:【パーカー・ラックの向こう側と、歪みねえ五角関係の呪縛】
「――まぁ、スタン・リー爺ちゃんの『曇らせ』の洗礼はさておきだ」
空中艦〈フラクシナス〉のブリーフィングルームの片隅で、坂田銀時は鼻の穴をほじりながら、ソファにふんぞりかえって続きを語り始めた。
「この間な、ちょっとしたマルチバースの気まぐれで『ブランド・ニュー・デイ』あたりの時期の記憶に触れたんだけどさ……。あれで改めて思ったけど、やっぱりピーターとジーン(・グレイ)の組み合わせって、意外と味があっていいよな。あと、メイおばさんはいつの時代も最高だわ」
その一言に、ブリーフィングルームの空気がピクリと反応した。
「……ほう?」
管制卓の端で手帳をいじっていた副司令・神無月恭平が、ギシリと首を鳴らしながら振り返る。その目は、尋常ではない知的好奇心と変態的な熱狂にギラギラと輝いていた。
「坂田さん……今、何とおっしゃいました? ピーター・パーカーと、X-MENの紅にして最強のフェニックス・フォースの宿主であるジーン・グレイの邂逅……そして『ブランド・ニュー・デイ』的文脈における彼らの関係性についてですって……!?」
「おう。スパイダーマンの軽口と、X-MENの圧倒的なサイキック能力を持つ美女のミスマッチ感が妙にシュールでさ。お互い人生の苦労を背負い込みすぎてっから、変な連帯感が生まれてるのが見ててジワるんだよ」
神無月は両手を顔の前で組み、うっとりと身をよじらせた。
第二章:神無月副司令が導き出す「歪みねえ五角関係」
「素晴らしい……! 実に素晴らしい着眼点です坂田さん!!」
神無月は立ち上がり、ブリーフィングルームの真ん中へ滑り出ると、狂気的な熱弁をフリーズしたクルーたちに向けて放ち始めた。
「ですが、ピーターとジーンの未来がこれからどうなるのか……そこを深く考察するとき、私たちは避けられない『致命的な人間関係の幾何学』に直面せざるを得ません! 皆さん、お気づきですか……!?」
「……なんだよ急に。数学の授業か」と銀時がジト目を向ける。
神無月はビシッと五本の指を広げた。
「これこそが、マーベル・マルチバースが隠し財産として生み出した最悪にして最高の人類の業――『ピーター、ジーン、サイクロップス、ウルヴァリン、MJ(メリー・ジェーン)による、地獄の五角関係(ペンタゴン・オブ・カオス)』です!!」
「「「「……ご、五角関係……!?」」」」
艦内のクルーたちが、一斉に息を呑んだ。
神無月はホワイトボード(あるいはホログラム)を呼び出し、狂った勢いで相関図を描き殴り始める。
「整理しましょう!
まず、ジーン・グレイの心を巡っては、長年の宿命の恋人であるサイクロップス(スコット・サマーズ)と、野性的な執着を燃やすウルヴァリン(ローガン)が、常に殺し合い寸前の三角関係を形成している! これはX-MENの伝統芸能です!
そこに、ピーター・パーカーが『ブランド・ニュー・デイ』的な時空の歪みやマルチバースの接触によって絡み合う!
さらに、ピーターの本来の本命には、不滅の妻であるMJ(メリー・ジェーン)が存在している――!!」
神無月は自身の両肩を抱きしめ、全身をブルブルと震わせた。
「分かりますかこの構造!! ジーンを巡るスコットとローガンの獣のような嫉妬の炎のなかに、突如として『不幸体質で軽口を叩くピーター・パーカー』が放り込まれ、しかもピーターの背後には『記憶を改変され、あるいは並行世界で引き裂かれたMJの影』がつきまとっている! 誰が誰に嫉妬し、誰の精神がどのタイミングで崩壊するのか全く予想がつかない! この複雑怪奇でドロドロの五角関係が生み出す心理的苦痛の総量は、インフィニティ・ガントレットの比ではありません……! ああ、想像するだけで私の脳髄がトロトロに溶けていきます……っ!!」
「お前の頭の中の相関図が一番ホラーだよ!! なんだその精神汚染不可避の五角関係は!!」
銀時が盛大にツッコミの茶ぶ台をひっくり返す勢いで叫んだ。
第三章:バナーとナターシャへの不満と、銀時の持論
だが、神無月の狂気的な解説を聞きながら、銀時自身もどこか納得したようにあごをポリポリと掻いた。
「まあ、でもよ……。言いたいことは分からなくもないぜ」
「ほう、坂田さんも共感していただけますか?」
「だってもよ、昔映画(『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』)でさ、ブルース・バナー(ハルク)とブラック・ナターシャ(ナターシャ・ロマノフ)のカップリングがあっただろ?」
銀時がそう口にすると、管制卓の村雨令音やオペレーターの椎名も「あ……」と声を漏らした。
「あれさぁ……急に『美女と野獣』的な空気感を出してきた割に、なんかこう……観てて『うーん、そうじゃないんだよなぁ』って感じの消化不良感がすごかっただろ! なんかお互いのトラウマを背負いすぎて、恋愛って言うより『傷の舐め合いカウンセリングセッション』みたいになっちまって、最終的にサクッとフェードアウトしたじゃねぇか!」
「確かに……!」と、通信士の川越がうなずく。
「ハルクの暴走を抑えるための子守唄(Lullaby)という設定はロマンチックでしたが、映画の尺の都合もあってか、ふたりの関係性が十分に咀嚼されないまま『ウルトロン』の悲劇に飲み込まれてしまいましたね……」
「そうなんだよ!」と、銀時は熱っぽく指を突き立てた。
「だからこそ! バナーとナターシャみたいな『重くて急ごしらえのトラウマ恋愛』を見せられるよりは、ピーターとジーンみたいな、アメコミの垣根を越えた『異種格闘技戦かつ泥沼の五角関係の予感』が漂う関係性のほうが、オタクとしてはよっぽど『これからどうなっちまうんだこの人たち……』ってハラハラしながらビールが飲めるんだよ! 分かるだろお前ら!」
「「「「完全に一致……!!」」」」
艦内のクルーたちが一斉に激しく同意の頷きを見せる。
マーベルの恋愛描写における「物足りなさ」と「マルチバース的カオスの魅力」について、元・攘夷志者とラトタスクの精鋭クルーたちの意見が完全に一致した瞬間であった。
第四章:司令官の限界と、次の戦場へ
――だが、その熱気も長くは続かなかった。
「……あなたたちねぇ……」
ブリーフィングルームの扉の影から、五河琴里が冷え切った氷のような視線を投げながらヌッと姿を現した。
司令官席に戻ってきたわけでもなく、ずっと入り口の物陰でこの一部始終を聞いていたらしい琴里の顔色は、もはや呆れを通り越して青白かった。
「空間震警報が出ている最中に、なんで世界中のオタクを敵に回しかねない『マーベル恋愛カップリングの是非と五角関係の考察』を、総出で大真面目に語り合ってのよ……!」
「いやぁ琴里、恋愛映画の咀嚼不足は国家の危機に匹敵する大問題だぜ? ピーターとジーンの恋路を見守る心の余裕が、地球の平和を救うんだよ」
銀時がどこ吹く風とばかりに鼻をほじる。
「救うわけないでしょ! いいから現実を見なさい現実を!!」
琴里は頭を抱え、チュッパチャプスの棒を噛み砕きそうになりながら声を張り上げた。
「現実のあなたは、これから校舎裏に出現したあの名前のない精霊と本格的にファーストコンタクトを取って、デートの約束を取り付けなきゃいけないのよ! マーベルの五角関係に首突っ込んでる暇があったら、自分のデスゲーム級のデートの心配をしなさい!!」
「ひえぇぇぇ……。ピーター・パーカーの『パーカー・ラック』より、俺の今日のほうがよっぽど不運の法則発動してんじゃねぇか……」
頭を抱えて項垂れる銀時と、呆れ果てて白目を剥く司令官、そして相変わらず不敵な笑みを浮かべる変態副司令。
かぶき町の空に浮かぶ空中艦フラクシナスは、重力と常識を完全に無視した熱気を孕んだまま、いよいよ地上で待つ「名前のない精霊」との決戦の地へと降下していくのだった―