴美の控室はもぬけの殻だった。
まさか美空玲奈が俺を騙そうとくだらない嘘をついた訳じゃあるまい。鍵も掛かっていないし、どこかに足を運んでいるのだろう。
この広大な施設の中を探し回らなくてはいけない。八木麗琴美を見かけた奴がいないか聞き回った方が早そうだ。
そうして、時間は掛かったものの俺は八木麗琴美を見つけた。場所は事務所横の裏路地を抜けた先のちょっとした空間。裏庭と呼ぶのが適当だろう。そこにはベンチや自販機などの憩いの設備が備えられていた。
俺はあくまで休憩がてら立ち寄った風を装い、裏庭に立ち入った。
視線を感じつつも、それを無視して自販機でコーヒーを買う。
「ちょ、ちょっと!」
「ん?」
耐えきれなくなったのか八木麗琴美の方から話しかけてきた。
「あんた、なんでこんな所にいるの?今、仕事中でしょ?」
仲を深めたいのであれば、敬語で話すべきではないか。
「八木麗さんと同じで休憩だよ。息抜きは大事だろう?」
「わ、私は……」
違和感があった。
なんだか俺のことを知っている風だ。
「俺、飯島悠斗。美空玲奈の新しいマネージャー」
明るい風を装う。
「……知ってる。ちょっとした有名人よね。あなた」
「え?」
それは知らないぞ。
「玲奈ってここ一年ぐらいマネージャーが居なかったもの。そんな玲奈のマネージャーが入ったばかりの新人ってだけに、色んな噂が付いてるわ」
「そうなのか」
しかしマネージャー無しって普通あり得るのだろうか。……いかんいかん、今は美空玲奈より八木麗琴美に集中しなくては。
「八木麗さんもサボりか?」
「『も』ってことは、あなたはサボりなのね。入って早々よくサボる気になれるわね」
「文句があるならそれを黙認している美空玲奈に言ってくれ。俺は悪くない」
「変な奴……。変人のマネージャーもまた変人か」
何でコイツなんかに変人扱いされなきゃいけないんだ。そう口を尖らせたくなるが、抑える。
「ってか、勘違いしてるようだけど、私サボりなんかじゃないし!」
「違うのか」
「あなたと一緒にしないでよ。私はあくまで気分がすぐれなくて休んでるの」
そこは譲れないらしい。
「そういえば昨日、倒れたって?」
「聞いたの?」
「まあ。無理したんじゃないかってさ」
「……盛大にね。丁度昨日はフリーだったから朝から夕方までぶっ続けて歌ってたんだけど……。正直、あんまり覚えてないのよね。周りの人曰くロビーあたりで倒れてたらしいけど、そこまで歩いた覚えないし……」
過労のせいで意識が曖昧になっていたのだろう。
「よくそんなボロボロになるまで練習出来るな」
「こんなの、普通だから……。上手くなる為には練習が必要なの。常識でしょ」
語気は強めだが、いかんせん元気がない。アイドルだと言うのに、コイツからは覇気が感じられない。
いや、むしろ美空玲奈が異常なのか。アイツを基準に比べてはいけない気がした。
「音楽祭ってそこまでして出たいものなのか」
「っ、出たいに決まってるでしょ!?」
感情が露わになる。
周囲の空気がひりついた。
俺は降参だと言いたげに両手を上げた。
「怒らせたなら悪い。俺、何も知らないんだ。美空玲奈に無知蒙昧って馬鹿にされたぐらいでさ」
「……そっか。そうよね。ごめん。はぁ、頭回ってない。こんなのを煽りだと勘違いするなんて、やっぱ疲れてるな、私……」
落ち込んでいた。
「疲れてる時って感情的になっちゃうよな。分かる」
「……」
「俺もさ、あんまりに疲れてると後先考えずに本心を言っちゃう癖があってさ。結構前に命を落としかけたよ」
「命をって、ふふっ、冗談でしょ?」
「ははは」
彼女の顔に浮かぶ気まずさが苦笑によって消える。カバーは出来たらしい。
……まあ、冗談ではなく本当の話なんだが。
「うん、……よし」
ベンチから腰を上げ、八木麗琴美は身体を伸ばした。
「休んだら少しマシになった。練習に戻るわ」
「そうか。それはよかった」
「……あなたも、あんまり長くサボりすぎないことね。幾ら今は玲奈が黙認していようと、いずれ自分の首を絞めることになるもの。それじゃ」
軽く手を振って、八木麗琴美は表通りへと姿を消していった。その後ろ姿を見送り、俺は空を見上げてぼんやりと深い溜息を吐いた。
「あー、酒飲みてぇな」
そう言いつつ、缶コーヒのほろ苦さを嗜むのだった。
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