トランパー本部、訓練施設。
その日、訓練施設の一角では、ミヤビ・ヒメハナが新たに習得した技の確認を行っていた。
見学者は、エースのスペードとキングのクローバー、そしてクイーンのハート。
三人とも、当初は軽い気持ちで見学に来ていた。
何しろ、ミヤビが新しい技を覚えたという話は珍しくない。
彼女は我流の喧嘩空手とドスを扱い、右手には赤黒い特殊なオーラを纏わせることができる。
以前から、その右手のオーラを他の部位にも展開できるよう訓練していると聞いていた。
「それで、今回はどのような技を習得したのです?」
ハートのクイーンが尋ねる。
ミヤビは胸を張り、いつもの構えを取った。
肩幅より少し広い足幅。
右手はポケット。
左手は脇腹付近で握る。
「はい! いくつか新しい技を習得いたしましたわ!」
「ほう。楽しみだな」
スペードのエースが腕を組む。
ミヤビは嬉しそうに頷いた。
「まずは、こちらですわ!」
その1:左足による蹴り上げからのかかと落とし
ミヤビは訓練用の標的に向き直った。
「まず、左足で相手の顔を蹴り上げます」
左足が鋭く振り上がる。
「そして、怯んだところを――」
身体を持ち上げ、脚を振り下ろす。
「かかと落としですわ!」
ドンッ!!
訓練用の標的が大きく揺れた。
「なるほど。単純ながら、上下の動きを連続させるわけか」
キングのクローバーが頷く。
「最初の蹴りで相手の姿勢を崩し、次の攻撃につなげる。実用性も高そうですね」
ハートのクイーンも感心した様子だった。
「ミヤビさんらしい、分かりやすく力強い連携ですわね」
「ありがとうございます!」
ミヤビは嬉しそうに頭を下げた。
ところが。
「ちなみに、ガードを崩す技もございますわ」
「ガードを崩す?」
「はい。こちらです!」
その2:ガードブレイク技『ネジ込み』
ミヤビが構えを取る。
左手を握り、相手の防御を正面から突破するような動作を見せた。
「こちらは『ネジ込み』と申します!」
強烈な一撃が、訓練用の防御装置に叩き込まれる。
ガンッ!!
防御装置が大きく揺れた。
「ガードブレイクか……!」
スペードのエースが目を細める。
「相手が防御を固めていても、正面から崩せるわけだな」
「ええ! 防御されることを前提にした技ですわ!」
ミヤビは満足そうに頷く。
「防御を崩した後は、こちらに繋げますの」
「……まだあるのか?」
キングが呟いた。
ミヤビは、にっこりと微笑んだ。
「もちろんですわ!」
その3:『ギロチン』
「まず、左の強烈なアッパーで相手を殴り飛ばします」
左拳が振り上がる。
「そして、その動きに追従するように飛び上がり――」
ミヤビの身体が宙に浮く。
「相手の顔を掴みます!」
続いて、相手を地面に叩きつける動作。
「そのまま、引き回しますわ!」
「…………」
三人の見学者が黙った。
「……ミヤビさん」
ハートのクイーンが慎重に口を開く。
「それは、ずいぶんと大胆な技ですわね」
「はい! 名前は『ギロチン』といたしました!」
「名前も大胆だな……」
スペードのエースが呟いた。
キングのクローバーは、訓練記録に目を落とす。
「アッパーで浮かせ、追従して捕まえ、地面に叩きつける。さらにそのまま拘束を継続するわけか」
「そうですわ!」
ミヤビは元気よく答えた。
「ところで、最後にもう一つございます」
「まだあるのか!?」
思わずスペードのエースが声を上げた。
ミヤビは右手をポケットに入れたまま、左腕を軽く振った。
「こちらが、今回の目玉ですわ!」
その4:『ズームグラップ』からの四連続コンボ
「まず、『ズームグラップ』についてご説明いたしますわ」
ミヤビは左腕を前に出した。
すると、左腕の関節が通常では考えられない形で外れ、腕のリーチが異常に伸びた。
「…………?」
スペードのエースが目を凝らす。
「今、腕が……伸びたのか?」
「はい! 関節を外すことで、通常の間合いでは届かない距離から相手を掴めますの!」
「いや、関節を外すことで、という説明で済ませていいのか……?」
ミヤビは気にせず続ける。
「掴んだ相手を、無理矢理わたくしの拳の届く距離まで引き寄せます。そして――」
右腕に、赤黒いオーラが集まり始めた。
そのオーラが、渦を巻く。
やがてドリルのような形状を形成した。
「この状態で、ぶん殴りますわ!」
訓練用の標的が激しく揺れた。
ハートのクイーンが目を丸くする。
「……右腕のオーラを、ドリル状に?」
「はい! 以前よりも集中して纏えるようになりましたの!」
「なるほど。ズームグラップで相手を逃がさず、自分の得意な間合いに引き込んでから、オーラを纏った拳を叩き込むのか」
キングのクローバーは、すでに真剣な表情で記録を取っていた。
「しかも、最後の一撃までが一連の連携になっている……」
ミヤビは嬉しそうに頷いた。
「そして、このズームグラップを最後に組み込んだ連続技が、四種類ございます!」
「四種類……?」
「はい!」
コンボ①:空中連続打撃型
ミヤビは標的の頭部を掴み、地面へ叩きつける動作を見せた。
そこから、
相手を上空へ打ち上げるアッパー。
右膝による蹴り飛ばし。
右爪先による追撃。
ズームグラップで相手を引き寄せる。
ドリル状のオーラを纏った右拳で打ち抜く。
「こちらは、相手を空中に留めながら連続攻撃を加える型ですわ!」
「空中で三段階の攻撃を加えてから、最後に引き寄せるのか」
「はい! 相手が離れてしまっても、最後はわたくしの間合いに戻せますの!」
スペードのエースが腕を組み直した。
「……逃げ場を作らせない構成だな」
コンボ②:浮かせ・追撃型
続いてミヤビは、別の動きを見せた。
相手の頭部を掴み、地面に叩きつける。
倒れている相手を蹴り上げる。
もう一発蹴り、さらに浮かせる。
飛び蹴り。
頭突きで叩き落とす。
二発踏みつける。
ズームグラップで引き寄せる。
ドリル状のオーラを纏った右拳で殴る。
「こちらは、浮かせてからの追撃を重視しておりますわ!」
「……頭突きで叩き落とす?」
キングが確認する。
「はい!」
「その後、踏みつけが二発?」
「はい!」
「そして、最後にまたズームグラップ?」
「はい!!」
ハートのクイーンが小さく笑った。
「ミヤビさん、ずいぶんと楽しそうですわね」
「ええ! 新しい連携を考えるのは、とても楽しいですもの!」
三人は、ミヤビの笑顔を見て、なんとも言えない顔になった。
コンボ③:頭突き連打型
「こちらは、非常に単純ですわ!」
ミヤビが標的の頭部を掴み、地面へ叩きつける。
そして、
頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き。
八発。
その後、ズームグラップ。
相手を引き寄せ、ドリル状のオーラを纏った右拳で殴る。
「…………」
「…………」
「……ミヤビさん」
ハートのクイーンが、ゆっくりと尋ねた。
「はい?」
「八発の頭突きには、何か特別な意味がございますの?」
「特にはございませんわ!」
「ございませんの!?」
「はい! 八発ほど入れたところで、ズームグラップに移行するのがちょうどよかったのです!」
「ちょうどよかった……」
スペードのエースが、遠い目をした。
コンボ④:連打型
「最後はこちらですわ!」
ミヤビは少しだけ姿勢を低くした。
相手の頭部を掴み、地面へ叩きつける。
そこから、猛烈な連打。
一発、二発、三発。
連続して繰り出される拳が、標的を圧倒する。
十発。
二十発。
そして三十発ほど。
「この連打で相手を圧倒し、最後にズームグラップで引き寄せますの!」
左腕が伸びる。
相手を引き寄せる。
右腕に赤黒いオーラが渦巻き、ドリル状になる。
「そして、これで締めますわ!」
ドンッ!!
訓練施設に鈍い音が響いた。
ミヤビは満足そうに胸を張った。
「以上、四種類ですわ!」
その場にいた幹部たちの反応
しばらく、誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのは、キングのクローバーだった。
「……確認させてくれ」
「はい!」
「今の四種類、すべて最後は同じなのだな?」
「はい! ズームグラップからのドリルオーラパンチですわ!」
「つまり、途中の連携を変えても、最終的には相手を自分の間合いに引きずり込んで、右拳を叩き込む?」
「その通りですわ!」
スペードのエースが、腕を組んだまま呟いた。
「……ずいぶんと気に入っているんだな。その右拳」
「ええ! わたくしの右手は、まだまだ可能性がございますもの!」
ハートのクイーンは、記録を見ながら感心していた。
「それにしても、ミヤビさん。これだけの連携を、よく考えましたわね」
「ありがとうございます!」
ミヤビは嬉しそうに頭を下げた。
ところが、ここで彼女は少しだけ首を傾げた。
「……あ」
「どうしました?」
「実は、もう一つございますの」
三人の表情が固まった。
「……もう一つ?」
「はい。これは、わたくしも少々驚いたのですが……」
ミヤビは右腕を軽く持ち上げた。
「オーラを纏わせた右腕を、手のひらが上を向いた状態で、強く振り下ろしてみたのです」
「ふむ」
「そうしましたら……」
彼女は右腕を見つめる。
「オーラが、飛んでいきましたの」
「…………」
「…………え?」
「飛んでいった?」
「はい」
ミヤビは、少し困ったように笑った。
「高さも直径も、およそ二メートルほどの球状になりまして。まっすぐ対象に向かって飛んでいったのですわ」
三人の視線が、ミヤビの右腕に集中する。
「……待て。今、何と言った?」
「ですから、オーラが球状になって飛んでいったのです」
「二メートルほどの?」
「はい!」
「高さも直径も?」
「はい!」
「…………」
キングのクローバーは、ゆっくりと資料を閉じた。
「ミヤビさん。それは、狙って出せたのか?」
「いえ、それが……」
ミヤビは頬に手を当てた。
「わたくしも、想定外でしたの」
そして、そのときの様子を思い出したように、素っ頓狂な声を再現する。
「えっ、あらァ!?」
三人が一斉に吹き出した。
「自分で出しておいて驚いたのか!?」
「はい! まさか、あのような形で飛んでいくとは思っておりませんでしたので!」
「いや、それは驚くだろう……!」
ミヤビは右腕を眺めながら、少しだけ真剣な表情になった。
「現在は、意識的に放てるよう特訓しておりますわ。まだ安定しておりませんが、どうにか制御したいところですの」
「……なるほど」
スペードのエースが、ようやく笑いを収めた。
「つまり、今後は右拳による直接攻撃だけでなく、遠距離からのオーラ射出も可能になるかもしれないわけか」
「はい!」
「それは、戦闘の幅が大きく広がるな」
「ありがとうございます!」
その日の夜、幹部合同報告
白のJOKER様と黒のJOKER様のもとに、ミヤビの訓練記録が届けられた。
白のJOKER様は、まず新技の一覧に目を通す。
「左足による蹴り上げからのかかと落とし。ガードブレイク技『ネジ込み』。そして『ギロチン』……」
ページをめくる。
「『ズームグラップ』を組み込んだ四種類の連続技か」
黒のJOKER様が横から覗き込む。
「おお、ずいぶん増えたな! しかも最後の四種類、全部ズームグラップからのドリルオーラパンチで締めるのか!」
「どうやら、本人はこの連携を大変気に入っているようだ」
「いいじゃないか! 得意技を磨くのは大事だからな!」
白のJOKER様は、最後のページを開いた。
そこには、少し大きな文字で追記があった。
『右腕に纏わせたオーラを球状にして射出する現象を確認。高さ・直径ともに約2m。本人は予期していなかった模様。現在、任意発動の訓練中』
「…………」
白のJOKER様が、数秒間その記述を眺める。
黒のJOKER様も覗き込む。
「……え?」
「……ああ」
「ちょっと待て。球状?」
「そう記載されているな」
「二メートル?」
「そうだ」
「飛んでいった?」
「そうだな」
黒のJOKER様は、資料を受け取ってもう一度読み直した。
「……ミヤビ、いつの間に遠距離攻撃まで覚えたんだ?」
白のJOKER様は静かに答えた。
「本人の説明では、偶然だそうだ」
「偶然で二メートルのオーラの球を飛ばしたのか!?」
「そのようだ」
「しかも本人、驚いて『えっ、あらァ!?』って言ったのか!?」
「そのようだ」
黒のJOKER様は、しばらく資料を見つめた。
そして、深々と椅子に座り直した。
「……あいつら、本当に『2』でいいのか?」
白のJOKER様は、何も答えなかった。
数日後
ミヤビは今日も訓練施設で、右腕にオーラを纏わせていた。
「……もう少し、もう少しですわね」
右腕の赤黒いオーラが渦巻く。
手のひらを上に向け、振り下ろす。
しかし、オーラは球状にならず、散ってしまった。
「むむ……」
もう一度。
今度は少しだけ形になったものの、途中で崩れる。
「……なかなか難しいですわね」
その様子を、たまたま通りかかったローズが眺めていた。
「ミヤビさん、何をなさっているの?」
「ローズさん! 実は、右腕のオーラを飛ばす訓練をしておりますの!」
「飛ばす?」
「はい! 以前、偶然できたのですが、まだ自分の意思で再現できませんの」
ローズは興味深そうに見つめる。
「まあ。どのようなものなのかしら?」
「それが、こう……」
ミヤビは右腕を構える。
「こうですわ!」
振り下ろす。
赤黒いオーラが一瞬だけ球状になる。
そして、飛んだ。
ズドォン!!
訓練場の奥で、標的が大きく揺れた。
ミヤビは目を輝かせる。
「おおっ!!」
ローズも、思わず目を見開いた。
「……あら」
ミヤビは右腕を見つめる。
「今のですわ!!」
「ええ。見事でしたわね」
「ありがとうございます! 今の感覚を忘れないうちに、もう一度試してみますわ!」
ローズは微笑んだ。
「ふふ。頑張ってくださいませ」
そして、心の中で思った。
(……これ、完成したら、ますます手がつけられなくなるのではなくて?)
その頃、別の訓練施設ではセナが新しい投げ技を試しており、オウルは新たな観察訓練を始めていた。
トランパーの一般党員『2』。
四人それぞれが、今日も順調に進化している。
そして、彼らの昇格を諦めていない二人のJOKER様と十六名の幹部は、まだ知らない。
ミヤビが、遠距離攻撃を意識的に使えるようになる日も、そう遠くないかもしれないことを。