朝六時。
目覚まし時計が鳴るより先に、窓の外から声が聞こえてきた。
「ポポッ!」
「分かった、分かった。まだ早いべ」
父さんとポッポだ。
窓の外を見ると、父さんが作業着姿で畑へ向かうところだった。
その少し上を、ポッポが飛んでいる。
「……元気だなぁ」
まだ眠い。
昨日も帰ってきたのが遅かった。
バンギラスの様子を見に行っていたせいだ。
結局、昨日もまともな交流にはならなかった。
岩塩は食べた。
ただし、俺が近づくと唸った。
それだけである。
「……まあ、食べてくれただけマシか」
『ポリ』
スマートフォンからポリゴン2が顔を出した。
「おはよう」
『ポリポリ』
「今日は午前中、家にいるから」
そう言って布団へ戻ろうとしたところで、廊下から母さんの声がした。
「起きてるなら朝ご飯食べなさい!」
「……はい」
寝直す計画は失敗した。
◆
朝食を食べ終わる頃、父さんが一度戻ってきた。
肩にはポッポ。
靴には土。
いつもの姿だ。
「お、起きてたか」
「起こされた」
「そうか」
父さんは手を洗いながら笑った。
「今日は暑くなりそうだぞ」
「まだ七月なのにね」
「七月だからだろ」
「それはそう」
ポッポが父さんの肩から飛び立ち、テーブルの端へ降りた。
「ポポッ」
「お前も朝飯か?」
「ポォ」
父さんが小皿を取り出す。
ポッポ用の餌だ。
最初の頃は俺が量を決めていたが、今では父さんが普通に用意している。
「最近、よく食べるんだよな」
「飛ぶ時間増えたからじゃない?」
「そういうもんか」
「たぶん」
「お前でも分からんことあるんだな」
「そりゃあるよ」
父さんは特に気にした様子もなく頷いた。
実際、分からないことは山ほどある。
ゲームの知識があるからといって、この世界でのポケモンの生活を全部理解しているわけじゃない。
特に食事の量なんて、活動量や個体差で変わる。
父さんが毎日見ているなら、そっちの方が正確なこともあるだろう。
「そういえば、畑どう?」
「ん?」
「鳥とか」
「ああ。減ったぞ」
父さんはポッポを見た。
「こいつがよく見てるからな」
「ポポッ!」
「前は朝になると結構来てたんだが、最近は少なくなった」
「追い払ってる?」
「そうだな。近づいてくると飛んでいく」
父さんが手で羽ばたく仕草をする。
「ただ、遠くまで追いかけるなって言ってある」
「それでいいよ」
畑の警備とはいっても、野鳥と戦わせたいわけじゃない。
近づいてきたら追い払う。
何かあったら父さんに知らせる。
それで十分だ。
「たまに俺の方を見て鳴くんだよ」
「へえ」
「何かいるのかと思って見に行ったら、カラスがいた」
「ちゃんと教えてくれてるんだ」
「そうみたいだな」
父さんがポッポの頭を撫でた。
「助かってるぞ」
「ポォ!」
嬉しそうに鳴く。
……随分と仲良くなったな。
最初は俺が捕まえたポケモンだったのに、今では完全に父さんの相棒だ。
まあ、いいことだろう。
◆
午前八時。
特に急ぎの用事もなかったので、畑の方へ行ってみることにした。
父さんは既に作業を始めている。
ポッポは畑の上を飛んでいた。
「父さーん」
「おう。どうした?」
「ちょっと見に来た」
「暇なのか?」
「午前中はね」
「じゃあ、そこの箱持ってくれ」
「……見に来ただけなんだけど」
「見ながら運べばいいべ」
そういう問題だろうか。
まあ、重いものでもない。
言われた通り、空の収穫箱を運ぶ。
「ここでいい?」
「ああ、そこ置いといてくれ」
父さんは作物の状態を確かめていた。
葉を持ち上げたり、土の様子を見たりしている。
ポケモンが現れてからも、畑の仕事は変わらない。
いや、変わった部分はある。
見慣れない生き物が出てくるようになったし、今までとは違う警戒も必要になった。
それでも、作物は勝手に育つわけじゃない。
毎日の世話が必要だ。
「今年はどう?」
「今のところ悪くないぞ」
「よかった」
「ただ、虫がな」
「虫?」
「今まで見たことないのがいる」
ああ。
虫ポケモンか。
「どんなの?」
「小さい緑色のやつだ」
「……もうちょっと詳しく」
「丸っこくて、葉っぱみたいなのが付いてたな」
「……」
該当するポケモンが何種類か思い浮かんだ。
ただ、それだけじゃ判断できない。
「写真撮った?」
「いや」
「今度見たら撮っといて」
「分かった」
父さんはあっさり頷いた。
そして、作業へ戻る。
俺も少し手伝った。
葉の状態を見たり、運ぶものを運んだり。
途中でポッポが飛んできて、父さんの近くに降りた。
「ポポッ!」
「ん?」
父さんが顔を上げる。
ポッポは畑の端を向いていた。
そちらを見ると、数羽のカラスが電線に止まっている。
「ああ、あいつらか」
父さんが言う。
「まだ降りてきてないからいいぞ」
「ポォ」
「近づいてきたら頼むな」
「ポポッ!」
ポッポは再び飛び立った。
「……ちゃんと分かってるんだね」
「そうみたいだな」
「最初の頃より指示聞くようになった?」
「おう。俺も言い方が分かってきたしな」
なるほど。
ポッポが人間の言葉を覚えたというより、父さんもポッポへの伝え方を覚えたのか。
こういうのは一緒に暮らしてみないと分からない。
「そういや、こいつ進化するんだったか?」
「するよ」
「大きくなるんだよな」
「うん。ピジョンになって、その後ピジョット」
「名前は覚えられんな」
「まあ、進化したら分かるよ」
「そうか」
父さんはそれ以上聞いてこなかった。
進化させたいとか、強くしたいとか。
そういう話にもならない。
ただ、今のポッポが畑を手伝ってくれている。
それで満足しているらしい。
俺としても、無理に急ぐ必要はないと思う。
強くなってくれれば安心ではあるけど、父さんが危険な場所へ連れていくわけでもない。
まずは、今の生活を続けられることが大事だ。
◆
午前十時。
母さんが畑へやってきた。
その後ろにはニドラン♀がいる。
「休憩するよー」
「おう」
「ニドッ!」
ニドラン♀が小さな袋をくわえていた。
中身はタオルだ。
母さんが袋を受け取る。
「ありがとね」
「ニド!」
嬉しそうだ。
「すっかりお手伝い係だね」
俺が言うと、母さんが笑った。
「この子、何か持ちたがるのよ」
「そうなんだ」
「洗濯物でも何でも、私が運んでるとついてくるから」
「へえ」
「だったら軽いものだけお願いしてるの」
ニドラン♀が俺の足元へ来た。
「ニド?」
「お疲れさま」
しゃがんで、頭を軽く撫でる。
角には触らないように。
ニドラン♀は気持ちよさそうに目を細めた。
「この子、最近は台所にも来るのよ」
「台所?」
「そう。私が料理してると足元にいるの」
「危なくない?」
「火を使う時は離れてもらってるわよ」
「ならいいけど」
ニドラン♀は毒を持っている。
ただ、普段から何でもかんでも毒を出しているわけじゃない。
それでも、食べ物を扱う場所では気をつけた方がいい。
「調理台には上げないでね」
「上げてないわよ」
「あと、手伝ってもらった後は手を洗って」
「分かってるって」
母さんが少し呆れた顔をした。
「そのくらいは気をつけてるわよ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい」
いつものやり取りだった。
父さんが笑っている。
「お前、昔からそれ言われてるな」
「父さんも言われてたでしょ」
「……まあな」
母さんが持ってきたお茶を飲む。
冷たくてうまい。
ニドラン♀には別の皿に水が用意されていた。
ポッポも戻ってきて、水を飲んでいる。
何とも平和な光景だ。
テレビでは毎日のようにポケモン関連のニュースが流れている。
北海道でも事故が起きているし、各地で新しい目撃情報が増えている。
それでも、こうしていると以前とあまり変わらない。
父さんが畑で働いて。
母さんが家のことをして。
俺がたまに手伝う。
そこへポッポとニドラン♀が加わっただけだ。
……まあ、家の周囲にはほかにも色々いるけど。
◆
昼前。
母さんと一緒に家へ戻った。
ニドラン♀は先に玄関へ走っていく。
「ニドッ!」
「はいはい、足拭いてからね」
「ニド……」
止まった。
ちゃんと覚えているらしい。
母さんが濡れたタオルで足を拭くと、ニドラン♀は嬉しそうに家へ入っていった。
「……賢いね」
「そうねえ」
母さんが笑う。
「最初はどうなることかと思ったけど」
「ポケモン?」
「そうよ。急にこんな生き物が出てきて、あんたは何匹も連れてくるし」
「……まあ、それは」
「今じゃこの子がいないと、ちょっと寂しいわね」
母さんがニドラン♀を見る。
ニドラン♀は居間の隅に置かれた自分用のクッションへ向かっていた。
「ニドッ」
「ほらね。もう自分の場所だと思ってる」
「本当だ」
母さんは台所へ向かった。
俺も手を洗ってから、昼食の準備を手伝う。
「野菜切る?」
「お願い」
「何作るの?」
「冷たい麺」
「いいね」
「父さん、暑い中で働いてるから」
なるほど。
しばらく野菜を切っていると、ニドラン♀が足元へやってきた。
「ニド?」
「今は手伝わなくていいよ」
「ニド」
「向こうで待ってて」
ニドラン♀は少し残念そうにしたが、素直に戻っていった。
母さんが笑う。
「本当に人の言うこと分かるのねえ」
「ある程度はね」
「犬とか猫より賢いのかしら」
「種類によるかな」
「そうなの?」
「うん。ものすごく頭いいのもいるし」
「へえ」
母さんはそれだけ言って、鍋の様子を見に行った。
ポケモンについて質問攻めにされることは、もうあまりない。
最初の頃は色々聞かれた。
何を食べるのか。
どこで寝るのか。
危なくないのか。
今では、必要なことがあれば聞いてくる程度だ。
知らないことは多いだろう。
でも、一緒に暮らすのに全部知っている必要はない。
ニドラン♀が何を嫌がるか。
どうすれば喜ぶか。
どこに寝るのが好きか。
そういうことは、むしろ母さんの方が詳しいかもしれない。
◆
午後。
俺は自分の部屋で、今日の予定を確認していた。
北海道に出現したシンオウポケモンの情報は、相変わらず増えている。
ポリゴン2が集めた目撃情報を見ながら、地図に印を付ける。
「……こっちにも出たのか」
『ポリ』
「人の多いところは避けたいんだけどな」
今すぐ調べに行く必要はない。
政府も自治体も対応を進めているし、危険な場所へわざわざ近づく理由もない。
それに。
今は別の問題がある。
机の上に置いたモンスターボールを見る。
バンギラス。
捕まえてから、それなりに時間が経った。
だが、まだ全然懐いていない。
いや、懐くどころか、こちらを敵として見ている。
「……難しいな」
『ポリ』
「リングマの時も大変だったけどさ」
あいつも最初から言うことを聞いてくれたわけじゃない。
時間をかけた。
距離を取った。
何度も様子を見た。
そうやって、少しずつ関係を作ってきた。
バンギラスにも同じようにするつもりだ。
ただ、問題がある。
「……あいつ、攻撃力が高すぎるんだよな」
『ポリ』
「普通に岩投げてくるし」
笑い事じゃない。
人間に当たれば大怪我では済まない可能性もある。
リザードンやゲンガーがいるから何とかなっているだけだ。
そもそも、バンギラスにしてみれば、俺は自分を倒して捕まえた相手だ。
簡単に信用する理由なんてない。
「……どうしたもんかな」
考えても、すぐに答えは出なかった。
とりあえず今日は無理に会いに行かず、少し休ませよう。
俺自身も、ここ数日は山へ行く回数が多かった。
たまには家にいるのも悪くない。
◆
夕方。
父さんが畑から戻ってきた。
ポッポも一緒だ。
「ただいま」
「おかえり」
「ポポッ!」
父さんは玄関で靴を脱ぎながら、ポッポへ声をかけた。
「今日もご苦労さん」
「ポォ」
ポッポが父さんの肩へ降りる。
完全に定位置になっている。
「今日、鳥来た?」
俺が聞くと、父さんは頷いた。
「昼過ぎに何羽かな」
「追い払えた?」
「おう。こいつが飛んでったら逃げた」
「よかった」
「ただ、あんまり遠くまで行くなって言っても、たまに追いかけようとするな」
「ああ、それは気をつけた方がいいね」
「そうだな」
父さんはポッポの頭を撫でた。
「まあ、少しずつ覚えるだろ」
「うん」
それだけだった。
父さんはポケモンの技を詳しく知らない。
タイプ相性も、進化条件も、たぶんほとんど覚えていない。
それでも、ポッポの扱いは上手くなっている。
毎日一緒にいるからだろう。
俺が教えなくても、分かることはある。
そう思うと、少し安心した。
◆
夕食。
今日は父さんも母さんも疲れていたらしく、食卓ではあまり難しい話にならなかった。
畑のこと。
近所のこと。
買い物のこと。
テレビのニュース。
そんな、いつもの話ばかりだ。
「そういえば、隣の畑で見たことないのが出たらしいぞ」
父さんが言った。
「ポケモン?」
「そうだろうな」
「どんなの?」
「茶色くて、小さいやつだって」
「……」
また情報が少ない。
「写真は?」
「ないらしい」
「そっか」
「畑を荒らしたわけじゃないみたいだから、様子見だと」
「それならいいけど」
母さんが味噌汁を飲みながら口を挟む。
「最近は何でもポケモンって言うからねえ」
「まあ、実際増えてるからな」
「でも、普通の動物だっているでしょう」
「それはそう」
父さんが頷いた。
「昔からいるキツネを見て、ポケモンだって騒いでる人もいたぞ」
「……ありそう」
俺は笑った。
見慣れないものが増えたせいで、見慣れたものまで疑われる。
そういうこともあるんだろう。
食事が進む。
母さんがニドラン♀の皿を確認して、少し餌を追加した。
父さんはポッポが食べ終わったのを見て、水を替えている。
もう、どちらも特別なことじゃない。
普通の夕食風景だった。
そして、食べ終わる少し前。
ふと思いついたことがあった。
「……あ、そうだ」
俺は箸を置いた。
「ちょっと聞いていい?」
「何だ?」
父さんが顔を上げる。
「前に捕まえたバンギラスのことなんだけど」
「ああ、あのでかいやつか」
「そう」
父さんは以前、あいつとの戦闘映像を見ている。
俺が捕まえたことも知っている。
ただ、その後どうしているかまでは詳しく話していなかった。
「まだ全然言うこと聞かなくてさ」
「そうなのか」
「うん。外に出すと怒るし、近づくと攻撃してくることもある」
「危ないじゃない」
母さんが眉をひそめた。
「ちゃんと離れた場所でやってるよ。他のポケモンにも手伝ってもらってるし」
「それならいいけど……」
「それで、最近は餌を置いて、少し離れて様子を見るようにしてるんだ」
父さんが頷いた。
「ほう」
「最初は食べなかったんだけど、岩塩だけちょっと食べた」
「岩塩?」
「うん」
「変わったもん食うんだな」
「まあ、あいつ岩みたいな体してるし」
「そういう問題なの?」
母さんに突っ込まれた。
俺もよく分からない。
「それでさ」
「おう」
「どうしたら慣れてくれると思う?」
父さんは少し考えた。
それから、普通の調子で答えた。
「……別に、慣れさせようとしなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「いや、知らんけどな」
父さんはお茶を飲んだ。
「嫌がってるなら、しばらく放っとけばいいべ」
「……放っとく?」
「毎日顔出してたら、向こうも落ち着かんだろ」
「……」
「飯食うなら置いといてやればいいし、食わんなら無理に食わせなくてもいいだろ。もちろん、腹減って困らんようにはしてやらんと駄目だけどな」
父さんは何でもないことのように続けた。
「こっちが仲良くしたいからって、向こうもそうとは限らんしな」
「……ああ」
なるほど。
そういう考え方もあるか。
俺はバンギラスに慣れてもらおうとしていた。
少しでも早く、こちらを敵だと思わなくなってほしかった。
そのために、何度も顔を見せていた。
でも、バンギラスからすればどうだろう。
自分を倒して捕まえた相手が、何度も目の前に現れる。
餌を置いていく。
近づいてくる。
……確かに、落ち着かないかもしれない。
「……そっか」
俺は小さく頷いた。
「まあ、そうだね」
「そうか?」
「うん。ちょっと考えてみる」
「おう」
父さんはそれ以上、何も言わなかった。
代わりに、ポッポの方を見る。
「こいつだって、最初は肩に乗ってこなかったからな」
「……そういえば」
「今じゃ勝手に乗ってくるけど」
「ポポッ!」
ポッポが返事をした。
父さんが笑う。
「な?」
俺も笑った。
「……確かに」
母さんが食器を片付け始める。
「でも、危ないことだけはしないでよ」
「分かってる」
「大きいんでしょう、その子」
「かなりね」
「じゃあ、なおさら」
「うん」
母さんはそれで納得したらしく、台所へ向かった。
ニドラン♀がその後ろをついていく。
「ニドッ」
「はいはい。あんたはもうご飯食べたでしょう」
「ニド……」
いつものやり取り。
父さんはテレビをつけた。
ポッポが肩で羽を休めている。
俺は残っていたお茶を飲んだ。
……そうか。
別に、急がなくてもいいんだよな。
◆
夜。
自分の部屋へ戻ってから、机の上のモンスターボールを手に取った。
バンギラスのボールだ。
「……なあ、ポリゴン2」
『ポリ?』
「明日は山、行くのやめとこうか」
『ポリ』
「しばらく間を空けてもいいかもしれない」
ボールを眺める。
中にいるバンギラスが、何を考えているのかは分からない。
俺のことをどう思っているのかも、正確には分からない。
ただ、嫌われていることだけは間違いない。
「……まあ、そりゃそうだよな」
倒して、捕まえて。
その後で仲良くしようなんて、こっちの都合だ。
だからといって、放置していいわけでもない。
世話は必要だし、安全の確認も必要だ。
でも。
無理に距離を縮めようとする必要はない。
「……まずは、俺が何もしないって覚えてもらうところからかな」
『ポリポリ』
「時間かかりそうだなぁ」
『ポリ』
「まあ、いいか」
ボールを机に戻す。
明日は、北海道の目撃情報を整理しよう。
その次の日は、町工場から届く予定の製造報告を確認して。
時間があれば、ほかのポケモンたちの訓練もする。
やることはいくらでもある。
バンギラスだけに構っているわけにもいかない。
「……よし」
俺はパソコンを開いた。
画面には、今日も大量の情報が並んでいる。
世界は相変わらず大変そうだ。
でも、家の外からは虫の声が聞こえる。
居間では父さんがテレビを見ていて、母さんが何か話している。
時々、ポッポとニドラン♀の鳴き声も混ざった。
いつもの夜だ。
ポケモンが現れてから、色々なことが変わった。
けれど、変わらないものもある。
父さんは明日も畑へ行く。
母さんは明日も家の仕事をする。
ポッポは畑の上を飛び、ニドラン♀は母さんの後ろをついて回るだろう。
そして俺は。
「……あいつ、次は岩塩以外も食べてくれるかな」
そんなことを考えていた。
まあ、気長にやろう。
何しろ、相手はバンギラスだ。
簡単に仲良くなれるとは、最初から思っていない。
……思っていない、はずなんだけど。
「……やっぱ難しいなぁ」
『ポリ』
ポリゴン2が、どこか呆れたように鳴いた。
俺は苦笑して、画面へ向き直った。
明日も、きっと普通の一日になる。
少なくとも、今夜はそう思っていた。