トランパー本部、最深部。
普段であれば、ジャック、クイーン、キング、エースの各階級は、それぞれ独立した会議室で会議を行う。
同じ幹部級であっても、階級ごとに担当する領域や権限が異なるためだ。
それが、この日は違った。
エース、キング、クイーン、ジャック。全十六名の幹部が、一堂に会している。
さらに、その上座には白と黒、二人のJOKER様が並んでいた。
これほどの顔ぶれが一つの部屋に揃うこと自体、極めて異例である。
ハートのジャックは、周囲を見渡しながら口を開いた。
「珍しいですね、普段は同じ幹部クラスといえど、ジャック、クイーン、キング、エースで『階級ごとにそれぞれ別口』での会議ですのに、JOKER様方から直々に【合同会議だ】とお達しをいただくだなんて」
スペードのジャックが頷く。
「ええ。しかも、議題は当日まで伏せられていた。これほどの規模で秘密裏に召集されるとは……」
「何か重大な問題でも発生したのでしょうか?」
ダイヤのクイーンが尋ねる。
クラブのキングは腕を組み、険しい顔で考え込んでいた。
「外部組織との大規模な抗争か。あるいは、内部に重大な規律違反が発覚したか……」
「ふむ。どちらにしても、我々全員が集められる理由としては十分だな」
エースの一人が重々しく頷いた。
十六名の幹部が、それぞれ思案を巡らせる。
そして。
白のJOKER様が、静かに口を開いた。
「皆、急な招集に応じてくれて感謝する」
黒のJOKER様が続ける。
「今回、君たち全員に集まってもらったのは、ほかでもない」
一同が姿勢を正した。
「我々トランパーの、今後の人事についてだ」
人事。
それは確かに、全幹部が集まるにふさわしい議題である。
ハートのジャックは納得したように頷いた。
「なるほど。確かに、各階級の定員や配置を含めれば、全体で協議すべき問題ですものね」
「うむ。では、まず現状を確認しよう」
白のJOKER様が、一枚の資料を取り出した。
そこには、トランパーの階級制度が記されていた。
エース、キング、クイーン、ジャック。
それぞれ四名。
合計十六名。
そして、その下に並ぶ一般党員たち。
10、9、8、7、6、5、4、3、2。
黒のJOKER様は、資料の最下段を指でトントンと叩いた。
「……この『2』の階級にいる四人について、だ」
一瞬。
会議室から、音が消えた。
「…………」
「…………ああ」
「……そちらですか」
「やはり、そうなりますよね……」
幹部たちの反応は、驚くほど揃っていた。
ハートのジャックが、ゆっくりと顔を覆う。
「……また、あの四人ですの?」
黒のJOKER様が机を叩いた。
「また、じゃないんだよ!! もう、いい加減どうにかしなきゃいけないんだよ!!」
白のJOKER様は、深く、深くため息をついた。
「彼らの実力については、ここにいる全員が認めているはずだ」
エースたちは一斉に頷いた。
認めているどころではない。
彼らは身をもって知っている。
武装を徹底的に整え、本気で戦うエース四名。
その四名を相手に、一般党員『2』の一人が正面からぶつかり、平均約五秒で鎮圧してしまう。
最短記録に至っては、二秒未満。
もはや、戦闘能力だけで階級を判断するなら、幹部級どころの話ではない。
「彼らには、相応の地位と権限を与えるべきだ」
白のJOKER様が告げる。
「少なくとも、本人たちの希望さえあれば、ジャック以上への昇格を検討するに十分な実績がある」
「そうだとも!」
黒のJOKER様が身を乗り出した。
「なのに、あいつらときたら!!」
そして、懐から一枚の書類を取り出す。
「先日、四人に改めて昇格の意思を確認した。その返答がこれだ!!」
書類が、幹部たちの間を回されていく。
最初に受け取ったハートのジャックは、そこに記された文章を読み上げた。
「『私(俺)では、幹部級の名を穢してしまうため、昇格は謹んで辞退させていただきます』……」
沈黙。
スペードのジャックが、目頭を押さえた。
「……何度目でしょうね、これ」
「今回で二十七回目だ」
黒のJOKER様が即答した。
「に、二十七回!?」
「四人それぞれに正式な確認をした回数を含めれば、もっと多いぞ!!」
ダイヤのクイーンが頭を抱える。
「どうして……どうして、あの方々は、そこまで頑ななのでしょう……」
「本人たちにとっては、我々への敬意ゆえなのだろう」
白のJOKER様が静かに言った。
「彼らは本気で、自分たちが幹部にふさわしくないと考えている。だからこそ、こちらがどれだけ実力を評価しても、受け入れようとしない」
「敬意があるのは分かる! 分かるんだが!!」
黒のJOKER様が両手を広げる。
「だからって、エース四人を五秒で鎮圧できる奴らが、いつまでも『2』のままでいいわけないだろうが!!」
エースの一人が、ぼそりと呟いた。
「……五秒で済めば、まだいい方だがな」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
即答だった。
ハートのジャックは、しばらく考え込んだあと、そっと手を挙げた。
「……あの、JOKER様」
「何だ?」
「いっそのこと、昇格ではなく、本人たちに負担を感じさせない形で役職を新設するというのはいかがでしょう?」
会議室がざわついた。
「新設役職?」
「はい。例えば、階級は『2』のまま、特定の任務に限って幹部級と同等の権限を付与する、とか……」
「なるほど。名誉や肩書きを与えるのではなく、実務上の権限を整理するわけか」
キングの一人が頷いた。
クイーンも考え込む。
「本人たちが肩書きに抵抗を感じるのであれば、そこを避けるのは合理的ですわね」
「それなら、本人たちも受け入れやすいかもしれません」
少しずつ、会議室に希望が戻ってくる。
黒のJOKER様も、ようやく表情を明るくした。
「おお! そうか! その手があったか!!」
白のJOKER様も頷いた。
「よい案だ。では、早速その方向で検討を――」
そのときだった。
会議室の扉が、コンコン、と叩かれた。
全員がそちらを向く。
「失礼いたします」
聞き慣れた声。
扉が開き、四人の一般党員が姿を現した。
オウル・ドロウ。
ローズ・スノウ。
セナ・シウン。
ミヤビ・ヒメハナ。
全幹部が揃う会議室に、四人の『2』が現れたのである。
「……なぜ、ここに?」
キングの一人が思わず尋ねる。
オウルが丁寧に答えた。
「JOKER様方より、至急こちらへ来るようご連絡をいただきましたので」
ローズが優雅に微笑む。
「何やら、私たちについて重要なお話があるとか?」
セナは目を輝かせた。
「もしかして、新しい訓練メニューですか!?」
ミヤビが胸を張る。
「どのような任務であれ、このミヤビ、誠心誠意務めさせていただきますわ!」
黒のJOKER様は、四人を見た。
白のJOKER様も、四人を見た。
十六名の幹部も、四人を見た。
そして、黒のJOKER様は、先ほどまでの希望に満ちた表情を引きつらせながら言った。
「……いや。君たちの今後の立場について、話し合っていたところだ」
四人は顔を見合わせた。
「立場、ですか?」
「はい」
「私たちに、何か問題がございましたか?」
「いえ、むしろ逆だ」
白のJOKER様が、穏やかに説明を始める。
「君たちの実力は、すでに幹部級に匹敵する。そこで、今後は特別な役職を設け、君たちに相応の権限を――」
「恐れ多いことでございます」
四人の声が、ぴたりと重なった。
黒のJOKER様の顔から、表情が消えた。
「……まだ最後まで話してないんだが?」
オウルが深々と頭を下げる。
「私など、幹部の方々に比べれば、まだまだ未熟者です」
ローズも優雅に一礼する。
「私が特別な役職などいただいてしまえば、既存の幹部の方々に申し訳が立ちませんわ」
セナは真剣な表情で続けた。
「私では、幹部級の名を穢してしまいます」
ミヤビが胸に手を当てる。
「皆様のお力添えをいただきながら、私は『2』として精進する所存ですわ!」
四人は、揃って頭を下げた。
「「「「どうか、今のままでお使いください」」」」
会議室は、再び沈黙に包まれた。
ハートのジャックが、天井を見上げた。
スペードのジャックが、机に突っ伏した。
ダイヤのクイーンは、無言で資料を閉じた。
エースの一人が、隣のキングに囁く。
「……なあ」
「何だ」
「俺たち、今日何のために集まったんだ?」
キングは、しばらく考えたあと、静かに答えた。
「……四人が昇格を拒否する理由を、十六人で再確認するためだろう」
「そんな会議があってたまるか!!」
黒のJOKER様の絶叫が、会議室に響き渡った。
白のJOKER様は、仮面を押さえながら呟いた。
「……次回からは、本人たちも最初から会議に呼ぶべきかもしれないな」
その言葉に、ハートのジャックが力なく頷く。
「ええ。少なくとも、議題が『四人の昇格』であることを、事前にお伝えしておくべきかと……」
「それで来てくれると思うか?」
「…………」
「…………」
十六名の幹部と二人のJOKER様は、揃って沈黙した。
四人はその様子を見て、不思議そうに顔を見合わせていた。
「……何か、私たちにできることがあればよいのですが」
オウルの呟きに、ローズが微笑む。
「そうですわね。皆様、何やらお疲れのご様子ですし」
セナが元気よく手を挙げた。
「じゃあ、今度の訓練で皆さんのお相手をしましょうか! 新しい投げ技も覚えたんです!」
ミヤビも続く。
「私も、右手のオーラの制御が少し上達いたしましたわ!」
その瞬間。
エース四名が、一斉に顔を上げた。
「「「「遠慮させてくれ!!」」」」
今度は、四人の『2』が目を丸くする番だった。
「……皆様、どうなさったのでしょう?」
白のJOKER様は、静かに椅子へもたれかかった。
黒のJOKER様は、天を仰いだ。
そして、トランパーの全幹部が、同じことを考えていた。
――この四人をどうにかする方法を考えるための合同会議が、今後も定期開催されるのではないか。
それだけは、ほぼ確実だった。