王炎の使い魔   作:ミスタ・ごんずい

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出会いは爆炎とともに。


1 邂逅

その日、空は快晴だった。

 

先日まで降り続いていた雨はすっかり止み、空気には雨上がり特有の澄んだ匂いが残っていた。

 

学院の敷地を囲む草原には、まだ朝露の名残があった。風が吹くたびに芝生の葉先が揺れ、そこに宿った無数の水滴が陽光を受けて、宝石のような小さな輝きを散らしていく。

 

遠くに広がる森は、雨に洗われた木々の葉を青々と茂らせていた。枝の隙間から差し込む光が、地面に複雑な模様を描いている。

 

どこまでも続く碧落の彼方では、名も知らぬ鳥がその翼を大きく広げ、風に乗って悠々と旅立っていった。

 

穏やかで、平和な朝。

 

世界は何事もなく、いつも通りに時を刻んでいるように見えた。

 

――そんな平和な蒼穹の下。

 

草原の一角にて、突如として爆音が轟いた。

 

爆風が草原を駆け抜ける。

 

少女が手にした杖を振り下ろした、その直後だった。

 

彼女の眼前に広がる空間が、微かに歪む。

 

何もないはずの場所に、目には見えない何かが生まれていた。

 

ーーそれは魔力。

 

大気中に満ちる不可視のエネルギーが一点に集まり、急速に膨張していく。だが、次の瞬間にはそれが不自然なほどに圧縮され、限界まで凝縮された力が臨界を迎える。

 

そして――解放。

 

轟音とともに爆炎が巻き起こった。

 

赤々と燃え上がる炎が一瞬だけ少女の姿を覆い隠し、熱風が周囲の草を激しくなびかせる。舞い上がった土砂が陽光を遮り、視界を茶色く染め上げた。

 

だが、熱に髪を焦がされながらも、少女は怯まなかった。

 

頬を撫でる熱風。鼻腔を刺激する焦げた土と草の匂い。

 

耳の奥に残る爆発音の余韻。

 

普通の人間ならば思わず身をすくめてしまうような状況だった。

 

しかし、少女はその場に立ち続けていた。

 

身にまとうスカートは土埃にまみれ、白いブラウスはところどころ煤けている。袖口や裾には小さな焦げ跡があり、乱れた髪の隙間から覗く白磁のような肌には、いくつもの土汚れが付着していた。

 

おおよそ美少女と呼ぶにふさわしい、整った顔立ち。

 

その額には玉のような汗が浮かび、こめかみを伝った一滴が頬を滑り落ちる。

 

けれど、その表情に浮かんでいるのは疲労だけではなかった。

 

焦燥。

 

苛立ち。

 

悔しさ。

 

そして、それらを押しのけるようにして燃え続ける、強い意志。

 

少女は無言で前を見据えていた。

 

また、失敗。

 

今回も召喚には至らなかった。

 

眼前に残る煙が風に流されていく。その向こうには、何もない草原が広がっているだけだった。

 

本来なら、そこには自分の使い魔となる存在が現れているはずだった。

 

鳥か、獣か、それとも何か別の生き物か。

 

メイジにとって使い魔とは、単なる従者ではない。生涯を共にし、主人を支え、時には主人の目となり耳となる大切なパートナーだ。

 

その存在を呼び出す儀式。

 

それがサモン・サーヴァント。

 

魔法学院に通う生徒ならば、誰もが一度は経験する儀式であり、進級に必要な大切な課題でもある。

 

そして今、少女はその儀式に挑んでいた。

 

だが、結果は散々だった。

 

何度杖を振るっても、何度呪文を唱えても、彼女の魔法は爆発という形でしか結果を残さない。

 

召喚どころか、まともな魔法すら成功しない。

 

それが、彼女に与えられた評価だった。

 

『ゼロのルイズ』

 

いつからだっただろう。

 

その呼び名が、自分の名前よりも先に周囲の口から出るようになったのは。

 

いつからだっただろう。

 

彼女が何かをしようとするたびに、周囲が期待ではなく嘲笑を向けるようになったのは。

少女は唇を噛んだ。

 

悔しくないわけがない。

 

何度も失敗してきた。

 

何度も笑われてきた。

 

自分だけが他の生徒たちと同じように魔法を使えない。 

 

その事実を突きつけられるたびに、胸の奥が締め付けられるような思いをしてきた。

 

それでも。

 

それでも、彼女はここに立っている。

 

「……っ」

 

少女は顔を上げた。

 

その時、背後から聞こえてきたのは、堪えきれないといった様子の笑い声だった。

 

「また爆発かよ……」

 

「本当に懲りないわね」

 

「これで何回目だ?」

 

「ゼロのルイズに召喚なんてできるわけないだろう?」

 

くすくすと笑う声。

 

わざと聞こえるように発せられた言葉。

 

それらは一つ一つが小さな棘となって、少女の心に突き刺さる。

 

彼らにとっては、いつもの光景なのだろう。

 

ルイズが失敗し、爆発を起こし、周囲が笑う。

 

それはもはや、学院の日常の一部と化していた。

 

だが、笑われる側にとって、それがどれほど屈辱的なことなのか。

 

彼らは知ろうともしない。

 

少女はゆっくりと息を吐いた。

 

ここで怒鳴り返しても意味はない。

 

言い返したところで、彼らはますます面白がるだけだ。

 

何より、今はそんなことに構っている場合ではない。

 

彼女は視線を落とし、手にしていた杖を見つめた。

 

細い木製の杖。

 

これまで何度も握り、何度も振り下ろしてきたもの。

 

失敗するたびに、この杖を投げ捨ててしまいたくなったこともある。

 

自分には才能がないのではないか。

 

メイジとしてやっていけるのだろうか。

 

そんな考えが頭をよぎったことも、一度や二度ではない。

 

けれど、杖を手放したことはなかった。

 

手放せなかった。

 

自分は貴族なのだ。ヴァリエール家の娘なのだ。

 

たとえ周囲から何と呼ばれようとも、たとえ誰からも認められなくとも、自分自身だけは自分を諦めてはならない。

 

それが、彼女なりの矜持だった。

 

ルイズは杖を握り直した。

 

指先に力がこもる。

 

爪が掌に食い込むほどに強く。

 

――今度こそ。

 

彼女の心は折れない。

 

失敗したからといって、ここで諦めるわけにはいかない。

 

笑いたければ笑えばいい。馬鹿にしたければ、好きなだけ馬鹿にすればいい。

 

結果さえ出せば、そんなものはすべて覆せる。

 

自分が自分であることを、自分自身の力で証明してみせる。

 

「……できるわ。きっと」

 

誰に聞かせるでもなく、少女は小さく呟いた。

 

その声には、震えがあった。

 

しかし、それ以上に強い決意が込められていた。

 

少女はゆっくりと顔を上げる。

 

眼前に広がるのは、どこまでも続く草原。

 

その先には、青く澄み渡った空がある。

 

風が吹き抜け、彼女の髪を揺らした。

 

一度、深く息を吸い込む。

 

肺いっぱいに満ちる、雨上がりの清涼な空気。

 

そして、吐く。

 

胸の内に渦巻いていた感情を、すべて呑み込むように。

 

ルイズは手にした杖を天へと掲げた。

 

その姿に、周囲の嘲笑が一瞬だけ弱まる。

 

彼女の背筋は伸びていた。

 

その瞳は、真っ直ぐに前を見据えている。

 

たとえ何度失敗しようとも。

 

たとえ誰に笑われようとも。

 

今度こそ、成功させてみせる。

 

少女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、高らかに召喚の祝詞を口にした。

 

その声は、快晴の草原に響き渡る。

 

そして、世界のどこかにいる何者かへと届いていく。

 

それが、彼女の運命を大きく変えることになるとも知らずに。

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