ドラゴンクエスト 竜と精霊と失われし伝承の旅人 作:十九盟機防
かつて勇者は竜の女王から詔を受け、魔王バラモスを打倒した。勇者は竜の女王から光の玉を授かり神の下における地上の王となった。光の戴冠。即ち竜王歴元年の事である。
数匹の魔物が一人の人間を囲んでいる。まだ若く少年と言っていい年齢だろう。
少年は剣と盾を構え、魔物を見回す。フロッガーと呼ばれる大きなカエルの魔物である。
牙や爪はないが筋力はなかなかの物がある。一斉に飛びかかられると厄介だ。少年はそう考えると一呼吸を入れ盾を思いっきり振り回す。狙いはカエルではなく地面に転がっている石。いしつぶてという技だ。
意表を突かれたフロッガーたちはもろにいしつぶてを喰らい、一匹の頭が潰れた。
別の一匹のフロッガーが少年に飛びかかる。しかし少年はタイミングよくうけながすと返す刃でフロッガーを切りつける。硬い装甲や分厚い毛皮もないフロッガーに研がれた刃は滑るようによく通った。
残る一匹がぶつかってくる。衝撃を盾で受ける。重いが倒れないように少年はしっかりと踏ん張った。
フロッガーの勢いが止まる。隙を与えるつもりはない。少年は剣ではなく盾でそのまま叩き潰すように一気に踏み込む。ミシリと言う音と共に吹き飛ばされたフロッガーはぐったりと倒れ込みそのまま動かなかった。
竜王歴493年。かつて勇者が旅した大地には、いくつもの国や都市が生まれ、人々はそれぞれの暮らしを営んでいた。
ロマリアは今や一つの王国ではなく、複数の国と都市が結びついた連合国家となっている。
ロマリアから北に伸びる街道は途中で二手に分かれ、
西へ伸びる街道は古くはロマリアの関と呼ばれ、ポルトガ方面へとつながる街道になり北東方面へ向かう街道は山岳地帯を経てカザーブへと北上していく。
そんな街道沿いを一台の商人の馬車が、ゆっくりと進んでいた。
「いやあ、助かったよ。君がいてくれて本当によかった」
馬車の御者台に座る商人が、隣の少年に声をかけた。
少年の名はユキノフ。十六歳。
背中には荷物と工具袋、腰には使い込まれた剣。服の上には革製の作業用前掛けを身につけている。
「いえ、こちらこそ。乗せてもらえて助かりました」
この馬車はある商人の持ち物で北東の街道からまさにロマリアの関へと向かっていた。
「それにしても、君は若いのに武器の手入れができるんだねえ」
「師匠に教わりました。まだまだ見習いですけど」
ユキノフは剣の手入れをしながら腕を軽く叩いた。
ユキノフは実の親がいない。山奥で一人彷徨っていたところを木こりに拾われた。その後木こりの紹介でザクソンの防具職人エンデの下で育てられ、職人の仕事を学んできた。
防具職人の職能は幅広い。鋼の鍛造、軟鉄の扱いや装飾に使う金属加工、革の鞣しや加工、仕立て屋の様な布の針仕事まで存在する。そして大きな工房を持たないエンデは基本的に全てを一人でやる。
ユキノフは幼い頃から師匠の手伝いをして積極的に仕事を覚えて、16歳で成人する頃には一通りの仕事をこなせる様になっていた。
そんなユキノフに師匠は少し早いが旅に出るように言った。職人が行う武者修行のようなものでユキノフの師匠も昔は各地の工房や職人の元で学んだという。
エンデから預かった一本のパイプが、荷物の中に大切にしまわれている。
「さっきの魔物との戦いでも、君が馬車を守ってくれなかったら、積み荷を全部持っていかれるところだった」
「護衛の仕事ですから。それにあの程度なら何とかなります」
そう言ってユキノフは笑った。
ユキノフが旅立ちで持たせてもらえたのは最低限の仕事道具のほかは数ゴールドとひのきでできた棒だけだった。ひどい話にも聞こえるがこれは伝統的な武者修行においても同様の旅立ちの装備である。旅人達がよく着ている丈夫な服があるだけ有難かった。
修行中は基本的に自らの腕で世の中を渡っていくのである。しかも半人前の職人は自ら作ったものを勝手に売ってはいけない。武器屋や防具屋で仕事をさせてもらい給料をもらう。ただしすべての町にこういった店があるわけではなく時には農具や日用品の修理なども行った。
「私にはとても無理だ。基本的に危ない道は通らないんだが今回は君に乗ってもらって助かったよ」
もう一つ定番の仕事が護衛である。いつでもそれなりに需要があって誰でも受けれる仕事と言えば昔からおつかい、護衛、討伐あたりになる。
直接交渉の他、酒場や座、組合を通じて仕事を受ける。国によっては公的な窓口があることもある。
特に護衛の仕事は旅人の定番で金銭の他行き先が近い馬車に乗せて貰い代わりに魔物や山賊からの護衛などを行うという形態もよくあるものだった。
この商人も慣れない山中を抜けるためユキノフを雇った。途中馬を休ませるために寄った沢の側で数匹の魔物に囲まれた。商人には不運だがそれまでタダ乗りにバツの悪さを感じていたユキノフにとっては仕事の機会であった。
勇者の時代に比べれば魔物の数も強さも随分減った。それでも魔物は今もいる所にはいる。山奥、暗い森、夜。これらは魔物の領域だ。
「ところで、君はこれからどこへ?」
「ルディアノへ向かおうと思っています」
「ルディアノか。また辺鄙なところだね」
「ルディアノの古城に住んでる学者の先生を訪ねるんです。師匠の古い友人だそうで」
「なるほど。若いうちから勉強熱心で感心だ。」
商人はそう言って笑った。
その日の午後。
「もう行くのかい?」
「急ぐ旅ではないですが、まあ中に用はないので」
ロマリアの関は歴史ある古い関所で海運が主流の今も多くの商人や旅人で賑わっている。関所の前は中に入るために待つ人々で行列ができていた。
関所の前まで着くとユキノフは支度をして馬車を降りた。
武者修行中のユキノフはあまり余計なゴールドを持たないようにしていて本来は乗せてもらうだけの話だったが商人はユキノフの働きを大いに認め追加で報酬を出そうと言ってくれた。その報酬があれば関の中で宿に泊まれるかもしれないがユキノフはそれを断った。
代わりに商人から少し水と食料を分けてもらい列を待ちながら話をする。
「来る途中に通った街道の分かれ道があっただろうそこを少し南下して森の方にそれるとルディアノの古城がある。」
「分かりました。色々ありがとうございます。」
「間違えてガンディーノの方には行かないようにね」
「何かあるんですか?」
ユキノフは商人に尋ねた。ユキノフにとってロマリアは土地勘のない場所だ。町や国の名前も有名なものしか知らない。
「ガンディーノ公は年を取ってから評判がよくなくてね。町もごろつきの様な奴らがのさばって商売もしづらくなった。」
嗜好品はよく売れるらしいがね、と商人は付け加えた。曰くガンディーノで商売するには賄賂を払う必要があり小規模な商人たちはあまり近寄らない。しかし賄賂を払える大商会の一部は城で使われるという様々な嗜好品でたっぷり儲けているという話だった。
商人と雑談のような情報交換を済ましてユキノフは商人に礼を言いロマリアの関を離れた。
ユキノフは景色を眺めながら街道を進む。やがて分岐路に着きロマリア方向に南下する。ルディアノの次はやはりロマリアの都に行こうか。そんなことを考えながらのんびり歩いた。
街道をから枝分かれした小さい道を見つけそちらへ進む。この辺りはかつては森だったようで道は木々や林の間を進んでいく。こちらも小さいが街道ではあるのだが地形に合わせ蛇行しておりあまり先が見通せない。夕刻に差し掛かり辺りが暗くなっていく。町まではまだ距離がありそうだった。
「今日は野宿かな……」
そう呟きながら歩いていると、街道から少し外れた森の中で、何やら声が聞こえた。
「……むう。これは困ったことになったな」
ユキノフは足を止める。
「誰かいるのか?」
木々の間を覗き込むと、そこにはローブを纏った人が倒れていた。
傍らには大きな鞄が置かれ、地面には紙片や小瓶、金属片などが散乱している。
「大丈夫ですか!?」
ユキノフが慌てて駆け寄ろうとする。
「ふむ……反応が鈍い。純度に問題があったのか、それとも触媒の配合比率か……」
妙に落ち着いた声だった。ひとまず意識はあるらしい。
「こんにちは。何をしてるんですか?」
ユキノフが呼びかけるとゆっくりとこちらを向く様にごろんと仰向けになる。
年頃はユキノフと同じくらいだろうか。黒い髪にユキノフと同じような旅人用の衣服を着ている。違うのは丈が長くエプロンドレスのようになっている。つまり女性用だ。
「通りかかった旅人です。何か困っているように見えたので」
「なるほど。ワタシはヘイザン。錬金術師の見習いと言ったところだ」
少女は胸を張った。
「錬金術師……?」
「そうだ。金属の変化、薬品の調合などを研究している。もっとも、今は少々厄介な問題に直面しているけどね」
「何があったんですか?」
いつまでも見下ろしていては悪いと思いユキノフは近づいて少しだけ体を抱き起こす。
見たところ外傷らしき物はない。意識もしっかりしている。
革でできた水筒を渡すとヘイザンは口をつけた。のどが渇いていたらしい。水を飲むとヘイザンは経緯を語りだした。
「道を間違えたんだ」
「え?」
「地図を確認していたが景色に夢中になってしまってね。気がついたら街道から外れていた本来はもう目的地に着いてる予定だったが気づけば日も傾き出していた」
「それで?」
「食料も少なくなってきた」
ユキノフは彼女の荷物を見た。
薬品や書物、金属片は大量にある。しかし、食料らしきものは見当たらない。
ヘイザンはやたら堂々と語りだした。
「ずいぶん時間がかかってしまったが食べられる野草を見つけた。しかし火打ち石を落としてしまった。だがワタシは錬金術師だ。それぐらい何とかしてみせようと発熱する薬品を調合し鍋を温めようとした。その時!」
ヘイザンは倒れたまま両手を広げる。
「何か失敗したんですか?」
「結果としてこうなったが失敗ではないさ。実験結果が想定と異なるだけだ。師もよく次に役立てれば良いと言っていた」
よく見ると散乱している破片の周囲が少し焦げている。
「薬品が急に燃え上って爆発したんだ」
ヘイザンはやれやれとため息をつく。ユキノフはため息をつきたいのを我慢して尋ねた。
「頭とか打ちましたか?」
「失敬だな!見事に回避したよ。少し驚いて尻もちをついてしまったが些細な事だ。しかしそこが限界だった。ワタシの体から急速に力が失われていった。」
「そう我が身を蝕む空腹によって」
そう言うとヘイザンのお腹が鳴る。
ユキノフは苦笑するしかなかった。
「どれくらい食べてないんですか?」
「最後に食事をしたのは朝だ」
ユキノフは荷物からパンを取り出す。
「よければ食べますか?少し多めに持ってますから」
ヘイザンは一瞬だけ遠慮するような顔をしたが、すぐに受け取った。
「おお、ありがたい。というよりここまで話したのに君が何もせず行ってしまったらと気が気じゃなかったよ。君はなかなか見どころのある人物だな」
「それはどうも」
ユキノフが上半身を支え起こしたまま食料を与える。ヘイザンは特に弱ってるという感じでもなく水とパンとついでに干し肉をたらふく食べた。
食べ終えてユキノフが寝かせようとするとヘイザンは
「食後すぐに寝そべるのはよくないんだ。身体に負担がかかるそうだ。君も気をつけたほうがいい」
そのままユキノフがヘイザンを支え続けた。
結局ヘイザンが立ち上がれる頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
ユキノフは焚き木を集め、手早く火を起こす。野宿は初めてではない。街道のすぐ近くとはいえ夜は危険だ。狼や山賊、それにこのあたりでも魔物が出るかもしれない。
焚火のそばでヘイザンの荷物を一緒に片付けながら、ユキノフはヘイザンの事情を聞いた。
ユキノフと同じようにヘイザンも孤児の身で旅の学者で錬金術師に拾われ、手伝いながら学問を学んできたらしい。
ヘイザンに釣られるようにユキノフも自分の身の上を話した。
「そうか、なかなか奇遇だね」
ヘイザンは生まれについて特に気にしていないようで単純に偶然の出会いを喜んでいるらしかった。
その後彼女は師のもとを離れポルトガの辺りで学者として過ごしながら錬金術の研究を続けていたとユキノフに説明した。
「それで、これからどちらへ?」
ユキノフが尋ねる。
「ルディアノだ」
「ルディアノ?」
「うん。そこに先生の知り合いの錬金術師がいると聞いている。師の名を使って研究資料を見せてもらう予定なのさ」
「ますます奇遇ですね。僕もルディアノへ行こうと思っているんです」
ヘイザンの目が少し輝いた。
「ほう。君も錬金術に興味があるのかい?」
ユキノフは小さく首を振ると首にかけていた物を見せる。
「この金属について聞きに来たんです。かの大錬金術師メルギスに」
それは金でも銀でも銅でも鉄でもない。真鍮のような色の金属だった。
ヘイザンが近づいて覗き込む。焚火の明かりに照らされ青く輝く。不思議な金属だった。
「これは?」
「僕が昔師匠に拾われたとき、握りしめていたものだそうです。師匠も何の鉱石なのか分からないと言っていました」
「色々試したけど炉でも溶けず、形も変わらない。叩いても割れなければ変形もしない。どんな素材でも刃が立たないから一切加工出来ない」
ヘイザンは鉱石をじっと見つめた。
「ふむ……」
学者らしい鋭い目つきになる。
「少し見せてもらっても?」
「いいですよ」
ヘイザンは鉱石を手に取り、表面を観察した。
「……これは、興味深いね」
「何か分かりますか?」
「今のところは何とも言えない。しかし、一般的な鉱石とは結晶構造が異なるように見える」
「そうなんですか?」
「うん。いずれ詳しく調べてみたいものだ」
ヘイザンは鉱石を返した。
ユキノフはそれを再び懐にしまった。
「ところでユキノフ」
「なんですか?」
「君は戦闘ができるのかな?」
「一応、師匠から剣と盾の扱いを教わっています。ここまでも何度か戦闘はこなしてきました」
「なるほど。ワタシは錬金術師と言っても学者だから戦闘は苦手でね。魔物に遭遇した場合、非常に困る」
ヘイザンは少し考え込む素振りを見せる。
「君もルディアノへ向かうのだろう?」
「ええ」
「ならば、同行させてもらえないだろうか。道案内はできないが、錬金術の知識なら多少は役に立てる」
ヘイザンは少し申し訳なさそうにユキノフの反応を伺う。
ユキノフはフッと笑うと手を差し出す。
「僕も一人旅ですし、助かります。よろしくお願いします」
「うん。こちらこそよろしく頼む」
ヘイザンは満足そうに頷いた。