ある日のこと。自分の部屋で更識さんに借りた少女漫画を自分のベッドに寝転んで読んでいた俺は、同じく隣のベッドに座ってお菓子片手にファッション雑誌を読んでいた布仏さんに漫画に目を向けつつ訊く。
「なあ、布仏さん」
「んー?」
「女の子ってやっぱりこういうシチュエーション好きなの?」
「んー?どんなのー?」
俺は読んでいた漫画のページを布仏さんに見せる。
「あー、〝壁ドン〟かー」
「カベドン?」
布仏さんの言葉が聞き覚えがなかったので首を傾げる俺。
「うん、〝壁ドン〟。ほら、この漫画の中で男キャラが女キャラを壁際に追い詰めて手を壁にドンと突いてるでしょー?」
「あー、なるほど」
納得した。壁にドンだから〝壁ドン〟か。まんまだな。
「しかも、壁ドンって一口に言ってもいろいろあるらしいよー。されてる場所とか手の置き方、片手か両手か、って感じでねー」
「へー」
ちなみにその漫画の主人公の女の子は教室で壁ドンされている。男キャラ(イケメン)の方は肘を曲げて壁についている。されている方の主人公は顔を赤らめている。
「でも、壁に追い詰められて気分いいのか?普通に怖いんじゃないのか?」
「んー。追い詰められてると言っても、結局は動いたらすり抜けられるようなのばっかりだから、それもあるんじゃないかなー?なんていうか、結局は嫌なら自分で避ければいいんだし」
「ふーん。……まあ女の子ってのはよくわかんねぇな」
「まあ私もされたことないからわかんないんだけどねー」
「ふーん」
俺は続きを読もうと漫画に顔を戻す。
「あっ、そうだ!ねえ、ナッシー」
「ん?」
布仏さんに貰ったお菓子を食べながら布仏さんに顔を向ける。
「実際にやってみよう!」
「……何を?」
「壁ドンを」
「誰と誰が?」
「ナッシーと私が」
「………なんで?」
俺が首を傾げると自信満々に胸を張る布仏さん。
「ふふーん。私気付いたんだー。わからないなら体験してみればいいんじゃないの?」
「ん~。そうなの…か…な?まあ別にやってもいいけど……」
「よーし!じゃあやってみよー!」
そう言うやいなや壁の前に背中を預けた状態で立つ。どうやらこれはやるしかないらしい。
「……えっと、セリフも?」
「モチだよー」
「はぁ」
ため息つきながら漫画を見る。ふんふん、こういうセリフね。こういう体勢ね。
「じゃあいくぞ」
「おー」
布仏さんの正面に立って確認する俺に布仏さんが頷く。
「それじゃあ――」
バンッ!
音が出る勢いで手を、というか肘を壁に突く。目の前には布仏さんの顔がドアップに。えっと、確かここから…。
俺は布仏さんの耳元に口を近づける。
「お前と友達やめるわ…いまから彼女に変更してよ」
「……………」
あれ?反応がない。
「………おーい、布仏さーん」
布仏さんの顔の前で手を振るが反応がない。
「おーい、どうした?なんか視線が合ってないぞ?てか顔赤いぞ?布仏さん?布仏さーん!?」
○
なぜ俺がこんなことを思い出しているかというと。現在の俺の状況がちょうど〝逆壁ドン〟だからだ。相手はラウラ・ボーデヴィッヒ。
これがドキドキの胸キュンイベントなんだろうか?中腰のせいか体勢的にちょっときつい。
「今月行われる学年別トーナメントで私のパートナーになれ、梨野航平」
「………は?」
え?何言ったこの人。トーナメントのパートナー?俺が?ボーデヴィッヒさんの?
「えっと……なんで俺?」
俺の言葉にボーデヴィッヒさんがふんっと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「お前は教官の弟子だろう?同じ教官の教え子同士なんだから私と組もうではないか。それに――」
そこでボーデヴィッヒさんの目が鋭くなる。
「お前はこの学園の生徒とはどこか違う」
「違う…ってどこが?」
記憶ないから世間知らずってか?
「この学園の生徒はどいつもこいつも意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。だが、お前はそのような程度の低いものたちとは違う」
ボーデヴィッヒさんの目はどこか確信じみている。
「お前はISのことをよくわかっている。お前はどこかでISの危険性を理解している」
ボーデヴィッヒさんの言葉に俺は何も言えなかった。確かにISの扱いや危険性については千冬さんからも真耶さんからも耳にタコができるほど教えられた。そしてその意味はISに乗って理解したつもりだ。今やあれはスポーツとなっているが、とんでもない。あれは下手すれば人の命だって奪う殺戮兵器になりかねない。
「確かにこんな程度の低い生徒の出場するトーナメントなど私一人で十分だ。だが、下手なパートナーならば足を引っ張られかねん。他人のせいで負けるなどごめんだ。だが、お前ならば少なくとも足手まといにはならんだろうからな。それに、私はお前に興味がある。お前が下手な相手と組んで私と戦う前に敗退されるくらいなら、初めから私のパートナーとして観察させてもらう」
……それ褒めてる?貶してる?てか俺って観察対象?
「えっと……お断りしても――」
俺の言葉は顎下に感じた感触に遮られる。それは何か棒のような、しかし筒のようになっている。しかも金属でできているのか、なんだか冷たい。
「もう一度聞くぞ?私と組め、梨野航平」
あれ?なんだろうこの胸のドキドキは。この冷たくて鋭い瞳。首元に感じるひんやりとした感触。胸のドキドキが止まらないよ!これが壁ドンの効果?てことはこれが恋っ!?
「いや恋じゃねえよ!」
「貴様は何を言っているんだ?」
「あ、はい。何でもないです」
俺を見る目がさらに鋭くなったので、俺はできるだけ小さな動きで首を振る。
「はい。やらせていただきます、パートナー」
「そうか、それはよかった。では私が申請しておく。話は以上だ。時間を取らせたな」
そう言って俺から離れると同時に左手に持った何かを俺の顎下から離す。それは大きさで言えば親指ほどの長さ、直径は一センチほど。横には何かを挟めそうなクリップ状のものがついている。それはまるで…
「なあ…それは?」
「ん?万年筆のキャップだが?」
ですよねー。俺はってっきり――
「銃口だと思ったか?」
「そりゃ思うだろ。お前軍人だし」
「そんなもの一般人に向けると思うか?」
はい思います。少なくともあなたならやりかねません。
「そもそも今は銃は携帯していない。まあ、これはあるがな」
そう言って取り出したのは銀色の鈍い光を放つ金属片、サバイバルナイフだった。
「なんでそんなもん持ってんだよ!」
「おかしなことを言うな、お前は。普通ナイフくらい持ているだろう」
「持ってねえよ!」
いや、持つのが普通なのか?本当はみんな持ってるのか?もしかして持って無いの俺だけか!?
「ふんっ。まあいい。パートナーの件、頼んだぞ」
俺が考えている間にスタスタと去って行くボーデヴィッヒさんだった。
というわけで航平くんのパートナーはラウラでしたー。
まあ誘われたっていうより脅されてですけどね。
さて、これからどうなるかなー♪