First Flightが東京五輪で流れた時は興奮しました。
一番好きな曲を今聞かれると困ります。
song of wings ~rise above~に塗り替えられかけてます。
2029年7月16日。
長かった出頭期間が終わり、ようやくフォートグレイス基地への赴任の日がやってきた。
今日、僕は空軍機のオスプレイに乗ってフォートグレイスに向かう。
ちょうど、フォートグレイスにマクレイア中将率いる視察チームが向かう日と重なったのだそうだ。
僕の読みでは、どこからかシーヴ赴任初日に僕が道に迷った噂を聞きつけていた中将が僕が便乗できるように日程をぶつけてくれたのだと思っている。
「あ」
目が覚め、スマホを開くとあることに気付いた。
フォートグレイスへの赴任が延期されたことは両親に伝えていたが、昨夜そのことについて他愛もない連絡が家族のグループチャットで来ていたのだ。
グループチャットではほとんど発言しない親父も、「気を付けろよ」とだけ送ってきていた。
思えば、親父がグループチャットで発言したのは何年ぶりとかになるんじゃないか。
だが、最終日だというのに昨夜も遅くまで拘束された僕は、既読だけつけて寝てしまっていたのだ。
返信をするか、とスマホの右上を見ると、もうかなり時間がない。
まあフォートグレイスの官舎で落ち着いてから報告すればいいか、と思いスマホのスクリーンをオフにし、ポケットにスマホをしまう。
慌てて支度を済ませ、備え付けの家具だけを残した部屋を出る。
段ボールひと箱分だけの私財は、すでにフォートグレイス基地に送ってしまっていた。
「おっと」
危うくゴミ袋を残していくところだった。
軍の世界は狭い。
ゴミ袋を捨てずに残していったら、後に入る奴が血眼で前の入居者を探し出して噂を流すだろう。
僕は忘れないように靴の前に置いておいたにもかかわらず忘れかけたゴミ袋を手に持ち、シーヴの官舎を後にした。
「おはようございます」
出勤すると、マクレイアとお付きの士官たちが慌ただしく準備をしていた。
「少佐。いよいよだな」
マクレイアはわざわざ手を止め、僕に話しかけてきた。
この人は部下に対しても決して作業しながら話しかけるようなことはしないのだ。
「待ち遠しかったか?……すまない、押していてね。準備しながらでも良いかね?」
そして話ながら作業をしたいときも必ずこうしてことわりを入れてくる。
誰が相手でもそうだ。
本当に尊敬に値する人だ。
「もちろんです、中将。それと……今日のこと、ありがとうございます」
「……何のことだ?」
もちろん、日程のことだ。
すこし照れ臭そうにとぼける中将の表情に、やはりわざと日程をぶつけてくれていたことを確信した。
「そうだ、少佐」
僕が少しにやつきながら中将の顔を眺めていたのがばれたのだろう、中将は気まずそうに話をそらそうとし始めた。
「今日は積乱雲を避けるため、少し航路を変更してエキスポシティ上空を通過することになった。ご両親がエキスポシティに住まわれているのだったな。上空から挨拶していくといい」
……本当にこの人は。
今発達している積乱雲はそこまで大きなものではなかったはずだ。
信頼性の高いオスプレイがわざわざ迂回するものでもないが、恐らく中将が安全策を取る、とか言ってゴリ押したんだろう。
ということは、出発が早まっているのか。
だからこんなに慌ただしく準備しているのか。
「ありがとうございます。では、私も急ぎここの席を片付けてきます」
「うむ。そうするがいい」
定刻通りに発進の準備が整い、すでにローターを始動させ始めたオスプレイへと向かう。
「そうだ、皆」
オスプレイに乗り込む直前。
マクレイアがオスプレイのローター音に負けじと声を張る。
「今日は空母エンデュランスがシーヴに寄港している」
マクレイアの言葉に、視察団と僕は少し驚いた。
エンデュランスと言えば、とうの昔に博物館送りになっていた老朽艦のはずだ。
「海軍のプロモーションビデオ撮影のためらしい。教科書か博物館でしか見たことのない代物だろう、飛び立つときに見えるだろうから、見ておけよ」
そういえばそんな噂を耳にしたことがあった。
なんでも海軍にスポンサーがついたらしい。
ここ数年で海軍が予算を増やし配備を進められたのは、そのスポンサーのおかげだと。
空軍もぜひあやかりたいものだ。
僕に割り当てるラプターをめぐっても、相当もめたとのことだからFCUは本当に金も物もない。
周りの士官たちも、やれ海軍はうらやましいだの、エンデュランスにはユークのトップサーカスのスターが乗っているらしいだの、各々好き勝手なことを言いながらオスプレイに乗り込んだ。
「もうすぐエキスポシティ上空だ」
コパイロットが乗員に告げると、僕は右の窓から地上を見下ろす。
海浜公園前、そこが両親に住む家のあるところだ。
そういえば今返信してもいいなと思い、スマホを開き、家族用のグループチャットを開く。
「!?」
僕が返信を打ちながら海浜公園を上空から探していると、操縦席からけたたましい警報音が鳴り響く。
「何事だ!」
いち早く反応したのはマクレイア。
「警報です!これは……衛星からの警報です!」
「衛星だと……」
流石のマクレイアも、事態が呑み込めないようだ。
当然、僕にもなにがなんだかわからない。
そして、その答えは一瞬後に地上からもたらされた。
「うわっ……!」
僕が覗いていた右側の窓から、一瞬眩い閃光が差し込む。
ちょうど僕が探していた海浜公園があるであろうあたりから、爆炎と猛烈な勢いで吹き上がる噴煙が見える。
そしてそこを中心に、衝撃波が町の建造物を吹き飛ばしているのが見える。
「総員、耐ショック!オスプレイ、避退します!」
僕がそれを目にしたのとほぼ同時、コパイロットが怒鳴るように叫ぶ。
僕は咄嗟に窓際に設置されている手すりに左手で捕まると、僕の横に立っているマクレイアに手を伸ばす。
「中将……!」
「むっ!?」
だが、マクレイアの反応が一瞬遅れた。
その瞬間、オスプレイをすさまじい衝撃が襲う。
「ぐわあああっっっ!!!」
「きゃああぁぁぁっっ!」
機内は警報音と者がぶつかる音、それに悲鳴、そして何より凄まじい衝撃音で満たされた。
そして機体はすさまじい衝撃にまるでシェイクされるように揺れる。
「ちゅうじょおおおおっっっ!」
僕はあまりの衝撃に目をつぶりたくなる衝動をこらえながら、天井と床を激しくバウンドするように跳ね返り続けているマクレイアを何とか掴もうとする。
だが、とても動体視力が追いつかない衝撃の中、何度かマクレイアの体に触れはしたものの、衝撃が収まるまでマクレイアを掴むことはできなかった。
「…………」
揺れは収まり、機内のそこかしこからとぎれとぎれのうめき声が聞こえる。
そしてそれをかき消すような警報音がひっきりなしに鳴り響く。
元々高度を取っていたのと、衝撃が来る直前に全力で高度を上げていたのが幸いしたのか、機体は幸い墜落していないし、今のところ高度が急激に下がっている様子もない。
「……中将!?」
手すりにつかまっていたのと、奇跡的に機内を暴れまわった機材がぶつかることなくほとんどダメージがなかった僕が一番先に我を取り戻す。
真っ先に意識が向いたのはコクピットだ。
通常、こうした場合はパイロットかコパイロットがメイデイを無線に連呼するはずだが、それが聞こえない。
次に他の乗員、マクレイア中将以下の視察員のことだが、コクピットの異常が疑わしい今、優先順位は明白だ。
「コクピット!」
僕は即座に平衡感覚を回復させ、機体前部のコクピットへと進む。
見れば、パイロットとコパイロットは二人とも気を失っていた。
気絶する瞬間に押したのであろう、オートパイロットの表示が光っている。
即座に墜落したり錐もみ状態にならなかったのはこのおかげだろう。
「おい!おい!だめか」
僕はぐったりしているパイロットの体をゆするが、反応はない。
息はあるようだが、頭を打ったらしく頭から血を流しており、意識を取り戻す気配はない。
オートパイロットで安定して飛行してはいるが、さっきから計器の警報がおびただしいアラーム音を発している。
急いで状態を確認しないと、1秒後にエンジンが止まっても不思議ではない状態だ。
「よっと」
僕は急いでパイロットのシートベルトを外すと、手際よくパイロットを操縦席から運び出す。
「誰か!動ける者は!」
「はい……なんとか……」
叫ぶと、後席から消えそうな声が返ってくる。
見れば、一見か弱そうな女性士官が額から血を流しながらもふらふらと手すりにつかまりながら立ち上がろうとしている。
「彼の介抱と、他の乗組員の介抱を!マクレイア中将もだ!」
僕はそれだけ一瞥すると、すぐに操縦席に座り機体の状況確認を始める。
左右のローターどちらも油圧系に異常、そこまで速いペースではないものの燃料漏れ、電気系統に異常でGPS停止、その他計器類が多数故障。
「すぐに堕ちはしないな」
致命傷は免れたらしい。
故障により異常値を示し警報を鳴らしている計器類をすべてシャットダウンすると、警報音は油圧異常と燃料漏れを示すもののみになり、いくらか静かになった。
「これなら」
シーヴに引き返せるだけは持つ、と言いかけた瞬間、またもエキスポシティからの閃光がオスプレイを襲う。
「くっ!総員、耐ショック!!!!!!」
耐衝撃姿勢を取れる者がいるかはわからないが、とりあえずそう叫んでオートパイロットを切り、高度を上げながら機体の底面を爆心地に瞬時に向ける。
一瞬後、また先ほどの衝撃がオスプレイを襲う。
シートベルトをし損ねたせいで僕の体は激しく操縦席の天井にぶつかり、はずみで何かのボタンやレバーを押しながら僕は操縦席でバウンドする。
「ぐううぅぅぅっっっ!」
頭が割れたのを感じる。だが、僕は操縦桿に掴まりつつ、足で操縦席の前面を押すことでなんとか操縦席に僕の体を固定し、ダメージを最小限にする。
「きゃああっっっ!」
後席から聞こえた悲鳴は一人だけだ。
さっきの女性士官以外、全員気絶しているらしい。
立っていたマクレイア中将以外はシートベルトをしていたはずだが、それでも機体内部の機材が飛び交い、阿鼻叫喚絵図のはずだ。
衝撃が収まり、慌てて僕が押してしまったスイッチ類を確認する。
幸い、整備時に使う各種スイッチ類だったようで、飛行中はセーフティがかかっていて動作はしなかった。
「まずいな……」
だが、今の衝撃でエンジンローターの油圧系の異常が深刻になっている。
何より恐ろしいのは燃料系の異常表示が消えたことだ。
燃料漏れが直るはずはない。
燃料をモニターする計器がイカれたということだ。
これで、今の衝撃で悪化したのかも分からない。
とにかく、今できることは一つ。
北へと変針を行い、一刻も早くエキスポシティ上空から退避することだ。
次またあの衝撃が襲えば、恐らくひとたまりもない。
既にエンジンローターの油圧系がほぼおしゃかになっていて、高度が徐々に下がり始めている。
見えないが、火を噴いていてもおかしくない。
異常に重い操縦桿を引き、北へと進路を強引に変える。
旋回半径も大きい。
やはり機体の状態は相当悪い。
「ひっ……!」
そんな中、警報音に紛れて後席から悲鳴にも似た声が聞こえる。
「どうした!」
僕が振り返ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
僕が引きずりおろし、固定しなかったパイロットの体が飛び跳ねまくったのだろう。
パイロットは見るからにこと切れている。
そして、パイロットの体がマクレイア中将に刺さっていた。
「……くそっ!」
だが、一瞬怯えていた女性士官も大したもので、僕と目が合った瞬間に我を取り戻し、這うようにマクレイア中将の元ににじり寄る。
女性士官の状態も相当悪そうだ。
右足はバキバキに折れていそうだ。
「中将!中将!」
女性士官が絞り出すようにマクレイアに話しかける。
「まず止血を!」
僕は前方と後方の機体内部を交互に見ながら、女性士官に辛うじて指示をする。
だが、首をゆっくり横に振ったのは女性士官の膝元に転がるマクレイア本人だった。
「腹部大静脈だ……助からんよ」
驚くほど落ち着いた声、だが消えそうなかすれ声で、マクレイアが呟くように言う。
「中将!!!」
僕は半狂乱になりながら機体を今出せる全速力で北に飛ばす。
「フェイスパークだ……今日は周辺を飛ぶ航空機が少ないはずだ。あそこなら緊急着陸もできる。機体は……君ならもたせられるだろう?」
明らかに命を削りながら喋っている。
だが、この日の全フライト日程を頭に叩き込んでいるのはマクレイアだけだ。
警報音に紛れるか細い声を聴き洩らさないよう、僕は全神経を後部座席へと向ける。
「レイ少尉……君も重傷だろうが、他に生きている者がいるなら介抱してやってくれ……私はもういい」
「……わかりました」
気丈なもので、レイ少尉は指示に従い、直ちに座席にうなだれたまま気を失っている乗組員の元に向かう。
「少佐……レイ少尉は早くに親を亡くし、年の離れた弟のために軍に入り、24歳で少尉にまで登り詰めた才媛だ。どうか、送り届けてくれ」
「……必ず!」
必ず、なんて口が裂けても言える状況ではない。
計器はほとんどが死に、燃料もエンジンもいつまでもつかわからない。
それでも、僕はそう言うしかない。
そして、この約束だけは守らなくてはならない。
「……少佐」
「中将!もう……!」
「君なら、エースに……」
警報音の中でもわかる。
数メートル離れていてもわかる。
不思議と、わかるものだ。
その後、フェイスパーク上空に着くまでの間、何度かエキスポシティをさらにあの爆発が襲い、離れゆくこの機体にも振動が伝わってきた。
僕もレイ少尉も、一言も発することなく飛び続けた。
この辺の経緯をレックスがエンデュランスの中で語らせるのか、黙っておかせるのか迷ってます。