【恋のチュパカブラ続編と、ハリセンボンの呪縛、そして遠い日のトラウマ】
ピピッ、ピピッ、ピーーーッ!!
――職員室に冷徹な電子音が鳴り響き、モニターの画面が血のような赤色に染まった。
【WARNING! 好感度 MAX DOWN】
【GAME OVER : あなたはハリセンボンのツッコミのキレに耐えきれず、精神崩壊しました】
「うわぁぁぁぁっ! 見事に綺麗にカウンター決められたぁぁぁ!!」
職員室のパイプ椅子から派手にひっくり返り、頭を抱えてジタバタと悶絶する坂田銀時。
その手元で光る軍用高精度デートシミュレーター――『ラブチョリス2 〜マルチバースの恋は修羅場〜』の画面では、先ほどまでドヤ顔で突っ立っていたハリセンボン・近藤春菜のキャラクターが、画面の向こうから冷ややかな視線を投げつけていた。
だが、この惨劇の一部始終は、インカムを通じて上空の空中艦〈フラクシナス〉の司令官席で五河琴里によって完全に、一言一句残らずリアルタイムで監視されていた。
「……ふぅ。見事なまでの自爆ね、バカ兄貴」
インカムの向こうから聞こえてきたのは、チュッパチャプスのプラスチック棒をカチカチと噛み砕く音と、心底呆れ返った琴里の冷ややかな声だった。
「知ってるも何も、その『ラブチョリス2』のプログラムを組ませたのは私よ! あなたのその枯れ果てた恋愛観と昭和のオヤジギャグを根本から叩き直すために、ラトタスクの技術班が総力を挙げて『あらゆる修羅場とバラエティの洗礼』を実装した特製シミュレーターなんだから、あなたがどう散っていったか、私が生中継で全部把握してないわけないでしょ!」
「把握してやがったのかこの黒リボンのサディスト司令官め!!」
銀時が床に突っ伏したまま叫ぶ。
そもそも、この『ラブチョリス』という名前を聞くだけで、銀時の脳裏には遠い過去の、思い出したくない苦い記憶――トラウマの走馬灯がフラッシュバックするように蘇ってきた。
第二章:過去回想・『ラブチョリス』初陣の悪夢
あれは確か、万事屋に借金の督促状が雪崩のように押し寄せ、パチンコで全財産を溶かした直後のことだった。
「……おい、銀時。新しいバイトの案件を持ってきたわよ」
そう言って新八と神楽に連れられて、あるいはラトタスクの陰謀によって無理やり拉致されて、銀時が初めて前作の恋愛シミュレーター『ラブチョリス』のテストプレイをさせられた時のことだ。
あの頃の銀時は、「恋愛ゲームなんてよ、女の子の機嫌取って適当に甘いセリフ吐いときゃクリア余裕だろ」と舐め腐っていた。
だが、甘かった。
前作の『ラブチョリス』は、ただの乙女ゲームではなかった。
画面の向こうのヒロインたちが、次々と銀時の過去の借金歴、ジャンプの読み逃し、マヨネーズの過剰摂取、さらには「お前、先週のパチンコの負け額をごまかしただろ」という、プレイヤーのプライベートの急所を的確に突いてくる超高精度AI心理分析ゲームだったのだ。
当時、画面に突如として現れた初代の攻略対象キャラクター(なぜか形状がチュパカブラそっくりの謎の生物)に、銀時が調子に乗って「おい、そこのピンクの怪獣、今度キャバクラ奢ってやるよ」と軽口を叩いた瞬間――。
画面全体が轟音とともにブラックアウトし、雷鳴が鳴り響いた。
『――バカなこと言ってんじゃねぇよテメェ!!』
ゲームのキャラクターではなく、ヘッドホンを通じてインカムから直接、当時よりも少し幼い声の五河琴里が本気でブチギレた怒声が耳を劈いた。
『お前がキャバクラで散財したツケを、こっちのデータサーバーがどれだけ圧迫してると思ってのよ! 好感度マイナス一億! 即座にデータ削除、バッドエンド・罰として今後三ヶ月間お前の主食をもやしだけに指定する!!』
「あの時の、あの絶望感……!!」
職員室の床で頭を抱えながら、銀時は過去のトラウマに震えた。
甘い恋愛シミュレーションのはずが、蓋を開けてみればラトタスクの陰謀と理不尽な精神改造の実験場。それが『ラブチョリス』シリーズの正体だったのである。
第三章:ハリセンボンの呪縛と、マルチバースの修羅場
「……で、過去のトラウマに浸って現実逃避してる暇はないわよ、バカ兄貴」
インカムから響く琴里の声は、一切の容赦を含んでいなかった。
司令官席でチュッパチャプスを新しいものに持ち替えた琴里は、ジト目をしながらモニターのデータを叩く。
「前作のチュパカブラ仕様のトラウマを乗り越えたあなたなら、今回の『ラブチョリス2 〜マルチバースの恋は修羅場〜』に実装されたバラエティ枠の刺客――ハリセンボン・近藤春菜のツッコミの破壊力がどれほどのものか、身をもって理解できたはずよ」
「理解できるかボケェ!!」と、銀時はガバッと跳ね起き、インカムに向かって怒鳴り返した。
「なんで恋愛シミュレーションの画面の向こうから、『春菜じゃねぇよ!』って全力でツッコミ返されなきゃいけないんだよ! しかも選択肢Aで『角野卓造じゃねぇよ!』って先回りして叫んだら、向こうから『角野卓造でもねぇよ! 一緒にするな!!』って完璧なダブルカウンターが飛んでくる仕様なんだぞ! あれのどこが精霊とのデート特訓なんだよ、ただのお笑い養成ギプスじゃねぇか!」
「文句を言わないの! あの名前のない精霊はね、世間知らずで純粋無垢だけど、同時にあなたのその適当なノリや軽口の裏にある『悪意のない不誠実さ』にはめちゃくちゃ敏感なのよ!」
艦内のブリーフィングルームでは、このやり取りをモニタリングしながら、副司令の神無月恭平がうっとりと頬を赤らめていた。
「ああっ……素晴らしい……! 画面の向こうの春菜さんからの強烈なツッコミという名の愛の鞭、そしてそれを受けて床を這い回る坂田さんの無様な姿……! まさにマルチバースの理不尽が生んだ至高の悲喜劇です……! 私もあのゲームに参戦して、盛大に『春菜じゃねぇよ!』と怒鳴られたい……っ!」
「お前は一生ゲームのなかに引きこもってろ変態副司令!」
銀時が盛大な悪態をつくと、管制卓の端で村雨令音がトロンとした目でコーヒーカップを傾けた。
「……坂田さん、落ち着いて……。春菜さんのツッコミはね、お笑いという名のマルチバースの法則よ。どんなに時空が歪んでも、どんなに世界線が変動しても、『春菜じゃねぇよ』の否定の力は不変なの……。だから、まともにツッコミで返そうとするから負けるのよ……」
「じゃあどうすりゃいいんだよお前の脳内シミュレーションじゃ!」
「……そこは、ほら……『ワカンダ・フォーエバー』のポーズで無言のまま威圧するか、あるいは『マーベル・ゾンビーズ』のワンダのように全てを混沌の魔力で沈黙させるの……ふぁあ……」
「余計に悪化するわボケェ!!」
第四章:明日の本番へ向けての決意
職員室の静寂の中、天井の時計の針は容赦なく夕暮れの時間を指し示していた。
インカムの向こうで、五河琴里は大きくため息をつきつつも、どこか呆れと、そしてわずかな期待の色を込めて声のトーンを切り替えた。
「……まあいいわ。今日のところは、ハリセンボンのツッコミの洗礼を受けて、あなたのその凝り固まったお笑い脳の歪みを少しは反省しなさい」
「反省しなきゃいけないのは、こんな悪趣味なゲームを開発したラトタスクの技術班だろ……」
「明日は、いよいよ本番よ。あの名前のない精霊と、かぶき町の裏手にある古い映画館――奇跡的に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の三部作一挙上映をやっている映画館の前で待ち合わせのセッティングをしてあるわ。デートの口実はそれで十分でしょ?」
「映画館か……。野暮用で大暴れする危険な精霊を映画館に連れ込んで、ポップコーンでも食わせながらMCU談義に花を咲かせろってか。難易度高すぎんだろ、俺の寿命がゴリゴリ削れる未来しか見えねぇんだけど!」
「大丈夫よ。あなたには、昨日あんなに熱く語り合った『ピーターとジーンの五角関係』や『スタン・リーの曇らせ哲学』の知識があるじゃない。いざとなったら映画の感想でごまかしなさい!」
「ごまかせるかっ!!」
絶叫する銀時の声を背に受けながら、上空の空中艦フラクシナスは夕闇に染まるかぶき町の空を静かに旋回していく。
ハリセンボンの呪縛を背負い、過去の『ラブチョリス』のトラウマを乗り越えた先で、天パの国語教師・坂田銀時は、まだ名を持たぬ少女との運命の(そして最高に不条理な)デートの日を迎える――!
(第十二話・終わり)