朝の爽やかな風が、江戸の街並みを吹き抜けていく。
排気音をぶすぶすと響かせながら、銀色はげた愛車のスクーターを走らせる坂田銀時。妹の琴里を中学校へ送り届けた後、彼はどんよりとした死んだ魚の目で、自身が赴任する高校へと向かっていた。
「はぁ……なんで俺がこの年になって高校登校なんてしなきゃいけねぇんだ。ジャンプの発売日でもねぇのに早起きさせられてよぉ……」
ボソボソと愚痴をこぼしながら、アクセルを適当に吹かす。
制限速度は三十キロ。通学路の歩道には、同じ制服を着た高校生たちがチラホラと歩いているのが見えた。
――と、その時である。
「……? なんだ?」
スクーターのバックミラーに、見覚えのありすぎる異様な影が映り込んだ。
白髪の短い髪をなびかせ、無表情のまま、恐ろしい脚力と速度でスクーターと完全に並走して走ってくる女子生徒の姿が。
速い。とにかく速い。原付の時速三十キロに、息一つ乱さず徒歩(?)でピタリとついてきている。
銀時は二度見した。
「……おいおい、マジかよ。いくら顔馴染みだからって、人間味のない走り方で追いかけてくんなよ折り紙付きの変態さんよぉ……」
銀時が呆れてスピードを緩めると、その少女――鳶一折紙は、一切の感情を削ぎ落とした無機質な瞳のまま、ぬるりとスクーターの真横まで躍り出てきた。
ヘルメット越しに銀時が横目を向けると、折紙は前を見据えたまま、寸分の狂いもない一定の歩幅で走りながら、淡々と口を開いた。
「おはよう。坂田銀時」
「うわ出た!! 淡々と喋りながら走ってきたよ!! つーか登校風景で原付と徒競走すんな折紙! 警察呼ばれるぞマジで!!」
「問題ない。あなたの移動速度に合わせて調整しているだけ」
「それが一番の問題なんだよ!! 脚力どうなってんだお前、ターミネーターかよ!!」
折紙は一切の表情を変えず、丁寧かつ無機質な口調で言葉を続けた。
「今日からあなたが我が校の教師として赴任すると聞き、出迎えに来た。これで一日中、あなたを視界に収めることができる」
「怖ぇよ!! 執着心の威圧感が重いんだよ!! 琴里のやつ、お前がいるから刺激するなとか言ってたけどな、刺激する以前に存在がバイオハザードなんだよ!!」
「私はあなたを刺激するつもりはない。……ただ、あなたのデータ収集と、接触の機会を窺っているだけ」
「何を企んでる気だコラ!!」
アクセルを全開にして振り切ろうとする銀時。
しかし折紙は、短距離走のスプリンターも裸足で逃げ出す恐るべき脚力で、ピタリとスクーターの横をキープしたまま坂道を駆け上がっていくのだった。
第二章:保健室の攻防と、通学路の悪夢
なんとか学校に到着し、教員室での挨拶も適当に済ませた銀時は、一時間目の授業を早々に自習にして保健室へと逃げ込んでいた。
「ふぅ……あぶねぇあぶねぇ。なんだあいつ、昔からヤバい奴だとは思ってたが、さらに研ぎ澄まされてやがる……」
ベッドに倒れ込み、白いパイプベッドの上で欠伸を噛み殺す。
パイプ椅子のきしむ音を聞きながら目をつむり、平和な二度寝へと落ち込もうとしたその瞬間――。
サッ。
カーテンが静かに開いた。
「……よく眠れていた?」
「うわあぁぁぁぁっ!!? だからなんでここにいんの折紙ぃぃ!! お前いま一時間目の授業中だろ!!」
ベッドの真横に、どこから持ち込んできたのかパイプ椅子を持って静かに腰掛けている折紙の姿があった。
「あなたが自習にした。だから自習の一環として、あなたの睡眠を観察していた」
「観察すんな!! 知り合いの寝顔を無表情で見つめるな!! ホラー映画か!!」
「あなたの寝顔を見るのは有意義。特に、よだれを垂らしながら『いちごパフェ……もう食えねぇ……』と呟く瞬間は、データとして価値があった」
「いつの間にそんなデータ取ってんだよ!! 昔から勝手に家に入り込んでんじゃねぇだろうな!! 帰れ! クラスに戻れ!!」
銀時が布団をかぶって抵抗するが、折紙は微動だにしなかった。
「坂田銀時。放課後、一緒に帰る」
「嫌だよ!! お前と一緒に帰ったら俺の原付の横をターミネーターが走ってくる恐怖のロードムービーになんだろ!!」
「徒歩で並走するのが嫌なら、後ろに乗る。……あなたの背中に密着して」
「絶対に嫌だ!! 琴里に変な目で見られる!! 『パチンコ代全額没収するわよ』って言われる!!」
第三章:校門前での待ち伏せ
放課後。
銀時は生徒たちの目を盗むようにして、忍び足で校務員室から裏門へと抜け出そうとしていた。
「よし……折紙のやつは正門で張ってるはずだ。今のうちに裏門からこっそり脱出すれば……」
コソコソとスクーターを押しながら裏門の陰から顔を覗かせた銀時。
だが、そこには――。
ヘルメットを二つ抱え、スクーターの真横で微動だにせず立っている折紙の姿があった。
「遅い。坂田銀時」
「なんで裏門に先回りしてんだよぉぉぉ!! 昔から思考回路がホラーゲームなんだよ!!」
「あなたの行動パターンは計算済み。裏門から逃げる確率、九十八パーセント」
「残りの二パーセントは何だよ!!」
「天井の通気口から脱出する確率」
「俺を忍者か何かだと思ってんのかコラァ!!」
折紙は無表情のまま、抱えていた二つ目のヘルメットを銀時に差し出した。
「さあ、乗って。私が後ろからしっかり抱きしめる。落下の心配はない」
「お前と二人乗りするのが一番の命の危機だよ!!」
銀時が頭を抱えて絶叫していると、ポケットの中で携帯電話が震えた。
画面を見ると、差出人は「琴里」。
『兄さん、ちゃんと学校で変な問題起こしてないでしょうね? 放課後寄り道したら、今夜のご飯は容赦なくもやしだけにするわよ』
「問題起こす前にこっちが精神的にトドメ刺されそうになってんだよぉぉぉ!!」
夕暮れに染まる江戸の街で、昔からの顔馴染みゆえに距離感がバグっているストーカー女子高生・折紙と、必死に拒絶する天パ教師・銀時の不毛な攻防戦が、いつまでも響き渡るのだった。
(第二話・終わり)