魔女は実在する   作:ベータテストマン

3 / 3
02

■

 

魔女教本部の最深部に、「告解室」と呼ばれる部屋がある。

名前だけは立派だが、実態はただの拷問部屋だ。壁には黒い福音書の一節が刻まれている。『隣人を愛しよう』。皮肉が効いていて、俺は気に入っている。

その中央の椅子に、一人の男が縛られていた。不死鳥マルコ。白ひげ海賊団一番隊隊長、元・白ひげの右腕だ。

彼は壊滅後も半年間、生かされていた。海軍には「戦闘中に死亡した」と報告してある。懸賞金は払われなかったが、それでもこの男には金には換えられない価値があった。

「……殺せよい。もう何も話さねェ」

マルコの声は枯れていた。

半年間、告解室で何があったかはここでは詳しく書かない。ただ、全身の骨は何度も折られ、何度も治された。青い炎は「再生しない」という改竄を受けたまま、一度も灯っていない。

「話さなくて結構です。もう必要な情報は、すべて貴方から頂きましたから」

俺は微笑んで、彼の前の椅子に腰かけた。

白ひげ海賊団の秘密資金の隠し場所。傘下の島々の裏取引。各地に潜んでいた協力者の名簿。海軍内部の内通者。マルコはなかなか口を割らなかった。だが、「死ぬ」という逃げ道を塞がれた人間は意外と脆い。

一度、権能で彼の目の前で彼の大切だった部下の死を「なかったこと」にしてやった。復活した部下は記憶の一部を失っていて、マルコのことを知らない他人のように見つめた。その直後に、もう一度殺した。部下の最期の悲鳴は、ひどく分かりやすかった。

あの夜から、マルコは喋り始めた。

「貴方に、一つだけ提案があります」

「……提案だと」

「ええ。これ以上、痛い思いをしたくないでしょう? 私も貴方を拷問し続けるのは飽きました。ですから貴方の過去を少しだけ書き換えて、私に仕えてもらおうと思いまして」

マルコの目が、初めてはっきりと恐怖に染まった。

「待て……待ってくれ。それだけは――」

「大丈夫です。痛くありませんから」

権能を使う。

数秒後、マルコはゆっくりと目を閉じた。

開いたとき、彼の瞳に憎しみの色はなかった。あるのは深く穏やかな敬愛だった。

「……おはようございます、パンドラ様」

「おはようございます、マルコ。今日から貴方は魔女教の客分です。身体の調子はいかがですか?」

「はい。おかげさまで、すこぶる良好です」

不死鳥の青い炎が、彼の腕にふわりと灯った。

これが俺のやり方だ。敵の強さをそのまま自分の戦力に変える。殺して終わりにするのはもったいない。

彼の記憶には「白ひげは自分を捨てて逃げた裏切り者だった」という物語を植えつけてある。その憎しみを、魔女教への忠誠心に変換した。実に効率的だ。

もちろん本人は気づいていない。永遠に気づくことはない。

……少しだけ悪いことをしたなと思わなくもない。だが、すぐに忘れた。

 

翌週、魔女教は新世界の海運業界に参入した。

白ひげの保護下にあった物流網をそのまま引き継いだのだ。マルコから得た情報で、各島の商会との繋がりも把握していた。断った商会は数日後に原因不明の火災に見舞われた。魔女教との取引を受け入れた商会は、驚くほど商売が繁盛した。

飴と鞭。いや、鞭と、さらに太い鞭だ。

次に新聞社を買収した。世界経済新聞社の株を、複数の偽名と資金で少しずつ買い集めた。権能で書類を改竄すれば、取締役会の議決権さえいくらでも書き換えられる。

これで世論をある程度、操作できるようになった。

ある島で魔女教に反発する市民運動が起こりかけた。俺はそれを新聞を使って「海賊に洗脳された愚か者たち」と報道させた。事実ではないが、人々は新聞を信じる。運動のリーダーは数日後、「自殺」した。遺書もちゃんと用意されていた。

 

金も権能で増やせる。

銀行を作った。「黒の福音銀行」。各島の富裕層から預金を集め、そのまま魔女教の資金として運用する。預金者は魔女教が潰れない限り安全だと信じている。潰れる心配はない。

表向きは健全な金融機関。裏では脱税、裏金、武器取引の資金洗浄に使われている。貴族や王族はこぞって口座を開いた。彼らの弱みを握るのに、これほど簡便な方法はない。

「パンドラ様、本日の収益です」

幹部の一人が差し出した書類には、ゼロの数がありえないほど並んでいた。

「前月比で約四倍ですね」

「そうです。この調子でいけば、年内には海軍本部の年間予算を上回る見込みです」

「素晴らしい。では、その予算の一部を海軍の中に新しい友人を作るために使いましょうか」

海軍の中には、魔女教に懐柔された将校が既に何人もいる。彼らは金で動く者と、恐怖で動く者に分かれる。

どちらでもない者は居場所を失う。

 

その日の午後、俺は「大罪の間」である粛清を執り行った。

円卓の中央に一人の男が吊るされていた。魔女教の幹部の一人で、組織運営を担当していた男だ。名をガルシアという。

彼は海軍のスパイだった。

三年前から魔女教の内部情報を少しずつ海軍に流していた。見事な潜入だった。だが、マルコから得た名簿の中に彼の名前があった。

「ガルシアさん」

俺は優しく声をかけた。

「貴方は魔女教を愛していましたか?」

「……パンドラ様。誤解です、私は決して――」

「いいえ、構いません。責めているのではありません。ただ、聞いてみたかっただけです」

ガルシアは涙を流して首を振った。

「どうか、命だけは! 家族が故郷にまだ……」

「ええ、知っています。奥様とお子様が二人」

俺はにこりと笑った。

「では貴方の代わりに、ご家族を大罪司教の皆さんの客人としてお迎えしましょう。そのあいだ、貴方にはここにいてもらいます」

ガルシアの顔から血の気が引いた。

その後の三日間のことは記録に残さない。ただ四日目の朝、大罪の間にはガルシアだった「何か」が円卓の中央に置かれていた。幹部たちは全員その場に呼ばれていた。目を逸らすことは許されなかった。

ロイ・アルファルドが微かに喉を鳴らした。シリウスは静かに涙を流していた。レグルスは青い顔で床を見つめていた。

「皆さん、これが裏切りの結果です」

俺は柔らかな声で告げた。

「魔女教は愛と助け合いの組織です。隣人を愛し、困ったら相談し、仲間と助け合う。それは変わりません」

一拍置く。

「ただ、もう一つ非公開の教えがあります。第四の教え」

幹部たちが息を呑んだ。

「裏切り者は、赦さない。以上です」

円卓に、凍りついたような沈黙が落ちた。

これで内部の統制は完璧になった。恐怖は最も安価で最も確実な組織管理の手法だ。

ちなみに、ガルシアの家族は結局解放した。「解放した」ことにしている。ご家族は故郷で幸せに暮らしているという記憶を、本人たちには持たせてある。

実際には少し違うのだが。

 

新世界の南部は、完全に魔女教の支配下に入った。

七十を超える島々から、毎月莫大な上納金と物資が届く。海賊は魔女教の許可なく航行できない。許可証のない船はハンターに沈められる。

拒否した島の一つはある夜、一瞬で地図から消えた。

誰の仕業かは誰も言わない。だが、全員が分かっていた。

残る四皇は三人。

ビッグ・マム。カイドウ。シャンクス。

世界は四つの勢力で保たれていた均衡を失い、魔女教という新たな巨人を中心に再編され始めていた。

「パンドラ様、ビッグ・マム海賊団から使者が来ています」

ペテルギウスがどこか楽しそうに言った。

「使者? どのような用件でしょう」

「『同盟を結びたい』と」

ほう。

向こうから来たか。怖気づいた、というところか。

「お合いしましょう。応接室にお通ししてください」

その使者はビッグ・マムの息子の一人だった。名前は覚えていない。たぶん重要ではない。

彼は震える声で母親の言葉を伝えた。

「『白ひげを倒したあんたとは争いたくない。手を組もうじゃないか』と」

「なるほど。素晴らしい提案ですね」

俺は紅茶を差し出しながら微笑んだ。

「お断りします、とお伝えください」

「……え?」

「手を組むのは対等な者同士のすることです。貴方のお母様は、私と対等だと思っておられるのですか?」

彼の顔が強張った。

「ええと、それは……」

「ですので条件を変えましょう。『魔女教の傘下に入る』のなら考えて差し上げます。ホールケーキアイランドの上納金を年間の半分。人質として、お母様の子供たち三十人。それとお菓子の製法の独占権を魔女教に譲渡すること」

使者は口を開けたまま固まった。

「ご検討をお願いします。返事は三日以内に」

使者を帰したあと、ペテルギウスが首を傾げた。

「パンドラ様。あの条件はさすがに受けられないでしょう」

「ええ。受けないでしょうね」

「では、何故」

「理由がほしいのです」

俺は窓の外の海を見ながら、ゆっくり答えた。

「戦争の理由です。先に挑発してきたのはあちらだった。そういう物語が必要なのです。世論は私たちの味方をしてくれます」

ペテルギウスの口元がぞわりと歪んだ。

「実に、お見事な……」

「ありがとうございます。それでは準備を始めてください。ビッグ・マム海賊団に対する全面戦争の」

 

三日後、ビッグ・マムは予想通りに拒否した。

そしてその翌日、魔女教の艦隊がホールケーキアイランドへ出航した。

大罪司教、七人全員。魔女教ハンター一万人。魔女教マーセナリー三千人。そして、マルコ。

俺は船の甲板に立って紅茶を飲んでいた。

空はよく晴れていた。

「パンドラ様、風が冷たいですよ。お体に障ります」

マルコが上着を肩にかけてくれた。この男はすっかりいい下僕になった。

「ありがとう、マルコ」

彼は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔がかつての白ひげの右腕のものだったとは、誰も思わないだろう。

海の向こうに巨大な島が見えてきた。

甘い匂いが風に乗って届いた。

……さて。

まずはあのお菓子の城をどうやって血で染めようか。

 

 




文字数どれくらいが理想ですか?たぶん平均すると4000~5000。長くて7~8000です。

ちなみに最終章まで書き終わってます。

今回は朝6時に予約投稿しました。

評価やPV数みて予約投稿の時間は考えます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転移先でエルモノ(作者:eeeeeeeei)(原作:転生したらスライムだった件)

 半機械人のオリ主もの。原作知識はなく、異世界からの転生。▼ リムルとヴェルドラとの同格扱いで進んでいきます。▼ 主人公の容姿は女性。とは言え身体の殆どが機械なのでリムルと同じく性別は無いです。▼ 無性なのでBLGLは一応・・・▼ 愛されというか、心配というか、な感じです。


総合評価:25/評価:-.--/連載:17話/更新日時:2026年10月17日(土) 20:00 小説情報

秦こころ、ロックス海賊団の副船長です(作者:カラカラ侍)(原作:ONE PIECE)

普通の女子中学生だった少女は、ワンピースの世界に転生する。▼奴隷として地獄を見る中で、口にした悪魔の実で秦こころの姿に。▼表情を失った少女は、海の悪魔の船に乗ることに。


総合評価:2789/評価:8.37/連載:7話/更新日時:2026年09月01日(火) 21:43 小説情報

現代人の俺が百獣海賊団で原作崩壊させるのは間違っているだろうか(作者:鬼塚虎吉)(原作:ONE PIECE)

ONE PIECE大好き現代人が駄女神の手違いで死んでしまった為特典を貰って転生して百獣海賊団に加入して原作崩壊をさせていく話。▼タグ追加あります


総合評価:519/評価:3.48/連載:10話/更新日時:2026年11月01日(日) 02:15 小説情報

覇気だけが全てを凌駕する世界で「斬れぬものなど、あんまり無い!」(作者:麦らァのみょん)(原作:ONE PIECE)

魂魄妖夢としてTS転生したら目覚めた場所はワンピースの世界、最弱の海イーストブルー。▼流れで麦わらの一味に誘われてとりあえず半霊探しの旅に出る。▼


総合評価:1871/評価:8.16/連載:12話/更新日時:2026年10月22日(木) 12:00 小説情報

地獄の氷叢さん家(作者:M.T.)(原作:僕のヒーローアカデミア)

地獄の轟くん家以上に地獄の氷叢分家の女の子がヒーローを目指すお話。▼燈矢くんや外典くんを見て、氷叢の血が濃くなりすぎた末路が気になって執筆した作品です。▼※注意▼・女主です。▼・お話の都合上、青山くんが出てきません。すまんな。▼・他作品のクロスオーバーをやり出す可能性があります。▼・オリ主の必殺技や一部設定のみ、以下のキャラの要素があります。▼ ・クザン(O…


総合評価:2175/評価:7.81/連載:81話/更新日時:2026年11月02日(月) 23:45 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>