「おい何か進展は!?航へ――梨野の行方はまだわからないのか!?」
IS学園の会議室で千冬の怒声が飛ぶ。が、その言葉に色よい返事を返せるものは、この場で作業をしている教員には誰もいない。
数十分前のキャノンボール・ファストでのこと。
現れた『サイレント・ゼフィルス』を退けた一夏たち。しかし、彼らの元に届いたのは級友梨野航平の失踪の知らせだった。
すぐさまIS学園に戻ってきた彼らはそのまま千冬達教職員たちで組織された対策本部にやって来たのだが、いまだ新たな情報はない。
「くっ……更識!お前『亡国機業』の人間と接触していながら何をしていた!?」
「っ!す、すみません!」
千冬の怒声に楯無は縮み上がるように背筋を伸ばす。
「お、織斑先生、落ち着いてください」
「ちっ!」
真耶に宥められ千冬は舌打ちをしながらドカッと椅子に腰掛ける。
「千冬姉ぇ……」
そんな普段とは違う姉の姿に一夏は驚きを隠せない様子で見ている。
「航平……いったいどこいったんだよ……」
一夏は自身の胸に募る不安を払拭するように
「無事でいてくれ……航平……!」
ただ呟くのだった。
○
「――っ!」
目を覚ました時、最初に見えたのは見覚えのない天井だった。
「――目が覚めたか」
「っ!?」
と、そんな俺に誰かが声を掛けたことで俺は慌てて寝ていたベッドから起き上がる。
高そうな作りのベッドに室内の家具や調度品はどれも高価なもののようだ。部屋の中を見渡しながら声のした方を見れば、部屋のドアの隣にもたれ掛かって立つ人物がいた。
その人物は初対面のはずだが、しかし、その顔は見覚えのあるもので――
「千冬…さん……!?」
「違う」
困惑する俺に千冬さんにそっくりな顔の――しかし、千冬さんよりも幼い、恐らく俺と同じくらいの年頃のその人物は俺の顔をじっと見ながら首を振る。
「私はマドカ、織斑マドカだ」
「織斑…マドカ……」
織斑って名前にこの顔、千冬さんと一夏の関係者だろうか?いや、しかし、二人からは他に家族がいるなんて話は聞いたことはない。
「久しぶりだな。よく帰ってきた、おかえり」
「え?」
その少女、マドカの言葉に俺は一瞬呆ける。
「何の…こと、だよ……?」
辛うじて絞り出した問いにマドカは一瞬黙り
「どうやら記憶をなくしている、というのは本当らしいな?」
「どう言うこと、だよ……?ここはいったい……?」
言いながら俺の元に歩いてくるマドカに俺は訊く。
「ここは、どこだ……!?俺はこんなとこ……お前らなんて知らない!!」
「…………」
俺の目の前まで来たマドカは一瞬考える様に黙り
「ここは我々の拠点の一つだ」
「我々?」
「そうだ。我々、『亡国機業』のな」
「っ!?」
『亡国機業』それは確かあの学園祭の時の襲撃者が名乗った組織と同じ名前――
「そう、私、そしてお前も含めて、な」
「…は?」
「お前の居場所はIS学園じゃないだろ」
言いながらマドカはズイッと俺に顔を寄せ
「おかえり。よく帰って来たな、ずっと待ってたぞ」
そう言って口の端に笑みを浮かべた。
「あら、起きてるんじゃない」
と、新たに誰かが部屋に入って来る。それは『サイレント・ゼフィルス』を追っていた時に出会った金髪の女性で――
「っ!あんた!!」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
睨む俺だが、俺の視線など意に介した様子もなく金髪の女性は頬む。
「エム、彼が起きたらすぐに伝えてと言ったはずだけど?」
「……悪かった」
マドカへ嗜めるように言う女性にエムと呼ばれたマドカは口元から笑みを消し、無表情に戻って頷く。
「まあいいわ。さて、何はともあれまずは服でも来たら?その格好では風邪をひくわよ」
女性の言葉に俺は改めて自分の恰好を見る。今の俺はベッドに腰掛け、自他にズボンを穿いているのみで上半身は裸だった。
「さ、どうぞ。服は用意してるわよ」
そう言って女性が差し出した服はフリフリの多い白やピンクを基調とした明らかに女性ものと思われるもので――
「おいやめろ!俺に女装をさせるんじゃねぇ!!」
「フフ、いいじゃない。似合うんだもの」
叫ぶ俺に女性は朗らかに返す。
「記憶を失っても相変わらずね。女の子より可愛いわよ、あなた」
笑いながら言う女性の言葉に俺は押し黙り
「……なぁ、そこの子がさっき、俺はあんたたち『亡国機業』の仲間だったって……」
「あら、言っちゃったのね。そうよ」
俺の問いに女性はちらりとマドカを見て頷く。
今のこの言葉が真実だとしたら、俺は、もしかして――
「してたわよ、記憶を失う前にも、女装を」
「なんだ…だと……!?」
女性の言葉に俺は目を見開き
「悪夢だ……最悪だ……」
がっくりと肩を落とす。そんな俺を見て女性は笑う。
「ま、あくまで殺しの手段の一つとして、だけどね」
「………え?今、なんて?」
「いえ、何でもないわ。それよりも――」
訊く俺に首を振りながら女性はスッと俺に顔を寄せ
「あなた、どうしたの?その胸の傷」
「……さぁな。どうしたかは知らん。見つかったときにはできてたらしいから」
「なるほど、それで合点がいったわ」
俺の言葉に女性は頷く。
「私の知る限りあなたにそんな傷なかったもの」
言いながら女性はジッと俺の傷を見て
「と言うことは、この傷が記憶喪失の原因かしらね?」
「たぶん……前にあんたらんとこのオータムって人にここ斬られたときに戻りかけたし」
「あぁ、そう言えばオータムが言ってたわね。斬りつけた途端に雰囲気が変わったって。なるほど、偶然ここを斬ったのね」
「つまり――」
と、一連の話を聞いていたマドカが口を開く。
「てっとりばやくそいつを元通りにするには、ここを開いてみればいい訳か」
「は?」
「っ!」
俺が返答するよりも早くスッと接近したマドカが右手を振るう。
どぷっ
同時に目の前に鮮血が舞う。
「まだまだこんなものではダメだな」
言いながらマドカは再び構える。先ほどの一瞬では見えなかったその右手には鈍い光を放つ俺の血で赤く染まったナイフが握られていて
「もっと深く、開かないといけないようだな」
という言葉とともに再びマドカの手が振るわれる。
「ちょっと、エム」
「問題ない。死ぬ前に治療すればいいだけの事だ」
女性とマドカの声が遠くに聞こえる気がする。先程よりも重い衝撃とともに胸から何かが溢れる感覚とともに視界が真っ赤に染まった。
そのまま俺は遠くなっていく意識とともに、再びベッドに倒れた。