【アニメーション世界の惨状と、ワカンダ・フォーエバー】
空間震の激しい揺れとASTの追撃を間一髪で振り切り、二人が逃げ込んだのは、校舎裏にある半壊した資材置き場のプレハブ倉庫であった。
……はずだったのだが。
「ちょっと待って、そこの『What If...?』のシーズン1第3話の事件、どう考えてもハンク・ピムが最大の戦犯じゃない!?」
なんと、逃げ込んだプレハブ倉庫の中には、先ほどまで追ってきたASTの隊長とモブ隊員たちがギッチリとすし詰め状態で身を潜めており、なぜか銀時たちと膝を突き合わせてディープなアニメMCU談義を再開していたのだ。
「隊長! 隊長それ言っちゃダメなやつですって! 奥さん(ジャネット)を量子世界で失ったショックと、娘のホープをSHIELDの任務で亡くした絶望からの復讐劇だから、気持ちは痛いほど分かりますよ!」(モブ隊員A)
銀時も鼻の穴をほじりながら熱弁に加わる。
「いやいや、奥さんを救いたい、娘を想う気持ちは痛いほど分かるよ? でもだからってアベンジャーズの候補生たちを片っ端からピム粒子で暗殺して回るのはやりすぎだろ! トニーもトールもバートンもナターシャも全滅だぞ!? アベンジャーズ結成前に世界詰みかけてんじゃねぇか!」
名前のない少女も腕を組み、真剣な面持ちでうなずいた。
「むぅ……確かに愛する者を失った悲しみは察するに余り有るが、己の復讐のために地球の防衛線を自ら破壊してしまうのは、まさに狂気の沙汰と言わざるを得ぬな。あの世界線のロキがちゃっかり地球を支配するハメになったのも、すべてピムの復讐が引き金なのだからな……!」
「精霊にまでロキの地球征服の因果関係を指摘されてるじゃないですか!!」(モブ隊員B)
「……ですが」
倉庫の暗がりから、無表情のまますっと身を乗り出してきたのは鳶一折紙であった。
「ピム粒子の軍事利用とミクロ化技術による暗殺の有効性を示した点において、イエロージャケットとしてのハンク・ピムの戦術価値は極めて高い。ASTの対精霊兵装としても導入を検討すべき」
「アニメの胸糞暗殺技術を対霊兵装に採用しようとすんな!! 命がけの戦場でなんで全員でハンク・ピムの有罪判決出してんだよ!!」
第二章:『What If...?』の各シーズンで好きなエピソード
「まあまあ銀時、怒るな」と名前のない少女は宥めるように手を振った。「それよりもだ、お前は『What If...?』の全シーズンを通して、どのエピソードが一番好きなのだ?」
「あー……俺か? 俺はシーズン1の第4話、『ドクター・ストレンジ・スプリーム』の回だな。愛するクリスティーンを救うために禁忌の魔術を貪り食って、どんどん化け物になっていくストレンジの悲哀が刺さるんだよ。結局世界ごと崩壊して、最後小さな泡の中で一人後悔し続けるオチの絶望感がヤバい」
「あぁ〜っ!! あれは辛い!!」と隊長が叫ぶ。
「絶望的だけど、だからこそ『ガーディアンズ・オブ・マルチバース』で彼が帰ってきた時の頼もしさが異常だったわよね!!」
少女も目を輝かせて語り出す。
「私しもあのストレンジの孤独には胸を打たれたぞ! だが、私しが好きなのはシーズン1の第2話、『ティ・チャラがスター・ロードになった世界』だ! あの者はどの世界線におかれても、まさに『王』たる品格とカリスマ性を放っていたな! なんとあの狂気の殺戮者であるサノスすらも会話と説得だけで改心させて仲間にしたのだからな!!」
「それな!!」と銀時が膝を打つ。
「サノスをトークで改心させるとか、どんなカリスマ性と説得力してんだよって話だよな! 全宇宙の命を半分にしようとしてたあの紫のゴリラが『確かにそれも一理あるな』みたいに納得して宇宙の義賊になってんだから、ティ・チャラどんだけ聖人なんだよ!」
モブ隊員Aもテンション高めに乗っかる。
「私はシーズン2の第6話、『カハトリが世界を作り直した?』が好きです! MCUオリジナルのヒーローなのに、テッサラクトの力を得たモホーク族の少女カハトリのアクションが格好良すぎて鳥肌立ちました!」
折紙も淡々と胸元のノートをめくる。
「私はシーズン2の第3話、『ハッピー・ホーガンがクリスマスを救った?』。フリーク化したハッピーの愛らしさと、ダイ・ハードのパロディ要素の融合が完璧」
「お前ら全員しっかり全シーズン履修して吟味してんじゃねぇよ!!」
第三章:王のカリスマと、思わず叫んだあの言葉
「だが……やはり語るべきは、ゾンビ回(シーズン1第5話)におけるティ・チャラの生き様だ!」
少女は拳を握り締め、熱弁を振るう。
「ヴィジョンによって片足を切り落とされ、ゾンビたちの『餌』として生かされていたという絶望的な状況でありながら、彼の魂は折れていなかった! 最後の最後まで諦めず、片足でありながらゾンビサノスという最悪の脅威に対し、己の身を賭して立ち向かったあの姿……!」
プレハブ倉庫の中に静寂が訪れ、銀時、少女、AST隊員たち全員が深く感極まった溜め息を漏らした。
「あのアニメの惨状の中でさ……片足だけでゾンビサノスと戦って道連れにしようとするあの散り様を見た瞬間……俺、部屋で一人で思わず『ワカンダ・フォーエバー!!』って腕をクロスさせて叫んじゃったからね」
「私しもだ!! 私しも心の中で『ワカンダ・フォーエバー!!』と叫び、胸の前で腕を組んだぞ銀時!! あの高潔な魂こそ、真のヒーローなのだ!!」
「私も叫びました!!」「私もです隊長!!」
狭いプレハブ倉庫の中で、天パ教師、名前を持たぬ精霊の少女、そしてAST隊員全員が胸の前で両腕をクロスさせる「ワカンダ・ポーズ」を一斉に決めて熱く共鳴し合った。
折紙だけは完璧なフォームのまま、無表情で付け加えた。
「『マーベル・ゾンビーズ』の単独アニメシリーズ展開も控えている今、坂田銀時とのMCU鑑賞会は一刻の猶予も許されません。……さあ、私の部屋のディズニープラスで、全話同時視聴を開始します」
第四章:我に返った撤収劇
「……って、納得してワカンダポーズ決めてる場合かぁぁぁ!!」
銀時がハッと我に返って大喝した。
「お前ら全員警察か何か知らんが重装備だろ!? こっちの少女は世界の危機みたいな精霊なんだろ!? なんで敵味方と通りすがりの天パ教師がプレハブ倉庫に寿司詰めになってアニメ版『What If...?』の感想戦繰り広げてんだよ!! 現場の緊迫感どこ行った!!」
「「「「あ……」」」」
隊長と隊員たち、そして名前のない少女がお互いを二度見した。
「い、いけないわ! 完全にアニメオタクのペースに巻き込まれたわ! 隊員全員、精霊を包囲――」
隊長が慌てて指示を出そうとした瞬間、再びプレハブ倉庫を揺るがす強烈な地鳴りが響いた!
ウゥゥゥゥゥ―――ッ!!!
「やべぇ! 本気の二次空間震が来るぞ! アニメの語り尽くして満足したところで撤収だぁぁぁ!」
銀時は間髪入れずに名前のない少女の手をガシッと掴んだ!
「む……!? 銀時!?」
「行くぞ名前のないお嬢さん! この映画オタクの重装備集団に捕まったら一生旧作のコメンタリー上映会に付き合わされるぞ!」
「うむ! お前と語る『What If...?』の話は最高に楽しかったのだ! 逃げるぞ!」
「待ちなさい! 坂田銀時とのディズニープラス同時視聴会は私のものです!」
背後で折紙が追撃姿勢に入り、隊長が「そこの天パと精霊を逃がすなー!」と叫ぶ中、銀時は十香の手を引っ張って崩れたプレハブを飛び出し、全力で疾走する!
『What If...?』の全シーズンとワカンダの魂を語り尽くした、あまりにもカオスで不条理な出会いを経て、天パ教師とまだ名を持たぬ少女の逃走劇は、いよいよ次なる局面へと突入していくのだった――!