【ゴリラ局長と、暴力的治安維持、そして世も末の絶望】
映画館『大江戸座』の重い自動扉を押し開き、銀時と十香が夜のひんやりとしたかぶき町の空気を吸い込みながら外へ出た、その時だった。
「……ん?」
銀時がふと足を止め、路地裏の電柱の影をジト目で睨みつけた。
そこには――全身の毛穴から「尋常ならざる愛の執念と変態のオーラ」をもうもうと立ち昇らせ、ハァハァと荒い息を吐きながら、手元の写真立て(中身は志村妙の笑顔の写真)を狂気的な眼差しで見つめている一人の男の姿があった。
その全身を覆う筋肉の隆起と、どこか野性味あふれる毛深い容姿――。
紛うことなき、通称「ゴリラ」こと真選組局長・近藤勲その人であった。
「……お妙さぁぁぁん……! 今夜の月も、君の美しさの前にはただの石ころのように霞んで見えるでござるよぉぉぉ……! あげくの果てに、僕のハートをそのツッコミという名の愛の鞭でボコボコに叩きのめしてほしいでござるぅぅぅ……!」
電柱にしがみつきながら、ほぼ上半身裸に近い状態で悶絶している局長の姿に、十香はドン引きしながら大剣の柄にそっと手をかけた。
「な、なんだあの毛むくじゃらの不審者は……! 電柱にしがみついて気味の悪い鳴き声を上げているぞ。銀時、あんな野生の猛獣は一刀両断してゴミ箱に放り込んだ方がいいのではないか?」
「いや、処分したいのは山々だけどよ、あいつを処分するとかえって江戸の生態系がバグるからやめとけ」
銀時がやれやれと頭を掻いたその時だった。
路地裏の曲がり角から、カツッ、カツッ、と静かな足音が響いた。
「あら、こんな夜更けに……いったい何の虫が這いつくばっているのかと思えば」
その凛とした、しかし底知れぬ冷気を孕んだ声を聞いた瞬間、近藤勲の全身が激しくビクッと跳ね上がった。
「お……お妙さぁぁぁん……!?」
そこへ現れたのは、淡い着物に身を包み、優雅な笑みを浮かべた――志村妙その人であった。
第二章:フラクシナス艦内の驚愕と、恐怖の治安維持
その光景は、上空の空中艦〈フラクシナス〉のメインモニターを通じて、ブリーフィングルームのクルーたちにも鮮明に映し出されていた。
通信士の川越が、青ざめた顔で管制卓にしがみつく。
「し、司令官! あの映画館の出口付近に、全裸に近い状態で電柱に抱きつきながら特定の女性の名前を叫んでいる極めて危険な変質者が確認されました! しかも、そこに一般女性が一人で近づいていっています! これ即座に、かぶき町の治安維持組織――すなわち警察に通報して拘束すべきです!」
オペレーターの椎名も、震える声で激しく同意した。
「そうです! あんな危険人物を野放しにしていたら、せっかくのデートの雰囲気が台無しどころか、公然わいせつ罪とストーカー規制法違反で地球の治安がマッハで崩壊します! 早く警察を呼んでください!」
副司令の神無月恭平だけは、なぜかネクタイを緩めながらうっとりと頬を染めていた。
「ですが……あの男が放つ『社会のルールを完全に無視した純度百パーセントのストーカー魂』……! 理性を完全にかなぐり捨てて愛する人の背中を追い続けるそのストイックな変態性、私の背骨が心地よく痺れてき……」
「黙りなさい変態副司令!!」
空中艦の艦内に、五河琴里の冷徹で容赦ない怒声が響き渡った。
琴里はチュッパチャプスの棒をバリッと噛み砕きながら、モニターに映る近藤勲を殺意の籠もった目で睨みつける。
「警察を呼べただなんて、よくそんな甘っちょろいことが言えるわね、あなたたち!」
「え……? 警察を呼ぶのが当然の処置では?」と川越が首を傾げる。
琴里はジト目をしながら、吐き捨てるように言った。
「よく見てみなさい、あのゴリラの羽織っている服の紋章を! あいつこそが、この江戸の治安を守るべき警察組織のトップ――真選組局長・近藤勲その人よ!」
ブリーフィングルームに、一瞬で完全な静寂が訪れた。
第三章:警察のトップによる「暴力という名の愛」
地上では、お妙が近藤を冷ややかな目で下ろしていた。
「あら、近藤さん。こんなところで半裸になって電柱を抱きしめて……あなた、いよいよ森の野生動物にでもご自身のアイデンティティを乗っ取られたのかしら? それとも、私に今すぐその汚い毛皮を剥ぎ取られて鍋の具材にされたいのかしら?」
「ち、違うんだお妙さん! 僕はただね、遠くでお妙さんの安全をこうして夜警という名のストーカー……じゃなくて純愛のボランティアで見守って――」
「――死ねい!!」
挨拶代わりの一撃。
お妙の繰り出したスマッシュ(物理)が、近藤の顔面に完璧な軌道で炸裂した。
ドゴォッ!!という凄まじい衝撃音とともに、近藤の巨体が夜空の星の如く彼方のビルへと吹き飛ばされていく。
「ふぅ……。夜道で不審なゴリラを見かけたら、とりあえず殴っておくのがかぶき町の礼儀ですから」
お妙はそう言ってフッと上品に微笑むと、目をパチクリとさせている十香と、頭を抱えている銀時に気づいたあら、と声を漏らした。
「あら、銀さんじゃないですか。それに、そちらの可愛らしいお嬢さんは……?」
「よぉ、お妙ちゃん。夜分遅くに変態の駆除ご苦労様でぇす」
銀時がやれやれと手を上げると、十香はお妙の圧倒的な戦闘力(物理)と美しさのギャップに目を丸くし、どこか感銘を受けたように言った。
「む……! あの毛むくじゃらの巨漢を一撃で沈めるとは……! 見たところ魔力や霊装を纏っているわけでもないのに、あの圧倒的なまでの暴力の冴え……! お前は、この街の最強の戦士なのか?」
お妙はふふっと上品に笑い、十香の頭を優しく撫でた。
「あら、嬉しいことを言ってくれるお嬢さんですね。戦士というか、ただの『常識を知らない男を矯正するパン屋の姉ちゃん』ですよ」
そのやり取りをモニターで見ていたフラクシナスのクルーたちは、もはや言葉を失っていた。
「……いまの、人間ですか?」と川越が小声で呟く。
「武器も使わずに警察のトップを一撃で宇宙の彼方へ飛ばした……恐ろしい……この街の一般女性の戦闘力、精霊を凌駕していませんか……?」と椎名が震え上がる。
神無月だけは「ああっ……あの美しき微笑みの裏に隠された容赦なき鉄拳制裁……私の全人格が粉々に踏みつぶされていくような至高の悦楽……っ!」と一人で勝手に昇天していた。
もちろん、琴里に「うるさい、この変態は宇宙空間に放り出すわよ」と一蹴されたのは言うまでもない。
第四章:世も末の溜息
騒動が去った静かな夜道で、銀時はふぅと大きな溜息をつき、夜空を仰いだ。
「……見たか、十香。これがこの国の治安を守る最高権力の姿と、それを力づくでねじ伏せるかぶき町の日常だ」
十香は複雑そうな顔をしながら、腕を組んで頷いた。
「むぅ……私の世界にも強大な魔力を持ちながら私欲に走る者たちはいたが……あんなにも堂々と全裸で電柱にしがみつき、一瞬で殴り飛ばされる最高権力者は見たことがないぞ。この世界の人間たちは、あんな男に自分たちの安全を委ねて大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねぇよ。毎日がロシアンルーレットみたいなもんだわ」
銀時がそう呟いたのと全く同じタイミングで、上空の空中艦フラクシナスの司令官席でも、五河琴里が深く、深いため息をついていた。
「……ねえ、バカ兄貴」
インカムを通じて、琴里の疲れ果てた声が銀時の耳に届く。
「なんだよ琴里」
「あんなのが一国の……いや、この街の警察のトップに君臨してるとかさ……」
「あぁ」
「――マジで、この世の終わり(世も末)ね……」
「まったくもって同感だわ……。明日からお巡りさん見るたびに目を合わせられねぇよ」
マルチバースの歪みや精霊の脅威、アマゾンギフトカードを配る攘夷志者やバズーカを撃ちまくるドS隊長、そして愛の鉄拳を振るうヒロインなど、数々のカオスを乗り越えてきた者たちが、この夜だけは完全に一致したトーンで「江戸の治安の絶望的な未来」に向けて深い溜息をつくのであった――。
(第十八話・終わり)