「ね?すごい美人さんだよねー」
背中に感じた重みと耳元に聞こえた布仏さんの声で俺は我に返った。あまりの衝撃に一瞬フリーズしていたらしい。
悪い意味で予想通りだ。くそっ、なんだってここに〝ナナコ〟の写真があるんだよ。前から抜けてるところあるとは思っていたが、なんてミスをしてくれてんだよ山田先生。
「そ、そうだな」
とりあえず、布仏さんに返事をしつつ考える。
どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする。
頭の中で〝どうする〟の文字がぐるぐる回っていい案が浮かばない。
「どうかしましたの航平さん?」
じっと写真を見ている俺を不審に思ったのかセシリアが訊いた。
「もしかして、アンタその人のこと何か知ってるんじゃない?アンタ私たちよりも二か月も早くいたんだし」
鈴、いいとこ突くじゃないか。そう。俺はこの写真の人物を知ってる。知ってるなんてものじゃない。しかし、この人物のことを絶対に話すわけにはいかない。
「んー、ダメだわかんないや。それに、二か月早くいたとはいえ、俺はだいたい宿直室に籠ってたからな~」
「そうだよねー」
鈴が残念そうにため息をつく。
「あ、そうだー!」
そこで、俺の背中で布仏さんが何か思いついたようだ。
「何?アンタ何か知ってるの?」
「んーん。この人については全く分かんないんだけどねー」
鈴の問いに布仏さんが顔の前で手を振って否定する。布仏さんの顔がちょうど背中越しに俺の顔の間横にあるので、布仏さんが振った手の袖が俺の顔にペシぺシと当る。
ちなみに布仏さんは俺の背中におぶさる形で俺の首に手を回している。
「私の知り合いに生徒会長がいるからさ、その人に聞けば何かわかるかもよー?なんでも、全生徒の顔と名前全部暗記してるらしいからさー」
な、なんですとー!!!!?
まずいまずいまずい!!もしもその生徒会長のところに行ったら、確実にまずい。絶対に、確実に、疑いの余地なく〝ナナコ〟の正体に行きついてしまう。そうなったらおしまいだ。どうにかしてこの写真を生徒会長の手に渡ることを阻止しなくては!!
「………あーー!!!」
俺はできる限り大きな声とともに一方向を指さす。
「あんなところに写真のブロンド美女がーー!!!!」
『何ー!!?』
人垣の全員の目が俺の指さした方向に向く。チャーンス!
その隙に俺は指さした方向とは逆の方向、食堂の入り口向かって全力ダッシュを開始する。幸い俺の後ろにいた人たちは俺の指さした方向を見るため移動したので誰にも邪魔されることなくその場から走り出すことができた。
あとはこのまま写真をもって逃げるのみ!
『どこにもそんな人――って、あら?航平さんは?』
『あ!あいつ逃げやがった!!しかも写真持って!!』
『てことは梨野くんは何かを知ってるってこと!?』
『追え―!!逃がすなー!!ものども、出あえ!出あえ!!』
俺が食堂から出るころ背後から食堂にいた人たちの声が聞こえてくる。てか、「出あえ!出あえ!!」ってなんだよ!
でもそんなこと気にしてる暇はない。今捕まれば確実に写真を取り返される。その前にこの写真をどうにかしないと。
(そうだ!山田先生に返せばいいんだ!ついでに文句言ってやる!!)
そう決めた俺は目的地を職員室に定め、さらに力強く踏み出した。毎朝のトレーニングで鍛えた体力を発揮する時が来たようだ。
○
「山田先生、そろそろお昼にしましょう」
「はい、ちょっと待ってくださいね。この仕事もう少しで終わりますから」
時計を見ながら言った千冬の言葉に真耶を仕事の手を止めずに返事をする。
職員室の中はお昼時ということで、千冬と真耶以外の教師は昼食のためにいなくなっていた。
(はあ、休日出勤っていうのは大変ですね。でも、これが終われば大体片付きますし、お昼食べて午後からはまったりしましょう。明日からはまた月曜日で学校ですし、明日にはまた大変そうなことが待ってますから、午後からゆっくりまったりしてもバチは当たりませんよねー)
午後からのことに頭の中を切り替えつつあった山田先生の思考は、
「山田先せ~~~~!!!」
職員室の扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきた一人の男子生徒の怒声によってかき消された。
○
職員室目指して走り始めて数分。あとはもう一つ角を曲がればすぐそこに職員室に到着する場所までやって来ていた。なんだかいつもより体が重い気がするが、それはきっと冷静じゃなくて、体力の消費がいつもより激しいからだと勝手に結論付けて走り続ける。
角を曲がりすぐそこまで職員室の扉が迫ってきた。悠長に扉の前で立ち止まって開ける余裕はない。俺は走っている勢いのまま蹴破らんばかりの勢いで扉を開けると同時に急ブレーキをかけ、職員室に飛び込む。
「山田先せ~~~~!!!」
突然の俺の登場と怒声に職員室内の先生(織斑先生と山田先生だけだった)、が驚いた顔をしているが、そんな事気にしている暇はない。
バンッ!
「山田先生!!」
「ひゃい!!」
山田先生の机まで一気に行き机を叩くと、山田先生が怯えた顔とともに裏返った声で返事をする。でも、こっちもそれどころじゃない。
「なんてことしてくれちゃってんですか!!」
山田先生に詰め寄ると、山田先生が涙目でプルプルと震えている。
「教師を脅すな!!」
バシンッ!!
織斑先生の声とともに俺の頭に衝撃が走る。いつも食らう出席簿アタックよりも痛かった。
振り返るとISルールブック片手に俺をにらんでいる織斑先生がいた。通りでいつもより痛いわけだ。
「すこしは落ち着け。一体どうしたというんだ?」
織斑先生が諭すように言う。
「これですよこれ!」
そう言って二人の前に例の〝ナナコ〟の写真を取り出す。
「なんだ?〝ナナコ〟がどうしたっていうんだ?」
織斑先生も山田先生も首を傾げている。
「どうもこうもないですよ!山田先生のうっかりでこれがセシリアの書類に紛れてたんですよ!」
「えっ!?」
俺の言葉に驚いた山田先生が、自分の机の引き出しを探る。
「あ!〝ナナコ〟さんと織斑先生の写真がないです」
「つまり何らかの間違いで先生の持ってた写真がセシリアから預かった封筒に入っちゃったんですよ!どうすればそんなこと起きるんですか!?」
「あははー。おかしいですねー」
「おかしいですねー、じゃないですよ!〝ナナコ〟の正体がばれたらどうするんですか!?」
苦笑いを浮かべながら頭をかく山田先生に俺が問う。
「いいじゃないか別に。いい機会なんだから言ってしまえばいい」
「なんて言うんですか!?『実は、その写真の女性〝ナナコ〟は俺なんです。自己紹介の時に言わなかった俺の唯一の特技は女装なんです』とでも言えってんですか!?そんなこと言ったらど変態に認定されるじゃないですか!」
「え!?ナッシーって女装が特技なの!?」
「ああ、そうだよ!って、二人は知ってるじゃないで――」
ん?ちょっと待て。今誰が言った?目の前の織斑先生も山田先生も口を開いてない。というか二人とも俺のことを見ずに俺の後ろを見てる気がする。てか、そもそも、さっきの声は俺のことを「ナッシー」と呼んだ。俺のことをそう呼ぶ人は一人しかいない。
俺は恐る恐る、まるで首がグギギギっときしむ音を立てているかのようにぎこちなく振り向く。
そこには案の定、俺の思った通りの人物がいた。袖の異様に長い制服を着て袖から手が出ていない。いつも通りの眠たげなのほほんとした顔をしている。
「……布仏さん、いつからここに?」
「少なくともお前がここに来た時にはお前の背中にくっついていたぞ」
「わかってて連れて来たんじゃないんですか?」
俺の言葉に後ろから織斑先生と山田先生の突込みが聞こえる。
「……もしかして、食堂で俺の背中にくっついていた時からずっとしがみついてたの?」
こくり、と頷く布仏さん。
「食堂からって…。よくここまで気づきませんでしたね」
「ナッシーって体力あるねー。ここまで私背負ったまますごいスピードだったよねー」
なんということだ。なんか重いとは思っていたが布仏さんを背負ったまま走ってたのか。てか気づけよ俺。どんだけ焦ってたんだよ。
「なあ、布仏さん」
「何ー?」
「………聞いてたの?」
「ばっちし全部」
満面の笑みの布仏さん。崩れ落ちる俺。
それから数分間。俺は両手と両膝をついた状態で頭を上げることができず、遅れて到着したセシリアや鈴たちに織斑先生と山田先生とともに寮の一年生用食堂に連行された。
はい、というわけで〝ナナコ〟の正体は航平くんでしたー。
え?なんとなく気づいてた?
でしょうね~。