トランパー本部、4人専用訓練エリア。
ローズ・スノウがオウル・ドロウから肉弾戦の指導を受け始めて、しばらく経った頃。
彼女の訓練内容は、少しずつ変化していた。
最初は打撃や回避、体捌きといった基礎的なものだった。
しかし、ローズはそれらをそのまま身につけるのではなく、自分のカード投擲と組み合わせられないか、あれこれ試していた。
そして、ある日。
「……決まりましたわ」
「何がだ?」
「わたくしの肉弾戦の方向性です」
オウルはローズの方を向いた。
「どんなスタイルにする?」
ローズは、少しだけ腰を落とした。
「タックルですわ」
「……タックル?」
「ええ。そして、そのままシュートに移行しますの」
オウルは数秒、彼女の構えを観察した。
「レスリングを主体にするのか」
「そうなりますわね。相手の懐に飛び込み、体勢を崩して、倒して、抑え込む。あるいは投げる」
「打撃は?」
「必要なら使いますわ。でも、わたくしはカードを投げる方が得意ですもの。近距離では、無理に打撃を主体にする必要はないと思いましたの」
なるほど、とオウルは頷いた。
ローズは自分の得意分野を捨てるつもりはない。
むしろ、カード投擲を最大限に活かすために、相手との距離を自在に操れるようになろうとしているのだ。
「タックルで相手を倒し、シュートで制圧する。相手が離れようとすればカードを投げる。近づいてきたら組みつく……か」
「ええ。わたくしに合っていると思いません?」
「理にかなっている」
「ふふっ。よかったですわ」
実演
「では、実際に見せてくれ」
オウルが訓練用の防具を身につけ、相手役を務める。
ローズは数歩離れた位置に立った。
「参りますわね」
次の瞬間。
ローズの姿勢が低くなる。
一気に踏み込んだ。
ドンッ!
オウルの腰付近に肩を当て、両腕で脚を抱え込む。
そのまま前進。
オウルは体勢を崩され、訓練マットへ倒れ込んだ。
「……なるほど」
オウルが起き上がろうとする。
しかし、ローズはすでに次の動作へ移っていた。
相手の動きを見て、重心を移し、逃げ道を塞ぐ。
そして、抑え込み。
「ここまでですわ」
「……確かに、様になっている」
ローズは立ち上がり、服についた埃を払った。
「ありがとうございます。まだまだ練習は必要ですけれど」
「タックルの入り方は悪くない。だが、相手が正面から受け止めてきた場合や、組みつく前に距離を取られた場合はどうする?」
「その場合は――」
ローズは右手を軽く振った。
数枚のカードが指の間に現れる。
「カードを投げますわ」
「結局そこに戻るのか」
「当然ですわ。わたくしの得意分野ですもの」
そして、幹部合同会議
数日後。
ローズの新しい戦闘スタイルについて、幹部たちにも報告が上がった。
黒のJOKER様は報告書を読みながら、眉間に皺を寄せていた。
「……タックル&シュートスタイル?」
「はい。オウルの指導を受けた後、本人が独自に研究し、この形に落ち着いたとのことです」
白のJOKER様が、興味深そうに尋ねる。
「つまり、ローズは相手に接近して倒すこともできるようになったんだね?」
「そういうことになります」
「カードを投げるだけじゃなく、組みついて制圧することもできる、と」
「はい」
黒のJOKER様は報告書を閉じた。
「……待て。ローズはもともと、カードを投げるだけで相手を拘束できるほどの技量を持っていたな?」
「はい」
「それに加えて、投げナイフも習得した」
「はい」
「さらに肉弾戦を覚え、その肉弾戦がタックルとシュートに特化した」
「はい」
「……何を目指しているのだ、あいつは」
その場にいた幹部たちは、誰も答えられなかった。
そこへ、当のローズが会議室に入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「ローズ。新しい戦闘スタイルについて聞きたい」
「ええ、タックル&シュートのことですわね」
「なぜその形にした?」
ローズは少し考えたあと、微笑んだ。
「だって、相手を倒してしまえば、狙いを定める必要もありませんでしょう?」
「……ほう」
「倒した相手を押さえ込んで、必要ならカードを使う。それに、相手が近づいてきても、距離を取ろうとしても、対応の選択肢が増えましたの」
白のJOKER様は、楽しそうに笑った。
「いいじゃないか。自分の得意なことを伸ばしながら、苦手な部分を補っている」
黒のJOKER様は、もう一度報告書を見た。
「……ローズ」
「はい?」
「お前、今後も肉弾戦を伸ばすつもりか?」
ローズは、にこりと笑った。
「もちろんですわ」
その返答に、会議室の空気が少しだけ重くなった。
セナが小声で呟く。
「ローズさん、どんどん選択肢が増えていきますね……」
ミヤビも頷いた。
「ええ。わたくしも負けていられませんわ!」
オウルは腕を組んだまま、静かに言った。
「……教えたのは基礎だけなんだがな」
ローズはオウルに向き直る。
「オウルさんのおかげですわ。ありがとうございます」
「いや、俺は大したことはしていない」
「謙遜なさらないでくださいませ」
黒のJOKER様は、二人のやり取りを見て深く息を吐いた。
「……もういい。あの四人が互いに刺激を受けて成長するのは結構なことだ」
白のJOKER様が頷く。
「うん。実に健全だね!」
そして、黒のJOKER様は最後に一言。
「ただし、これ以上ローズの戦闘手段が増えるたびに報告書を提出させろ。把握しきれなくなる」
その日の訓練終了後。
ローズは自分の区画で、タックルの踏み込みを何度も繰り返していた。
そして、ふと立ち止まる。
「……ふふっ」
カードを一枚、指先で回す。
「これで、もっと自由に戦えますわね」
彼女のスキルツリーには、また新しい枝が伸び始めていた。
『肉弾戦』――タックル&シュート型。
そして、その枝の先には、まだいくつもの空白が残っていた。