何せ、FCU正規軍にだけいた奴は実戦経験がない。
FCUで実戦経験があるのは、IUNへの出向経験者だけだ。
まして僕は、生ける伝説と一度共に戦っている。
そして、この世界にはこんな信仰が密かに存在する。
いつだって戦争を決めるのは、どちらかの軍に現れるエースパイロットだ。
だから僕は信じていた。
FCUから彼のようなエースパイロットが現れて、快進撃を続けるソトアを追い返してくれると。
「……っ」
気が付けば、不規則な波に揺られている。
眩しさに、思わず手を翳す。
「見ろよ」
僕が目を覚ましたことに気付いたのか、目の前で救命胴衣を身に着け座っている似合わない髭面の男は、水平線近くの陸地を仰ぎながら僕に話しかけてくる。
目が明るさに慣れ、視線を男が見ている陸地に移すと、男の言う通りその陸地からは黒煙が上がっている。
「これ以上の眺めはねえよ。終わってく。今燃えているのが、FCU中央ユージア連合、最後の土地だ」
思い出した。
脱出に次ぐ脱出。
いざという時が来たら、何機か落とした後にちょっとした敵のエースパイロットと刺し違えて仲間に思いを託すのだと思っていたが、その実僕は一度もまともに戦闘機に乗ることなく、撤退に次ぐ撤退を繰り返しては遭難し、ついにはFCU最後の土地をも追われて海上に命からがら燃えるヘリコプターから脱出したのだった。
「このしけた海が最後の場所だとはな」
髭面の男。
ジェンキンズというらしい。
気を失う前に聞いた。
ジェンキンズの言葉は、不思議と僕の中には入ってこなかった。
「伝説の撃墜王〈翼〉もついにやって来ねえ」
だが、こっちの言葉は耳に入ってきた。
撃墜王〈翼〉。
開戦からしばらくしてひっきりなしに耳にするようになった名前だが、最前線を逃げ回った僕が一度も目にすることはなかった。
ならば、〈翼〉はいったいどこを飛んでいるというのか。鬼神、死神、悪魔、三本線。
「不死身のエースってのは、戦場に長く居た奴の過信だ」とは「片羽の妖精」が残した格言だったか。
しかし僕は知っている。
少なくともそれらのうち一人は確実に実在したことを。
彼は本物のエースだった。
しかし。
今回の〈翼〉はどうにも存在がなんというかそう、薄っぺらい。
これまで何度も〈翼〉が颯爽と助けに来てくれることを祈ったものだが、ついぞ一度もお目にかかることはなかった。
不意に、僕の背後から渡り鳥が何羽も飛んでくる。
ジェンキンズはそれを気に留める様子はない。
だが、一瞬後、ジェンキンズが驚いたように僕の背後の虚空に目を凝らした。
聞こえてきたのは、ヘリコプターのローター音。
その音の主は、僕たちのような遭難者を探しに来た救助ヘリだった。
「まさかな」
ジェンキンズは興奮に救命ボートから身を乗り出しながら、僕たちの頭上を通り過ぎて反転しようとする救助ヘリを眺めながら独り言ちる。
「なああんた。これは信じていいのか?」
どうもこの男、独り言ではなく僕にずっと話しかけていたらしい。
これ「は」というのは、さっきジェンキンズが口にした〈翼〉と対比してのことだろう。
僕もいい加減、〈翼〉の幻想に縋るのはうんざりしていたが、自分の目に映ったものは信じるしかない。
「あれに乗るべきか、乗らざるべきか」
こんな状況でも気取った言い方をする、と僕は思う。
詳しくないが、有名な戯曲の一節だったか。
「ほかに道はないしな」
ジェンキンズという男、おしゃべり過ぎて僕の言うべきセリフがない。
海の藻屑と消えようとしていた僕たちに、あの救助ヘリに救ってもらうほかの道など残されていなかった。
「行くか!」
だが、不思議とこの大仰な男の言動が今の僕には心地よかった。
敗走に敗走を重ね、〈翼〉の存在も信じられず、希望を失いかけていた僕には、その芝居がかった希望が立ち上がる原動力になった。
かくして、僕はFCUのものと思しき救助ヘリに救助され、この3か月間で何度目かわからない九死に一生を得たのであった。
(あれは……空母エンデュランス?)
救助ヘリの乗り心地は最高とはとても言えない代物だったが、命が助かった実感は何物にも代えがたい。
そんな複雑な心境で窓の外を眺める僕の視界に飛び込んできたのは、士官学校時代に歴史の教科書の資料で一度、博物館で実物を一度拝んだことのある、骨董品空母エンデュランスだった。
ジェンキンズはというと、救助ヘリのクルーたちと気さくに雑難などをしている。
空母エンデュランスと思しき艦影は、救助ヘリが艦影に近づくにつれその正体が空母エンデュランスそのものであることを僕に示してくれた。
開け放たれた機体の扉から、エンデュランスの上部甲板が見えてくる。
まばらに点在する甲板員が、せっせと各々の作業に勤しんでいる。
海軍との合同任務で空母には何度か乗ったことがある。
その全てが、いま目にしている空母よりも新しい装備で埋め尽くされた空母だった。
軽快なローター音を響かせながら、操縦士の見事な着地スキルで甲板上に軟着陸を決めると、着地点には4人の海軍の戦闘服に身を包んだ男女が救助ヘリの期間を待っていた。
「遭難者2名を救助しました。整備兵とパイロットです」
ひょい、と身軽に救助ヘリのクルーが飛び降り、僕たちを待っていた四人組の戦闘、女性の士官に報告を行う。
ジェンキンズは促されるでもなく勝手に甲板上に降り立っている。
「ふたり?搭乗員はひとりだけ?」
クルーの報告に反芻する女性士官の声には明らかな不満の色が見て取れる。
なるほど、甲板員や搭乗員を救助して戦力に充てたかったのか。
ざんねんながら、ここに来るまでにほとんどが死んだり、取り残されたりした。
正真正銘、ここまでたどり着けたのは僕とジェンキンズの二人だけだ。
じっとこちらを眺める士官たちの視線に、促された気がして甲板上に降り、敬礼を行う。
四人は慣れた手つきで敬礼を返す。
近づいてみて見れば、戦闘の女性士官の胸には「XO」の徽章。
つまりこの船の副長だ。
「まずはこの艦への合流ようこそ」
後ろ腰に手を回し、直立不動の体勢で僕たちに歓迎の言葉をかける副長の姿は、なかなか様になっている。
いや、別に海軍をバカにしているわけではないが、様になる副長だと思ったのだ。
「あ、XO?」
ジェンキンズも彼女の徽章が目に入ったのか、臆面もなく尋ねる。
「ジェンキンズ少佐?整備士官?」
副長殿はそれにこたえることはせず、手にしたファイルを一瞥するとジェンキンズに身元を尋ねる。
「ああー、でも空軍のなんだ」
間の抜けたジェンキンズの返答は僕が内心思っていることでもあった。
艦載機なんか飛ばしたことないぞ。
「この付近には腕を振るえる航空基地はもうないわ。陸海空・海兵隊・警察・消防合わせて。何なら民間航空も。FCUの機体が発着できるのはここだけ」
「仕事は海軍機の整備か。ハンガーはどっちだ?」
XOから告げられた言葉は一見驚愕の事実だが、敗走に敗走を重ねた僕たちにとっては予想の範疇でしかない。
ジェンキンズも取り乱さずに、もう自分の仕事場を探している。
「そう」
ジェンキンズは一足先にハンガーに案内されていった。
副長が僕に向き直ると、仰々しく切り出す。
「本艦は人手が、足らない」
そう副長が言い終わる前に、副長のそばに控えていた医務官らしき女性士官が胸元からペンライトを取り出すと、僕の目にその眩しい光を当ててくる。
「さっきまで気を失ってたって?」
医務官がそう尋ねてくる。いや、尋ねたのか、傍らにいる救助ヘリのクルーに尋ねたのか。
判断がつかなかったので、答え損ねてしまった。
結果、精密検査をパスするまで操縦は許可できないとのお達しだ。
するとなんと、ナビゲーターなら失神しても大丈夫とかいう副長殿のありがたい辞令が出て、僕は自分の命運を預けるパイロットに挨拶しに行くことになった。
(ナビゲーターを使う、複座型か。艦載機だとホーネット、まさかイントルーダーってことはないだろうな)
そんなことを思いながら、先ほど手渡されたヘルメットを見ると、これまた古い型番のヘルメットだ。
これは、下手したらレシプロに乗るかもしれないななどと考えながら、甲板上を移動するのだった。
下手くそゆえ実績・メダルコンプするまでに10周かかりました。
それでもなお熱が冷めなかったので久しぶりに小説を書きました。
乱筆故合わなかったらごめんなさい。
感想欄で「このミッションのここ、こういう解釈あるよね」投下してくれたら採用するかもです。
採用するとは言ってません。
あしからず。
次話からしばらくプロローグ前です。
書き溜めある間は毎日投稿です。
食い潰したら空きます。
エタったらごめんなさい(前科一犯)