「見えた。フェイスパーク飛行場だ」
僕が発した声に、応えるのは複数のうめき声と、レイ少尉の力ない声。
あれから20分、3名の乗組員は辛うじて生きており、2名は意識を取り戻していた。
また、コパイロットも意識を取り戻し、忙しなく僕の操縦を補佐してくれていた。
助かった、と思った者はこの機内にいないだろう。
機体を制御するフライ・バイ・ワイヤも停止し、機体は不安定に揺れ続ける。
エンジンローターも時折停止しながらなんとか回っている状態だ。
燃料も1秒後になくなってもおかしくない状況だ。
機体が無事に着陸し、自分の足で大地に降り立つまでは、まったく助かったとは思えない。
〈〈こちらフェイスパーク管制塔。貴機の所属を知らせよ〉〉
ここに着くまでにコパイロットが何とか復旧してくれた無線から、途切れ途切れながらも声が聞こえる。
「こちらシーヴ飛行場所属、マクレイア中将のフェイスパーク視察に向かったファーストラブ・ワンだ。エキスポシティ上空で原因不明の爆発に巻き込まれ、こちらに退避してきた。こちらステート・ビンゴ。というより、燃料の残量が確認できない状態だ。1秒後に墜落してもおかしくない。すぐに着陸させてほしい」
コパイロットが途切れがちな無線でも伝わるよう、ゆっくりと伝える。
僕はというと、フライ・バイ・ワイヤの補助なしで低空の乱気流の中機体を安定させつつ着陸できる場所に向かわせるのに良さそうな場所を目指すのに必死だ。
〈〈フェイスパーク管制塔よりファーストラブ・ワン。エキスポシティについては詳細は不明だが、速報は入っている。着陸を許可する。マクレイア中将は俺の師匠だ。よくお連れしてくれた〉〉
やはり詳細は不明か。
見たところ、通常兵器の破壊規模ではない気がした。
何らかのテロあるいは、国家的な先制攻撃を受けた可能性が高い。
あれほどの規模ともなると、詳細の把握に時間もかかるだろう。
しかし因果なものだ。
マクレイアの旧知らしいが、マクレイアはもう……
「ファーストラブ・ワンより管制塔。残念だが、マクレイア中将は爆発の衝撃により機内で亡くなられた。貴官は中将の教え子か。守れなくて、すまない」
言いづらいことだが、隠すわけにもいかない。
コパイロットの声音は辛そうだ。
僕だって、これを言う役は買って出たくないものだ。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
ローターが片方止まった。
「ファーストラブ・ワンより管制塔!たった今、ローターが片方止まった!至急着陸を試みる。どうあれチャンスは一回だ!ハードランディングになる、そっちからも祈ってくれ!!!」
コパイロットも即座に気付いたらしい。
こちらの状況を手早く伝えてくれた。
〈〈管制塔よりファーストラブ・ワン。絶対に着陸させろ!中将を絶対に故郷に送って差し上げたい!〉〉
管制官も熱いタイプのようだ。
もとより、こんなところで死ぬつもりもない。
手元の計器はけたたましく警報音を鳴らしているが、僕にできることは一つだ。
中将に託されたこの機体を、なんとしてでも大地に還す。
「っ!!!」
頭から垂れてきた血が目に入ったが、意に介する暇はない。
ガタガタと小刻みに揺れるコックピットから見据えるのは、着陸地点に見定めたアスファルトの一点のみだ。
〈〈降下速度が速い!減速しろ!パワー!パワー!パワー!〉〉
そんなことは言われなくてもわかっている。
だが、ローターが片方止まっていて、生きているローターも虫の息だ。
「全員、着地ショックに備えろ!」
この速度では爆散しかねないが、仕方ない。
どのみちリトライもできない、できることを全員がやるしかない。
最後、機体が地面に着く直前、奇跡的に止まっていたローターが一瞬、再稼働した。
「ぐわっ!!!」
それでも凄まじい衝撃が期待を突き抜け、それが4回ほど続いた。
バウンドしたらしい。
最後は横向きになりながら地面を滑り、静止した。
「……みんな、生きてる?」
僕の右側は機体外壁がひしゃげ、10センチ先には地面がある。
もう少しバウンドの仕方が悪ければ、僕の頭は潰れていただろう。
「……多分」
「何とか……」
コパイロットとレイ少尉が息も絶え絶えに返してくる。
後部座席の生存者も、今のでとどめを刺されてはいないようだ。
機体前方、粉々になったフロントガラスからは、大慌てで駆けつけてくる基地のスタッフの姿があった。
安堵したつもりはなかったが、僕はその光景を最後に意識を失った。
結局、最後まで意識が戻らなかった生存者はその後亡くなったらしい。
最初の爆発で機材の衝突で重篤な脳挫傷状態にあり、着陸前の時点ではすでに仮死状態だったとのことだ。
僕はと言えば、頭蓋骨に亀裂骨折を負っていた。
レイ少尉は右大腿骨を複雑骨折、コパイロットはなんと右の肋骨が全部折れた状態だったそうだ。
そんな状態でよく操縦を補佐してくれたものだ。
僕が配属される予定だったフォートグレイス基地は無線での応答がなくなり、当然だが僕の赴任もキャンセルされた。
そしてその日の夕方には、ある程度の情報が集まってきた。
海の向こう、ソトア共和国が宣戦布告と共に先制攻撃を仕掛けてきていた。
マクレイアはこのことを想定していたのだろうか。
戦争になったら、という話をした時のマクレイアの顔。
今思えば、特定の国とのことを危ぶんでいるようにも見えた。
それはソトアだったのだろうか。
それと、エキスポシティは壊滅したらしい。
生存者もいるそうだが、僕にはわかる。
親父もお袋も、死んだ。
海浜公園周辺に「トニトルスの槍」が落ちるところを、この目で見た。
僕のスマホの画面は、家族のチャットルームをずっと表示している。
かれこれ数時間、この画面を見つめている。
「返信、しておけばよかったな」
ようやく、後悔を言葉にできた。
画面には、「今日からフォートグレイスよね?着いたら写真送って頂戴ね」というお袋からのメッセージと、「気を付けろよ」という親父のメッセージ。
最初の爆発を目にした時から、分かってはいた。
だが、訓練された軍人として、常にやるべきことがあった。
着陸後に気を失って、目が覚めて、搭乗員のことを聞き、自分の状態のことを聞いて、病室に運ばれて、バキバキになった自分のスマホをトレイから取り出した瞬間、ようやく向き合えた。
だが、不思議と涙は出ない。
心が壊れてしまったんだろうかと最初は思った。
あるいは、感情には鮮度があって、何時間も向き合わなかったから渇いてしまったんだろうかとか、いろいろ考えた。
でも、どうも違うらしい。
今の感覚は、エキスポシティで最初の爆発を見た直後、軍人として自分のやることに専念していた時の感覚とどこか似ている。
まだ、やるべきことがある。
多分、生き残った人間は飛べなくなった仲間の分も背負うんだ。
何を背負ったのかはわからない。
けれど、ここで立ちどまって泣いて、それで死んだら。
絶対に先に死んでいった人たちは許してくれない。
それだけは分かる。
その時が来るまで、僕は生きて戦う。
そしていつか役割を全うしたら。
その時は、泣けるんだろうか。
短めですが、ここで切ります。
あまりに区切りポイント過ぎました。