ポケモン現代入り(非公式二次創作)   作:生獣(なまけもの)

2 / 23
閑話「日本政府は、未来を知る」

 

 

 七月。

 

 東京都内、某所。

 

 会議室の壁には、日本地図が映し出されていた。

 

 北海道が赤く塗られている。

 

 その横には、ある日付。

 

『7月1日』

 

 そして、その下には。

 

『シンオウ地方由来のポケモン出現』

 

「……一致しましたね」

 

 若い職員が呟いた。

 

 誰も返事をしなかった。

 

 既に分かっていたことだからだ。

 

 正確には、分かっていたつもりだった。

 

「北海道内で確認された新種の数は?」

 

「現時点で百種類を超えています。全てではありませんが、提供された資料に記載された種類との照合が進んでいます」

 

「未記載の種類は?」

 

「今のところ、明確に該当しないものは確認されていません。ただし個体差や進化形態の問題もありますので、引き続き調査中です」

 

「……そうですか」

 

 会議室の中央。

 

 一人の男性が資料を閉じた。

 

 その表紙には、簡潔な文字が記されている。

 

『匿名情報提供者に関する報告書』

 

 最初は、ただの怪文書だと思われていた。

 

 突然現れた未知の生物。

 

 それをポケモンと呼び、種類や特徴、危険性まで説明する正体不明の人物。

 

 当初は半信半疑だった。

 

 しかし、提供された情報は実際の観測結果と一致した。

 

 ポケモンの名前。

 

 進化前後の関係。

 

 毒や麻痺などの状態異常。

 

 捕獲方法。

 

 そして、モンスターボールの技術。

 

 そのどれもが、現実に応用できるものだった。

 

 やがて、政府が受け取る資料は増え続けた。

 

 そして六月。

 

 ついに、全国図鑑に相当する膨大な資料が送られてきた。

 

「……改めて聞きます」

 

 男性が口を開く。

 

「この情報提供者は、一体何者なんですか?」

 

 沈黙。

 

 誰も答えられなかった。

 

「少なくとも、普通の研究者ではありません」

 

 別の職員が発言した。

 

「ポケモンについて、我々より遥かに多くの情報を持っています。それも、未確認の種類まで含めてです」

 

「未来から来た人間だとでも?」

 

「そういう意見もあります」

 

「本気で言っているんですか?」

 

「本気かどうかはともかく、現時点で完全に否定できる材料もありません」

 

 会議室が静かになる。

 

 馬鹿げた話だ。

 

 未来人。

 

 異世界人。

 

 あるいは、ポケモンを生み出した存在。

 

 そんな仮説が、真面目な会議の資料に並んでいる。

 

 数か月前なら笑い話で終わっていただろう。

 

 だが、今は違う。

 

 そもそも、ポケモンという生物自体が、数か月前まで地球上に存在していなかったのだ。

 

「重要なのは、正体よりも目的でしょう」

 

 年配の職員が口を開いた。

 

「少なくとも、これまで提供された情報には、人命を守るためのものが多く含まれています」

 

「それは事実です」

 

「一方で、伝説や幻と分類されたポケモンについては、情報の扱いに制限を求めている」

 

「危険性が高いからでしょうか」

 

「そう考えるのが自然ですが、本人に確認したわけではありません」

 

 男性は腕を組んだ。

 

「……つまり、我々は相手の善意を信じているわけですね」

 

「今のところは」

 

 短い返答。

 

 だが、会議室にいる全員が理解していた。

 

 日本政府は、正体不明の人物から送られてきた資料を利用して、ポケモンへの対策を進めている。

 

 その資料がなければ、これまでにどれほどの被害が出ていたか分からない。

 

 しかし、相手が誰なのかも分からない。

 

 何を目的にしているのかも、完全には分からない。

 

 そして何より。

 

「……この人物は、我々のことをどこまで知っているのでしょうか」

 

 誰かが呟いた。

 

 情報提供者の追跡は、何度も試みられていた。

 

 日本国内だけではない。

 

 海外でも、その正体を探る動きがある。

 

 だが、成果は乏しい。

 

「通信経路の解析は?」

 

「進展なしです」

 

「本当に?」

 

「はい。追跡を試みると、途中で経路が遮断されます」

 

「遮断?」

 

「通常のセキュリティシステムとは挙動が異なります」

 

 担当者が画面を操作する。

 

 そこには、複雑な通信経路が表示されていた。

 

「こちらが追跡を開始すると、相手側が即座に反応します」

 

「自動防御システムですか?」

 

「その可能性はあります。ただ……」

 

「ただ?」

 

「こちらの解析手法に応じて、防御方法を変えているように見えるんです」

 

 男性が眉をひそめる。

 

「……人間が操作している?」

 

「分かりません。ただ、対応が非常に速い」

 

 担当者は少し言いにくそうに続けた。

 

「こちらの試行を、向こうが観察しているようにも見えます」

 

 会議室が静まり返った。

 

「……つまり」

 

 男性がゆっくりと言う。

 

「我々が相手を調べているつもりで、逆にこちらの手の内を見られている可能性があると?」

 

「否定はできません」

 

「……厄介ですね」

 

 実際には、北海道のとある家でポリゴン2が追跡を遮断しているだけなのだが。

 

 当然、政府側がそんな事情を知るはずもなかった。

 

 

 

 会議は次の議題へ移った。

 

『北海道におけるシンオウ地方由来ポケモンへの対応状況』

 

「まず、道内の状況を説明してください」

 

「はい」

 

 担当者が立ち上がる。

 

 画面に複数の写真が表示された。

 

 コリンク。

 

 ビッパ。

 

 ムックル。

 

 スボミー。

 

 そして、フカマル。

 

「住宅地周辺では比較的小型のポケモンが確認されています。一方、山間部では大型種の目撃も増えています」

 

「危険度の高い種類は?」

 

「ガブリアス、カバルドン、ドサイドンなどについて、特に注意が必要とされています」

 

 画面が切り替わる。

 

 そこには、政府へ提供された資料を基にした危険度の評価が並んでいた。

 

「ガブリアスは高速移動能力と高い攻撃力を持つとされています。資料上では、空中を高速で移動する可能性にも言及されています」

 

「……飛ぶんですか? あの体格で?」

 

「提供資料では、そうなっています」

 

「確認は?」

 

「現時点では、そこまでの飛行能力を持つ個体の確認はできていません」

 

 別の職員が資料をめくった。

 

「カバルドンは?」

 

「砂を大量に放出する能力があります。住宅地付近に定着した場合、交通や設備への影響が懸念されます」

 

「ドサイドンは?」

 

「こちらは……」

 

 担当者が一瞬、言葉に詰まった。

 

「岩石を弾丸のように発射する能力があると記載されています」

 

「……岩石を?」

 

「はい」

 

「どの程度の威力ですか?」

 

「資料には、人体への直撃を想定すべきではない旨が記されています」

 

「でしょうね」

 

 誰かが小さくため息をついた。

 

 ポケモン。

 

 かわいらしい生物も多い。

 

 人間と共存できる種類もいる。

 

 しかし、その一方で。

 

 現代の社会基盤では、到底想定されていなかった能力を持つ生物が存在する。

 

「……これが北海道に現れたわけですか」

 

「はい」

 

「しかも、今後は海外でも同じことが起きる」

 

「提供された予定表が正しければ」

 

 男性は目を閉じた。

 

 四月、カントー。

 

 五月、ジョウト。

 

 六月、ホウエン。

 

 七月、シンオウ。

 

 ここまでは一致している。

 

 そして、次は八月。

 

 イッシュ地方。

 

 ニューヨーク都市圏。

 

「……アメリカ側との情報共有は?」

 

「進めています。ただし、提供者が公開を制限した情報については取り扱いを分けています」

 

「先方は納得していますか?」

 

「必ずしも」

 

「でしょうね」

 

 アメリカだけではない。

 

 中国。

 

 ロシア。

 

 欧州各国。

 

 今や世界中が、ポケモンと正体不明の情報提供者に関心を向けている。

 

 日本政府が抱えているのは、単なる未知の生物の問題ではなかった。

 

 外交問題でもあり、科学技術の問題でもあり、国家安全保障の問題でもある。

 

「……それで」

 

 男性が尋ねた。

 

「例の情報提供者から、最近何か連絡は?」

 

「ありません」

 

「追加資料も?」

 

「現時点では」

 

「……そうですか」

 

 少し考える。

 

 そして、男性は言った。

 

「こちらから接触を試みる方法は?」

 

「確実な方法はありません」

 

「仮に連絡できたとして、何を伝えますか?」

 

 その質問に、男性は答えられなかった。

 

 情報をもっと送ってほしい。

 

 正体を明かしてほしい。

 

 政府に協力してほしい。

 

 どれも、言いたいことではある。

 

 だが、相手は既に膨大な情報を無償で提供している。

 

 しかも、自分の正体を隠すために相当な労力をかけているらしい。

 

 そこへ、さらに要求を重ねる。

 

 果たして、それが適切なのか。

 

「……現状維持としましょう」

 

 男性は結論を出した。

 

「こちらから無理に追いかけるのは、少なくとも今は得策ではありません」

 

「追跡調査は?」

 

「必要な調査は続けます。ただし、相手との関係を壊すような強引な手段は避けてください」

 

 職員たちが頷いた。

 

 そして、男性は最後にこう付け加えた。

 

「何より、提供された資料を活用することです」

 

 画面に映し出された北海道の地図。

 

 その上には、数多くのポケモンの目撃情報が重なっている。

 

「相手が何者であれ、我々には仕事があります」

 

 

 

 会議終了後。

 

 二人の職員が廊下を歩いていた。

 

「……しかし、本当に何者なんでしょうね」

 

「例の情報提供者か?」

 

「はい」

 

「さあな」

 

「未来人説、どう思います?」

 

「信じてない」

 

「ですよね」

 

「ただ、ポケモンが現れる前なら、ポケモン自体を信じてなかっただろうな」

 

「……それもそうですね」

 

 二人はしばらく黙って歩いた。

 

 やがて、若い職員が口を開く。

 

「もし会えたら、何を聞きます?」

 

「俺なら?」

 

「はい」

 

「……そうだな」

 

 少し考える。

 

「まず、礼を言うかな」

 

「……礼?」

 

「資料がなかったら、もっと死人が出てただろうからな」

 

「……確かに」

 

「その後で聞くよ」

 

「何をです?」

 

 年配の職員は苦笑した。

 

「あんた、一体どこでそんなこと全部調べたんだってな」

 

 

 

 同じ頃。

 

 北海道。

 

「……あー、くそっ」

 

 俺はパソコンの前で頭を抱えていた。

 

『ポリ?』

 

「いや、バンギラスの食料なんだけどさ」

 

 画面には、大型ポケモン用の飼料についての資料が表示されている。

 

 その横には、岩石や鉱物の成分についてのページ。

 

「……こいつ、何食うんだろうな」

 

『ポリ』

 

「いや、木の実は踏み潰されたし」

 

 先日の訓練。

 

 バンギラスは相変わらずこちらを威嚇していた。

 

 近づけば攻撃される。

 

 指示は聞かない。

 

 傷の確認も満足にできない。

 

 それでも、岩塩を少しかじった。

 

 ただ、それだけだ。

 

「……先は長そうだなあ」

 

 俺はため息をついた。

 

 そして、ふとニュースサイトを開く。

 

『政府、北海道の野生ポケモン対策を強化』

 

「……お」

 

 記事を読む。

 

 新たなポケモンの生息調査。

 

 自治体との情報共有。

 

 危険種への対応。

 

 どれも、俺が渡した資料を参考にしているらしい。

 

「……ちゃんと使ってくれてるんだな」

 

『ポリ!』

 

「よかったよかった」

 

 俺は画面を閉じた。

 

 政府が今、俺の正体についてどんな議論をしているのか。

 

 どれほどの人間が資料を分析しているのか。

 

 そんなことは知らない。

 

 というか、できれば知らないままでいたい。

 

「……まあ、あとは任せよう」

 

『ポリ』

 

「俺には俺の問題があるし」

 

 机の上に置かれたモンスターボールを見る。

 

 バンギラス。

 

 レベル58。

 

 山を崩す怪獣。

 

 そして、俺の言うことを全く聞かないポケモン。

 

「……政府も大変だろうけどさ」

 

 俺はボールを持ち上げた。

 

「こっちも結構大変なんだよなあ」

 

『ポリポリ』

 

「……笑うなって」

 

 日本政府が世界の未来について議論している頃。

 

 その未来を知っているらしい男は。

 

 今日も、バンギラスの餌について真剣に悩んでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。