トランパー本部、専用訓練施設。
赫刀化の現象が組織内に広まり始めてからというもの、幹部たちの間でも独自に習得を試みる者が増えていた。
その日、訓練場の一角では、ハートのジャックとダイヤのクイーンがそれぞれ赫刀化の練習をしていた。
ハートのジャックは、訓練用の短剣を両手で握り込んでいる。
一方、ダイヤのクイーンは、手に持った金属製の棒をじっと見つめていた。
「……なかなか難しいものですね」
「そうですね。セナさんたちは、よくこれを習得できたものです」
二人とも、全身の力を握る動作に集約するというセナの教えを意識していた。
しばらくして、ハートのジャックがふと口を開く。
「……ところで」
「はい?」
「赫『刀』という名前なのに、刃物でなくてもいいんですよね」
ダイヤのクイーンは、少しだけ手を止めた。
「……そういえば、そうですね」
「最初は柳葉刀だったから、その名前になったのでしょうけど」
「セナさん、対物ライフル用の弾頭でも成功していましたものね」
「ローズさんはカードですし、オウルさんは投げナイフ。ミヤビさんはドス……」
「刃物もありますけれど、カードも弾頭もありますからね」
二人は手元の道具を見つめた。
ハートのジャックは短剣。
ダイヤのクイーンは金属棒。
「……なんだか、名前に少し申し訳ない気がしてきました」
「ふふっ。では、赫化とでも呼びますか?」
「それはそれで、少々味気ないですね」
「赫刀化という名称が定着していますし、今さら変えるのも大変でしょう」
「確かに」
二人は小さく笑った。
そして、再び訓練に戻る。
数分後。
「……あ」
ダイヤのクイーンが声を漏らした。
「どうしました?」
「今、少しだけ色が変わった気がします」
手に持った金属棒の一部が、わずかに赤みを帯びていた。
「本当ですか?」
「ええ。でも、まだ安定しませんね」
ハートのジャックも自分の短剣を確認する。
こちらはまだ何の変化もない。
「……やはり、簡単ではありませんね」
「焦らずにいきましょう」
そのとき、訓練場の入口から声がした。
「あっ! お二人とも練習してるんですね!」
セナだった。
「はい。セナさんの教えを参考に、少しずつ試しています」
「おお! どうですか?」
ダイヤのクイーンが、手元の金属棒を見せる。
「まだ不安定ですが、少し反応がありました」
「すごい! 金属棒でもいけるんですね!」
「……セナさん」
ハートのジャックが、少し遠慮がちに尋ねる。
「はい?」
「そもそも、赫刀化という名称ですが……刃物でなくても成立するのですよね?」
「はい! 私も最初は柳葉刀だったので、そう呼んでいますけど」
セナはあっさり答えた。
「持ったものに全身の力を集約して、あの状態になるなら、別に刀じゃなくてもいいんじゃないかなって」
「やはり……」
ハートのジャックとダイヤのクイーンは顔を見合わせた。
そして、二人とも心の中で同じことを思った。
((やっぱり、名前と現象が一致していない……!))
セナは二人の微妙な表情に気づかず、明るく続けた。
「でも、赫刀化って響き、格好いいですよね!」
「……ええ、まあ」
「確かに、格好いいですね」
二人は否定しなかった。
名称の由来も、現象の本質も、今さら変える必要はない。
ただし。
その日の訓練日誌には、二人とも似たような一文を残していた。
『赫刀化という名称だが、対象は刀剣類に限らない。名称の由来と現象の適用範囲は分けて考える必要がある。』
そして、ハートのジャックはその下に小さく付け加えた。
『……赫「刀」とは?』
ダイヤのクイーンも、別のページに同じ疑問を書き残していた。
二人とも、口には出さなかった。