テラー化した生徒たちが流れ着く世界の話 作:豚足と豚骨の化身
リンちゃんの元に到着するや否や、私は彼女についてくるように命じられた。それに従い、そこ背中の後を追う。
「この先の客間にお二人がいます。」
「どんな人達だい?」
「それは、直接話をした方が早いかと。」
私は扉に手をかける。ゆっくりと客間の様子が覗いていく。金髪の少女と、スレンダーな男が部屋の中央の椅子に腰を据えていた。扉の開く音に反応して、少女はこちらを向いた。無邪気さが残る目が、私を視界に捉える。すると、彼女は飛び上がり私の元までかけてきた。
「あなたが先生?はじめまして!私、丹花イブキって言います!よろしくね!」
彼女はイブキと名乗った。しかし、私が知る11歳の少女とはその容貌はかけ離れている。まず身長が高い。目測160cm前後はあるだろう。雰囲気はどこか大人びていた。しかし、その目の光に残った無邪気さにどこか彼女の面影を感じさせる。
「君、年齢は?」
「ファーストコンタクトでレディに年齢を聞くのは失礼じゃない?」
「……そうだね、ごめん。ただ私の知っている『丹花イブキ』と随分イメージがかけ離れてたから、どうしても気になってね。」
「あ〜、この世界の私の話かな。多分この世界の年代を考えると今は11歳?それはかけ離れて当たり前だねぇ。」
私から手を離し、イブキはぴんと背筋を伸ばして言った。
「丹花イブキ!17歳!あっちの世界では『雷帝』って呼ばれてます!」
「雷帝って、あの雷帝?ゲヘナの?」
「うん!その認識で間違いないよ!私は二代目ってことになるかな。」
誰もが知るビッグネームだ。キヴォトスでその名前を知らない者は居ないだろう。もちろん、その悪行も含めて。私は大して「雷帝」に関しての知識が無いから上手く反応できないけれど、マコト辺りがこの子に会ったらひっくり返りそうだな、などと私は呑気に考える。
「えっと、彼は?」
私は、未だ椅子に座ったままの男を指さして言った。
「あれは私のお兄ちゃん!」
「君、お兄さんがいたのかい?」
「あれ?こっちの世界の私には居ないの?」
「少なくとも、私は聞いたことがないかな。」
「へぇ〜。あっちの世界と違うこともあるんだ。ねぇ、お兄ちゃん!お兄ちゃんもこっち来て!自己紹介しよう?」
男はイブキにそう言われて、ようやく腰を上げた。気怠げな溜息と共に。そして、少し眉を顰めながらコチラへと歩いてくる。
「わざわざ入口で話す必要もないだろう。せっかくの客間だと言うのだ。お茶のひとつでも出してもらって、ゆっくり腰を据えて話がしたい。」
「確かに、それもそうだね!それじゃあ、お兄ちゃんの自己紹介は後にする?」
「いや、もうここまで来てしまったしな。私も流れに従うとしよう。」
男は軍服のような服装に、上から真っ白なジャージを袖に腕を通さないように肩にかけていた。私の前に立つと、彼は右手を差し出して少し微笑んで言う。
「妹が騒がしくてすまない。私はこの子の兄だ。あちらの世界では、『総督』と呼ばれていた。」
「えっと、お名前は?」
「そちらが『先生』などと言って名前をはぐらかしているのに、コチラが語る理由があるのかな?」
「…………仰る通りで。」
私は彼の手を取り固く握手を交わす。
「色々と、この世界に関して教えてもらいたい。もちろん、我々もここに来た経緯やあちらの世界の話は最大限共有するとしよう。」
「感謝します、総督。」
「こちらこそだ、先生。」
そうして、私たちは二人の客人との談話を開始した。リンちゃんが持ってきた四人分の紅茶を置いてテーブルを囲み、向かい合う。最初に口を開いたのはリンちゃんだった。
「先に、あなた方がこの世界に来られた経緯をお話して貰えますか?」
その問いに、イブキは元気よく答える。
「うん!いいよ!と言っても、語れることは少ないけどね。」
それに続く形で、総督も話を始めた。
「困ったことに、私も妹も何故この世界にやって来たのかはよく分からんのでね。気づいたらここにいて、ゆく宛もないものだから一番勢力として有力であろう連邦生徒会を尋ねたのだよ。」
「そうですか。では何かこちらの世界に来る前に、あなた方の世界で異変はありませんでしたか?」
「ん〜、心当たりがないなぁ。お兄ちゃんは?」
「全くだ。私たちは普通の日常を過ごしていた。世界間を跨ぐ予兆すらない。瞬きをした瞬間、どこともしれない世界の街道の真ん中に立っていた。」
「なにか少しでもいいんです。今回の事件について、本当に何も心当たりが無いのでしょうか。」
「うん、ごめんねぇ。私達もさっぱり。」
「さて、そちらの質問の一つ目はこれで終わりだ。こちらからも質問をさせてもらおう。」
総督は紅茶を口に運び。一呼吸置いて、言葉を紡ぐ。
「この世界で、一体何が起きてる。」
それに答えたのは、私だった。
「そうだね。ついでにリンちゃんに話ておきたいこともあるから、ここは私が説明するよ。結論から述べると、このキヴォトスで現在とてつもなく大規模な世界の歪みが起きている。その歪みによって、別の世界の住人がこの世界へとやってくる可能性があるんだ。」
「その可能性の一例が、私たちであると?」
私は、真っ直ぐと彼の目を見て頷いた。
「陸八魔アルは、知ってるかな。」
「あぁ、昔妹が迷子になった時世話になった。彼女に背負われて、歩き疲れてしまったのか眠っていたよ。とても可愛かった。」
「ちょっとお兄ちゃん!?今余計な話はしなくていいんだよ!」
「余計ではない。お前が可愛いということは、どこの誰であれ知らしめておくべきだ。」
「あー、もうっ!恥ずかしいから辞めてって言ってるの!」
「恥ずかしい?可愛いことがか?」
「…………ちょっと黙らせようかなぁ。」
イブキが懐から拳銃を取り出す。リンちゃんは、それを見て少し警戒したように目を向けた。ゆっくりと腰にあるホルスターへと手を伸ばしている。
「えっと、話続けてもいいかな?」
「おっと、すまない。続けてくれ。」
総督が静止すると、イブキは不服そうに拳銃を収める。それを見て、ホッと胸を撫で下ろしてリンちゃんも腰元から手を離した。
「今、この世界の陸八魔アルは病院にて入院している。意識不明の重体でね。彼女曰く、自分自身に襲われたということだ。恐らくだけど、この世界に別の世界の陸八魔アルがもう来ている。」
そう言うと、リンちゃんが目を見開いてこちらを見る。
「はい?初耳なのですが?」
「今言ったからね。色々忙しくて言うタイミングが無かったんだ。」
「だとしても、事前に先程一言でも私に伝えておくべきでは無かったでしょうか。」
「それはそうかもしれないけど、だってリンちゃん凄く切羽詰まってたしさぁ。」
「先生?いつも言ってますよね?報連相は大切にしてくださいって。明らかにいの一番に伝えるべき内容でしょう。」
「で、でも……ほら、どうせ『来訪者』である二人にもこの事は伝えなきゃと思ってたし……」
「先生?」
「ごっ、ごめんなさい!」
リンちゃんが私に詰め寄ってくる。資料の提出がギリギリになってもまだ為されていない時のリンちゃんの顔だ。怖い。
「そろそろ話を進めてもらってもいいだろうか?」
「あぁ、ごめんね。話すよ。」
私がリンちゃんを静止すると、彼女は不服そうに元の位置へと腰を据えた。総督が私たちを呆れたような目で見ている。そんな目をされる筋合いは無いのだが、それをわざわざ口にするのはこれ以上場をややこしくするだろうことは明白だった。
「えっと、『来訪者』である異世界の陸八魔アルは恐らくこの世界に敵意を持っているだろうと考えられる。現にこの世界のアルが傷つけられているからね。同様に、私たちはこの世界にくる『来訪者』が敵か味方かの判断に迫られているんだ。」
「それで、現状の『来訪者』に対する対策は?」
「あまり練れていない。ひとまず敵対者は拘束して連邦生徒会に、協力的な者もとりあえず連邦生徒会で話をするという形をとっているよ。」
「なるほど。つまり私たちが初めにここを訪れたのは大正解だったというわけだ。」
「結果的にはそうなるね。」
その質問が終わって、私は紅茶を口へと運ぶ。甘い香りが鼻をくすぐる。少しだけ冷めたその紅茶は味がしなかった。私はどうやら思いの外緊張しているらしい。そこで、リンちゃんが手を挙げる。
「では、そろそろコチラから再び質問をさせていただいても?」
私たちが語り手を交代したように、相手も入れ替わるようにしてイブキが前へと出てくる。
「うん!いいよ〜。次はそっちのターンね!」
「では、そちらの世界は一体どのような場所だったのでしょう。」
「どんな場所……と言っても、そもそもこっちの世界はあなた達の世界から見たら未来にあたるしなぁ。どこから話そう。」
イブキは少し頭を悩ませて、その後おもむろに自身の世界の話をぽつりぽつりと漏らし始めた。
「えっと、まず今学園で暮らしてる生徒は殆どが卒業してるんだよね。一部留年してる子はいたけど。特にゲヘナは、かつていた生徒がだいたい外に出て行っちゃって大荒れだったんだぁ。」
「それは、風紀委員会もですか?」
「うん。もちろん、ヒナ先輩もね。風紀委員会の後継となる組織はあったけど、もともと最強の生徒のワンマンパワーで成り立ってた組織は一瞬で瓦解。ゲヘナは治安が地の底まで落ちちゃったの。だから、私が必要だった。」
「雷帝……ですか。」
「うん、絶対的な支配者。全ての生徒の上に立つ存在。」
理由はわかった。だが納得はできない。ヒナやマコトがそう簡単にゲヘナを置いていくだろうか。それも、大切なイブキを残して。私がそのことについて問うと、イブキの目に影が落ちる。
「マコト先輩は、お留守番しててって言ってた。キヴォトスの外で、初代雷帝が事件を起こしたってみんなが噂してたから、多分その事でやらなきゃいけないことがあったんだと思う。」
「残った人は誰も、キミの周りにはいなかったのかい。」
「私にはお兄ちゃんがいたから。マコト先輩は、多分お兄ちゃんがいるなら私は大丈夫って思ったんだと思う。確かに私は大丈夫だったんだ。でも……」
彼女の言葉のバトンを受け取るように、総督が言葉を紡ぐ。
「ゲヘナはそうじゃなかった。先程も言ったように、ゲヘナの治安は衰退の一途を辿った。この子は、マコト達の帰る場所を守ろうとして、雷帝になったんだ。」
「うん。でも、結局みんなを迎えることなくこっちの世界に……来ちゃったんだけどね……」
イブキの声が震え、目の端に涙が溜まっているのが見えた。そんな姿を見て、少女の兄はそっとその身体を抱き寄せ頭を撫でてやる。重苦しい空気が辺りを包んだ。それに耐えかねたように、リンちゃんが頭を下げる。
「すいません、辛い話をしてしまって。私達も、あなた方が元の世界へ帰れるように最大限努力しましょう。」
その余韻は酷く長かった。静寂が、ずっしりと私たちの身体にのしかかる。総督は固く口を結んでいた。イブキの答えを待っていた。すると、ようやく堰を切ったようにイブキが答えを返す。
「うん、私達もここにいるうちはあなた達に協力するね。それと一つ……お願いしてもいい?」
「はい。私に聞けることであれば、何でも。」
「この世界のゲヘナを見てみたいの。行ってもいい?」