始まるよ♪
二時間目が終わった時点で一夏はグロッキーな状態だった。
単語は予習のおかげである程度はわかったらしいが、根本的に理解できないらしい。無理もない。事前学習した俺でも難しい箇所がたくさんある。例えるなら、式を知らないと解けない数学の問題みたいだ。
しかし、こうしてると不思議だ。こうして教科書を読み、授業を受けていると、本当に俺がISを動かしたのか疑わしくなる。
そんなことを考えている間も当然授業は進んでいく。山田先生が時々詰まりながらも、俺たちにISの基本知識を教えていた。
「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ――」
「先生、それって大丈夫なんですか? なんか、体の中をいじられているみたいでちょっと怖いんですけども……」
クラスメイトの女子の一人がやや不安げに尋ねる。確かに、ISを動かした時の独特の一体感は、人によって不安を感じてしまうかもしれない。
「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分のあったサイズのものを選ばないと、形崩れしてしまいますが――」
そこまで言って、山田先生と一夏の目が合う。そこで一回きょとんとした山田先生は、今度は俺を見る。山田先生の方を見ていたので俺とも目が合う。数秒置いてからボッと赤くなった。
「え、えっと、いや、その、お、織斑くんと梨野くんはしていませんよね。わ、わからないですね、この例え。あは、あははは……」
山田先生がごまかすように笑うが、なんとなく教室の中に微妙な雰囲気を漂わせた。俺よりもむしろ女子が意識してるみたいで、腕組みをするフリで胸を隠そうとしていた。ちらちらとこっちを見ている視線も感じる。ぶっちゃけものすごく気まずい。
「んんっ! 山田先生、授業の続きを」
「は、はいっ!」
浮ついた空気を織斑先生の咳払いでシャットアウトする。織斑先生に促されて、山田先生は教科書を落としそうになりながら話の続きに戻った。
「そ、それともう一つの大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話――つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」
ふむふむ。つまり接すれば接するだけ理解しあう、と。なんか人と人みたいだ。
「それによって相互的に理解し、より性能を引き出させることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」
すかさず、女子が挙手をする。
「先生ー、それって彼氏彼女のような感じですかー?」
「そっ、それは、その……どうでしょう。私には経験がないのでわかりませんが……」
この場合の経験っていうのはもちろん男女交際のことだろう。赤面してうつむく山田先生を尻目に、クラスの女子はきゃいきゃいと男女についての雑談をはじめている。
ここ以外の学校なってわからないが、こういうのが『女子校』的な雰囲気なんだろう。なんと言い表していいかわからないが、一言で言えば『甘い』って感じだ。
「……………………」
「な、なんですか? 山田先生」
「俺らの顔に何かついてます?」
「あっ、い、いえっ。何でもないですよ」
訊かれて、両手を振ってお茶を濁す山田先生。気のせいかな?さっきから俺と一夏をじろじろ見ていた気がする。
キーンコーンカーンコーン。
「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」
ここIS学園では実技と特別科目以外は基本担任が全部の授業を持つらしい。ご苦労様です。
「ねえねえ、織斑くんさあ!」
「はいはーい、質問しつもーん!」
「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」
昨日の様子見は終わったのか、織斑先生と山田先生が教室を出るなり女子の半数が一夏の下にスタートダッシュ。残りの半数は――。
「ねえねえ、梨野くん!」
「はいはーい、質問しつもーん!」
「ねえ、ナッシー。今日お昼一緒に食べよー」
俺のところに集まってきていた。最後のはもちろん布仏さん。俺をナッシーと呼ぶのは布仏さんくらいだ。その布仏さんは椅子に座った俺に後ろから抱き着く形でくっついている。
背中を意識するな。背中を意識するな。背中を意識するな。背中を意識するな。背中を意識するな。どんなに心地よくても背中に意識を持っていくんじゃないぞ俺!
「いや、えっと、一度に聞かれても……」
そこまで言ったところで何やら整理券を配っている女子を発見。しかも有料。おい、人で商売するな。
「ねえ、梨野くんって日本人に見えないけど名前は日本人だよね?どうして?」
「ああ、それは――」
パアンッ!
「休み時間は終わりだ。散れ」
おお、いつの間にか織斑先生が現れた。しかも今のは、一夏が叩かれたようだ。また叩かれるようなことしたのか、あいつ。
「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」
「へ?」
「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」
へ~、専用機か。いいな~。と、思っていると、教室中がざわめき始める。どうやらみんな俺と思っていることは同じらしい。あ、一夏がちんぷんかんぷんって感じの顔してる。
「せ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」
「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」
クラスメイト(俺含む)が羨ましそうにしている理由がまだわからない一夏を見かねたのか、織斑先生がため息をつく。
「教科書六ページを音読しろ」
「え、えーと『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』……」
「つまりはそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」
「な、なんとなく……」
一夏がうなずく。
「………でも、あれ?なんで航平には専用機がないんですか?」
一夏が訊く。みんなも思っていたのか織斑先生に視線を向けている。俺はなんとなく理由はわかるけど。
「本来なら梨野の分の専用機も準備するはずだったんだが……」
織斑先生が苦虫を噛み潰したよう顔をしている。どうやら俺の予想通りらしい。織斑先生は言いづらいのか、そこから先を言おうとしない。
「先生、かまいませんよ。わかってるんで」
俺はできるだけ、「気にしてません」という表情にできるように微笑む。
「どうせ、『データ収集は織斑一夏だけで十分だ。どこの馬の骨とも知れないやつに専用機なんて与えられん』て、とこでしょう?」
「……まあ、だいたいそんなところだ」
やっぱり。まあしょうがない。実際記憶のないどこぞの馬の骨ですからね~、俺は。
「その代わりと言っては何だが、梨野には学園側から打鉄の無期限貸出しが決まった」
へー、無期限貸出しか。前に聞いたけど訓練機の貸し出し申請って時間かかるらしいからありがたいといえばありがたい。
「使えるISがあるならありがたいです。それに無期限貸出しなら俺からは不満なんてありませんよ」
「……そうか」
なんとなく織斑先生が少し安堵したように見える。もしかして心配してくれたのかな?
「あの、先生。思ったんですけど、篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」
女子の一人がおずおずと織斑先生に質問した。
そう言えば、篠ノ之箒さんと篠ノ之博士、同じ苗字だ。もしかして肉親とかなんだろうか?まあ、もしそうでも先生が生徒の個人情報をそんな簡単に話すわけが――
「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」
って、ぅおい!!そんな簡単に言っちゃっていいんですか!?てか、篠ノ之博士って今各国が血眼になって探してるんじゃあ?
「ええええーっ! す、すごい! このクラス有名人の身内がふたりもいる!」
「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」
「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦教えてよ!」
授業中だというのに、篠ノ之さんの元にわらわらと女子が集まる。なるほど、俺と一夏って端から見たらあんな感じだったのか。
「あの人は関係ない!」
突然の大声に、さっきまで空気が一変した。見ると、篠ノ之さんに群がっていた女子も軒並み何が起こったのかわからないという顔をしている。
「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」
そう言って、篠ノ之さんは窓の外に顔を向けてしまう。女子達は盛り上がったところに冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ困惑や不快を顔にして席に戻った。
「さて、授業をはじめるぞ。山田先生、号令」
「は、はいっ!」
山田先生も篠ノ之さんが気になる様子だったが、そこはやはり教師だ。授業を優先している。そして俺も教科書を開いた。
○
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」
休み時間、一夏の共に学食に行こうとしているとオルコットさんは早速一夏の席にやってきて、腰に手を当ててそう言った。どうでもいいけど、オルコットさんってそのポーズ好きだねー。
「まあ? 一応勝負は見えていますけど? さすがにフェアではありませんものね」
「? なんで?」
今回は俺も知らなかった。なんで訓練機だとフェアじゃないんだろう。
「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたたちに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」
「へー」
それは知ってる。
「……馬鹿にしていますの?」
「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのかはわからないが」
「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」
ババン!
オルコットさんが一夏の机を叩いた。あ、ノートが落ちた。
「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」
「そ、そうなのか」
「し、知らなかった」
「そうですわ」
「ああ……」
まさか、まさか。
「「人類って六十億超えてたのか」」
「そこは重要ではないでしょう!?」
ババンッ!
あ、今度は教科書が落ちた。
「あなたたち! 本当に馬鹿にしていますの!?」
「「いやそんなことはない」」
「だったらなぜ棒読みなのかしら?しかも、示し合わせたようにハモらせて」
はて?なぜだろう?ちなみにハモったのは多分偶然。
「なんでだろうな、航平」
「さ~、なんでだろうな」
「…………そう言えばあなたは訓練機でしたわね。わたくし、相手が訓練機でも一切容赦しませんので」
オルコットさんが俺に向かって言う。
「うん。それはいいんだけど。なんで訓練機と専用機ではフェアじゃないんだ?」
俺はさっきから疑問に思っていたことを聞く。
「……あなた本気で聞いてますの?」
「おう。いたって大まじめだぜ」
俺の回答にオルコットさんが目頭を押さえる。何だろう。疲れ目かな?暖かいタオルとかをのせておくとといいらしいぞ。
「あなた、勉強したのにわからないんですの?専用機と訓練機では性能に差があるじゃありませんか」
「そんなことわかってるよ。ただ、性能の差=勝ち負けじゃないだろ?歴史の勉強したけど不利な奴が勝った場面なんていっぱいあるだろ?圧倒的な戦力差のある戦いで戦力の低い側が勝つことがなかったなんて言わないだろう?」
俺の指摘が的を射ていたのか、オルコットさんが一瞬黙る。
「……確かに一理ありますわ。でも、国家代表の候補生が専用機を使うのと、まだ数回しか動かしたことのないあなたが訓練機を使うのとではやはり圧倒的に差があるのではないのではなくって?」
「そうかもしれないけど。でも真剣勝負なんて何が起こるかわからないんだ。俺たちが勝つ見込みが全くないなんてことはないだろ?」
「……まあ、これ以上話しても埒が明きませんわね。あなたがそこまで言うのであれば本番であなたがどんな動きを見せてくれるのか、楽しみにしていますわ」
一瞬の間の後オルコットはそう言って、教室から立ち去った。あれ、楽しみにしてるって言ってたけど、それほど期待してる感じじゃなかったな。あれ絶対俺なんか眼中にないな。
「で、どうする一夏?」
「……どうしようか。俺たちが今から独学でISについて勉強してもたかが知れてるしな」
「なあ。いっそ誰かに教えてもらうか」
俺の提案に一夏が黙る。
「………なあ、物は試しに一人頼んでみようかというあてはあるんだが」
この話の中ではIS見てて思った疑問を主人公に行ってもらいました。
エリートだのなんだの言ってても訓練機に寝首刈られることって本当にないのかな?と思い、それも盛り込みました。
最近書いてて思うのが、この主人公記憶ないくせにあほっぽくないな、ということです。
参考にしてるキャラと少しイメージが違ってるかもしれないので、もう少し気を付けます。