「……それにしても、広いわね」
隣を歩くミラが、校舎を見回しながら呟いた。
「そうだね。教室に着く前に迷子になりそうだよ」
「あなた、方向音痴だったかしら?」
「単純に広すぎるんだよだよ」
「言い訳に聞こえるわね」
「君は相変わらず容赦がないね」
ミラは小さく笑う。
「とりあえず、教室に向かいましょう。初日から遅刻なんて嫌よ」
「分かってるよ」
僕たちは校舎の廊下を進んでいく。
廊下の壁には魔法で動く案内板が設置され、天井には淡い光を放つ魔導灯が浮かんでいた。窓の外には、空中に架けられた渡り廊下や、魔法で浮遊する小さな庭園まで見える。
さすがは魔法学園。
何もかもが魔法尽くしだ。
……魔力のない僕には、少々居心地が悪いけど。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「だから、何度言えば分かるんだ! お前のような奴が、俺の前を歩くなと言っているだろう!」
廊下の先から、怒鳴り声が響いてきた。
俺とミラは同時に足を止める。
「……何かしら?」
「さあね。朝から元気な奴がいるみたいだよ」
声のする方向へ視線を向けると、数人の生徒が集まっていた。
その中心にいたのは、金髪の少年と、茶色がかった髪の少年だった。
金髪の少年は、いかにも育ちのよさそうな整った身なりをしている。制服にも乱れはなく、その態度からは自信と傲慢さがにじみ出ていた。
一方、怒鳴られている茶髪の少年は、どこか気の抜けた表情を浮かべている。
「いやぁ、そう言われても困るんだけどなぁ。廊下はみんなのものだろ?」
「口答えするな!」
「はいはい、分かった分かった。そんなに怒ると眉間にシワができるぞ?」
「貴様……!」
金髪の少年が一歩踏み出す。
周囲の生徒たちは止める様子もなく、面白がるように二人を眺めていた。
「お前のような魔法もまともに扱えない落ちこぼれが、どうしてこの学園にいる? 空間魔法が使えるからといって、何でも許されると思うなよ!」
「いや、俺だってちゃんと反省してるって。ちょっと転移先を間違えただけじゃないか」
「ちょっとだと?」
「うん。ほんの三階分くらい?」
「それをちょっととは言わない!」
……どうやら、何か失敗したらしい。
僕は隣のミラに目を向け方をすくめながら聞く。
「どうする?」
「どうするって?」
「助けるかどうか」
ミラは少しだけ考え、目の前の光景を見つめた。
「別に、私たちには関係ない話でしょう?」
「まあね」
「でも……」
彼女は小さく息を吐く。
「見ていて気分のいいものではないわね」
「そうだね」
ゼロが歩き出し声を掛ける。
(魔力がないというだけで、何度も馬鹿にされてきた。だからといって、近くで誰かが同じように見下されている光景を見過ごせるほど、僕は器用じゃない。)
「おい、そこの二人!」
金髪の少年がゼロとミラに気づいた。
「何だ? 見世物じゃないぞ!」
「いや、十分見世物になってるよねぇミラ」
「私に聞かないでよ」
僕の言葉に、少年の眉が動く。
「貴様、誰に向かって口を利いている?」
「通りすがりの学生だよ。ところで、その人が何かしたのか?」
「お前には関係ない!」
「だったら、その人を解放すればいい。話はそれからだろ?」
「ふん。魔力のない人間が、偉そうに口を挟むな!」
……なるほど。
僕に魔力がないことに気づいたらしい。
「そうか。じゃあ、魔力があれば口を挟んでもいいのか?」
「当然だ!」
「ずいぶん都合のいいルールだね」
背後からミラが一歩前に出た。
「そもそも、彼の転移魔法の失敗と、あなたが彼を怒鳴りつけることに何の関係があるのかしら?」
「なっ……!」
「注意するなら、失敗した部分だけを指摘すればいいでしょう。周囲の人間まで巻き込んで侮辱する必要はないわ」
金髪の少年は言葉に詰まる。
僕はその隙に、茶髪の少年へ手を差し出した。
「立てるか?」
「あ、ああ。ありがとう!」
少年は僕の手を取って立ち上がる。
「助かったよ! いやー、まさか初対面の人に助けられるとは思わなかった!」
「そうじゃないよ。見ていて気分が悪かっただけだよ」
「それでも十分ありがたいって!」
少年は人懐っこい笑顔を浮かべた。
その様子に、僕は少しだけ呆れる。
「君、ずいぶん元気だね」
「元気だけが取り柄だからな!」
そのとき、金髪の少年が不満そうに口を開いた。
「覚えていろよ。俺はレオン・ヴァルシュタインだ。次に会ったときは、こんな態度では済まさないからな!」
そう言い残し、レオンは取り巻きとともに去っていった。
「……随分と偉そうな奴だったね」
「貴族の子供かしら」
ミラが呟く。
「かもしれないね」
すると、助けた少年が勢いよく俺たちの前に立った。
「いやー、本当にありがとう! 俺はワープライト! ライトって呼んでくれ!」
「ゼロだ」
「私はミラよ」
「ゼロとミラか! よし、覚えた!」
ワープライトは満面の笑みで頷く。
「ところで二人とも、もしかして新入生?」
「ああ。これから教室に向かうところだよ」
「おおっ! それならちょうどいい! 俺が案内してやるよ!」
「……君が?」
「おう! こう見えても、この学園のことなら任せとけ!」
ミラが足元に散らばった荷物を見た。
「さっき転移魔法を失敗していたようだけど?」
「……あれはちょっとした事故だ!」
「三階分?」
「聞いてたの!?」
ゼロは思わずため息をつき付いていく。
(なんだか前途多難だね)