「お、おかえり~」
着替えをすませ、しっかりと化粧を落とした俺は食堂に戻ってきた。
「おう。ただいま」
もうすでに夕食を食べ終え、食後のお茶を飲んでいた一夏とセシリアと鈴。夕食の乗ったトレーを持って俺と布仏さんも同じテーブルに着く。
「聞いたぜ、航平」
椅子に座り、フォークを手に取った俺に一夏が声をかける。
「今日は大変だったらしいな」
「ん?何が?」
「えっと……女装が」
「うん、まあな」
「……千冬姉から写真も見せてもらった」
「まあ、そういうことなんだ」
「なんというか、似合ってたぞ?」
「ぐはっ!」
一夏の言葉が俺の心臓をえぐる。
ガンッ!
テーブルに頭をぶつける。
「お、おい!大丈夫か航平?どうしたんだ?」
「なんでもない。ただ、ちょっと複雑なだけだ」
布仏さんに褒められた時も思ったが、男として女装が得意ってのは誇れるものではないが、特技として練習した分褒められるのは嬉しかったり…。
「まあ、気にするな。いろいろあるんだ」
「そ、そうか…」
顔を上げた俺を見て一夏が苦笑いを浮かべる。
「で、でも、あの写真の航平ってすごいな。いわれなきゃ全然わからなかったぞ。なんだっけ?確か〝ナナ〟と〝ナナミ〟だっけ?」
「おう…。って、ん?」
〝ナナ〟と〝ナナミ〟?
「…なあ、一夏。お前が見たのはその二種類?」
「おう、そうだぞ?」
「……へぇ。そうなんだ…」
一夏の言葉に頷きながら、俺と一夏の間にいる鈴とセシリアに顔を向ける。
(おい、どういうことだよ)
(いや、あたしたちは言おうとしたのよ?)
(でも、織斑先生が…)
(うん、なんとなく理解した)
織斑先生、面白がって〝渡辺ナナコ〟のことちゃんと話さなかったな。ちゃんとネタばらししてくれるんだと思ってた。
「そ、そういえば今日はどうだったんだ?中学の友達に会うって言ってなかったか?」
俺は無理矢理話題を変える。
「おう、久々に会ったら楽しかったぜ。そう言えば鈴、覚えてるよな。弾の妹の蘭」
「ああー。いたわね、そんなのも」
一夏が楽しげに話すのに対して鈴はなんだか微妙な顔をしている。
「その蘭がさ、来年うちに来るらしいぜ」
「……なに、あの子IS学園に入学するつもりなの?」
「そうらしいな」
「ふうん……」
何だろう。鈴はなんだか面白くなさそうだ。あまり仲良くなかったのだろうか?
「で、入学したときは俺が面倒見ることになったんだよ」
「ふーん……って、なんでよ!?」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がる鈴。なんだ!?
「あんたねえ、いい加減女の子と軽く約束するのやめなさいよ!責任もとれないのに安請け合いして、バカじゃないの!?つうかバカよ!バカ!」
なんか一夏ひどい言われようだな。まあ、この間も約束ちゃんと覚えてなかったし、しょうがないのかもな。
「いや、その、だな?鈴、すまん」
「謝るくらいなら約束を――」
「あ」
「あ」
「あってなによ、あって――あ」
「ん?なんだよ――あ」
ものすごい絵面だな。ちなみに初めが一夏、次が箒、その次が鈴、最後に俺だ。セシリアも驚いているが声は上げていない。え?布仏さん?おいしそうに夕食を食べてます。
「……………」
箒は夕食を取りに来たのかトレーを持って立っていた。
「よ、よ、箒」
「な、なんだ一夏か」
「……………」
「……………」
ダメだ、一夏と箒の間の空気がやばい。会話が全く続かない。やはり原因は先月のあれだろう。先月に箒が部屋を移動して以来ずっとこの調子だ。一夏もはじめのうちは避ける箒にあれこれと話しかけていたが、返ってくるのは「ああ」とか「そうか」などの生返事ばかり。そんなんじゃ一夏も疲れてしまう。
ちなみに、箒の部屋が変わったので俺の部屋は一夏と同室になるのかと思いきや、いまだに俺は布仏さんと同室だ。そのことを訊くと山田先生は「近々てん――っと、これはまだ秘密でした」とか何とか言っていた。ものすごく気になったがそれ以上教えてくれなかった。
「何、あんたたち何かあったわけ?」
「「いや!別になにも!」」
鈴の問いに一夏と箒がハモる。誰がどう見ても何かあったとわかるだろう。隠す気ないなお前ら。
「なんですの、その『明らかに何かありました』っていう反応は。もしかしてわざとですの?」
「そんなわけないだろ……」
否定はしているが、その場の全員信じてない。鈴もセシリアもジト目をしている。あ、布仏さんはジト目+楽しげなニヤニヤ笑い。ちなみに、たぶん俺もジト目をしてるのだろう。
そんな俺たちが気に障ったのか、ぷいっと顔を逸らしてそのまま歩いて行ってしまう。
「あー……」
そんな箒を一夏はぼんやりと眺めている。
「じゃ、あたしは部屋に帰るから」
「わたくしも失礼しますわ」
「ん?おう。またな」
「じゃあなー、また明日ー」
「ばいびー」
「じゃあね」
「それでは」
鈴とセシリアは箒とは反対方向に歩き出す。
「……なんというか、お前も大変だな一夏」
「……おう」
俺の言葉に一夏が苦笑いを浮かべながら頷く。
「……なあ、一夏。前から思ってたんだけどさ…」
「ん?」
俺の言葉に一夏がお茶を飲みながら俺に顔を向ける。
「お前って…、誰か好きな人とかいるの?」
「んぶっ!」
俺の言葉に一夏が飲んでいたお茶を吹きだす。
「な、なんだよ、いきなり」
「まあなんとなく…」
本当はなんとなくってわけでもない。箒の一夏への告白を目撃してしまったから、一夏自身はどうなのかと思ったのだ。そう言えばそのことを布仏さんに言ったら、他の人にまで話してたけど、そのことはどうなったんだろう。
「ほら、この学校って俺ら以外は全員女子だし。そういうのあるのかなーと思って」
「んー、急にそんなこと言われてもな……」
「誰かいないのか?この人かわいいな~、とか。この人きれいだな~、とか」
「んー。あっ…」
俺の言葉に考え込んでいた一夏が何かを思い出したようだ。
「お、誰かいたか?」
「いや、好きとかではないんだけどさ。今日、すごくきれいな人に会ったんだよ」
「へー。それは今日外出した先で?」
「いや、帰って来てから」
……なんだろう。すごく嫌な予感。
「ちなみにその人の名前は?」
「渡辺ナナコ先輩」
「へ、へ~」
やっぱりか!!
「二年の先輩なんだけどさ。すごく大人っぽくてきれいな人だったぜ」
やめろ、なんか寒気がする!
「へー。おりむーはお姉さん系が好みなの?」
「んー、どうなんだろうな。よくわかんねえや」
一夏が首を傾げてる。
「ん、まあわかった。今は特にいないんだな」
「まあ、そうだな」
「そっか、そっか」
これは箒もセシリアも鈴も道のりは険しそうだ。
「それじゃあ、俺も部屋戻るわ」
「おう、また明日なー」
「ばいびー」
俺と布仏さんに手を振って一夏も部屋に帰っていく。
「はあ、なんかいろいろと面倒なことになってるな」
俺は食べ終わった皿の上にフォークを乗せ、横に置いていた湯飲でお茶を飲む。
「ねえねえ」
「ん?なんだ?」
「ナッシーはどうなのー?好きな人とかいないのー?」
布仏さんの言葉に俺は少しだって考える。
「……今は誰かを好きになるより、自分のことかな。誰かを好きになって、その人のことが知りたいって思う以前に、俺は自分のことをなにも分かっていないからな」
「…そっかー」
俺の言葉に布仏さんは止めていた手を動かして夕食に戻る。
「どうしたの、急に」
「なーんでもなーい」
そう言って笑った布仏さんの笑顔はどこか安心したような、そしてどこか寂しそうに見えた。
「……布仏さん。後でデザートにお土産のお菓子でも食べるか」
「うん!食べる食べるー!」
「色々買ってきたけど、あんまり食べすぎるなよ」
「わかったー」
そう答えた布仏さんの顔は、いつもの満面の笑みだった。
お菓子かぁ。
実は最近、某ウエハースの食玩買いすぎてウエハースが溜まってんですよねー。
布仏さんあたりが食べてくれないかなー。