トランパー本部、尋問室。
敵対組織の構成員を捕らえた、ある日のこと。
オウル・ドロウは、尋問室の片隅で腕を組み、じっと捕虜を観察していた。
相手は口を固く閉ざしている。
どれだけ質問を重ねても、返ってくるのは沈黙か、せいぜい悪態だけ。
尋問を担当していた党員が、困り果ててオウルに尋ねた。
「オウル殿、いかがいたしましょう。こちらの者、まったく口を割りません」
「ふむ……」
オウルは捕虜の顔を眺めた。
「少し、試してみてもよろしいでしょうか?」
「試す、と申しますと?」
「いえ。少々、気になることがございまして」
そう言うと、オウルは捕虜の前に立った。
そして、しばらく相手の姿勢や呼吸、身体の動きを観察する。
「……なるほど」
何かを理解したように、小さく頷いた。
「では、失礼いたします」
その後、尋問室から聞こえてきたのは、捕虜の苦しげな声と、慌てふためく尋問担当者の声だった。
「お、おい!? 大丈夫なのか!?」
「はい。少なくとも、今のところ意識はございます」
「そういう問題じゃないだろう!?」
オウルは至って冷静だった。
「興味深いですね。人体というものは、実に繊細にできている」
「感心している場合か!!」
結局、その日の尋問は予定よりも早く終了した。
捕虜は、聞かれた情報を洗いざらい話したのである。
もちろん、オウルが何をしたのかについては、尋問担当者も詳しく聞かなかった。
聞きたくなかった、と言うべきかもしれない。
翌日、幹部会議
「……というわけで、オウルが新しい尋問技術を身につけたらしい」
キングの報告に、幹部たちは顔を見合わせた。
「新しい尋問技術?」
「ええ。捕虜を跪かせ、頭部への特殊な打撃で強い吐き気を引き起こし、その苦痛を利用して情報を引き出したそうです」
「待て」
エースの一人が手を挙げた。
「それは、どこで覚えた?」
「本人に聞いたところ、『観察していれば、ある程度のことは分かります』とのことです」
「…………」
「…………」
「……あいつ、また独学か?」
誰かが呟いた。
その場にいた全員が、深く頷いた。
白のJOKER様は、資料に目を落とす。
「健康への影響はない、と本人は説明しているのか?」
「はい。本人はそのように考えているようです」
黒のJOKER様が、すかさず口を挟んだ。
「いやいやいや! 頭に打撃を加えて吐かせておいて、健康への影響がないって、どういう根拠なんだ!?」
「そこについては、私も確認すべきだと思います」
キングが頷く。
「頭部への打撃による脳の揺れや嘔吐は、脳震盪などの重大な損傷を示す可能性があります。外見上は回復したように見えても、安全とは限りません」
「そうだ。尋問の成果以前に、捕虜の安全を確認しなければならない」
白のJOKER様は、即座に指示を出した。
「医療担当に診察させろ。それから、オウルにもその技術の使用を一時停止するよう伝える。情報を得るためであっても、健康被害を軽視してはならない」
「承知いたしました」
黒のJOKER様は、椅子の背もたれに身を預けた。
「……あいつ、観察眼がすごいのは分かってるんだよ。分かってるんだけどさぁ……!」
そして、天井を仰いだ。
「なんでその才能を、毎回そういう方向にまで発展させちゃうんだよぉ……!」
その日の午後、オウルへの聞き取り
「オウル。君が新しく習得したという尋問技術について、説明してもらえるかな」
白のJOKER様の問いに、オウルはいつもの落ち着いた態度で答えた。
「はい。相手の反応を観察することで、苦痛を与えずとも情報を引き出す方法を探っておりました」
「……苦痛を与えずとも?」
黒のJOKER様が聞き返す。
「いえ、今回の方法は、相手に強い身体的苦痛を与えてしまいました。そこは反省しております」
オウルは素直に頭を下げた。
「ただ、相手が『これ以上苦しい思いをしたくなければ』という条件で情報を提供するのであれば、尋問を長引かせずに済むのではないかと考えたのです」
「考え方は分かった。だが、頭部への打撃で吐き気を起こさせる方法は認められない」
白のJOKER様は、はっきりと告げた。
「嘔吐は安全の証明ではない。脳や身体への損傷を伴う可能性がある以上、健康への影響がないと断言することもできない」
「……承知いたしました」
オウルは、わずかに考え込んだ。
「では、観察眼を活かしつつ、身体に危険を及ぼさずに情報を引き出す方法を研究することにいたします」
「うん。それなら大歓迎だ」
黒のJOKER様は、ようやく安堵した。
「頼むから、次はちゃんと安全性を確認してからにしてくれ……」
「はい。肝に銘じます」
オウルは深々と一礼した。
そして、退室する直前に振り返る。
「ところで、JOKER様」
「……今度は何だ?」
「先ほどの尋問で、捕虜が嘘をつく際に見せる反応について、新しい知見が得られました。こちらは身体に危険を及ぼさずに活用できそうです」
「おお、それはいいじゃないか!」
黒のJOKER様が身を乗り出す。
オウルは淡々と説明を始めた。
「まず、視線の動きだけで判断するのは危険です。むしろ――」
その説明は、二十分ほど続いた。
やがて、白のJOKER様が静かに頷いた。
「……よし。その研究は続けてくれ」
「ありがとうございます」
オウルは満足そうに一礼し、退室した。
扉が閉まる。
黒のJOKER様は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……あいつ、普通に研究職でも大成するんじゃないか?」
白のJOKER様は、資料を閉じた。
「問題は、研究対象と研究方法を、我々が適切に管理できるかどうかだな」
二人は顔を見合わせた。
トランパーには、恐るべき才能を持ちながら幹部への昇格を拒む一般党員が四人いる。
そして、そのうちの一人は今日もまた、本人なりの合理性に従って新しい技術を編み出していた。
組織の上層部にとって、本当に恐ろしいのは、オウルが強いことではない。
彼が「観察すれば分かる」と本気で信じており、実際にいろいろなことを分かってしまうことだった。