:【終わらないマダオ・ループと、狂気の青空DVD商法】
第一章:何度曲がっても、そこにはマダオがいた
「はぁ……はぁ……、くそっ、なんでだ……! なんで何度曲がっても、同じ景色に戻っちまうんだよ……!」
坂田銀時は息を荒げながら、十香の手を引いてかぶき町の裏路地を全速力で駆け抜けていた。
さっきから右に曲がり、左に階段を駆け上がり、ゴミ捨て場の脇をすり抜けてまっすぐ進んだはずなのに――目の前に広がる景色は、どう見ても先ほどと全く同じアスファルトの地平線であった。
そして、その道路の真ん中には、見慣れた青いレジャーシートが敷かれている。
シートの上には、著作権の概念を宇宙の彼方に投げ捨てたような怪しげな海外製パチモンDVDが雑多に並べられ、その中央で――ボロボロのトレンチコートをまとった男が、うなだれた姿勢からゆっくりと顔を上げた。
「……おっ、そこの銀さん……どうだい、今話題の『アベンジャーズ』の裏バージョンみたいなやつとか……一枚五百円で見逃してやるよ……」
「――またここだァァァァッ!!」
銀時が頭を抱えて、その場で崩れ落ちた。
十香も息を切らしながら、周囲の空間を険しい目つきで睨みつける。
「おかしい……! 私たちの移動速度や方向感覚は完全に正確なはずなのに、この路地そのものがあの男を中心とした『無限ループの結界』に包まれている! 私たちが逃げようとすればするほど、空間の座標があの青いシートの前に収束するように歪められているのだわ!」
そう、無限ループはまだ終わっていなかった。銀時たちがマダオから完全に逃げ切ったなどというのは、ただの錯覚にすぎなかったのだ。
第二章:目がやばすぎる長谷川の、逃れられない「選択」
「おい、長谷川さんよ……!」
銀時が地面を蹴って立ち上がり、殺気を孕んだ目でマダオ――長谷川泰三を睨みつけた。
「いい加減にしろよ! なんだこの不毛な回遊コースは! お前のその青いシートとパチモンDVDのせいで、俺たちのデートの帰路が完全にスリラー映画のワンシーンになっちまってるだろ! 一体どうやったらこの呪いのループから抜け出せるんだよ!」
長谷川はその問いかけに対して、ふっと不気味にうなずいた。
だが、その顔を見て、銀時と十香は一瞬で言葉を失った。
――長谷川の目が、尋常ではなく「やばかった」。
いつもなら、妻に逃げられ職を失った絶望から、どこか生気を失ったトロンとした目や、哀愁を漂わせた濁った目をしているはずの男。
しかし、いま彼の両目は、極限まで見開かれ、血走った眼球がギョロギョロと不規則に回転していた。その瞳の奥には、社会の底辺で煮詰まった狂気と、この無限ループを維持するために世界を呪い続ける「ガチでヤバい宗教の教祖」のような、底知れぬ異様な光がギラギラと宿っていた。
「……フフ……ハハハ……逃げられると思ったかい? 銀さん……」
長谷川が、まるで壊れたレコードのように低く掠れた声で呟く。その唇が異常なまでに裂けそうなほどにニヤリと歪んだ。
「このかぶき町の裏路地という名のイベント horizonte(地平線)において、僕の青いレジャーシートの前を通り過ぎた者に残された選択肢は、宇宙の法則上、二つに一つしかないのさ……」
「に、二つに一つ……?」と、十香がわずかにたじろぐ。
長谷川は血走った目をさらにカッと見開き、不気味に震える手で、足元のパチモンDVDをビシッと指差した。
「一つ目は――『この場で僕の魂のセカンドハンドDVDを全財産をはたいて買い、僕のビジネスパートナー(無職)として永遠にこのレジャーシートの番人になること』。そして二つ目は――『永遠にこの無限ループの迷宮を彷徨い続け、精神がすり潰されて最終的に僕のトレンチコートの染みと化すこと』だ……!! さあ選べ! どちらを選ぶ、銀さん! 十香君!!」
「どっちも最悪のバッドエンドじゃねぇか!! 社会的死か物理的死の二者択一しかねぇよ!!」
銀時が絶叫したが、長谷川は一歩も引かない。その「目がガチでイッている狂気」のプレッシャーだけで、周囲の空気の温度が数度下がったような覚えるほどだった。
「選べ……言葉で選ぶんだ……。君たちが自分の意思でそのパチモンDVDを手に取り、『買う』という選択の契約を交わさない限り、この空間の因果律は決して解き放たれない……さあ、どうする……!?」
第三章:十香は「見るだけ見る」
「むぅ……!」
十香は、その長谷川の尋常ならざる「やばい目」と、逃げ場のない選択のプレッシャーを全身で受け止めながら、キリッとした表情で腕を組んだ。
「ふん……! 人間社会の悪質な押し売りかと思えば、空間歪曲を伴う厄介な呪いのセールスマンというわけだな! だが、私を甘く見るなよ、ボロ着の男!」
十香は長谷川の狂気の視線から一歩も引かず、ズイッと歩み寄ると、足元に並べられた怪しげなDVDのケースを一つ、ヒョイと手に取った。
「おい、十香、触るな! それに触ったら呪いがかかるぞ!」と銀時が焦って止めるが、十香は首を横に振った。
「案ずるな銀時。私はただ……見るだけ見る。この偽りのマルチバースの産物が、どれほど私たちの愛するMCUの尊厳を踏みにじっているのか、その目で直接確かめてやらねば、私の精霊としての好奇心が収まらんのだ!」
十香はそう言って、パッケージをじっくりと凝視した。
表紙に描かれているのは、どう見てもアイアンマンのヘルメットをかぶった姿なのに、胸のリアクターの部分がなぜか「うまい棒のパッケージ」のコラージュになっており、タイトルには『アベンジャーズ:インフィニティ・うまい棒』と殴り書きされていた。
「なっ……なんだこれは……! アイアンマンの胸に輝くのはアーク・リアクターではなく、無限のフレーバーを放つコーンスナックだとでもいうのか……! あまりにも愚劣で、あまりにも香ばしい冒涜だ……!」
十香はそのあまりのクソダサさに絶句しつつも、どこか興味深そうに裏面のあらすじ(『地球の危機を救うため、アベンジャーズが近所の駄菓子屋で大暴れ! ラスボスのサノスは店のおばちゃんに怒られて退散!』と書いてある)を熟読し始めた。
第四章:長谷川の言葉責めと、逃げられないプレッシャー
その十香の「ただ見るだけ見る」という冷静な姿勢を見た瞬間、長谷川の血走った目がさらにカッと見開き、その狂気がピークに達した。
「見ているだけじゃダメなんだよ……! 十香君、君はすでにそのパッケージに触れた……! つまり、量子力学の観点からも、社会通念上からも、君はもうこのDVDを『買う』という口約束を成立させたことになるんだよ……! さあ、五百円を払いなさい! いや、五百円じゃ足りない! 僕の心の傷の治療費込みで五千円だ! 早く買え! 買わなければこの無限ループの空間は永遠に閉じない――!!」
長谷川がよだれを垂らしながら詰め寄ってくるその「目がやばすぎる」圧倒的な圧力に、銀時は冷や汗をダラダラと流しながら叫んだ。
「おいおいおい十香、もうダメだ! あいつの目のヤバさは本物だぞ! 下手に論理で対抗するとこっちの脳の血管がブチ切れる! もういい、五百円払ってその『インフィニティ・うまい棒』とやらを買ったことにしてこの場からトンずらするぞ!!」
「むぅ……! 私がこの偽りの商法に屈するというのか……! だが、あの男の目は、たしかに人間の領域を完全に踏み外した『無職の深淵』の色をしている……!」
絶望的な無限ループの路上で、目がガチでやばい長谷川の言葉の選択に縛られ、十香がパチモンDVDを手にしたまま固唾を呑んで立ち尽くす――かぶき町の朝は、今日も最高に不条理で狂気に満ちていたのだった!
(第二十一話・終わり)