ヒート村を旅立ったゼロとミラ。
二人は王都へ向かう交易商人の馬車に乗せてもらい、グランド学園を目指していた。
ミラは魔法使いの初級装備である魔法杖と帽子を身につけ、身体には自分の体格に合ったレザーアーマーを着ている。
一方、ゼロは魔力がほとんどないため魔法を使うことができない。
そのため、村の武器屋の親父から、
『せめてこれくらいは持っていけ!』
と渡された初級剣士用の装備を身につけていた。
片手剣に兜、小手。そして、こちらも体格に合わせたレザーアーマー。
見た目だけなら、二人とも立派な冒険者のようだった。
「ねえ、ゼロは学園に入ったら何がしたい?」
馬車に揺られながら、ミラが尋ねる。
「僕は魔法が使えないからね。まずは剣の練習かな。少しでも戦えるようになって、ミラを守れるようになりたいんだ」
「ふふっ、嬉しいけど無理しちゃだめよ?」
「分かってるよ。でも、僕だって努力はするさ。それで、ミラは何がしたいの?」
「私は前にも言ったように、魔法の勉強をするわ。そして、ゆくゆくは大賢者になるの!」
ミラは胸を張って答える。
「そのためにも、色んな魔法を覚えるつもりよ。今はまだ初級魔法しか使えないけど、これからもっと勉強していくんだから!」
「そっか。お互い頑張ろうね」
「もちろんよ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
これから始まる学園生活。
どんなことが待ち受けているのか、二人とも期待に胸を膨らませていた。
――その時だった。
「うわああああっ!!」
突然、御者の悲鳴が聞こえた。
ガタンッ!!
馬車が急停止する。
「きゃっ!」
「おっと!」
突然の揺れに、二人は慌てて体勢を立て直した。
「どうしたんだ?」
ゼロは馬車の外を確認するため、ミラと一緒に降りる。
そこには――
大きなイノシシのような魔物がいた。
茶色い皮膚に、鋭く伸びた二本の牙。
通常のイノシシよりも一回り大きく、全身には鍛え上げられたような筋肉がついている。
成長した個体なのだろう。
その魔物は、馬車と御者をじっと睨みつけていた。
「どうしました?」
ゼロが御者に尋ねる。
「モ、モンスターだ! ワイルドボアがいやがる! あいつがいるせいで先に進めねえ!」
「ワイルドボア……」
ゼロは魔物を見つめる。
すると、ミラが一歩前に出た。
「なるほど、分かったわ。私に任せて!」
「ちょ、ちょっとミラ!」
ゼロも慌てて前に出ようとするが、ミラに止められる。
「危ないわよ、ゼロ。ここは私に任せて」
「ミラ、勝てるの?」
「正直、分からないわ。でも、倒さなきゃ先に進めないでしょ?」
ミラは杖を構える。
その姿を見て、ゼロは小さく息を吐いた。
「分かった。僕も一緒に戦うよ」
「えっ?」
ゼロはミラの前に出て、片手剣を構えた。
自然と、前衛と後衛の立ち位置になる。
「もう! 怪我しても知らないわよ!」
「その時は治してくれるだろ?」
「もう……!」
ミラは呆れたように笑った。
しかし、ゼロには分かっていた。
自分の剣の腕はまだまだ素人同然だ。
魔力による身体強化もできない。
正面からぶつかれば、あのワイルドボアに勝つのは難しいだろう。
それでも、何か方法はあるはずだ。
(あれを使うか……いや、しかし)
ゼロは昨日、夜の広場で調べていた自分のスキルを思い出す。
(ええい、迷っていても仕方ない!)
「ミラ!」
「何?」
「なんとかして、あいつを誘導して隙を作る。隙ができたらミラが止めを刺してくれ!」
「……分かったわ!」
ミラは短く答えた。
ゼロは剣を構え直す。
そして、ワイルドボアをじっと見つめた。
「ハッキング!」
その瞬間、ゼロの視界に青白い画面が浮かび上がる。
昨日と同じ画面。
だが、今回は違った。
目の前のワイルドボアに、照準のようなカーソルが表示される。
さらに、その周囲にいくつかの情報が浮かび上がった。
【対象:ワイルドボア】
【状態:警戒】
【攻撃対象:馬車】
「……見つけた」
ゼロは画面を集中して見つめる。
どうやら、このスキルは対象の情報を解析するだけではないらしい。
(攻撃対象……これを変更できれば!)
ゼロは指先を画面に伸ばした。
そして、表示された攻撃対象の項目を操作する。
しかし、思うように反応しない。
(くっ……結構難しいな!)
ワイルドボアが前足で地面を掻き始める。
「ゼロ! 来るわよ!」
「もう少し……!」
ゼロは必死に画面を操作する。
指先を動かし、表示された項目をスワイプする。
そして――
【攻撃対象:馬車】
その文字が切り替わった。
【攻撃対象:前方の樹木】
「よしっ!」
次の瞬間。
ワイルドボアが大きく地面を蹴った。
ドドドドドッ!!
「えっ!?」
ミラが驚きの声を上げる。
ワイルドボアは二人には目もくれず、目の前にあった大木へと突進していった。
ドゴォンッ!!
鈍い音が林道に響く。
ワイルドボアは勢いよく木にぶつかり、頭を振りながらふらついた。
「今だ!」
ゼロは一気に駆け出した。
剣を両手で握り、体勢を崩したワイルドボアの足元へと踏み込む。
「はああっ!」
ザシュッ!!
剣がワイルドボアの足を切り裂いた。
「ブオオオオッ!!」
ワイルドボアは悲鳴を上げ、その場に横倒しになる。
「ミラ! 今だ!」
「分かったわ!」
ミラが杖を構える。
杖の先端に、赤い光が集まり始めた。
「炎よ、集え!」
小さな火球が形成され、徐々にその大きさを増していく。
「ファイヤーボール!」
放たれた火球が一直線にワイルドボアへと飛んでいく。
ドォンッ!!
炎が弾け、ワイルドボアの身体を包み込んだ。
「ブオオオ……!」
やがて、その鳴き声も聞こえなくなる。
こうして、ワイルドボアとの戦いは終わった。
「やったわ、ゼロ! うまくいったわね!」
ミラが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「うん。なんとかね」
ゼロは剣を下ろし、安堵の息を吐いた。
「それにしても、さっきのワイルドボアの動き……少しおかしくなかった?」
「え?」
「私たちに向かってきたはずなのに、急に方向を変えて木に突進したでしょ?」
ミラはゼロの顔を覗き込む。
「もしかして、あなたのスキル?」
「うん。どうやら、対象の情報を調べるだけじゃなくて、少しだけ操作することもできるみたいなんだ」
「操作……?」
「攻撃対象を変更したんだよ。まだ詳しくは分からないけどね」
「へえ……そんなことまでできるのね」
ミラは興味深そうに頷いた。
「やっぱり、面白いスキルじゃない!」
「そうだね。ただ……」
ゼロは少しふらついた。
「あれ?」
「ちょっと!?」
ミラが慌ててゼロの身体を支える。
「大丈夫!? ゼロ!」
「大丈夫だよ。少し疲れただけさ」
「本当に?」
「ああ。慣れていないから、結構集中しなきゃいけないみたいだ。今日は初めて実戦で使ったしね。少し休めば治るよ」
「もう! だから無理しちゃ駄目だって言ったのに!」
ミラは心配そうにゼロを見つめた。
「ごめんごめん」
「謝ればいいってものじゃないわよ!」
そう言いながらも、ミラはゼロの身体を支え続けていた。
その時だった。
「おーい! 大丈夫か!?」
林道の向こうから、一人の男が走ってきた。
腰には剣を下げ、背中には荷物を背負っている。
どうやら冒険者のようだ。
「さっき悲鳴が聞こえたんだが……君たちか?」
男は周囲を見渡す。
「そうですけど、大丈夫です」
ゼロが答える。
「本当に? しかし、君たちの様子を見る限り、無事とは思えないんだが……」
男の視線が、地面に横たわるワイルドボアへと向いた。
「……なるほど。こいつを倒したのか?」
「はい。なんとか」
「へえ……こんな成長したワイルドボアを二人でねえ」
男は感心したように二人を見る。
「まあ、とりあえず危険がなくて良かった。ところで、君たちはどこへ向かっているんだ?」
「私たちはグランド学園に向かっているんです」
ミラが答える。
「グランド学園か。そうか、僕もそちらへ向かう予定だったんだ」
男は少し考えた後、笑顔で提案した。
「よければ、僕が護衛しようか? この先にも魔物が出る可能性があるからね」
「本当ですか!?」
ミラの表情が明るくなる。
「もちろん。ただし、無理をする必要はないよ。君たちはまだ子供なんだから」
「ありがとうございます! でも、お金が……」
ミラが申し訳なさそうに言うと、御者が口を開いた。
「おらが払いますだ。助けてもらった礼もありますし、護衛してもらえるならありがてえ」
「そうか。それなら遠慮なく引き受けよう」
「ありがとうございます!」
ミラは深々と頭を下げた。
その後、ゼロは馬車の中で休ませてもらうことになった。
ミラは隣に座り、ゼロの様子を気にかけている。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。少し休めば治るよ」
「ならいいけど……」
ミラは小さく息を吐いた。
「まったく、心配させないでよね」
「ははは、ごめん」
「もう……」
ミラは呆れながらも、ゼロの肩にそっと手を添えた。
それからは特に大きな問題もなく、馬車は林道を進んでいった。
途中、護衛の冒険者が周囲を警戒してくれたこともあり、二人は無事に旅を続けることができた。
そして――
「おおっ! 見えてきたぞ!」
御者の声に、ゼロとミラは馬車の窓から外を覗いた。
そこには、巨大な城壁に囲まれた街が広がっていた。
高くそびえる塔。
多くの人々が行き交う大通り。
そして、街の奥にはひときわ大きな建物が見える。
「あれが王都……」
ゼロは思わず呟いた。
「すごいわね……!」
ミラも目を輝かせている。
「そして、あそこにあるのがグランド学園だ」
冒険者が指差した先には、立派な校舎がそびえ立っていた。
二人がこれから通う場所。
新しい出会いと、数々の試練が待ち受ける場所。
「いよいよね、ゼロ!」
「ああ。ここからが本番だな」
二人は顔を見合わせ、笑った。
こうして、ゼロとミラは無事に王都へと到着した。
魔力ゼロの少年と、賢者を目指す少女。
二人の新しい生活が、今まさに始まろうとしていた。