この冬に、アイドルを堕とします。   作:ゴスちゃん

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注意

この作品に登場するアイドル、また、それに関連する芸能事務所や企業、業務内容、イベントは本作オリジナルのものであり、現実のものとは異なります。


第八話 朝起きたら知らない女がベッドで寝ていた件について

この冬に、アイドルを堕とします。 第一章 第八話

 

 

 目が覚める。寝起き早々、ガツンと殴られたような痛みが頭を襲う。

 

「う、流石に飲み過ぎた……気持ち悪いぃ……」

 

 華金だからと張り切って居酒屋に行ったのだが、やけ酒をかまし過ぎたらしい。らしいと言うのは記憶が曖昧だからだ。正直、店を出た記憶さえない。だが、家にいるということはちゃんと金を払って帰ったのだろう。

 

「はぁ、毎度毎度後になって悔やむと言うのに、なんでやめられないんだろうな」

 

 そんな独り言と共に凝り固まった身体を伸ばそうと、腕を広げる。

 

「あ?」

 

 むにゅりと、何か生暖かくて柔らかな感触がすぐ隣にあった。

 目を向ける。

 

「……女だ」

 

 ベッドに肌着のはだけた下着姿の見知らぬ女が寝転がっていた。

 はあ、女ですか。

 

 ……ん?女?

 

「俺、幻覚でも見てんのか……?」

 

 頭痛がひどい。

 女を家に連れ込んだ記憶なんてない。

 いや、それどころか昨晩の記憶は居酒屋で酒を飲んだ以降丸ごとない。

 

「おいおいおいぃ……、まじかよ」

 

 血の気が引く。一気にぼやけた頭が醒めた。

 

「嘘だろ……そんな、俺……」

 

 状況証拠という言葉がある。

 誰がどう見ても、これは、俺が見知らぬ女を家に連れ込んで犯した後だ。

 記憶がないとは言え、それ以外に考えられない。酒癖が悪い自覚がある。それだけにそんなことはあり得ないと否定できなかった。

 

「同意なのか?いや、同意じゃなかったらやばいけど……」

 

 もしも俺が酒に酔って、欲望のままに見知らぬ女を家に連れ込んで無理矢理犯したのであれば、ただの犯罪者になってしまう。牢獄行き確定だ。

 

「あぁ……ええと、どうすれば……」

 

 俺は酷く動揺していた。捕まるかもしれない。そんな可能性に、よからぬことさえ頭に浮かぶ。

 

「ん、ぅぅ……んー?」

「あ」

 

 慌てふためく俺の気も知らず、女は目を覚ました。

 

 ……終わった。

 

 悟る。人生の幕引きを。視界が黒く染まる。走馬灯のようなものが脳裏を流れる。

 

 俺も、もっとマシな人生を送りたかった。来世ってあるのだろうか。

 

「あの」

 

 女の声が耳に届く。

 

「そこの人……ちょっといいか?」

 

 恐る恐る顔を上げるも、焦点が女に合わなかった。ぼやけた頭で今後のことを考える。

 

「一つ、尋ねたいことがあるのだが」

 

 それでも、女の声だけははっきりと聞こえた。女らしくない男っぽい口調だと思った。

 

「私は誰なのだろうか」

「…………は」

 

 刹那、絶望に暮れた俺の視界に一条の光が差した。

 

*

 

 一つの小さな部屋に男女が二人。

 テーブルを挟むようにして俺と女は向かい合った。

 

「で?自分の名前も、年齢も、仕事も、家族さえも分からないと?」

「……どうやら、そのようだ」

 

 女は頭に手を当てて、苦悶の表情を浮かべていた。恐らく思い出そうとすると頭の中が霧がかってしまうのだろう。自分の名前すら忘れている辺り、重度の記憶障害があると見て良さそうだ。

 

「俺のことも、覚えてないのか」

「……申し訳ない」

「そうか……」

 

 俺は悲しむ風に俯いて見せ、心の中でほくそ笑んだ。

 コイツにとっては不幸極まりないだろうが、俺にとっては都合の良いこと極まりない。

 もし俺がコイツを犯していようが、加害者である俺は勿論、被害者当人も覚えていないのであれば、無かったも当然と言える。

 

 だがしかし、この狭いアパートの一室で就寝を共にしたという事実はある。

 

「あの、私とあなたはどのような関係だったのだろうか」

 

 考えろ、俺。

 言葉を選ぶ必要があった。

 異性が生活を共にしている状況だ。相当仲のいい間柄でなくてはいけない。

 しかしながら、そうすると俺がコイツの家族構成連絡先といった家庭事情や、住所仕事含めた生活事情を知っていなければ違和感が生まれる。

 仲のいい間柄でありながら、事情を素知らぬ背後関係。

 矛盾がないかどうか確認しつつ、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「別になんてことない関係だ。家出したとか言って夜も遅い時間にこの辺を彷徨いてたお前に一時的に部屋を貸していた身だ」

「家出、していたのか?私は」

「実際のところは俺も知らない。ただ、他ならぬお前自身がそう言ってたからな」

「……その、あんな格好だったが」

 

 今はともかく、寝起き直後は下着姿であった。

 

「ま、同じ部屋で男女が暮らしてれば、そういう関係になることもあるだろ」

「そう、か……」

「嫌か?」

「いや、別に……。ただ、どれもこれも身に覚えがないせいで、他人事のように思えて……。そういえば、私の名前は?」

 

 名前か。

 下手に今フルネームを定めると、個人の特定に繋がりやすい。後になって偽名だったと言い訳は出来るだろうが、面倒事になりそうだ。

 となれば……。

 

「ミナカって言ってたな」

「ミナカ?」

「苗字は知らん。トラウマ持ちなのか分からんが、あまり自分の事を話したがらなかったしな」

「はあ……みなか……ミナカ……」

「何か思い出せそうか」

「いや、全く。どういう字で書くのだろう」

「悪いがそれも知らない」

 

 そう言うと、女は……ミナカは目を落とした。

 

「それで、どうするんだ?」

「どうするって言われても……」

「薄々察していると思うが、俺とお前は身体の関係はあっても別にそこまで親しいわけじゃない。俺はあくまで部屋を貸してる身だ。お前がここを出て行こうが、行かなかろうがどうでもいいんだ」

「病院には」

「生憎、俺は大の病院嫌いでね。行くなら一人で勝手に行ってくれ」

 

 非情に感じるかもしれないが、俺が病院嫌いなのは本当のことだ。

 

「……事情は分かった。では、あなたが良ければ記憶が戻るまでの間、ここに居てもいいだろうか」

「ん、は?」

 

 つい、俺は目を見開いた。正気かと言いたくなった。

 

 敢えて冷たく見放すような言葉を選んだのは、とっととどこかに消えて、俺との関係を白紙にして欲しかったからだ。万が一でも記憶を取り戻したら、訴えられかねない。

 

「ダメ、だろうか」

 

 断りたい。だが、初めに『出て行こうが出ていかなかろうがどうでもいい』と言ってしまっている。

 詰めを誤った。こういうところで己の未熟さを自覚する。俺は心の内で深く溜息をついた。

 

「……いいよ。ただし、条件がある」

「条件?」

「こちとら慈善事業じゃないんだ。ここに住むのなら最低限家事と炊事はしてもらうぞ」

「それは、当然だ。お世話になる身なのだから、それぐらいさせてもらう」

 

 しかしまあ、頭のおかしなアイドル共に比べたらまともな性格をしている。

 薄くピンクがかった長い白髪に、紅い瞳、白く小さな整った顔は、アイドル顔負けの上物と言える。

 胸は大変小ぶりだが、こういう女を側に置いておくというのも案外悪くはないかもしれない。

 

「じゃ、決まりだな。これからよろしく頼む。俺は飯島悠斗(いいじまゆうと)だ」

「こちらこそ、よろしくお願いする。……悠斗」

 

いきなり下の名前で呼んでくるか。

まあいい。

 

「でも、良かった。身体を差し出せとか言われたら、その、困っていたところだ」

「そうしたいならそれでもいいが?」

「え、遠慮しておく……」

 

*

 

 ミナカがウチに住むにあたって、生活用品の買い足しが急務になった。着替えや洗剤、タオル、その他諸々。

 ベッドも二人で使うには小さいため、もう一セット寝具を買う必要があった。

 出費額は見積もりの段階でも相当だった。

 

「お金は足りるのだろうか。一度の出費としてはかなり大きいように思えるが」

「なあに心配がいらん。アテがあるんだ」

 

 任せろと言わんばかりに俺は携帯を取り出し、美空玲奈(みそられいな)に電話を掛けた。意外にも一コール目で繋がる。

 

「もしもし飯島くん?」

「ああ、……朝から元気いいな」

「休日だからね。ビバ!休日!」

 

 変なテンションだった。

 

「で?何用?まさか飯島くんから電話を掛けてくれるとは思わなかったけど」

「お前さ」

「うん」

「確か、生活の変化によって生じる諸々の出費は私が負担しよう!って言ってたよな?」

「え?いきなり何?」

「言ってたよな??」

「んー言ったっけ?」

 

 舐めた返事が返ってきた。コイツ、まさかしらを切るつもりか?

 

「ぶっ飛ばすぞ、おい」

「ごめんごめん、言った言った。言いましたよ。で、何?」

「十万ほど必要になった。くれ」

「……おお、いきなりだね」

「それはすまん」

「なんだかパチンコにハマった彼氏からお金をせびられてる気分なんだけど」

「勝手に俺を彼氏にすんな。殺すぞ」

「そういう例えだってば」

「例えでも気持ち悪いわ」

「うわひどーい、仮にも人気アイドルにそういう例えを出されて喜ばないってあり得ないんだけど!実は飯島くんってゲイだったりする?」

「ざけんなヤリマン」

「うわーん!さいてー!」

 

 しかしいかんな。コイツと話してるとつい小言が多くなって話が本筋から逸れてしまう。

 息を整える。

 

「で、くれるのか?くれないのか?」

「あー…まあ、別に構わないんだけど、一応それなりの額面のやり取りな以上、必要経費として処理するから、買ったものの領収書は送ってね」

 

 そういうところはちゃんとしやがる。

 

「前払いは無理か」

「十万も手持ちないの?」

「いやあるけど」

「ならいいじゃない」

「預金残高がズバって減るの気分悪いんだよな」

「ワガママだなぁ。ったく、いいよ。じゃあ今回は私から君への少し早めのクリスマスプレゼントってことにしといてあげる。十万振り込んでおくから、感謝するように」

「ああ、助かるよ。感謝する」

「なんだ、君って他人に感謝出来るんだ」

「俺のことなんだと思ってんだ」

「堅物男」

「あぁ!?」

「じゃ!また月曜!」

 

 通話が切れた。

 

「ええと、変わった友人だな」

 

 ミナカの頬が引き攣っていた。

 喧嘩口でヤリマン発言は流石に誤解されかねない。

 

「まあ、うん、変わった奴ではある」

 

 否めなかった。

 

「だが金は大丈夫そうだ。これで気兼ねなく買い物が出来る」

「はあ」

「ボケっとしてないでとっとと行くぞ」

「え?あ、ああ」




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