トランパー本部、訓練施設の休憩室。
そこには、珍しく真剣な顔をした二人の一般党員がいた。
オウル・ドロウと、セナ・シウンである。
二人の前には一枚の紙が置かれていた。
そこに書かれているのは、たった一文。
『ミヤビ、遠距離攻撃を習得中』
「……セナ」
「はい」
「これは、由々しき事態だと思わないか?」
「思います」
二人は深刻な顔で頷いた。
発端は、ミヤビが偶然発射した直径約2メートルの赤黒いオーラ球だった。
それまでミヤビは、ドスと我流の喧嘩空手を主体とした近接戦闘型。右手の特殊なオーラも、基本的には接近してから使うものだった。
ところが、今や遠距離への攻撃手段まで身につけようとしている。
「ミヤビは、もともと接近戦が得意だった」
オウルが指を折る。
「そこに、あのオーラ球だ。つまり、近づかせない相手にも手が届くようになる」
「ええ。しかも、本人はまだ意図的に撃てるよう練習している段階です」
「……一方、俺たちは?」
「ありません」
即答だった。
「俺は殴る」
「私は投げる」
「どちらも、基本的には届く距離でやる」
「はい」
沈黙。
やがて、セナが机を叩いた。
「これはいけません!」
「そうだろう!」
「ミヤビだけが遠距離攻撃を習得するなんて、2番の戦闘体系に格差が生まれてしまいます!」
「俺たちも何か考えなければ!」
こうして、二人だけの緊急会議が始まった。
「まず、オウルさん。あなたは何ができますか?」
「拳を飛ばす」
「……拳を?」
「正確には、拳撃によって発生する衝撃波だ」
オウルは立ち上がり、訓練用の標的に向き直った。
軽く拳を構える。
そして――
バシュッ!
標的が大きく揺れた。
「これだ。俺のショットガンブローを、距離を置いて成立させる」
「なるほど……!」
セナは感心したように頷く。
「では、もう少し距離を伸ばせませんか?」
「そこが問題だ。衝撃波の威力と射程を両立させるには、拳の振り方だけでなく、発生させるタイミングも調整しなければならない」
「つまり、訓練ですね」
「そうなる」
「では、私の番です!」
セナは勢いよく立ち上がった。
「私はロシアンプロレスですから、遠距離攻撃といえば……」
しばらく考える。
「……相手を投げ飛ばす?」
「それは遠距離攻撃というより、遠距離移動だな」
「では、相手を投げる前に、何かを飛ばす?」
「何を?」
「……私?」
「自分を飛ばすのか?」
「はい!」
「それは遠距離攻撃というより、突進では?」
「うっ……!」
セナは腕を組んで唸った。
「しかし、空中制動は多少できるようになりました。ならば、遠くから飛び込んで投げることも……」
「それは面白い。だが、ミヤビのように遠くから攻撃を飛ばすものとは違うな」
「ぐぬぬ……!」
二人の会議は、なかなか進まなかった。
そのとき。
「何をしているんですの?」
扉の向こうから、当のミヤビが顔を覗かせた。
二人は同時に振り返る。
「ミヤビ!」
「ミヤビさん!」
「は、はい? 何ですの?」
オウルが机の紙を指差した。
「お前は遠距離攻撃を習得し始めたそうだな」
「ええ。まだ練習中ですけれど」
「どの程度までできるようになった?」
「まだ狙った方向に飛ばすのが精一杯ですわ。威力も安定しませんし」
「……そうか」
セナが身を乗り出す。
「ミヤビさん! その技、どうやって習得したんですか!?」
「どうやって、と言われましても……右手を振り下ろしたら、偶然飛んでいきましたの」
「偶然……」
「ええ。わたくしも、あのときは『えっ、あらァ!?』という感じでしたわ」
二人は顔を見合わせた。
オウルが静かに言う。
「……偶然で遠距離攻撃を発見したのか」
セナも深刻な表情で頷く。
「私たちは会議を開いているというのに……」
「何の会議ですの?」
「遠距離攻撃の習得についてだ」
「まあ!」
ミヤビはぱっと表情を明るくした。
「それは素晴らしいですわ! お二人も遠距離攻撃を習得なさるのですね!」
「いや、まだ方法を検討している段階だ」
「私も、どうすればいいのか分からなくて……」
「でしたら、一緒に訓練いたしましょう!」
二人の表情が少し明るくなる。
しかし、ミヤビは続けた。
「わたくしもまだまだ未熟ですもの。三人で切磋琢磨すれば、きっと良い成果が出ますわ!」
「……そうだな」
「はい!」
ミヤビは満足そうに頷き、訓練場へ向かっていった。
その背中を見送ったあと、オウルがぽつりと呟く。
「……あいつ、もう遠距離攻撃を撃つ前提で話していたな」
「はい」
「しかも、俺たちがまだ何もできていないことを、まったく気にしていない」
「はい……」
二人は再び机に向き直った。
そして、会議資料の一番上に、新たな議題を書き加えた。
『ミヤビに追いつくための遠距離攻撃習得計画』
その日の夕方。
二人が遠距離攻撃の研究を始めたという報告を受けた白のJOKER様は、少しだけ嬉しそうだった。
「おお! あの二人も新技の開発か!」
黒のJOKER様も頷く。
「いい傾向ではないか。今度は何を習得するつもりなのだ?」
報告書を読み進める。
そこには、こう記されていた。
オウル:衝撃波の射程延長を検討中。
セナ:遠距離からの投げ技、または空中突進型の攻撃を検討中。
両名とも、ミヤビの遠距離攻撃習得を受けて危機感を抱いた模様。
黒のJOKER様は、しばらく黙っていた。
そして一言。
「……あいつら、競争相手を間違えていないか?」
白のJOKER様は肩を震わせて笑った。
「いいじゃないか、黒いの。切磋琢磨だよ、切磋琢磨!」
その頃、訓練場では。
「セナ、まずは俺の衝撃波を見てくれ」
「はい!」
「いくぞ!」
バシュッ!
「おおっ! すごいです!」
「次はお前だ」
「では、いきます!」
セナは助走をつけ、勢いよく跳躍した。
「ロシア式――!」
「待て、どこまで飛ぶつもりだ!?」
二人の遠距離攻撃研究は、まだ始まったばかりである。