「おい織斑、梨野。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」
授業解散後、空いている第二アリーナ更衣室へと向かおうとしていた俺は、織斑先生の言葉に足を止める。まあ、この学園に男子自体が3人しかいないのだしそうなるだろうな。
「君が梨野君?初めまして。僕は――」
「悪い、今は自己紹介よりも移動が先だ。女子が着替え始める」
言葉とともに俺は行動に移す。具体的にはシャルルの手を取ってそのまま教室を出る。一夏も俺たちの後ろからやってくる。
「とりあえず男子はこれから実習のたびに空いてるアリーナの更衣室で着替えることになる。毎回こうやって移動しなくちゃいけないから早めに慣れてくれ」
「う、うん……」
ん?なんかさっきまでと違って落ち着かなそうだな。
「どうかしたか?」
「トイレか?」
「トイ……っ違うよ!」
「そうか。それはよかった」
一夏の問いに否定するシャルルに俺が答える。
そう言ってる間も階段を下って一階へ。速度を落とすわけにはいかない。なぜなら――
「ああっ! 転校生発見!」
「しかも織斑君と梨野君と一緒!」
そう、俺たちと同じように他のクラスもHRが終わったからだ。さっそく各学年各クラスから情報入手のための先遣部隊の登場だ。これに捕まったら最後、質問攻めのあげく授業に遅刻、鬼教師の特別授業が待っている。絶対にそうなるわけにはいかない。
「いたっ!こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」
なんか前にもこんなこと言われた気がする。今にもホラ貝の音でも聞こえてきそうだ。
「梨野君ともタイプの違う金髪!」
「しかも瞳はアメジスト!」
「きゃああっ!見て見て!梨野君と手繋いでる!」
「日本に生まれて良かった!ありがとうお母さん!今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」
いや、そこは今年以外もちゃんとしたプレゼント送ろうよ。
「な、なに?何でみんな騒いでるの?」
今だに状況が呑み込めていないシャルルが困惑顔で訊いてくる。
「そりゃ男子が俺たちだけだからだろう」
「……?」
一夏の言葉にシャルルが疑問符を浮かべている。なんでわかってないの?
「いや、普通珍しいだろ。今のところISを操縦できる男子って俺らだけだし」
「あっ――ああ、うん。そうだね」
「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」
「ウー?」
「え、何?」
「二〇世紀の珍獣。昔日本で流行ったんだと」
「「ふうん」」
へー。名前からは全く見た目が想像できない。まあ、今はそれよりもこの包囲網を突破するのが先だ。
「一夏、正規ルートじゃなくてもいいかな?」
「そうだな。遅刻するわけにはいかないしな」
「デュノアもそれでいいか?」
「あ、うん。僕は何でもいいけど」
「よし、それじゃあ――」
俺はまわりの状況を確認する。それなりに距離があるとはいえあまり悠長にもしていられない。
「よし、こっちだ!」
俺は視線を横に移動させ、廊下の一画の窓を開け、そこから外に出る。俺の後にふたりもついてくる。
「閉めてる時間はないからすぐに行くぞ!」
窓から出てすぐの二人に視線を送り、シャルルの手を取る。
「窓閉めなくていいのか?」
走りながら俺に疑問を投げかける一夏に俺は進行方向に視線を送りつつ答える。
「大丈夫だと思う。たぶん我先にとやってくるだろうし、上手く足止めになっただろうから」
そう言いながら先ほどの窓に視線を送ると、そこでは誰も窓を通らず言い争いをしている姿が見えた。おそらく誰が先に行くかでもめてるのだろう。
「しかしまあ助かったよ」
「何が?」
「いや、学園に男が俺と航平だけって辛いからな。何かと気を遣うし。もう一人男がいてくれるっていうのは心強いもんだ。なあ、航平?」
「確かにな」
「そうなの?」
そうなのって…。さっきから気になっていたけどなんかおかしいんだよな、デュノアは。自分が男だってことを自覚していないような。あとさっきからこいつには違和感を感じる。それが何かはわからないが。うーん…まあ今はそれはいいか。
「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「俺は梨野航平。俺のことも航平でいいから」
「うん。よろしく一夏、航平。僕のこともシャルルでいいよ」
「わかった、シャルル」
そう言ってる間に俺たちは目的地に到着する。いったん外に出たことで少し早く到着したようだ。
「よし、到着!」
いつも通りの圧縮空気が抜ける音がして、ドアが斜めにスライドして開く。
「うわ!すこしは早く着いたとはいえ時間ヤバイな!すぐに着替えよう!」
「おう!」
焦る俺と一夏は、言いながら制服のボタンを一気に外し、着替えを開始する。脱いだ制服を近くのベンチに投げて一呼吸でTシャツを脱ぎ捨てる。
「わあっ!?」
「「?」」
突然のシャルルの驚きの声が聞こえる。俺と同じように脱いでいた一夏が疑問の表情を浮かべている。きっと俺も同じような顔をしていることだろう。
「どうした?何か問題が起きたか?」
「荷物でも忘れたのか?って、なんで着替えないんだ?早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で――」
「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」
「???」
「そりゃ、着替えをじろじろ見る気はないけど……って、シャルルは見てるんじゃん」
「み、見てない!別に見てないよ!?」
両手を突き出し、慌てて顔を床に向けるシャルル。なんか反応が女子みたいだな。
「まあ、本当に急げよ。初日から遅刻とかシャレにならない――というか、あの人はシャレにしてくれんぞ」
一夏が身震いをしつつ何か考えている。まあどうせまたしょうもないことだろうけどな。
「……………」
やっぱり視線を感じる。
「シャルル?」
「な、何かな!?」
気になって視線を向けると、シャルルはこっちに向けていた顔を慌てて壁の方に向け、ISスーツのジッパーをあげた。
「すごい。着替えるの早いな」
「ああ、なんかコツでもあんのか?」
「い、いや、別に……って二人はまだ着替えてないの?」
俺も一夏もズボンと下着を脱いでISスーツを腰まで通したところで止まっている。二人とも上半身裸である。
「あ、航平。それ……」
俺上半身に視線を向けたシャルルが驚きの声を上げる。
「ん?…ああ」
シャルルの視線を追って行った俺はシャルルの驚きに納得する。
俺がお腹まで隠れた一夏とタイプの違うISスーツを着ている理由。シャルルの驚いた理由。それは俺の右肩から左脇腹まである、まるで大きな刃物で切り裂かれたかのような大きな、他人から見れば痛々しいまでの傷跡だった。
「悪いな。嫌なもん見せて」
「あ、ううん!嫌なものってわけじゃないんだけど。それって……」
俺の言葉にシャルルが首を振りながら、聞きずらそうに口籠る。
「俺の発見の経緯とか記憶喪失については知ってるか?」
「う、うん。一応」
止めていた手を動かしながら俺は答える。
「俺が発見されたとき一番の致命傷がこれだったらしい」
身に着けたISスーツの上から右手で傷跡をなぞる。
「詳しいことはわかってないけど、俺の記憶喪失にも関係があるかもしれないらしい」
「………」
俺の言葉になんとも言えない顔をするシャルル。
「気にするなよ。俺にとっては気付いたらもうすでにあった当たり前のものだし。それに――」
この後の言葉を俺に言った人物の顔が俺の頭に浮かぶ。
「――傷跡は男の勲章らしいぜ」
俺の言葉にシャルルの強張った顔が少し和らぐ。
「それ言ったの千冬姉だろ」
「お、よくわかったな」
「千冬姉の言いそうなことだから」
一夏の言葉に俺も一夏も笑う。
「よっ、と。――よし行こうぜ」
「おう」
「う、うん」
三人とも着替え終わって更衣室を出る。グラウンドに出てから途中で改めてシャルルを見た。
「そのスーツ、なんか着やすそうだな。どこのやつ?」
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」
「デュノアって…もしかしてシャルルの実家?」
「うん、そうだよ。父がね、社長をしてるんだよ。一応フランスで一番大きいIS関連企業だと思う」
「へえ!じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ」
「うん?道理でって?」
「いや、なんつうか気品っていうのか、いいところの育ち!って感じするじゃん。納得したわ」
「いいところ……ね」
一夏の言葉にふと、シャルルが視線を逸らす。何か触れられたくないことがあったのだろうか。複雑な表情を浮かべている。
「それより一夏の方がすごいよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」
シャルルが話題を変えるように口を開く。
「それは言えてるな」
なんとなく触れてはいけない気がして、それ以上追及せず、俺も同意する。
「ハハハ、こやつめ!」
「へ?」
「は?」
「――いや、なんでもない。まああれだ、これでシャルルとはお互い地雷を踏んで一基ずつ減ったってことで」
「ん?」
「???よくわかんないけど……」
「シャルル覚えておけ。一夏はたまにこういう変なこと言うんだよ」
「あ、ひでぇ」
俺の言葉に一夏がおどけたように言った。
「ぷっ……あははっ!二人とも面白いなぁ」
そう言っている間に俺たちは第二グラウンドに到着。
「遅い!」
第二グラウンドに到着した俺たちを出迎えたのは腕を組んで立っていた鬼教官だった。
「くだらんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ!」
ぱしーん!
俺の横にいた一夏の頭に織斑先生の教育的一撃が落ちる。またしょうもないこと考えていたのだろう。いい加減学習しようよ一夏。お前の周りはエスパーだらけなんだよ?
「ずいぶんゆっくりでしたわね」
一夏の隣、俺の前にいたのはセシリアだった。
「スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間がかかるのかしら?」
「ハイエナに捕まらないように頑張って逃げたら時間がかかっちゃってさ」
「ハイエナって何ですの?」
俺の言葉にセシリアが首を傾げている。
「まああれだ。道が混んでたんだよ」
「ウソおっしゃい。いつも間に合うくせに」
俺とは対照的に一夏にはすこしと刺々しくなるセシリア。
「ええ、ええ。一夏さんはさぞかし女性の方との縁が多いようですから?そうでないと二月続けて女性からはたかれたりしませんわよね」
あらら。嫌みですね。改めてもう一人の転校生に叩かれた一夏の頬に目を向ける。一夏も同じことを考えていたのか叩かれた頬に手を当てていた。
「なに?アンタまたなんかやったの?」
今度は鈴。鈴は一夏の後ろにいるのだが一夏がきょろきょろと見渡している。
「後ろにいるわよ、バカ!」
一夏への蹴りを一発、バカ呼ばわりとともに一夏にぶつける鈴だった。
「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれましたの」
「はあ!?一夏、アンタなんでそうバカなの!?」
ここで問題です。転校生の女子に叩かれた一夏以外にもバカがいます。それは誰でしょう。正解は…
「――安心しろ。バカは私の目の前にも二名いる」
…セシリア&鈴でした。
ギギギギッ……ときしむようなブリキの音で首を動かすセシリアと鈴。
視線の先にはもちろん鬼が立っていた。
バシーン!
今日もまた織斑先生の出席簿アタックが炸裂するのだった。
言ってもらえなかった言葉を僕が言ってあげよう一夏。
「ハハハ、こやつめ!」