【アマゾンギフトカードの誘惑と、質より量の詐欺CM】
夕暮れのかぶき町、古びた映画館『大江戸座』の前。
映画の感想戦から「母親の愛」をしみじみと語り合う感動的な空気へと移行したはずの空間は、桂小太郎のひと言によって、一瞬で胡散臭いマルチ商法の勧誘現場へと変貌を遂げた。
桂はスッと十香に歩み寄り、凛とした、しかしどこか怪しげな光を瞳に宿しながら、こう囁いた。
「十香君……先ほどから君の純真な魂の輝きを見ていて、確信したでござるよ。君ほどの逸材が、ただ映画を観てポップコーンを貪っているだけではあまりにももったいない!」
「む……? 私に何か用か、怪しい黒服の男」
十香が警戒心をあらわにして大剣の気配を漂わせる中、桂はふっとフキダシを漏らし、劇画調のキメ顔を作った。
「そこでさらに愛を知りたくないか……? 攘夷志士になれば、今ならなんとアマゾンギフトカードもらえるぞ!!」
「……は?」
十香の動きが完全にピタリと止まった。
映画館の前に静寂が訪れ、風がヒュ〜と寒々しく吹き抜ける。
その瞬間――。
「なにやってんヅラァァァァァッ!!!」
銀時が音速で桂の襟首を掴み、激しく前後へ揺さぶりながら絶叫した。
「なに前に堂々と『攘夷志士になればアマゾンギフトカードもらえるぞ』とか言ってネットの胡散臭いポイ活サイトみたいな勧誘してんだよお前は!! なに質より量の詐欺CMみたいなことやってんだ! 天パと長髪で脳みそまで溶けたかこの野郎!!」
「ぐふっ……! 待て銀時、手を離すんだ、首の骨がマルチバースの彼方に飛び飛ぶでござる! 拙者は至って真面目に、現代社会に生きる若者への福利厚生を充実させているだけであってだな……!」
「お前がやってるの福利厚生じゃなくて規約違反のアカウント量産型詐欺だろ!!」
お約束の激しいツッコミを食らいながらも、桂はバッと身を引き剥がし、いつもの涼しげな顔に戻ってビシッと指を突き立てた。
「ヅラではない、桂だ!!」
「もういいよその定番のくだり! それよりお前、さっきから何だそのアマゾンギフトカードってのは! 攘夷の活動資金をどこでそんなネットの怪しいキャンペーンに全振りしてんだよ!」
銀時が頭を抱えていると、桂の背後でエリザベスがシュパッと素早くプラカードを掲げた。
【プラカード:登録者急増中! 今なら友達紹介でさらに五千円分追加】
「完全に某悪質SNS広告のテンプレじゃねぇか!! エリザベス、お前もそっち側に寝返ったのか!? 看板の裏で怪しい情報商材でも売りつけてるだろ絶対!」
エリザベスは無言のまま、プラカードを裏返して新たな主張を展開した。
【プラカード:安心してください、合法的なポイ活です(※ただし非課税)】
「税務署にケンカ売るような非合法の言い訳すんな!!」
二人の漫才のようなやり取りを、十香は腕を組みながら首をかしげて眺めていた。
「むぅ……? 銀時、その『あまぞんぎふとかーど』とやらは、そんなに強力な霊力や、美味しいきな粉パンに匹敵するほどの価値があるものなのか? その怪しい長髪の男がそれほどまでに推すからには、世界の理を覆すほどの秘宝なのだろうか……」
「ねぇよそんなもん!!」と、銀時が十香の肩をガシッと掴んで必死に否定する。
「十香、騙されるな! あんなのネットの隅っこで『誰でもカンタン月収百万円!』とかほざいてる胡散臭いバナー広告の常套句と同じだ! あんなもんで釣られて攘夷志士の仲間入りでもした日には、毎日のように真選組の連中に追っかけ回されて、挙句の果てにエリザベス特製の怪しい壺を買わされるハメになるんだよ!」
「なんだと銀時! 攘夷の志を『怪しい壺の販売』と一緒にしてもらっては困るでござる!」
桂はふんと鼻を鳴らし、ふたたび十香に向かって熱っぽく語りかけた。
「考えてもみよ、十香君。我々攘夷志士の目的は、腐敗した天人(あまとう)の世を討ち払い、この江戸の街に真の自由と愛を取り戻すこと。そして、その活動の合間にスマホでポチポチとアンケートに答えれば、確実にアマゾンギフトカードが手に入る! まさに一石二鳥、現代の武士道ここにありでござる!」
「だから何で幕末の志士がスマホのポチポチ作業で小遣い稼ぎしてんだよお前はァァァァッ!! 維新の志はどうした維新の志は!!」
再び銀時の強烈な手刀が桂の頭頂部に炸裂し、カーンと乾いた音が映画館の前に響き渡った。
「痛い! 脳天に直接響くでござる銀時! 暴力反対、愛とアマギフの時代でござる!」
「やかましい! 帰れ! 今すぐその怪しいプラカードとギフトカードの幻想を抱えてかぶき町の川の字になって流されてろ!」
散々周囲を引っ掻き回した挙句、桂とエリザベスは「覚えておくがいい、真の愛とアマギフを手に入れる日は近い……!」と、どこから取り出したのか謎の特攻服の裾を翻しながら、夜の闇へと華麗に消えていった。
静けさを取り戻した映画館の前で、銀時と十香の二人がぽつんと取り残される。
「ふぅ……全く、どいつもこいつもマルチバースの歪みより頭のネジが狂いすぎやがる……」
銀時が疲労困憊の体でため息をつくと、十香はクスリと小さく笑い、ふわりと髪を揺らした。
「だが……悪くはなかったぞ、銀時」
「は? 何がだ」
「あの怪しい長髪の男のおかげで、少なくとも今日のデートが退屈なものではなくなった。映画の感想から母親の愛、そして謎のカードの争奪戦まで……色々な意味で、私の心はこの世界の色々な面を知ることができた気がする」
十香のそのまっすぐで温かい笑顔を見た瞬間、銀時はさっきまでの胃の痛みが嘘のようにスッと引いていくのを感じた。
「……ま、そうだな。退屈しないのだけは、この街の保証付きだわ」
夕暮れから夜へと移り変わるかぶき町の空の下、名前を得た少女と、相変わらずいい加減な天パの教師は、それぞれの胸に奇妙な充実感を抱きながら、家路へと歩き出すのだった――。
(第十六話・終わり)