死は救いなどではなかった。首を締め付けられる感覚も吸っても吸っても息ができないのも全部、全部ただ苦しいだけだった。
自らその選択を選んだのにいざ死ぬとなると俺は首に掛かった縄を外そうと踠いてけれど宙に浮いた体はただブラブラと揺れるだけで─そして、絶望の中俺の命は途絶えた。
途絶えた…はずだった。
けれど、目蓋を開いたその先に見えたのは天国や地獄ではなく…いや、地獄のような現世だった─。
小さな、小さな真っ白な女の子が父親と思われる男から暴力を振るわれる…そんな、地獄だったのだ。
「いたっ…いたいよ、ゆるして。おとうさん─」
「だまれ、お前のせいで…ッ!この、疫病神がッ!」
そして、痛いと叫びながら涙を流している少女にまた暴力を振るわれる景色を俺はガラス越しで美術品を眺めているかのように声も出せず、手も伸ばせず…見ることしかできなかったのだ。
これは、自殺した罪の罰なのだろうか?なにも出来ずにそれを見ることが。
あぁ、きっとそうなのだろう。俺が守れなかった妹のように彼女のことも、また見て見ぬふりをしろということなのだろう。
やはり、現実は最悪だ。神も、最低だ。
どこにも…救いなど無い。ならば、ならば─っ!
もう有りもしない身体で、俺は硝子を叩いた。何度も、何度も…痛みが走り、もう止めろと諦めろと頭が考えても何度も、何度も─。
パシリ、ヒビの入る音が響いた。もう一撃、今度はヒビが広がった。もう一撃、最後の一撃…割れる音が響いた。
そして、伸ばした手は暴力を振るわれる少女の元へと届き─。
「─しね、このぐずが」
少女の声が俺の言葉によって吐かれた。どす黒い、憎しみに包まれた声で。
「─なんだと?お前、今何と言ったッ!」
けれど、その言葉は父親を逆上させるだけだった。
あぁ、分かりきったことだった。また暴力を振るわれる。
そして、その力に抗うことなど出来るはず無かった。この身体は誰よりも弱く未熟であるのだから。
それでも、諦めることなど出来なかった。だから、何かを探した。生き残れる術を、このゴミを殺すための道具を─。
そして、俺が手にしたのは前世で俺を殺した縄だった。
「そんなもので、何が出来る?お前は誰かに守って貰えなければ生きることも出来ない出来損ないの癖に!」
確かに、これじゃ殺せない…これではこの子を救えない。後何か、何か力があれば…そう願って。
その時、急にゴミは悲痛に満ちた声で叫び出した。
「─な、なんで。君が…?!」
虚ろな瞳で、何処かを見ている。膝から崩れ落ちながら。
それが、何故なのか分かりはしなかった。けれど、今なら俺はコイツを殺せる。それだけは分かった。
だから、柱の上に縄を投げヤツの首にもう一方の縄をかけて全力で引っ張った。
重い、重いその縄をずっと、ずっと。手が擦り切れて血が流れてもずっと。
そして、月の明かりはいつの間にか太陽の日差しになっていた。
その時になって、ようやく俺は手を離した。
ドサッと重い塊が地面に落ち、酷い匂いが立ち上る。それを見ないようにしながら俺は、持っていた縄に付着した血を拭き取り、丁度いい長さに切り揃えてドアノブに引っ掛けてから警察へと電話をかけた。
幼い子供として、拙い言葉で。
「─あのね、おとうさん…うごかないの。縄がね、首にあっていたそうなの…たすけて?」
それから、直ぐに警察はやって来た。そして、痣だらけの俺と首を釣ったように見える父親の姿を見比べ疑うこと無く俺は施設へと保護された。
親を失った孤児として。
その頃には俺はまた割れた硝子の中に戻されていた。
そして、運のいいことに少女には俺と変わっている間の出来事の記憶は共有されていないらしい。
だから、彼女は気がついたら父親から捨てられ孤児として施設に入れられているということになる。
それでも、彼女は幸せそうに笑顔だった。暴力にさらされることが無くなったからか、それとも…彼女の近くにいる青い髪の女の子のお陰かは分からないが。
けれども、俺は罪を忘れてはいけない。暴力を振るうゴミだったとしてもソレは彼女の父親であり、俺はその命を奪ったのだから…忘れずに刻みこむんだ。
あの、重みを。苦しむ声を、死んだ…あの顔を。まだ囁く死者の声を。
あぁ、けれど…今だけは少女の幸せそうな笑顔を見ていることを許して欲しい。
それだけで、俺の心は報われるのだから。
あるひ、とつぜんおとうさんが、わたしをすてたっていわれました。
なんでかは、わからないけれど…それはうれしいことでした。
たぶんきっと、てんしさまがたすけてくれたんです。ずっと、ずっとわたしがたすけてっていっていたから。
それに、ここにきてからおともだちができました。
そのこのなまえは、シェリーちゃん。すこしだけ、ふしぎなこです。でも、やさしいこでした。
「あ、こんなところにいたんですね?ほら、あそびにいきましょう!」
えがおで、わたしをたいようのもとにつれだしてくれる…そんなこです。
だから、わたしもえがおになってそのてをとるんです。
「う、うん!いく、よ!」
でも、わたしはあんまりたいりょくがないからシェリーちゃんにおいつけなくて、いつもまってもらいます。
それがシェリーちゃんのめいわくになってないか、すこしだけふあんで…。
でも、めそめそしたらだめだからかくしました。
なのに、シェリーちゃんはきがついてくれたんです。たんていさんみたいに、どこからかむしめがねをもってきて─。
「なるほど!かなしんでいるんですねー?わたしにはおみとおしです!」
そう、まんめんのえがおでわらいながらいったんです。それが、とってもうれしくてわたしはこころのなかにかくしたことをはなしてしまいました。
「うん、シェリーちゃんにいつも、めいわくかけてるから。わたし、あしおそいしたいりょくない。それでも、シェリーちゃんいつもまってくれて、だから─」
「めいわくなんかじゃないです!わたしは、わたしがそうしたくてしてるんですよ!ハルちゃんといっしょにあそびたいですから!」
その、やさしさははじめてで─だからわたしはシェリーちゃんのそばにいたいとそうねがいました。
ずっと、ずっとおともだちでいたいって…そうねがったんです。
でも、やっぱりいいことのあとにはわるいことがおきました。
あるひ、しょくいんさんにわたしはよばれて…なぜかシェリーちゃんもついてきてくれたんです。
そして、そこでわたしたちはしょくいんさんにぼうりょくをふるわれました。
なれていたんです、おとうさんにいっぱいされましたから。でも、シェリーちゃんにもそれをされるってなって…わたしは、じぶんのからだをさしだしました。
シェリーちゃんがいたいおもいをするなら、わたしがいたいおもいをするほうがいいとそうおもったんです。
でも、やさしいシェリーちゃんはそんなのだめですってわたしをかばおうとして…。
かおに、きずがついたんです。だいすきな、シェリーちゃんのかおに。
だから、だから─またねがいました。
たすけて、てんしさまって─。
幸せな日々は長くは続かなかったらしい。やはり、人は愚かで当たり前に人を傷つけるのだから。
ため息をつきながら、硝子から手を伸ばそうとした。その時、逆に俺の手は小さな少女に引っ張られた。
そして、気がついたら彼女の身体に乗り移っていたのだ。
まぁ、元々変わるために手を伸ばしていたのだから問題はないのだが…彼女に認識されているとしたら話は別だ。
俺の記憶がほんの少しであっても、父親を殺してしまったことを知ってしまっているのであったら…それは俺が背負うべき責任を彼女に押し付けていることになる。
だから、今度はもう少しスマートなやり方で解決することにした。それは何となく掴んだ、俺に…いや少女に宿った力を使うことだ。
けれど、その前に殴り返そうとしている彼女を止めることの方が先だろう。
「シェリーちゃん、ストップ」
そう言いながら、青い髪の彼女の前に俺は入って…凄い風圧と共に目の前でその拳は止まった。
「あ、あぶないですよ!?ハルちゃん!」
きっと、その威力は身体に触れていたら死ぬようなレベルで…少しだけ腰を抜かしそうになった。
けれど、ここは大人として格好つけるべきだろう。
「シェリーは、俺に当てはしないだろ?信じてたから、ね?」
「でも、あぶないですよ~!もし当たったらすっごくいたいんですから!って、あれ?ハルちゃんってそんな風に喋っていましたか?」
そう言われて、俺は気付いた。今まで、考えた言葉は彼女…ハルの口からハルとして発せられていたけれど、今は俺として発せられていたことに。
それは、きっと二重人格として俺の人格がハルの肉体にちゃんと宿ったからなのだろう。
この変化が良いことなのかは、分からないが…それでも今からやろうとしていることとの相性はいいだろう。
だから、無視され続けてイラつき始めている職員に向けて俺は力を使った。
「なんだよ、何なんだよこれはっ!?」
幻、そう名付けたこの力は対象を目に写しながら明確な感情…殺意や悪意を持って使うことで対象のもっとも思い出したくない記憶や、俺が思い浮かべたものを幻覚として見せることが出来る、そんな力だった。
だから、今コイツには俺が見てはいけない化け物のように見えている。けど─。
「うるさ、シェリー?耳と目、閉じて?なにも、見ないで…聞かないで…な?」
「え?わ、わかりました!」
シェリーがぎゅっと目をつぶって、耳を手で塞いでいるのを確認してから俺は職員に近づいた。
「来るな、来るなよ!この、化け物っ!」
「なんだよ、さっきは暴力を好き放題振るった癖にさぁ?ほら、もっかいやってみろよ…ほら」
腰が抜けて後ずさる職員に、俺は笑いながら近づく。その恐怖に職員は、涙を溢しズボンを汚す。
「うわぁ、汚い…。はぁ、なあ?もう子供に暴力は振るわないよな?次、同じようなことをしたら─」
「分かった!分かりました!もうしません、絶対にしませんから!!」
ガタガタ震えながら、職員はそう叫んだ。蒼白な顔を見ればそれが嘘ではないことが分かる。
だから、俺は幻を解いてソイツの前に立った。
「よし、じゃあこの事を誰にも言わないこと。そして、次からは暴力を振るおうとしているヤツがいたら止めること。分かったな?」
「はい、はい…分かりました─」
虚ろとした顔でそう答えたソイツの頭を笑顔を浮かべながら撫で、そして俺はシェリーの元に戻った。
きっと、アイツはこれがトラウマになっただろう。もう二度と暴力なんて振るえなくなっただろうな。
「よし、シェリー?もういいぞ」
肩に触れ、そう彼女を呼ぶ。そして、目を開いた彼女に俺はここ一番の笑顔で人差し指を彼女の口の前に触れさせて伝えた。
「このこと、ハルには内緒な?シェリーと、俺の秘密だ。ちゃんと守ってくれよ、名探偵さん?」
そう告げた俺の、ハルの真っ白な髪が月明かりに照らされ…俺の意識はまた硝子の奥へと戻る。
今度こそ、ハルに幸せがありますようにとそう願いながら…。
まぁ、俺が知っている世界ならばきっと平穏な日常なんてこれからないだろうと知っているけど。
はぁ…なんでまのさばなんだよぉ─!
まのさば、話題になっていたなぁと思いやり始めたら書きたくなりましたのでここに供養させていただきます。
続きはちゃんとゲームの全部やり終わってから出すかもしれません。まぁ書きたい欲が強まりすぎて終わる前に書く気がしますけど!