ポケモン現代入り(非公式二次創作)   作:生獣(なまけもの)

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第58話 いつもの畑、いつもの朝

朝六時。

 

 目覚まし時計が鳴るより先に、窓の外から声が聞こえてきた。

 

「ポポッ!」

 

「分かった、分かった。まだ早いべ」

 

 父さんとポッポだ。

 

 窓の外を見ると、父さんが作業着姿で畑へ向かうところだった。

 

 その少し上を、ポッポが飛んでいる。

 

「……元気だなぁ」

 

 まだ眠い。

 

 昨日も帰ってきたのが遅かった。

 

 バンギラスの様子を見に行っていたせいだ。

 

 結局、昨日もまともな交流にはならなかった。

 

 岩塩は食べた。

 

 ただし、俺が近づくと唸った。

 

 それだけである。

 

「……まあ、食べてくれただけマシか」

 

『ポリ』

 

 スマートフォンからポリゴン2が顔を出した。

 

「おはよう」

 

『ポリポリ』

 

「今日は午前中、家にいるから」

 

 そう言って布団へ戻ろうとしたところで、廊下から母さんの声がした。

 

「起きてるなら朝ご飯食べなさい!」

 

「……はい」

 

 寝直す計画は失敗した。

 

     ◆

 

 朝食を食べ終わる頃、父さんが一度戻ってきた。

 

 肩にはポッポ。

 

 靴には土。

 

 いつもの姿だ。

 

「お、起きてたか」

 

「起こされた」

 

「そうか」

 

 父さんは手を洗いながら笑った。

 

「今日は暑くなりそうだぞ」

 

「まだ七月なのにね」

 

「七月だからだろ」

 

「それはそう」

 

 ポッポが父さんの肩から飛び立ち、テーブルの端へ降りた。

 

「ポポッ」

 

「お前も朝飯か?」

 

「ポォ」

 

 父さんが小皿を取り出す。

 

 ポッポ用の餌だ。

 

 最初の頃は俺が量を決めていたが、今では父さんが普通に用意している。

 

「最近、よく食べるんだよな」

 

「飛ぶ時間増えたからじゃない?」

 

「そういうもんか」

 

「たぶん」

 

「お前でも分からんことあるんだな」

 

「そりゃあるよ」

 

 父さんは特に気にした様子もなく頷いた。

 

 実際、分からないことは山ほどある。

 

 ゲームの知識があるからといって、この世界でのポケモンの生活を全部理解しているわけじゃない。

 

 特に食事の量なんて、活動量や個体差で変わる。

 

 父さんが毎日見ているなら、そっちの方が正確なこともあるだろう。

 

「そういえば、畑どう?」

 

「ん?」

 

「鳥とか」

 

「ああ。減ったぞ」

 

 父さんはポッポを見た。

 

「こいつがよく見てるからな」

 

「ポポッ!」

 

「前は朝になると結構来てたんだが、最近は少なくなった」

 

「追い払ってる?」

 

「そうだな。近づいてくると飛んでいく」

 

 父さんが手で羽ばたく仕草をする。

 

「ただ、遠くまで追いかけるなって言ってある」

 

「それでいいよ」

 

 畑の警備とはいっても、野鳥と戦わせたいわけじゃない。

 

 近づいてきたら追い払う。

 

 何かあったら父さんに知らせる。

 

 それで十分だ。

 

「たまに俺の方を見て鳴くんだよ」

 

「へえ」

 

「何かいるのかと思って見に行ったら、カラスがいた」

 

「ちゃんと教えてくれてるんだ」

 

「そうみたいだな」

 

 父さんがポッポの頭を撫でた。

 

「助かってるぞ」

 

「ポォ!」

 

 嬉しそうに鳴く。

 

 ……随分と仲良くなったな。

 

 最初は俺が捕まえたポケモンだったのに、今では完全に父さんの相棒だ。

 

 まあ、いいことだろう。

 

     ◆

 

 午前八時。

 

 特に急ぎの用事もなかったので、畑の方へ行ってみることにした。

 

 父さんは既に作業を始めている。

 

 ポッポは畑の上を飛んでいた。

 

「父さーん」

 

「おう。どうした?」

 

「ちょっと見に来た」

 

「暇なのか?」

 

「午前中はね」

 

「じゃあ、そこの箱持ってくれ」

 

「……見に来ただけなんだけど」

 

「見ながら運べばいいべ」

 

 そういう問題だろうか。

 

 まあ、重いものでもない。

 

 言われた通り、空の収穫箱を運ぶ。

 

「ここでいい?」

 

「ああ、そこ置いといてくれ」

 

 父さんは作物の状態を確かめていた。

 

 葉を持ち上げたり、土の様子を見たりしている。

 

 ポケモンが現れてからも、畑の仕事は変わらない。

 

 いや、変わった部分はある。

 

 見慣れない生き物が出てくるようになったし、今までとは違う警戒も必要になった。

 

 それでも、作物は勝手に育つわけじゃない。

 

 毎日の世話が必要だ。

 

「今年はどう?」

 

「今のところ悪くないぞ」

 

「よかった」

 

「ただ、虫がな」

 

「虫?」

 

「今まで見たことないのがいる」

 

 ああ。

 

 虫ポケモンか。

 

「どんなの?」

 

「小さい緑色のやつだ」

 

「……もうちょっと詳しく」

 

「丸っこくて、葉っぱみたいなのが付いてたな」

 

「……」

 

 該当するポケモンが何種類か思い浮かんだ。

 

 ただ、それだけじゃ判断できない。

 

「写真撮った?」

 

「いや」

 

「今度見たら撮っといて」

 

「分かった」

 

 父さんはあっさり頷いた。

 

 そして、作業へ戻る。

 

 俺も少し手伝った。

 

 葉の状態を見たり、運ぶものを運んだり。

 

 途中でポッポが飛んできて、父さんの近くに降りた。

 

「ポポッ!」

 

「ん?」

 

 父さんが顔を上げる。

 

 ポッポは畑の端を向いていた。

 

 そちらを見ると、数羽のカラスが電線に止まっている。

 

「ああ、あいつらか」

 

 父さんが言う。

 

「まだ降りてきてないからいいぞ」

 

「ポォ」

 

「近づいてきたら頼むな」

 

「ポポッ!」

 

 ポッポは再び飛び立った。

 

「……ちゃんと分かってるんだね」

 

「そうみたいだな」

 

「最初の頃より指示聞くようになった?」

 

「おう。俺も言い方が分かってきたしな」

 

 なるほど。

 

 ポッポが人間の言葉を覚えたというより、父さんもポッポへの伝え方を覚えたのか。

 

 こういうのは一緒に暮らしてみないと分からない。

 

「そういや、こいつ進化するんだったか?」

 

「するよ」

 

「大きくなるんだよな」

 

「うん。ピジョンになって、その後ピジョット」

 

「名前は覚えられんな」

 

「まあ、進化したら分かるよ」

 

「そうか」

 

 父さんはそれ以上聞いてこなかった。

 

 進化させたいとか、強くしたいとか。

 

 そういう話にもならない。

 

 ただ、今のポッポが畑を手伝ってくれている。

 

 それで満足しているらしい。

 

 俺としても、無理に急ぐ必要はないと思う。

 

 強くなってくれれば安心ではあるけど、父さんが危険な場所へ連れていくわけでもない。

 

 まずは、今の生活を続けられることが大事だ。

 

     ◆

 

 午前十時。

 

 母さんが畑へやってきた。

 

 その後ろにはニドラン♀がいる。

 

「休憩するよー」

 

「おう」

 

「ニドッ!」

 

 ニドラン♀が小さな袋をくわえていた。

 

 中身はタオルだ。

 

 母さんが袋を受け取る。

 

「ありがとね」

 

「ニド!」

 

 嬉しそうだ。

 

「すっかりお手伝い係だね」

 

 俺が言うと、母さんが笑った。

 

「この子、何か持ちたがるのよ」

 

「そうなんだ」

 

「洗濯物でも何でも、私が運んでるとついてくるから」

 

「へえ」

 

「だったら軽いものだけお願いしてるの」

 

 ニドラン♀が俺の足元へ来た。

 

「ニド?」

 

「お疲れさま」

 

 しゃがんで、頭を軽く撫でる。

 

 角には触らないように。

 

 ニドラン♀は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「この子、最近は台所にも来るのよ」

 

「台所?」

 

「そう。私が料理してると足元にいるの」

 

「危なくない?」

 

「火を使う時は離れてもらってるわよ」

 

「ならいいけど」

 

 ニドラン♀は毒を持っている。

 

 ただ、普段から何でもかんでも毒を出しているわけじゃない。

 

 それでも、食べ物を扱う場所では気をつけた方がいい。

 

「調理台には上げないでね」

 

「上げてないわよ」

 

「あと、手伝ってもらった後は手を洗って」

 

「分かってるって」

 

 母さんが少し呆れた顔をした。

 

「そのくらいは気をつけてるわよ」

 

「はいはい」

 

「返事は一回」

 

「はい」

 

 いつものやり取りだった。

 

 父さんが笑っている。

 

「お前、昔からそれ言われてるな」

 

「父さんも言われてたでしょ」

 

「……まあな」

 

 母さんが持ってきたお茶を飲む。

 

 冷たくてうまい。

 

 ニドラン♀には別の皿に水が用意されていた。

 

 ポッポも戻ってきて、水を飲んでいる。

 

 何とも平和な光景だ。

 

 テレビでは毎日のようにポケモン関連のニュースが流れている。

 

 北海道でも事故が起きているし、各地で新しい目撃情報が増えている。

 

 それでも、こうしていると以前とあまり変わらない。

 

 父さんが畑で働いて。

 

 母さんが家のことをして。

 

 俺がたまに手伝う。

 

 そこへポッポとニドラン♀が加わっただけだ。

 

 ……まあ、家の周囲にはほかにも色々いるけど。

 

     ◆

 

 昼前。

 

 母さんと一緒に家へ戻った。

 

 ニドラン♀は先に玄関へ走っていく。

 

「ニドッ!」

 

「はいはい、足拭いてからね」

 

「ニド……」

 

 止まった。

 

 ちゃんと覚えているらしい。

 

 母さんが濡れたタオルで足を拭くと、ニドラン♀は嬉しそうに家へ入っていった。

 

「……賢いね」

 

「そうねえ」

 

 母さんが笑う。

 

「最初はどうなることかと思ったけど」

 

「ポケモン?」

 

「そうよ。急にこんな生き物が出てきて、あんたは何匹も連れてくるし」

 

「……まあ、それは」

 

「今じゃこの子がいないと、ちょっと寂しいわね」

 

 母さんがニドラン♀を見る。

 

 ニドラン♀は居間の隅に置かれた自分用のクッションへ向かっていた。

 

「ニドッ」

 

「ほらね。もう自分の場所だと思ってる」

 

「本当だ」

 

 母さんは台所へ向かった。

 

 俺も手を洗ってから、昼食の準備を手伝う。

 

「野菜切る?」

 

「お願い」

 

「何作るの?」

 

「冷たい麺」

 

「いいね」

 

「父さん、暑い中で働いてるから」

 

 なるほど。

 

 しばらく野菜を切っていると、ニドラン♀が足元へやってきた。

 

「ニド?」

 

「今は手伝わなくていいよ」

 

「ニド」

 

「向こうで待ってて」

 

 ニドラン♀は少し残念そうにしたが、素直に戻っていった。

 

 母さんが笑う。

 

「本当に人の言うこと分かるのねえ」

 

「ある程度はね」

 

「犬とか猫より賢いのかしら」

 

「種類によるかな」

 

「そうなの?」

 

「うん。ものすごく頭いいのもいるし」

 

「へえ」

 

 母さんはそれだけ言って、鍋の様子を見に行った。

 

 ポケモンについて質問攻めにされることは、もうあまりない。

 

 最初の頃は色々聞かれた。

 

 何を食べるのか。

 

 どこで寝るのか。

 

 危なくないのか。

 

 今では、必要なことがあれば聞いてくる程度だ。

 

 知らないことは多いだろう。

 

 でも、一緒に暮らすのに全部知っている必要はない。

 

 ニドラン♀が何を嫌がるか。

 

 どうすれば喜ぶか。

 

 どこに寝るのが好きか。

 

 そういうことは、むしろ母さんの方が詳しいかもしれない。

 

     ◆

 

 午後。

 

 俺は自分の部屋で、今日の予定を確認していた。

 

 北海道に出現したシンオウポケモンの情報は、相変わらず増えている。

 

 ポリゴン2が集めた目撃情報を見ながら、地図に印を付ける。

 

「……こっちにも出たのか」

 

『ポリ』

 

「人の多いところは避けたいんだけどな」

 

 今すぐ調べに行く必要はない。

 

 政府も自治体も対応を進めているし、危険な場所へわざわざ近づく理由もない。

 

 それに。

 

 今は別の問題がある。

 

 机の上に置いたモンスターボールを見る。

 

 バンギラス。

 

 捕まえてから、それなりに時間が経った。

 

 だが、まだ全然懐いていない。

 

 いや、懐くどころか、こちらを敵として見ている。

 

「……難しいな」

 

『ポリ』

 

「リングマの時も大変だったけどさ」

 

 あいつも最初から言うことを聞いてくれたわけじゃない。

 

 時間をかけた。

 

 距離を取った。

 

 何度も様子を見た。

 

 そうやって、少しずつ関係を作ってきた。

 

 バンギラスにも同じようにするつもりだ。

 

 ただ、問題がある。

 

「……あいつ、攻撃力が高すぎるんだよな」

 

『ポリ』

 

「普通に岩投げてくるし」

 

 笑い事じゃない。

 

 人間に当たれば大怪我では済まない可能性もある。

 

 リザードンやゲンガーがいるから何とかなっているだけだ。

 

 そもそも、バンギラスにしてみれば、俺は自分を倒して捕まえた相手だ。

 

 簡単に信用する理由なんてない。

 

「……どうしたもんかな」

 

 考えても、すぐに答えは出なかった。

 

 とりあえず今日は無理に会いに行かず、少し休ませよう。

 

 俺自身も、ここ数日は山へ行く回数が多かった。

 

 たまには家にいるのも悪くない。

 

     ◆

 

 夕方。

 

 父さんが畑から戻ってきた。

 

 ポッポも一緒だ。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

「ポポッ!」

 

 父さんは玄関で靴を脱ぎながら、ポッポへ声をかけた。

 

「今日もご苦労さん」

 

「ポォ」

 

 ポッポが父さんの肩へ降りる。

 

 完全に定位置になっている。

 

「今日、鳥来た?」

 

 俺が聞くと、父さんは頷いた。

 

「昼過ぎに何羽かな」

 

「追い払えた?」

 

「おう。こいつが飛んでったら逃げた」

 

「よかった」

 

「ただ、あんまり遠くまで行くなって言っても、たまに追いかけようとするな」

 

「ああ、それは気をつけた方がいいね」

 

「そうだな」

 

 父さんはポッポの頭を撫でた。

 

「まあ、少しずつ覚えるだろ」

 

「うん」

 

 それだけだった。

 

 父さんはポケモンの技を詳しく知らない。

 

 タイプ相性も、進化条件も、たぶんほとんど覚えていない。

 

 それでも、ポッポの扱いは上手くなっている。

 

 毎日一緒にいるからだろう。

 

 俺が教えなくても、分かることはある。

 

 そう思うと、少し安心した。

 

     ◆

 

 夕食。

 

 今日は父さんも母さんも疲れていたらしく、食卓ではあまり難しい話にならなかった。

 

 畑のこと。

 

 近所のこと。

 

 買い物のこと。

 

 テレビのニュース。

 

 そんな、いつもの話ばかりだ。

 

「そういえば、隣の畑で見たことないのが出たらしいぞ」

 

 父さんが言った。

 

「ポケモン?」

 

「そうだろうな」

 

「どんなの?」

 

「茶色くて、小さいやつだって」

 

「……」

 

 また情報が少ない。

 

「写真は?」

 

「ないらしい」

 

「そっか」

 

「畑を荒らしたわけじゃないみたいだから、様子見だと」

 

「それならいいけど」

 

 母さんが味噌汁を飲みながら口を挟む。

 

「最近は何でもポケモンって言うからねえ」

 

「まあ、実際増えてるからな」

 

「でも、普通の動物だっているでしょう」

 

「それはそう」

 

 父さんが頷いた。

 

「昔からいるキツネを見て、ポケモンだって騒いでる人もいたぞ」

 

「……ありそう」

 

 俺は笑った。

 

 見慣れないものが増えたせいで、見慣れたものまで疑われる。

 

 そういうこともあるんだろう。

 

 食事が進む。

 

 母さんがニドラン♀の皿を確認して、少し餌を追加した。

 

 父さんはポッポが食べ終わったのを見て、水を替えている。

 

 もう、どちらも特別なことじゃない。

 

 普通の夕食風景だった。

 

 そして、食べ終わる少し前。

 

 ふと思いついたことがあった。

 

「……あ、そうだ」

 

 俺は箸を置いた。

 

「ちょっと聞いていい?」

 

「何だ?」

 

 父さんが顔を上げる。

 

「前に捕まえたバンギラスのことなんだけど」

 

「ああ、あのでかいやつか」

 

「そう」

 

 父さんは以前、あいつとの戦闘映像を見ている。

 

 俺が捕まえたことも知っている。

 

 ただ、その後どうしているかまでは詳しく話していなかった。

 

「まだ全然言うこと聞かなくてさ」

 

「そうなのか」

 

「うん。外に出すと怒るし、近づくと攻撃してくることもある」

 

「危ないじゃない」

 

 母さんが眉をひそめた。

 

「ちゃんと離れた場所でやってるよ。他のポケモンにも手伝ってもらってるし」

 

「それならいいけど……」

 

「それで、最近は餌を置いて、少し離れて様子を見るようにしてるんだ」

 

 父さんが頷いた。

 

「ほう」

 

「最初は食べなかったんだけど、岩塩だけちょっと食べた」

 

「岩塩?」

 

「うん」

 

「変わったもん食うんだな」

 

「まあ、あいつ岩みたいな体してるし」

 

「そういう問題なの?」

 

 母さんに突っ込まれた。

 

 俺もよく分からない。

 

「それでさ」

 

「おう」

 

「どうしたら慣れてくれると思う?」

 

 父さんは少し考えた。

 

 それから、普通の調子で答えた。

 

「……別に、慣れさせようとしなくてもいいんじゃないか?」

 

「え?」

 

「いや、知らんけどな」

 

 父さんはお茶を飲んだ。

 

「嫌がってるなら、しばらく放っとけばいいべ」

 

「……放っとく?」

 

「毎日顔出してたら、向こうも落ち着かんだろ」

 

「……」

 

「飯食うなら置いといてやればいいし、食わんなら無理に食わせなくてもいいだろ。もちろん、腹減って困らんようにはしてやらんと駄目だけどな」

 

 父さんは何でもないことのように続けた。

 

「こっちが仲良くしたいからって、向こうもそうとは限らんしな」

 

「……ああ」

 

 なるほど。

 

 そういう考え方もあるか。

 

 俺はバンギラスに慣れてもらおうとしていた。

 

 少しでも早く、こちらを敵だと思わなくなってほしかった。

 

 そのために、何度も顔を見せていた。

 

 でも、バンギラスからすればどうだろう。

 

 自分を倒して捕まえた相手が、何度も目の前に現れる。

 

 餌を置いていく。

 

 近づいてくる。

 

 ……確かに、落ち着かないかもしれない。

 

「……そっか」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「まあ、そうだね」

 

「そうか?」

 

「うん。ちょっと考えてみる」

 

「おう」

 

 父さんはそれ以上、何も言わなかった。

 

 代わりに、ポッポの方を見る。

 

「こいつだって、最初は肩に乗ってこなかったからな」

 

「……そういえば」

 

「今じゃ勝手に乗ってくるけど」

 

「ポポッ!」

 

 ポッポが返事をした。

 

 父さんが笑う。

 

「な?」

 

 俺も笑った。

 

「……確かに」

 

 母さんが食器を片付け始める。

 

「でも、危ないことだけはしないでよ」

 

「分かってる」

 

「大きいんでしょう、その子」

 

「かなりね」

 

「じゃあ、なおさら」

 

「うん」

 

 母さんはそれで納得したらしく、台所へ向かった。

 

 ニドラン♀がその後ろをついていく。

 

「ニドッ」

 

「はいはい。あんたはもうご飯食べたでしょう」

 

「ニド……」

 

 いつものやり取り。

 

 父さんはテレビをつけた。

 

 ポッポが肩で羽を休めている。

 

 俺は残っていたお茶を飲んだ。

 

 ……そうか。

 

 別に、急がなくてもいいんだよな。

 

     ◆

 

 夜。

 

 自分の部屋へ戻ってから、机の上のモンスターボールを手に取った。

 

 バンギラスのボールだ。

 

「……なあ、ポリゴン2」

 

『ポリ?』

 

「明日は山、行くのやめとこうか」

 

『ポリ』

 

「しばらく間を空けてもいいかもしれない」

 

 ボールを眺める。

 

 中にいるバンギラスが、何を考えているのかは分からない。

 

 俺のことをどう思っているのかも、正確には分からない。

 

 ただ、嫌われていることだけは間違いない。

 

「……まあ、そりゃそうだよな」

 

 倒して、捕まえて。

 

 その後で仲良くしようなんて、こっちの都合だ。

 

 だからといって、放置していいわけでもない。

 

 世話は必要だし、安全の確認も必要だ。

 

 でも。

 

 無理に距離を縮めようとする必要はない。

 

「……まずは、俺が何もしないって覚えてもらうところからかな」

 

『ポリポリ』

 

「時間かかりそうだなぁ」

 

『ポリ』

 

「まあ、いいか」

 

 ボールを机に戻す。

 

 明日は、北海道の目撃情報を整理しよう。

 

 その次の日は、町工場から届く予定の製造報告を確認して。

 

 時間があれば、ほかのポケモンたちの訓練もする。

 

 やることはいくらでもある。

 

 バンギラスだけに構っているわけにもいかない。

 

「……よし」

 

 俺はパソコンを開いた。

 

 画面には、今日も大量の情報が並んでいる。

 

 世界は相変わらず大変そうだ。

 

 でも、家の外からは虫の声が聞こえる。

 

 居間では父さんがテレビを見ていて、母さんが何か話している。

 

 時々、ポッポとニドラン♀の鳴き声も混ざった。

 

 いつもの夜だ。

 

 ポケモンが現れてから、色々なことが変わった。

 

 けれど、変わらないものもある。

 

 父さんは明日も畑へ行く。

 

 母さんは明日も家の仕事をする。

 

 ポッポは畑の上を飛び、ニドラン♀は母さんの後ろをついて回るだろう。

 

 そして俺は。

 

「……あいつ、次は岩塩以外も食べてくれるかな」

 

 そんなことを考えていた。

 

 まあ、気長にやろう。

 

 何しろ、相手はバンギラスだ。

 

 簡単に仲良くなれるとは、最初から思っていない。

 

 ……思っていない、はずなんだけど。

 

「……やっぱ難しいなぁ」

 

『ポリ』

 

 ポリゴン2が、どこか呆れたように鳴いた。

 

 俺は苦笑して、画面へ向き直った。

 

 明日も、きっと普通の一日になる。

 

 少なくとも、今夜はそう思っていた。

 

 

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