情報が集まるたび、フェイスパーク飛行場は絶望に包まれていった。
敵の欺瞞情報ではないかと思うほど、FCU側が劣勢すぎるのだ。
戦術核クラスの破壊力を持つ「トニトルスの槍」。
ストーンヘンジに匹敵しかねない威力のレールガンを備えた「陸上戦艦」。
FCU軍はこれらの兵器によりなすすべなく戦線を後退し続けている。
もうじき、僕たちもここフェイスパーク飛行場を脱出しなければならなくなるだろう。
聞けば、民間で購入され、その後放射能漏洩事故で封鎖されていたロッキーアイランドから陸上戦艦は発進していたらしい。
なんと間抜けな話だろう。
ソトアによるFCUへの侵攻は、何年も前から始まっていたのだ。
これで確信した。
マクレイアは明確にソトアとの戦争を憂いていたのだ。
恐らく、不確定情報としてソトアが打ち上げていた衛星に関する情報やロッキーアイランドの情報も知っていたのだろう。
僕のレポートを見て揚げ足を取ってきた将官たちの顔が目に浮かぶ。
きっとあいつらが、マクレイアが鳴らす警鐘を握りつぶしてきたんだ。
そう思うと、僕の中に何か黒いものがこみあげてくるのを感じる。
あれから2週間。ソトアの陸上戦艦はすべてを踏みつぶしながら、町から町へと進軍し、FCU軍は抵抗らしい抵抗もできないまま敗走を続けていた。
もうフェイスパークに戦える戦力は残っていない。
出撃した戦闘機たちは1機も帰ってこなかった。
予備のパイロットは絶対安静の僕を含め何人か残っているが、機体がない。
脱出用の輸送機が何機か残っている程度だ。
そんな中、フェイスパーク飛行場に勤務する士官たちの親族の訃報も続々届いた。
フェイスパーク飛行場の空気は地獄そのものだった。
そして、僕の隣のベッドで絶対安静を命じられているレイ少尉もまた、唯一の肉親の訃報を受け、悲しみに暮れていた。
かける言葉が見つからない。
表向きはレイ少尉は気丈だ。
僕だって両親の訃報を正式に受け取ったし、同じ境遇の者は基地内に多い。
だが、それはレイ少尉にとっては救いではなく、むしろ不幸だった。
皆同じで、皆軍人としての責務を背負っているから、悲しむことができないのだ。
そうやって、表面上は気丈に振舞うレイ少尉は見る見るうちに壊れていった。
今や、小声で呼びかけても反応がない。
幸い僕は脳内出血などはなく、脳波の異常なども見られなかった。
頭蓋骨さえくっつけば、また飛べるようになる。
でもまだ当分かかりそうだ。
何度も触ってみては激痛が走り、まだくっつかないか、とため息をこぼしている。
「痛っ!!!!」
今日何度目かの頭蓋骨チェックをしていた時、不意に病室が、いやフェイスパーク飛行場全体が揺れた。
おかげで僕は意図した以上に強く頭を押してしまったようで、ひときわ強い激痛が走る。
同時に、基地に空襲警報のサイレンが鳴る。
遂にこの時が来た。
迎撃戦力を残していないフェイスパーク飛行場は、すでに敵の来襲を受け次第即座に基地を放棄することを決定していた。
窓から外を見れば、既に輸送機のエンジンに火を入れ始めている。
「うわっ!!」
近くの山に砲弾が直撃し、さっきよりもより大きくフェイスパーク飛行場が揺れる。
これが陸上戦艦のレールガンか。
間違いなく、このフェイスパーク飛行場を標的にした砲撃だ。
〈〈総員、退避せよ!滑走路の輸送機に飛び乗れ!〉〉
激震の中、病室のある宿舎に放送がかかる。
手筈通りなら、300秒後に輸送機は発進する。
滑走路ではすでにその準備を進めている。
生き延びたければ、それまでに飛び乗るしかない。
「レイ少尉!」
僕は痛む頭を無視して飛び起き、着の身着のままで隣のベッドで虚ろな瞳をしているレイ少尉に声をかける。もとい、怒鳴りかける。
だが、反応はない。
それでも、脚がぐちゃぐちゃに折れていようが、心がバキバキに折れていようが、託された者としてレイ少尉を連れて行かなければならない。
それがマクレイア中将から託されたことだから。
「少尉っ!!」
僕は虚ろな瞳で座り込むレイ少尉の手を取り、強引に引っ張る。
レイ少尉の瞳に僅かに光が戻り、驚いたような顔でこちらを見ながらベッドから転がり落ちる。
「分かるか!!退避するぞ!輸送機に乗る!足が折れていてもだ!」
轟音にかき消されないよう、大声でレイ少尉に呼び掛ける。
あと240秒。
滑走路に出てから輸送機に飛び乗るまでの移動時間を考えれば、あと1分以内にレイ少尉を何とか立たせないと間に合わない。
レイ少尉は、ようやく事態が呑み込めたようだった。
恐怖に顔を引きつらせながら、必死に周りを見渡して状況を把握する。
「早く!」
僕はレイ少尉の手を強く引こうとした。
だが、その手はレイ少尉に振り払われた。
「!?」
驚き振り向いた僕の瞳に映ったのは、瞳に涙を湛えて首を横に振るレイ少尉だった。
「……行ってください」
「なんで!君も」
「行ってください!!!!!」
僕の言葉は、レイ少尉の強い制止にかき消された。
分かってしまった。
目の前のまだ少し幼さすら残る女性士官の心は、もう完全に折れてしまっていると。
「……少佐お一人なら間に合います。どのみち私は無理です。この脚では……」
見透かされたことに気付いたのか、取り繕うように自分の脚を見つめながら言う。
「あ、脚がどうだっていうんだ。マクレイア中将は……」
だめだ。
心が折れているとわかっている相手に、これ以上は。
「……もう、いいんです」
そんな僕の心の内を見て取ったか、彼女も取り繕うことをやめた。
言葉ではなく、心で通じ合ってしまった。
「……少佐?」
「なんだい?」
ああ、やめてくれ。
僕だって何度、自分の心を折ってしまいたくなったか。
分かる。
マクレイア中将の最後の瞬間、僕は機外を見ていたが、きっとこんな目をしていたんだろう。
託して、先に逝く者の目だ。
でもいい加減、僕も気付きかけている。
僕がエースになんてなれないと。
この先何度こういうギリギリの状況を迎える?
その全てを生き延びられる確率は何%あるというんだ?
その先でエースになれる確率は?
これがギャンブルなら酷いゲームだ。
そんな僕の心の中を見透かしたのか。
レイ少尉は少しだけ得意そうに笑う。
「エースに、なってくださいね」
直後、すさまじい衝撃と轟音が僕たちを襲う。僕は瞬時に平衡感覚を取り戻して立ち上がると、僕の頭の上には空があった。
「は?」
滑走路に着弾し、巨大なアスファルトの塊が僕たちの病室を直撃したらしい。
喜ぶべきか呪うべきか、僕の体は無傷だ。
そして、僕の足元にはレイ少尉のベッドの脚だけが転がっている。
レイ少尉を探すことはしなかった。
何も考えず、輸送機の方へ走った。
走る振動で頭蓋骨が悲鳴を上げているが、知ったことじゃない。
血が額に垂れてくる。
傷が開いたらしい。
知ったことじゃない。
僕が辿り着いた時、輸送機のクルーがまさに扉を閉めようとしているところだった。
僕はボーディングラダーなんて使わずに一足で輸送機の床に飛び乗る。
クルーが一瞬目を丸くしていたが、「よく間に合った」と一言だけ発して勢いよく扉を閉めた。
気付けば、もう輸送機は走り出していた。
それからさらに2か月半。
シーヴに辿り着いたときは、ここで戦うものだと思った。
だが、フェイスパークのときに無理をしたせいで空に上がれず、失意のまままた脱出することになった。
シーヴ陥落のときは、さすがに雰囲気は地獄だった。
何せ首都陥落だ。
僕は戦わずして無条件降伏を受け入れることになると思った。
だが、シーヴの翼が現れたという。
この戦争で最初にダブルエースになり、僕らのシーヴ脱出の時間を稼いだ救世主。
その話が本当なら、シーヴの翼は僕の命の恩人だ。
なぜなら、僕はシーヴ脱出のときも2秒遅れていたら死んでいたのだから。
シーヴの翼が何秒稼いだのかは知らないが、1秒ってことはないだろう。
ストラスゴーに行けば、エースに会えると思った。
本物のエース。
この戦争をひっくり返す、救世主。
だが結局、シーヴの翼は遂に僕たちの前に現れなかった。
ストラスゴーからも逃げ、FCU最後の領土は空母エンデュランス。
その空母エンデュランスで、僕は遂にシーヴの翼と邂逅を果たしたのだった。
次話から時系列がプロローグ直後に飛びます。
プロローグというのはこの小説のプロローグという意味です。