ACECOMBAT8 国連軍からの帰還兵   作:冬元 鈴

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時系列が戻ります。



ep.06 Jan "Rex" Cope 〜ジャン・"レックス"・コープ

「これか?……癖みたいなものだ。気にしないでくれ」

 

シーヴの翼。

ジャン・コープ中佐は、なんと言うか、様になっている。

正直シーヴの翼を疑っていたが、こうして実物を見ると、実感できる。

彼はエースだ。

 

彼について行くと、彼の乗機が見えてくる。

F/A-18Fスーパーホーネット、複座型だ。

なんというか、因果なものだ。

だがすまない、母さんよ。

複座型のホーネットで出会ったのはお嫁さん候補ではなくシーヴの翼だった。

 

「後席聞こえるか」

 

ヘルメット内蔵のヘッドセットからコープの声が聞こえる。

僕は甲板乗員に親指を立てると、彼がコープにそれを伝えてくれる。

 

今から出るのは、不明機との接触のため。

鈍重な反応だが、識別信号を発してこないため、艦載機による接触を図るとのことだ。

 

ゆっくりキャノピーが閉じる。

キャノピーが閉じると、コープが口を開いた。

 

「DDに何を吹き込まれた?」

 

なんの事か。

シーヴの翼の事か。

 

「まあ発着艦くらいは問題ないから、安心してくれ」

 

こういうことらしい。

シーヴの翼は偽物。

たしかにコープはシーヴの上空を逃げ回ってシーヴ脱出の時間を稼ぎはしたが、敵を落としてはいないのだと。

ユージア大陸で泥を啜りながら生きている人達にとって、頼れるイコンのようなものが必要で、それを作り上げたのがあのDD、そのハリボテの人身御供がコープらしい。

 

不思議と落胆はなかった。

フェイスパークから飛び立った味方機は1機も帰ってこなかった。

最前線を転々とし、友軍の壊滅報告を聞き続けた僕にとっては、敵を落とさずとも任務を遂行し生還し続けただけでも英雄と呼ばれるに値すると思った。

 

グン、と凄まじいGを感じながら発艦する。

空軍出身の僕にとってはカタパルトでの発艦は経験がない。

IUNでの任務も対自由エルジアの内陸任務が多かった。

そこから高度を得るコープの操縦は美しかった。

なんというか、自分が操縦しているような気がするほど、僕とコープの飛び方は似ていた。

風の掴み方、燃料を位置エネルギーと運動エネルギーに置き換えていくやり方が似ている。

こんな空でなければ、この人は楽しそうに空を飛ぶんだろう。

だが、同じ飛び方かと言われると、それも違う。

なんというか、彼は何かを探している。

空に忘れ物でもしたというのか。

でも、直感的に思う。

彼の探しているものはきっと、この戦火の灰色の空にはもうない。

 

飛ぶ理由は人の数だけある。

落ち着いたら、彼の話も聞いてみたい。

そう思った。

 

 

 

 

飛行していた機体は、難民を移送するジャンボジェットだった。

コープが慣れた口ぶりでエスコートする旨伝えるが、その直後コープの口調が曇る。

超音速で接近する機影が2つ。

わざと見過ごし、囮に使われたらしい。

コープは僚機、コスターにジェット機を任せ、自分が2機を撒くと言い出した。

なるほど理解した。

この戦況では、コープにとって敵を落とさなければ成立しない作戦がこれまでなかったのだろう。

趨勢は決している戦場で、誰かのための時間を稼ぐ。

同じ軍人ではあるが、何故か僕は無性にこの人に敵を撃って欲しくないと思った。

 

 

「またあの逃げ方だ。まるで老いぼれ羊じゃないか、シーヴの翼」

 

オープンチャンネルから敵パイロットの声が聞こえる。

どうも因縁の相手らしい。

 

「3回連続で箱から出たのが、欲しかったおもちゃじゃなかったことあるか?」

 

どうもコープにとって望ましい敵では無いらしい。

だが、これで確信した。

コープには欲しいおもちゃが空にあるのだ。

 

「名を売っていると、たまにああいうおっかないのが来る」

 

確かにおっかない。

コープの機動は見事なものだが、それでもピッタリと食いついてくる。

 

「許してくれないか」

 

オーバーシュートを企図した急減速も、「コブラ」と言われる変態起動でまた後ろに付かれる。

敵の機体はSu-57。

ユーク原産の最新鋭機だ。

コープのスーパーホーネットとは機動性能が違う。

 

「フレアは任せたぞ」

 

「了解」

 

間もなく雲を抜ける。

これからは敵がミサイルを打ち尽くすまでひたすら逃げることになる。

 

「ちょうど良いものがある」

 

そう呟いて急旋回し、コープが機首を向けたのは大きな吊り橋だ。

どの道この距離ではノーエスケープゾーンだ。

位置エネルギーを捨ててでも、ミサイルを墜落させるために高度を下げる判断は的確だと思う。

 

急降下の瞬間、ミサイルアラート。

だがこの瞬間、位置エネルギーを運動エネルギーに急変換したこの瞬間だけはミサイルが外れると判断し、フレアを温存する。

 

ギリギリで近接信管の作動距離をかいくぐり、目標を見失ったミサイルが明後日の方向に飛んでいく。

 

「次はフレアを頼むぞ」

 

肝を冷やしたのだろう。

コープから念押しが来る。

 

位置エネルギーを運動にエネルギーに変えたため、凄まじい速度で急降下する。

あわや海面というところで機首を起こし、すれすれで橋の下をくぐる。

その直前にミサイルアラート。

僕は即座にフレアを発射する。

フレアの持つ熱に赤外線誘導ミサイルが僅かに軌道がぶれ、その結果橋に激突する。

 

「いいコンビネーションじゃないか」

 

コープから安堵の声が聞こえる。

機体は速度を殺さないまま、高速で橋に絡みつくように不規則な螺旋状の軌道を描く。

空軍の展示飛行チームでも、この飛び方はできまい。

だが、見て覚えた。

 

続けざまにミサイルアラート。

コープなら軌道を逸らせば、また橋にぶつけてくれる。

即座にフレア。

コープが瞬時に操縦桿を捻り、橋桁ギリギリの旋回を見せる。

またもミサイルは橋に激突。

 

と、ここで急減速。

 

「オーバーシュート」

 

敵機の1機がこちらを追い越し、それに動揺したか機動がぶれ、橋の上の梁に激突する。

 

「1機自滅」

 

見事なマニューバキルだ。

ミサイルやガンでのキルはなくとも、こうした自滅でダブルエースを既にとっていてもおかしくない。

 

「約束の地に向かうがいい」

 

だが、終わりの瞬間は唐突に訪れた。

 

橋にぶつかりよたよたと僕たちの前を飛ぶ敵機目掛けてミサイルが飛ぶ。

僕はフレアを出せなかった。

出せたとしても外せたかどうか。

僕たちの目の前で敵の機体が爆散し、一瞬何も見えなくなる。

 

「流石だな、影22」

 

コープが観念したように呟く。

煙が晴れ、僕が目にした光景は、敵のSu-57がこちらを追い越した直後、コブラ機動から機首だけをこちらに向け、高機動ミサイルを発射している姿だった。

 

凄まじい衝撃が機体を襲う。

瞬時に機体は炎に包まれ、機体は緩やかに不規則な回転をしながら海面へと落ちていく。

味方を目眩しに撃ち落とし、ついにシーヴの翼を討ち取った「影22」は、悠然と空域を去っていった。

 

 

 

 

(俺には、まだこの世に心残りがあるんだが)

 

コープの声が聞こえたような気がする。

 

機体は海面に激突したが、侵入角が良かったのが粉砕はされておらず、少なくとも後席は無事だ。

心配なのはミサイルの爆砕をもろに受けた前席だ。

 

僕は急いでシートベルトを外すと、前席に手を伸ばす。

出来れば、コープを連れて浮上したかった。

だが届かない。

コープは力なく座席に座ったままで、動く気配がない。

 

時間がない。

 

機体はどんどん沈んでいく。

水温は思いのほか冷たい。

やっとの思いで、コープの首に繋がれ力なく漂っているドッグタグを掴み取る。

見れば、キャノピーの前面は粉々だ。

よく見えないが、コープは即死していたのかもしれない。

僕はコープの救出を諦め、コープのドッグタグだけを握りしめて浮上する。

 

(浮かべ。そして生きて帰れ)

 

そう聞こえたのはコープの声か。

あるいは、今まで目の前で死んで行った人たち、僕の下で死んで行った人たちがまだ僕を許してくれないのか。

ふと下を見ると、コープがホーネットと共に沈んで行った。

 

 

 

 

 

僕を救出しに来た消防ヘリのクルーいわく、同じ人間を日に二度も拾うのは初めてらしい。

僕だって、同じ日に二度落ちるのは初めてだ。

クルーに、コープのことを伝える。

クルーは一瞬絶句していたが、すぐに無線でそのことをエンデュランスに伝えてくれた。

 

何も聞こえなかったが、無線の向こうには沈黙が流れたような気がする。

 

無理もない。

FCUの最後の希望、シーヴの翼が遂に落ちた。

 

僕はといえば。

思ってたのと違うな、というのが正直なところだ。

てっきり僕は何機か落としたあと、敵のエースと刺し違えでもしてエースに思いを託すものだと思っていた。

だがそうはならなかった。

エースは僕を残して堕ちた。

 

不意に、落ちる瞬間に聞こえたコープの声を思い出す。

全てを失った我々に残るのは、いつもこの海の水だけだと。

本当に言っていたのかは分からない。

コープが即死していたならコープの声なわけがない。

だが、状況はまさにそれだった。

FCUにもはや大地は残されておらず、大海原を逃げるエンデュランスのみだ。

 

 

甲板に降り立った。

後から、コープがコスターと呼んでいた僚機が帰還する。

コスターは降り立った直後、甲板上にあるべき長機の機体を探していた。

ふらふらと艦橋に歩いていき、待ち構えていた士官から何かを聞くと、一瞬呆然とした後艦橋の壁を叩いていた。

仲間を失うのは初めてではないだろう。

飛び立った時、コープは最初この艦には4個スコードロンがいたと言っていた。

 

それでも、この世界で仲間を失うことに慣れずにいられるのは、素敵な事だと思った。

僕も慣れたつもりはなかったが、そんなことを思うあたりもう慣れてしまったのかもしれない。

 

足早に艦橋の中に入っていったコスターを見送った後、僕も医務官に連れられて艦橋へと入った。

 

 

 

 

 

一通り検査を受け、問題無しと診断された僕の元に、副長がやってきた。

最初に拾われた時に僕たちを待ち構えていた、あの副長だ。

 

「今後の配置はジョーカー1番機」

 

なんと。まだ戦うのか。

ジョーカー隊といえば、コープの隊だったか。

 

「コールサインはコープが使っていたものを引き継いで使うこと」

 

なるほど。

今日から僕はレックスになるわけか。

 

「コープ中佐の戦死は最高機密」

 

なんと伏せるらしい。

ということは、もしかして……

 

「レックス。これからはあなたが、シーヴの翼」

 

そういうことらしい。

元々、偽物のエースだ。

どうやら、まだ僕にはやるべきことがあるらしい。

 

「彼らの希望を繋ぎ止めるために、シーヴの翼を存在させ続けることを命令する」

 

彼ら、とは彼女が言う、ユージア大陸で泥を啜りながら生きている人達のことらしい。

僕にとっては、先に死んで行った人たちのことでもあるかもしれない。

冷静に考えれば、国土を全部失い残った空母と艦載機だけでできることなどあるだろうか。

だが、今の僕にはそんなことは関係ない。

 

「君なら、エースに……」

 

「エースに、なってくださいね」

 

僕が生き残った意味。

いつまで続くかは分からないが、やってみよう。

あの副長のことだ。

僕が死んでも、僕が思いを託す「シーヴの翼」は存在させ続けてくれるだろう。

その時が来るまで、僕自身が待ち望んだエースとして生きよう。

 

 

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