記念すべき十話目でございます。
翌週、月曜日。オルコットさんとの対決の日。
「なあ、航平」
「なんだ?」
「俺たち勝てると思うか?」
「………さあ?」
俺たちは第三アリーナ・Aピットにいた。
この一週間、俺たちは箒との特訓と山田先生に頼んで行ってもらった補講のおかげで、なんとか知識の面では大丈夫だと思う。あくまでも知識の面では、だが。
「これまで、補講と基礎訓練の繰り返しだったな」
「まあ、できることなんてそれくらいだったからな。一夏のISも届かなかったし」
そう。この一週間で補講と基礎訓練の繰り返しだったのは、一夏のISが届かなかったため、ISを使っての特訓ができなかったのである。俺には早い段階から打鉄が貸し出されていたのだが、手合わせの相手がいなかったので軽く動かす程度のことしかできなかった。
「俺たちホントに大丈夫かな?」
「………さあ」
「「……はあぁぁぁ」」
俺たち二人は同時にため息をついた。
「まったく、何を腑抜けている。もっと緊張感を持ったらどうだ?」
俺たちの横にいた箒が叱咤してくれる。
「でもな、箒。わかっちゃいるけど、俺のISがまだ届かないのもあって、なんか……」
一夏が苦笑いを浮かべている。
この一週間の特訓を通して、一夏と箒は下の名前で呼び合うようになっていた。そして俺もついでのように篠ノ之さんから箒へと呼び方が変わった。曰く、『篠ノ之さんなどと堅苦しく呼ぶな』と言うことらしい。そこで、一夏のように下の名前で呼び捨てにしたところ、はじめのころはなんとも微妙な顔をしていたが、今では俺のことも航平と呼び捨てにしている。
「ところでだ。お前たちはこの試合の後も、これからも特訓をするのか?」
「うん、まあ、そうなるだろうな。この試合で勝っても負けても課題は出てくるだろうし」
箒の問いに一夏が答える。
「それなら、今後もその特訓に私も同行してもいいだろうか?」
「おう、いいぜ。な?」
「おう」
「そうか」
一夏の返事を聞き、嬉しそうにほほ笑む箒。その顔はまるで恋する乙女のようだった。
………なんというか、この一週間、一緒に特訓をする中で俺の疑問は確信に変わった。箒は一夏のことが好きなのだろう。一夏も一夏でそのことに気づいていない。そんな状態なものだから、俺は何度も自分が邪魔物のように思えたものだった。
「しかし、それにしても一夏のISはまだ届かんのか?」
自分の顔が恋する乙女になっていることを感じたのか、箒は空気を変えるように言った。
「ん~、まだみたいだな。今日来なかったら、どうなるんだ?俺試合できないのか?」
「そうなったら俺一人でオルコットさんと戦うのか?」
試合はオルコットさんや織斑先生を交えての話し合いにより、「俺&一夏vsオルコットさん」という形になった。2対1ではなんだかフェアではない気がするが、そこは素人と経験者。実力のバランスを取るためそういう形での試合となった。オルコットさんもそれを了承した。きっと、一人づつやるよりまとめて倒した方が早いとでも思ったのだろう。聞いたところによると、オルコットさんのISは一対多むきらしい。それだけ自信があるのもそれが理由だろう。
「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」
三度も一夏の名を呼びながら登場したのは山田先生。相変わらず転んでしまいそうな足取りであるが、今日は輪をかけてあわてふためいている。
「山田先生、落ち着いてください」
「そうそう。はい、深呼吸」
「は、はい。す~~~~は~~~~、す~~~~は~~~~」
落ち着いてもらおうと俺が提案した深呼吸を始める山田先生。
「はい、そこで止めて」
「うっ」
一夏がおそらく冗談で言ったことを山田先生が本気にし、本当に息を止めてしまう。
「…………」
てか、もうそろそろいいんじゃないのか?
「……ぶはあっ! ま、まだですかあ?」
いや、素直に一夏の言葉に従った山田先生もどうなんだ。
「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」
パアンッ!パアンッ!
俺と一夏の頭におなじみの容赦ない一撃。
「ちょっと待ってくださいよ!俺関係ないじゃないですか!」
「お前が提案したことなのだから同罪だ」
そんな理不尽な。
「千冬姉……」
パアンッ!
「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」
(聞いたか航平?)
(ああ、嘘みたいだよな。あれで教育者だもんな)
あんなにバカスカと人の頭叩いて、辛辣な言葉をぶつける、織斑先生。これで彼氏とかいるのだろうか。せっかくの美人なのに。
「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐできるさ」
あらら、読まれてた。
「そ、そ、それでですね。来ました!織斑くんの専用IS!」
そこで、思い出したように言う山田先生。
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「はい?」
織斑先生の言葉に素っ頓狂な声を上げる一夏。
「この程度の障害、男子たるもの軽く越えて見せろ。一夏」
「え? え? なん……」
「「「早く!」」」
山田先生、織斑先生、箒の声が重なった。
(なあ、航平。なんで俺の周りって――)
(俺に聞かないでくれ)
ごごんっ、と鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、思い駆動音を響かせながらゆっくりと向こう側を晒す。
――そこには『白い』ISがあった。
白。真っ白。飾り気のない眩しいほどの純白を纏ったISがその装甲を開いて操縦者を待っていた。
「これが……」
「はい! 織斑くんの専用IS『白式』です!」
それは、ただただ佇んでいた。しかしなんとも言いようのない感覚があった。
「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間が無いからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。できなければ負けるだけだ。分かったな」
織斑先生にせかされ、一夏は白式に触れる。
「あれ……?」
「どうした一夏?」
「いやさぁ。試験の時に、初めてISに触れた時に感じたあの電撃のような感覚がないんだ」
「え?」
それは俺には何とも分からない感覚だった。俺は初めてISに触った時も、馴染むような、まるでこうすることがふつうであるように感じた。それはそれで、その時は違和感を感じていたが。
「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」
織斑先生に言われたとおり、一夏は白式に体を任せた。その途端、装甲が一夏の体に合わせて閉じた。
かしゅっ、かしゅっ、と言う空気を抜く音が聞こえる。そして白式が一夏と融合したかのように見えた。
「梨野、お前も打鉄を展開しろ」
「はい」
言われて俺は右腕についているブレスレットに目を向ける。
(頼むぜ、打鉄)
そう心の中で念じ、打鉄の展開をイメージする。すぐに体を包む浮遊感と、体に馴染んでいく感覚がやってくる。
「よし、問題ないな?」
「はい」
織斑先生の問いにうなずく。
「一夏、ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。気分は悪くないか?」
ぶっきらぼうに言ってはいるが心配なのだろう。いつもは織斑と呼ぶのに今は一夏と呼んでいた。ISのハイパーセンサーのおかげで、いつもなら気づかないであろう、織斑先生の微妙な声の震えが伝わってくる。
「大丈夫、千冬姉。いける」
「そうか」
いつもなら『千冬姉』と呼んだら怒るのに怒らなかったあたり、相当に心配しているのだろう。なんだかんだ言って弟のことが心配ないいお姉さんなのだろう、織斑先生は。まったく、素直じゃないなー、ブラコンの織斑先生は。
「おい、梨野。お前今失礼なこと考えてないか?」
「め、滅相もありません」
全力で首を横に振って否定する。なぜわかった!
「箒」
「な、なんだ?」
「行ってくる」
「あ……ああ。勝って来い」
俺には何もないのかな?と思っていると、
「航平も頑張ってこい」
「おう」
俺は笑みを浮かべた後、すぐに真剣な顔になって一夏を見る。
「じゃあ、行くか」
「おう」
二人でうなずき合い、ピット・ゲートへ進んでいく。
ちきちきちきちきちきちきちきちき。
「さっきから聞こえるその音、何なんだ?」
「ああ、これか? 白式が俺の体に合わせて最適化処理の前の初期化をしているみたいだ」
「そうか、じゃあやっぱり事前の打ち合わせ通り行くのがよさそうだな」
「おう」
そう言って俺たちはゲートの向こうに目を向ける。さっきから視界の隅に見えるオルコットの期待の情報にもう一度目を向ける。
セシリア・オルコットの専用IS、『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型で、特殊装備有り――。
「……航平」
「ん?」
「絶対勝とうな」
「……ああ!」
一夏の差し出した拳に俺は拳を当てた。
試合が始まってしまうと長くなりそうなのでいったんここで区切っちゃいました。
次回からはちゃんと試合が始まると思うのでお楽しみに。