ハルが眠った後、俺は身体中にある吐き気を誤魔化せず…席を立った。
いつの間にか直っていた忌々しい硝子越しに、そう思った。それだけだったのに、か細い声が聞こえた。
「…あ、ハルさん…もう、だ、大丈夫なんですか…?」
不安そうに俺に声をかけるメルル、それは─今俺がハルの身体を操作していることを示していた。
あぁ、そっか。忘れようとしているんだ…ハルは今硝子の向こうで─。
だから、今ここに居るのは俺なのだろう。それだけ、あの子の心を揺るがすものだったんだ。
助けようと─したんだ。本当は…。ヒロのことを。でも、出来なかった。だってハルはあの時幸せで…この硝子はどれだけ殴っても割れなかったのだから。
せめて魔法が、使えていれば─そう後悔だけ引き摺って…。
声が漏れた。
「─ぁあ、くそっ。守れなかった…俺のせいだ─っ」
その声は、彼女に聞こえてしまった。ハルをユキと重ねているその子と。
「─ち、違いますぅ。ハルさんの、せいじゃ…」
けれど、俺にはその優しさは毒だった。だから、ぶっきらぼうに俺は伸びてきた手から逃げた。
それが、メルルに少し辛そうな顔をさせた。だから─俺は、その手を取る。どうしても、どうしても…悲しい顔をする人を見捨てることなんて出来ないんだ。
だって、それこそが俺の─。
「はぁ、くそっ。嫌なことしか頭回んねぇ。なぁ、メルル…今はあんまり関わんないでくれ。俺は今ハルじゃない」
「─そ、それって…」
「あぁ二重人格、その反応…もしかして分かるか?なら話は早い。俺は、俺の─名前は…ハレ。ハルは今眠っているんだ…だからな?俺のことは気にしないでくれ」
そう突き放したのに、メルルは俺の手を離さない。それどころか、繋がれた手を離さないというかのように強く強く握った。
「…き、気にしないなんて…出来ません…っ。そ、そ、それに…今はここにいるしか…ないんですから…もう少し、休みませんか…?」
涙を瞳に浮かばせながらそう言われてしまっては、俺は抗えない。だから、また俺達は同じベッドで眠ることにした。
(いやいやいや、メルルは少し離れてくれないか…!?こんなの正しくないだろ!?)
メルルの顔が近くて目を閉じたら余計に色んな感触が敏感になってある部分が身体に触れていることを主張してきて─。
俺は休むどころか無駄に精神を消耗することとなった。
(こ、これが魔女化へのストレスを与える方法か!?メルル、悪魔かこいつっ!)
もんもんと正しくない頭が色んな主張をする短くない時間が過ぎ、やっとスマホから待っていた通知が届いた。
それは、夕食の時間を告げる通知だ。
「メルル、夕食だ。行こう…」
「はい…!」
メルルに手を差し出すと、メルルは嬉しそうにその手を取る。
その態度から、直ぐに殺されたり害されたりはしないだろうと甘い考えが浮かんで…振り払った。
ここは牢屋敷、そしてこいつは黒幕だ。ただその行動原理がユキに会いたいという幼い子供のような願いだとしても…気を許してはいけない。
それに、今出来ることを最優先でやっていかないといけない。ここでハルを守るには、殺人事件など起きない方がいい。
もう、ハッピーエンドが手遅れだとしても…見過ごすも見捨てることも、俺は出来ないのだから。
なら、今するべき事とは─。
「メルル、少し先に行っていてくれないか?俺は少し話したい子がいるんだ」
「…そ、そうなんですか…。な、なら…わ、私も一緒に…」
「…ごめんな?二人で話したいんだ。後でちゃんとそっち行くからさ、信じてくれないか?」
メルルはまた少し泣きそうな顔をして…だから俺はその涙を拭いながら、シェリーにしたように笑顔を浮かべた。
それのお陰か、メルルは少し考えてから名残惜しそうに手を離して他の人達に混じって階段を上っていく、それを見送ってから俺はある牢へ向かう。
そこにはカラフルな少女が背を向けて何かをしていた。
ノア…城ヶ先ノアと言う彼女は一週目で一番先に死んでしまう。
その理由は同室にいるアンアンを守るためという建前とある人物の自分よりも目立つものがいて目立てないということへの傷を知らず知らずの内に抉ってしまうから。
けれど、ノアは二週目目立っては居たのに殺されなかった。それは色んな要因が関わっているが…その一つがアトリエを見つけアンアンに被害を出さなかったからだろう。
だから、声を掛けた。
「ノア、少しいいか?」
「うーん…のあ今、お絵描きをするところだから後がいいな…?」
そう言われると思っていた。だから、俺はそのまま声をかけ続けた。
「そっか、でもな?ここでお絵描きしちゃうとアンアンに迷惑になっちゃうかもなんだ。そのカラースプレーの匂いは慣れてないと頭とか痛くなるから」
「そうなんだあ、気付かなかった…」
しょんぼりとしたノアを見て、やっぱり彼女は子供だということが再認識できた。だからこそ、俺はそのままにするつもりなんてなかった。
「そっか。でもお絵描き出来ないのはノアにとって嫌、だよな?」
「うん、のあはお絵描きしてないと生きていけないもん」
「ならさ、二人で見つけないか?好き放題描いても怒られない秘密基地…!」
「好き放題お絵描きしていいの…?うん、のあ見つけたい!」
笑顔でノアはそう言って、その眩しい笑顔に俺は過去の記憶を刺激された。けれど、今はそんなこと気にしない方がいい。
だから、ノアのことを呼んだ。
「なら先ずはご飯を食べよう?俺はノアとご飯食べたいから」
「そっかぁ、わかった。一緒に食べよお。えっと、ハルちゃんじゃないよね?どう呼べばいいの?」
へにょへにょと笑いながらノアは鋭く指摘した。隠す気もなかったが、ノアは二重人格なんて知らないだろうからそれを平然と受け入れていることこそが無邪気でありながら知的でもある彼女の良さだろう。
「…やっぱり分かるか。ハレ、俺はハレだ。だけどな?秘密だ、俺のことは皆には。だから二人のときだけハレって呼んでほしい」
「わかった、ハレちゃんだね?じゃあ、行こうね!」
「…ハルちゃん─それって、どういう、こと…?」
ノアの手を取って、食堂に向かおうと振り返った時…震える声で、泣きそうな顔で─俺を見つめる少女がいた。
エマ…。そういえば、このタイミングはエマとノアの出会いのタイミングだったか。
「エマ…今はご飯を食べよう?後で、ちゃんと話すからさ」
「…分かった。ちゃんと、全部だよ。教えてね…?」
少しだけ悲しそうに、エマは言う。その頭を俺は優しく撫でながら、嘘を口にした。
これから、俺はノアとアトリエを見つける。それで自由時間は無くなるだろう。そして、目が覚めたら俺はまたあの硝子の向こうに居ることになる。だから、エマに教えることは出来ない。
もう、壊せなくなったあの硝子の向こうへ。そして、ハルが助けを求めるまで─眺めるしかないのだろう。
俺は、俺は─また…眺めることしか─。
「むー、ご飯いくんだよね?ハルちゃん、早く行こうよぉ」
「─っ、ごめんな。ぼーっとしてた。行こうか、ノア」
やっぱり、おかしい。こんな考え、何時もはしない。後悔があったとしても、俺は先のことを考えれたはずだ。
それなのに、今は過去のことばっかり思い出している。まるで思考を誘導されているみたいだ。
あぁ、だけど…それでいいのかもしれない。また、動けなかったのだから…守れなかったのだから。だから、俺が全てを受け入れよう。
ハルが汚れないように…俺が、全部─。
泥々とした歪みが身体の中に溢れている。でも、強くなった魔法は結局誰も守れない。ほんと、いい皮肉だ。誰かを守るための魔法も、俺の手にかかれば何も出来ない無意味な魔法へと変わるのだから…。
「─そ、その…大丈夫、ですか?ハレさん…」
小さな声で、俺を呼ぶ声が聞こえた。いつの間にか、俺は食堂に居たようだ。周囲を見たら、不安そうに俺のことを見る少女達が居た。
その視線は遠くのグループからも幾つかあって…だから俺はなんでもないかのようにハルとして振る舞った。
「うん、平気だよー?それにしても、美味しくないねぇ。あっ、ノア遊んじゃダメだよ」
「むー、なら早く探しにいこ?のあ早くお絵描きしたいのに」
「そっかぁ。じゃあ、今から探しに行こっか。私ももうお腹いっぱいだし」
「おっでかけ~、おってかけ~♪おっ絵描き~、おっ絵描き~♪」
ノアの奇妙な歌を聴きながら、俺達は席を立った。エマやシェリー達はまだご飯を食べている途中みたいだからこっそりと行こうとして─。
「ちょっと、ちょっと!ひどいんじゃないんですか~?シェリーちゃんに何も言わずにお出掛けするなんて!そんな面白そうなこと私も混ぜてくださーい☆」
あぁ、うるさいやつに見つかった。その声に、エマやハンナも反応するだろうし、エマが着いてきたら暇な時間で色々聞いてくるだろう。
それは、面倒だ。エマに二重人格ことを伝えて変に負荷を与えるのも、エマがハルに話して俺のことがバレるのも全部全部…理想的な状況にはならない。
だから、どうにかして誤魔化さなければ─。
「だめ、二人で行くんだもん。のあとハルちゃんの二人で」
「そ、そうなんだぁ。だから、ごめんね?シェリー…ちゃん」
良かった。ノアの言葉によって一先ずエマがついてくることはないだろう。だって、今の彼女はまだそこまで触れる勇気はないだろうから。
それに─。
「そうですか、ならしょうがないですね!私はハンナさん達と探索してみます!」
「その前に食べることが先ですけれど?うぅ、超絶まじーですわ…!」
ガツガツ、ハンナはそう言いながら粗雑に食べる。どうやら、ハンナもこっちのことを気にしないでくれたみたいだ。
それに、シェリーは…気付いているみたいだな。俺が今、ハルじゃないことを。なんか分かりやすいヒントでも出したか─?
まぁ、いい。取りあえず、ノアのアトリエを見つけに行こう。正直、この身体に残っている体力も少ないからな。
食堂を出て、俺達は玄関ホールを経由して2階へとたどり着いた。
「ねえねえ、どうして2階に来たの?」
「あぁ、ノア。これを見てくれ、ここに有るべきは本来部屋があるみたいなのに名前が書いてなかった。で、今気になって来てみたらマップに書いてあるドアがない…つまりは隠し部屋なんじゃないかって」
「わぁ、本当だあ!んー、じゃあドア描いてみるね!」
ノアはそう言って、カラースプレーを使ってあっという間に精巧な扉を描いた。そして、その扉は自然に開く。
「えー!?本当にお部屋だー!それに、のあの絵本物になっちゃった!」
「ふふっ、そうだな。お手柄だ、ノア」
可愛らしい反応に思わず笑って、俺はノアの頭を撫でた。やっぱり、彼女と接していると心が安らぐ。
そして、俺達はその部屋の中へ入った。
アトリエ、そこには絵の具やパレットなど一通りの絵を描くための道具があった。
「すっごい場所見つけちゃったね!わーい、わーい!」
それを見てノアは嬉しそうに無邪気に跳ね回る。月明かりに照らされ、その姿はおとぎ話に出る妖精のように見えた。
「ねえねえ、のあお絵描きしていい?いっぱい描きたいものあるんだあ!」
そう言いながらペンキや筆を用意するノアに俺は残念なことにもう自由時間が少ないことを言わないといけなかった。
きっと悲しむだろう。けれど、流石に懲罰房に入れられるよりはマシだろう。
「ノア、ごめんな?もう時間が…。少しだけなら出来るんだが」
「…むーっ!ここなら好き放題お絵描きして良かったんじゃないのぉ?ハレちゃん、嘘ついたのぉ?」
「いや、嘘じゃないんだ。ただ、ここは俺達が自由に動ける時間が決まっているからな…?しょうがないんだよ」
「むー…!」
宥めるように声を掛けても、ノアは頬を膨らませて目も合わせてくれない。
どうやら本当にいじけてしまったようだ。このまま喧嘩しているのも、ハルに申し訳ないし…しょうがない。
俺はノアの傍まで歩いて、遠い昔に妹を慰めていた時を思い出しながら頭を撫でた。
「ノア、ごめんな。俺のせいでお絵描きする時間無くしちゃって。だからさ、次俺がハレになった時にな?1日、時間が許す限りノアのお絵描きするところ見ててもいいか?俺、ノアの絵見てみたいなーって。だからさ、それで許してくれないか?」
俺はいい兄ではなかった。けれど、こうしたらあの子は許してくれたんだ。だから…ノアも許してくれるかもしれない。そう思いながら、撫で続けて─。
「…むー、分かった。約束だよぉ?絶対だからねぇ!」
「─あぁ!約束だ。ノアと俺のな?よし、じゃあ今日はもう寝よう」
そう言って、俺達は牢へと戻った。そして、ノアとアンアンの牢の前でノアのことを見送ろうとした時、ノアは小さな声で呟いた。
「うん…のあ、待ってるから。ハレちゃんのこと、約束のこと」
「─あぁ。俺も、次会える日を待ってるよ。また、な?」
彼女の顔を見ないように、振り返りながら手を振った。次、俺がここで自由に動ける時に…ノアが生きているのかも分からないから。
これで、こんなちっぽけな一歩で…ノアのことを守れるのか、不安だったから。そんな顔を、ノアに見せたくなかったから─。
牢の扉が閉まる軋む音が、もう二度と会えないかもしれない。そんな思いを高めて…俺は部屋で不安そうにしていたメルルのことを無視して、ベッドに潜り込んだ。
重い、重い…その布団に包まれて。俺は目を閉じた…。
そして、俺はまたあの硝子の向こうに立った。
全てが映像のように流れる、まるで拷問のようなそんなところへ。
血に濡れた硝子を、殴りながら─何度も、何度も。壊れるように、助けれるように…祈りながら─。
─もう、いいんですよ。頑張らなくて、休んでいて下さい。
助けようとしていた少女の、愉しそうな…そしてもう手遅れな声が聞こえた。
それでも、それでも…俺は殴り続けた。血が蝶になっても…。いつの日か、この一歩が…ハルを、皆を守れるとそう信じて─。
─い、いやいやいや…ま、待って?ユキ、俺に…ハルに取り憑いてない…??
あの、伸びすぎなのでは?まのさばってやっぱり大人気なんですね!
でもでも、まだ4話ですからね?なんなら私まのさばニュービーですからね?考察とかお歌とかまだまだ見てなかったりしますよ?最近小説版があることを知ったレベルですよ?
えぇ、なので色々無知なところがあると思いますのでこれは違うよの反論やこれいいねなどの賛成など裁判のようにバンバン感想下さいませ。炙りビンのようなものでも大歓迎です。
では、2件の感想、123個のお気に入り、12人の方からの評価。大変嬉しく、これからも精一杯書きますのでこれからもどうぞご贔屓にしていただけたら嬉しいです。