テラー化した生徒たちが流れ着く世界の話 作:豚足と豚骨の化身
「結論から話しましょう。現在、世界に非常に大きな歪みが生じているわ。」
D.U.地区、サンクトゥムタワー。ある日突然、各勢力の有力な人物たちが一点に集められた。シャーレの先生という立場である私もまた例に漏れず、会議室に並べられた椅子のひとつに腰を下ろしている。妙な緊張感の中、立ち上がったリオが告げた言葉。それと同時に、彼女の背後にプロジェクションマッピングで映像が映し出される。それは、かつてこの世界を脅かしたアトラ・ハシースの方舟の映像だ。リオは映像を指しながら言葉を紡ぐ。
「かつて、別世界からの侵攻により起こった事件の事は覚えているでしょう。あの時に感知された異様な反応が今、キヴォトス全域で起こっているの。」
投映された映像が、キヴォトス全体のマップへと切り替わる。その地図上の幾つかには赤く点が記されていた。恐らくリオの言う「反応」が起こった地点を指しているのだろう。そんなことを予想していると、ホシノが手を挙げた。彼女も今回の会議に呼ばれた人間の1人だ。アビドスという学校そのものは規模が小さいが、その影響力は連日の事件が物語っている。
「つまり、もう一人のシロコちゃんみたいな子がこの世界に来るかもしれないってこと?」
「えぇ、未だそういった生徒の存在は確認されてはいないけれど、今後砂狼シロコのような者が現れる可能性は極めて高いわ。」
もしそうなれば、このキヴォトスは一体どうなるのだろう。それは新たな生徒がやってくるなんて楽しい話じゃない。相手が敵意を持っているかもしれないし、それこそプレナパテスが起こしたものよりも更に甚大な被害を被るかもしれない。
「だから、私たちはいずれやってくるであろう存在に対する対策を練らなければならないというわけよ。その対策の説明に関しては、連邦生徒会に任せるわ。」
そう言って、リオが座るとそれに入れ替わるようにしてリンちゃんが立ち上がった。
「『対策』とは言ったものの、現状がどう転ぶかに見当が付けられない我々にできることはごく僅かです。皆さんに協力して欲しいこととしましては、それぞれの地区におけるパトロールの強化です。もちろん我々の方でも警備体制は強化しますが、それではカバーできる箇所が限られてしまいます。」
リンちゃんは歩きながらも説明を続け、やがて映像の前で立ち止まった。すると、地図上に赤い点を中心として円が展開される。彼女はそれらをそれぞれの学校に割り振って、その地区の警備に協力して欲しいという旨の話を続けた。
「それぞれ、その地区で発見した怪しい人物には要注意を。もしそれが異界からの来訪者であるのならば、まずは拘束してください。」
「ちょっと待って。」
その説明にストップをかけたのはヒナだった。キヴォトス最強の言葉が、辺りに妙な緊張感を走らせる。
「その来訪者というのは、悪人か善人か分からないのでしょう。相手の素性を判断できないうちは、手荒いマネはしかねるわ。」
「えぇ、ですがもし悪人であった時に発生するであろう被害を考えれば迂闊に野放しにもできません。」
「私はただ、共生の道もあるかもしれないという話をしているの。」
「ですから、その為に……」
「だったら尚更、今から共に生きていこうという相手を拘束するのは失礼というものじゃないかしら。」
「なにせ、私達も初めての出来事なものですから。それに関しては今後の様子から柔軟に対応を変えていきましょう。」
「…………そうね。」
納得はしていないのだろう。ヒナは窓の外に目を向けて、黙り込む。その後も会議は続けられた。「来訪者」を見つけ次第、基本的には連邦生徒会へと連れてくる方針で、その他今現在起こっているこの世界の歪みがキヴォトスにどんな影響を及ぼすかの可能性の話も交えてその日の会議は終了する。
ティーパーティー、正義実現委員会を始めとしたトリニティの面々、ゲヘナの万魔殿や風紀委員、ミレニアムのセミナー部の主要メンバーが帰り、私も身支度を済ませる。そんな時、皆より遅くまで残っていたアルが話しかけてくる。
「一緒に帰りましょう、先生。」
そういえば彼女は今日、シャーレの当番だった。今日は朝から外に出払った挙句この会議だったもので、すっかり忘れてしまっていた。断る理由もなく、私は首を縦に振る。
「というか、便利屋68も呼ばれていたんだね。」
「いえ、呼ばれては無かったのだけれど……何故か丁度連邦生徒会の行政官に街でバッタリ会ってしまったのよ。『あなた達も裏社会の影響力は大きいので』と言われたものだから、アウトローとして来ない訳には行かなかったわ。」
どうやら、上手いこと口車に載せられたらしい。しかしアルは 「裏社会の治安維持もアウトローの仕事よねっ!」と私の目の前で息巻いているので、彼女的にアウトローの範疇にあるらしい。公的機関に協力しているのだから、アウトというよりも道のド真ん中を爆走している気がするけど。
「でも、便利屋68の四人だけでパトロールしてる余裕とかあるの?」
「それに関しても大丈夫よ。連邦生徒会の依頼としてパトロールを受けることになってるもの。」
「それじゃあ暫くは給料も安泰というわけだね。」
「…………でも、定職を持つのって少しアウトローから離れていっているような気もするわね。」
それ以前に気にすることがもっと…………などということは口が裂けても言えないだろう。まぁ何時も便利屋はお金に困っていたし、それが保証されるならいいか。たとえアルがアウトローの在るべき法からアウトローしていったとしても。
私はそう考えることにした。
────数時間後
「お疲れ様、今日は手伝ってくれてありがとうね。アルと話ができてよかったよ。」
「私も、先生と話せてよかったわ。」
「そうだ、お茶でもしていくかい?最近、トリニティの生徒からいい茶葉を貰ったんだ。」
「あ〜、そうねぇ。ありがたいお誘いなのだけれど、この後便利屋のみんなと夕食を食べに行く約束があるから……。」
「そっか、それは残念。」
「何なら、先生も一緒に来てもいいわよ?」
「あはは、私も暫くしたら仕事に戻らないとだからね。今回は遠慮しておくよ。」
「そう……。それじゃあ、私はそろそろ行くわ。」
「わかった。そこまでだけど送るよ。」
今日の業務を終え、アルをシャーレから見送った後に私は休憩がてら、夕暮れのキヴォトスの街を散歩していた。秋とはいえ、もう紅葉した葉は散ってしまって、街路樹はやせ細った木が並んでいる。
膝下を駆け抜けていく風は酷く冷たく、私の体を身震いさせたあと、同じように背後の木々を揺らしていた。一枚、枯葉が飛んだ。それは、私の横を通り抜けて裏路地へと飛んでゆく。不思議とその葉に目が奪われて、私の視界も路地裏を映した。
息を呑む。地面に滴るそれを見て、私は絶句する。血だ。ありえない迄の量の、血。それが裏路地から街道へと流れてきて、道筋を真っ赤に染め上げている。私はその血を辿るようにして走り出した。
踏みつけた血液が飛び散って私のズボンを汚したが、そんなことをわざわざ気にしている暇もない。私はその血の流れ出る根本へと目を向ける。そこには、一人の少女が倒れていた。
桃色の髪、ゲヘナの生徒特有の角、そして本人曰くアウトローなロングコートに身を包んでいる……私は彼女を知っている。いや、知らないはずがない。さっきまで一緒にいたのだ。
「アル!アル……どうしたんだい!?」
「先……生……?」
「一体何が…………。」
私は救急車を呼ぼうとスマホを取り出す。その手を、アルが握った。彼女の血液が、どろりと私の手に塗りたくられる。
「聞いて、先生。」
「……ッ!アル、今は喋らなくていい。話は後で聞く。」
「いいのよ。伝えなきゃいけない事が……あるから。」
声が掠れている。私の手を握る力も弱くなっている。まずい、本当にこのままだとこの子は死んでしまう。
「私に会ったの…………。さっき。」
絞り出すように言ったその言葉に私は耳を疑った。私「は」でも、私「が」でもない。アルは確かに私「に」、と言った。
「たぶん、来訪者……ってやつよ。」
「そいつにやられたのかい。」
「えぇ、不覚にも……ね。……先生、お願い。うちの社員たちを、あの子たちを……守ってあげて。」
アルがゆっくりと目を瞑る。呼吸が浅い。私を握る彼女の手がゆっくりと床に落ちた。
「アル!アル!しっかりするんだ、アル!!」
その声は、決して彼女には届かない。
薬品の匂いがする。どこからが子供の泣き声が聞こえる。行き来する人は、その多くが怪我や病に侵されどこか不安や苦痛を孕んだ顔だった。そういう私も、例に漏れずその1人なのだろう。私に怪我は無い。だが今も尚アルの緊急手術が続けられる中、私の顔は他人から見れば病人や怪我人の者と大差ないだろう。気が気じゃないのだ。やがて、私の元に一人の看護師がやってくる。
「アルはどうなりましたか!!」
私は脇目も振らずに大声で聞いてしまった。看護師さんは安堵したような、それでも少し申し訳ないような顔で答える。
「一命は……取り留めました。しかし、身体の損傷が酷く……意識が戻るかは……」
その先の言葉は紡がれず、言葉が水の中に沈んでいくように見えなくなる。命は助かった、ひとまずその事に安心する。あの時彼女を一人で帰らせるべきではなかった。せめて、私がついていれば……そんなことを考えてしまう。タラレバなんて意味は無い。それは、理解してるはずなのに。
prrrrrr……prrrrrr……prrrrrr……
電話のコール。画面を見ると、「リンちゃん」と表示されている。私は急いで電話に出た。このことを連邦生徒会にも伝えておくべきだ。
「先生、お時間をいただけますか。いえ、いただけないとしても無理矢理こちらへ来てください。」
切羽詰まった声が、電話越しに聞こえた。
「少し落ち着いて。一体どうしたの?」
そう私が促すと、リンちゃんは深呼吸をし答える。
「『来訪者』が二人、連邦生徒会の元に訪れました。」