七月。
午前七時四十分。
「おはようございます」
「おはようございまーす」
「ラッキー!」
「あ、おはよう。今日も早いね」
病院の朝は忙しい。
診察室の準備。
入院しているポケモンの状態確認。
夜勤からの引き継ぎ。
検査機器の点検。
やることはいくらでもある。
そして最近、この病院の朝には、もうひとつ当たり前になった光景があった。
「ラッキー、そっちの棚から小さいガーゼ取ってくれる?」
「ラッキ!」
「ありがとう。あ、今日はちゃんと一箱だけだ」
「ラッキー!」
「偉い偉い」
桃色のポケモンが、看護師へガーゼの箱を手渡す。
数週間前。
この病院へ試験的に配置されたラッキーは、すっかり職員たちに馴染んでいた。
もっとも、正式な医療従事者というわけではない。
ラッキーにできること。
させてはいけないこと。
まだ確認できていないこと。
その線引きは、今も少しずつ見直されている。
「先生、昨日の記録です」
「ありがとうございます」
看護師がタブレットを差し出した。
獣医師が画面を確認する。
「……あれ?」
「どうしました?」
「昨日のコラッタ、食欲戻ってるんですね」
「はい。夕方から少しずつ食べ始めました」
「よかった」
「ラッキーがそばにいた時は、かなり落ち着いてましたよ」
「……またですか」
獣医師は画面をスクロールした。
ここ最近、似たような記録が増えている。
ラッキーがそばにいると、警戒していたポケモンが落ち着く。
診察台の上で暴れていたポケモンが、大人しくなる。
食事を拒んでいた個体が、少しずつ食べ始める。
もちろん、全部が全部そうなるわけではない。
ラッキーを怖がるポケモンもいる。
相性もあるだろう。
ただ、無視できない傾向ではあった。
「……不思議ですね」
「本当に」
「何か特殊な能力なんでしょうか」
「それはまだ分かりません。ただ、あの子自身が落ち着いているのは大きいと思いますよ」
獣医師は診察室の方を見た。
ラッキーは今、別の看護師と一緒に備品を確認している。
「ラッキー、これはこっち」
「ラッキ」
「それは使い終わった方だから、こっちに置いてね」
「ラッキー!」
「そうそう」
教えれば覚える。
間違えれば直す。
分からないことは、勝手に進めず職員を見る。
これが非常に助かる。
何しろ、ポケモンの診療自体が手探りなのだ。
そこで働く側まで勝手なことを始められたら、たまったものではない。
「……下手な新人より仕事覚えるの早いですよね」
「それ、前も言ってましたよね」
「事実ですから」
「私が新人だった頃の話はやめてくださいね」
「まだ何も言ってませんよ」
「顔が言ってます」
朝から、いつものやり取りが始まった。
◆
午前九時十分。
「次の患者さん、お願いします」
「はい」
診察室へ運ばれてきたのは、一匹のポッポだった。
以前、翼を怪我して治療を受けた個体とは別のポッポだ。
今回の個体は、片足を痛めているらしい。
「昨日の夕方、庭で動けなくなっていたそうです」
「なるほど」
獣医師が状態を確認する。
ポッポは警戒していた。
人間に囲まれ、知らない場所へ連れてこられたのだから当然だ。
「ポポッ!」
「大丈夫ですよ。ちょっと足を見せてくださいね」
「ポッ!」
翼を広げる。
嘴を向ける。
獣医師が手を止めた。
「……うーん」
無理に押さえつければ診察はできる。
だが、余計な怪我をさせる可能性もある。
どうしたものか。
「……ラッキー、お願いできます?」
「ラッキ!」
少し離れた場所で待っていたラッキーが近づいてきた。
ポッポの前でしゃがむ。
「ラッキー」
「……ポ?」
ポッポが首を傾げた。
ラッキーはそれ以上近づかない。
ただ、じっと待っている。
「……ポポ」
ポッポが翼を畳んだ。
少しだけ、身体の力が抜ける。
「……今ですね」
「はい」
獣医師が慎重に足へ触れた。
ポッポは一度身じろぎしたが、今度は暴れなかった。
ラッキーが隣で静かに見守っている。
「……よし」
診察が終わる。
「骨折ではなさそうですね。腫れがありますから、しばらく安静にしてもらいましょう」
「分かりました」
看護師が記録を入力する。
ラッキーはポッポの顔を覗き込んだ。
「ラッキー?」
「ポポ」
「ラッキ!」
何を話しているのかは分からない。
ただ、ポッポは先ほどより落ち着いていた。
「……やっぱり助かりますね」
「ええ」
獣医師は頷いた。
ポケモンの診療で難しいのは、怪我や病気だけではない。
患者に何をするのか説明できない。
痛いところを言葉で教えてもらえない。
怖がって暴れる個体もいる。
そうした問題に、ラッキーの存在が思いのほか役立っていた。
もちろん、万能ではない。
だが。
「……こういう役割があるとは思いませんでした」
「医療向き、とは資料に書いてありましたけどね」
「書いてありましたね」
獣医師は苦笑した。
「でも、実際に見ないと分からないものです」
◆
午前十一時二十分。
「先生、ちょっといいですか」
「はい?」
「ラッキーが……」
看護師が困ったような顔で診察室を覗いた。
「……また何かしました?」
「いえ、悪いことではないんですけど」
案内された先は、入院しているポケモンたちの部屋だった。
そこには、体調を崩して保護された一匹のニドラン♀がいた。
まだ若い個体らしい。
食欲が落ち、ほとんど動かなくなっていたため、保護施設から運ばれてきたのだ。
検査では大きな異常は見つかっていない。
ただ、環境の変化によるストレスも疑われていた。
そして今。
「……ラッキー?」
「ラッキ」
ラッキーが、ニドラン♀のケージの横へ座っていた。
何をするでもない。
ただ、静かに座っている。
「……いつからですか?」
「十分くらい前からです」
「そうですか」
「それで、見てください」
看護師がケージを指した。
ニドラン♀が、ゆっくり顔を上げていた。
「……ニド」
ラッキーが小さく鳴く。
「ラッキ」
ニドラン♀が立ち上がった。
少しふらつきながら、水の入った皿へ近づく。
そして、飲み始めた。
「……おお」
獣医師が小さく声を漏らした。
「さっきまで、ほとんど動かなかったんですよ」
「……なるほど」
ラッキーは嬉しそうだった。
ただし、獣医師はすぐに判断を下さなかった。
「水を飲んだ時間、記録しておいてください」
「はい」
「あと、ラッキーがそばにいたことも」
「分かりました」
何がきっかけだったのかは分からない。
偶然かもしれない。
体調が回復し始めていたのかもしれない。
ラッキーの存在が安心につながったのかもしれない。
そこは、これから調べる必要がある。
ただ。
「……よかったですね」
「ラッキー!」
ラッキーは嬉しそうに頷いた。
獣医師も、つられて笑った。
◆
昼休み。
「……はぁ」
看護師が椅子へ座り込んだ。
「疲れたぁ」
「お疲れ様です」
「午前中だけで結構来ましたね」
「ですね」
獣医師が弁当を開く。
最近、患者の数が増えていた。
ポケモンが現れ始めた四月頃は、診療できる施設自体がほとんどなかった。
今も十分とは言えない。
ただ、少しずつ受け入れ体制が整い始めている。
それに伴い、診察を希望する人も増えた。
「……ラッキーは?」
「休憩室の隣でご飯食べてます」
「ああ、よかった」
「最近、ちゃんと休ませないとずっと働こうとするんですよね」
「……そうなんですか」
「はい」
看護師が苦笑する。
「この前なんて、私が休憩に行こうとしたら、ついてきたんです」
「へえ」
「それで椅子に座ったら、隣に座って」
「はい」
「私が立ち上がるまで、ずっと待ってたんですよ」
「……」
「で、立ち上がったら一緒に仕事へ戻ろうとして」
「……なるほど」
獣医師は少し考えた。
「……休憩も仕事のうちだって、教えないといけませんね」
「ですよね」
働き者なのはありがたい。
ただ、働きすぎは困る。
人間でもポケモンでも、そこは変わらない。
「……そういえば」
看護師が思い出したように言った。
「タマゴの件、どうなりました?」
「ああ」
獣医師は箸を止めた。
ラッキーが腹部の袋に抱えているタマゴ。
以前から、弱ったポケモンへ分け与えようとしていたものだ。
栄養価が高いことは、政府の資料にも記載されていた。
ただ、医療現場で使うとなれば話は別だった。
成分。
衛生状態。
アレルギーの可能性。
保存方法。
確認すべきことは多い。
「分析結果は少しずつ出てきています」
「おお」
「栄養面では、やっぱりかなり優秀ですね」
「じゃあ、使えるんですか?」
「まだです」
「……ですよね」
「ただ、少なくとも研究を続ける価値は十分にあります」
獣医師は頷いた。
「食欲が落ちたポケモンへの栄養補給に使える可能性がありますから」
「……なるほど」
「もちろん、適切な量や対象は調べないといけませんけど」
「ラッキー、喜びそうですね」
「でしょうね」
以前、タマゴを患者にあげようとして止められた時。
ラッキーは、随分残念そうな顔をしていた。
「……まあ、まだ許可は出せませんけど」
「はい」
「でも、あの子が持っているものには、まだまだ可能性がありそうです」
◆
午後一時四十分。
「先生!」
「はい?」
「ちょっと来てください!」
看護師の声が響いた。
獣医師が立ち上がる。
「どうしました?」
「入院中のポケモンが!」
向かった先は、先ほどのニドラン♀がいる部屋だった。
ケージの中で、ニドラン♀が身体を震わせていた。
「……ニド!」
「どうしたんですか?」
「急に苦しそうにし始めて……!」
獣医師がすぐに状態を確認する。
呼吸が速い。
身体が熱い。
午前中には落ち着いていたはずなのに。
「体温測定、お願いします」
「はい!」
「血液検査も準備してください」
「分かりました!」
看護師が動く。
獣医師がニドラン♀を慎重に診察する。
その時。
「ラッキー!」
ラッキーが部屋へ入ってきた。
「ラッキー、今はちょっと待っててください」
「ラッキ!」
ラッキーはニドラン♀を見た。
そして、獣医師の顔を見る。
「……ラッキー?」
「ラッキ!」
何かを伝えようとしている。
獣医師は一瞬迷った。
だが、すぐに言った。
「……分かりました。そばにいてあげてください。ただし、こちらの処置の邪魔にならないように」
「ラッキー!」
ラッキーが頷く。
ニドラン♀のそばへ近づいた。
そして。
「……ラッキ」
両手を、そっと前へ出した。
淡い光が広がった。
「……え?」
看護師が声を漏らした。
光は、ラッキーの手元からニドラン♀の身体へ広がっていく。
温かく、柔らかな光だった。
「……これって」
獣医師が目を見開く。
政府から提供された資料。
ラッキーの能力。
回復に関係する技。
その中に、確かに記載があった。
「……いやしのはどう?」
ラッキーが小さく鳴いた。
「ラッキ」
ニドラン♀の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
身体の震えも弱まった。
「……」
獣医師はすぐに確認した。
「体温、もう一度」
「はい!」
「呼吸数も」
「分かりました!」
看護師が測定する。
数値は、先ほどより改善していた。
「……すごい」
看護師が呟いた。
獣医師は頷きかけたが、すぐに首を振った。
「……まだ分かりません」
「え?」
「症状が落ち着いたのは確かです。でも、原因が解決したかどうかは別です」
「あ……はい」
「検査は続けましょう」
ラッキーの技が、どこまで作用したのか。
何に効いたのか。
何には効かないのか。
まだ分からない。
ただ。
「……ラッキー」
「ラッキ?」
「ありがとうございます」
「ラッキー!」
ラッキーは嬉しそうに笑った。
◆
午後三時。
「……なるほど」
獣医師が検査結果を見つめる。
ニドラン♀の状態は、ひとまず安定していた。
ただ、原因については追加の確認が必要だった。
「……先生」
「はい?」
「さっきの、すごかったですね」
「……ええ」
看護師が興奮した様子で言った。
「本当に技で治療できるんですね」
「可能性はありましたけどね」
「でも、実際に見ると全然違います」
「そうですね」
獣医師は頷いた。
医療に使える能力を持つポケモン。
その存在自体は、すでに知られていた。
しかし、実際の医療現場で使うとなると、問題は多い。
どの程度の症状に効果があるのか。
どれくらいの頻度で使えるのか。
副作用はないのか。
使用者であるポケモンへの負担はどうなのか。
「……ラッキーは?」
「今、休んでもらってます」
「よかった」
獣医師は息を吐いた。
「……あの子、放っておくと何度でも使おうとしそうですからね」
「確かに」
「そこは気をつけないと」
看護師が頷く。
治療できるからといって、無制限に使わせていいわけではない。
ラッキー自身も、生き物なのだ。
「……それにしても」
獣医師は資料へ目を落とした。
「本当に、幅広いですね」
「何がですか?」
「ラッキーですよ」
獣医師は指を折った。
「患者を落ち着かせる」
「はい」
「看護の補助ができる」
「はい」
「道具の扱いを覚える」
「はい」
「栄養価の高いタマゴを産む」
「はい」
「そして、回復に関係する技まで使える」
「……」
看護師は少し考えた。
「……万能じゃないですか?」
「万能ではありませんよ」
獣医師は笑った。
「でも、優秀なのは間違いありません」
◆
午後四時十分。
「ラッキー、これ運ぶの手伝ってくれる?」
「ラッキ!」
ラッキーが頷いた。
看護師が差し出したのは、清潔なタオルの入った籠だった。
「こっちの棚までお願いね」
「ラッキー!」
ラッキーは籠を持ち上げる。
軽々と運んでいく。
「……本当に助かるなぁ」
看護師は感心した。
ラッキーが来てから、細かい作業の負担が少し減った。
もちろん、すべて任せられるわけではない。
薬品の管理。
注射。
検査機器の操作。
そうした仕事は、今も人間が行っている。
ただ、タオルを運ぶ。
ガーゼを持ってくる。
患者のそばにいる。
そうした仕事をラッキーが手伝ってくれるだけでも、十分ありがたかった。
「……ラッキー」
「ラッキ?」
「今日もありがとうね」
「ラッキー!」
ラッキーは嬉しそうに笑った。
そして、次の仕事を探すように周囲を見回した。
「……あ、ちょっと待って」
「ラッキ?」
「今日はもう休憩していいよ」
「……ラッキー?」
「うん。いっぱい働いたから」
ラッキーは少し不思議そうな顔をした。
まだ何か手伝いたいらしい。
「……ほら」
看護師が椅子を指した。
「座って」
「ラッキ」
「そうそう」
ラッキーが椅子へ座る。
看護師も隣へ座った。
「……ふぅ」
少しだけ、静かな時間が流れた。
遠くから、診察室の声が聞こえる。
廊下を歩く足音。
機器の電子音。
いつもの病院の音だった。
「……ねえ、ラッキー」
「ラッキ?」
「ここ、好き?」
ラッキーが首を傾げた。
「……いや、分かんないか」
看護師が笑う。
すると。
「ラッキー!」
ラッキーは大きく頷いた。
「……あれ」
看護師が目を丸くする。
「分かるの?」
「ラッキ!」
「……そっか」
看護師は笑った。
「それなら、よかった」
◆
午後五時半。
獣医師は、その日の記録をまとめていた。
ラッキーが関わった診療。
患者の反応。
回復に関係する技の使用。
その前後の状態。
ラッキー自身の様子。
記録することは多かった。
「……ふぅ」
画面を見つめる。
報告書の項目には、こう書かれていた。
『ラッキーの医療現場における適性について』
獣医師は少し考えた。
そして、入力を始めた。
『看護補助、患者の精神的安定、栄養補給に関する可能性、回復技の使用など、幅広い分野で高い適性が認められる』
そこで一度、手を止めた。
少し考える。
さらに続けた。
『ただし、各能力の効果および安全性については継続的な検証が必要であり、現段階で人間の医療従事者による判断や処置を代替するものではない』
入力を終える。
「……こんなところですかね」
獣医師は椅子へもたれた。
数か月前。
ポケモンが現れた時、誰がこんな光景を想像しただろう。
人間の病院で、ポケモンが働く。
しかも、ただの手伝いではない。
患者を安心させる。
治療を補助する。
時には、人間にはできないことまで行う。
それでも、すべてを任せられるわけではない。
人間が判断し、ポケモンが助ける。
ポケモンが気づき、人間が確認する。
そうやって、少しずつ形になっていく。
「……先生」
看護師が顔を覗かせた。
「はい?」
「ラッキーが探してますよ」
「……私を?」
「はい」
「何でしょう」
獣医師が立ち上がる。
廊下へ出ると、ラッキーが待っていた。
「ラッキー?」
「ラッキ!」
ラッキーは獣医師を見ると、嬉しそうに近づいてきた。
そして。
「……ラッキー」
腹部の袋から、タマゴを取り出した。
「……ああ」
獣医師は苦笑した。
「またですか」
「ラッキ!」
「気持ちは嬉しいんですけどね」
ラッキーはタマゴを差し出す。
獣医師はしゃがみ込んだ。
「……まだ患者さんにはあげられませんよ」
「……ラッキー」
「でも」
獣医師は続けた。
「研究は進んでいます」
「ラッキ?」
「いつか、ちゃんと使えるようになるかもしれません」
ラッキーが首を傾げる。
「……その時は、お願いしますね」
「……」
ラッキーは少し考えた。
それから。
「ラッキー!」
嬉しそうに頷いた。
獣医師は笑った。
「……本当に、世話好きですね」
◆
その日の夜。
病院の休憩室。
ラッキーは椅子に座っていた。
今日も一日、よく働いた。
ガーゼを運んだ。
タオルを運んだ。
患者のそばにいた。
具合の悪いポケモンを助けた。
そして、何度か休憩するように言われた。
「……ラッキー」
ラッキーは自分のタマゴを見下ろした。
まだ、これを患者に渡すことはできないらしい。
どうしてなのか、完全には分からない。
けれど、人間たちは一生懸命に何かを調べている。
だから、待つことにした。
きっと、いつか役に立つ。
そう思っている。
廊下から足音が聞こえた。
「ラッキー、まだ起きてたの?」
「ラッキ!」
看護師だった。
「もう今日は終わりだよ」
「ラッキー?」
「うん。明日もあるからね」
ラッキーは少し考えた。
それから、立ち上がる。
「……ラッキ!」
「え? 何?」
ラッキーは看護師の手を取った。
そして、椅子へ座らせた。
「……え?」
看護師が目を丸くする。
ラッキーは満足そうに頷いた。
「……ラッキー!」
「……ああ」
看護師は笑った。
「私にも休めって?」
「ラッキ!」
「……そっか」
看護師は椅子へ深く座り直した。
「……そうだね。今日は疲れたもんね」
ラッキーも隣へ座る。
二人で、しばらく休憩した。
特別なことは何もない。
ただ、一日の仕事を終えて、少し休んでいるだけだった。
それでも。
「……ラッキー」
「ラッキ?」
「明日もよろしくね」
「ラッキー!」
元気な返事が返ってきた。
数か月前まで、存在すら知られていなかったポケモン。
今では、この病院に欠かせない存在になりつつある。
まだ試験配置。
まだ研究途中。
まだ分からないことばかり。
それでも、少しずつ。
人間とポケモンは、同じ場所で働くことを覚え始めていた。
そして明日も。
この病院では、きっと同じ声が聞こえる。
「ラッキー、ガーゼお願い!」
「ラッキ!」
そんな、少しだけ変わった日常が。
今日も続いている。