感想コメントもお願いします。
西暦20X0年。
ゲーム業界に、文字通りの革命が起ころうとしていた。
世界的な人気を誇る『ポケットモンスター』シリーズ。その最新作として発表されたのは、従来の家庭用ゲーム機向けタイトルではなく、プレイヤー自身がポケモンの世界へ飛び込むことのできる、完全没入型VRMMORPGだった。
タイトルは『ポケットモンスター・フロンティア・オンライン』。
略して『PFO』。
専用のフルダイブ型VR機器を使用することで、視覚、聴覚、触覚、嗅覚などを仮想世界内で再現し、プレイヤーは一人のポケモントレーナーとして広大な世界を冒険することができる。
舞台となるのは、これまでのシリーズには登場しなかった完全オリジナル地方――『アステア地方』。
温暖な草原地帯、鬱蒼とした森林、広大な砂漠、雪に覆われた山岳地帯、火山、深海、そして無数の島々から構成されるこの地方には、カントーからパルデアまで、歴代の地方に生息するポケモンたちが暮らしている。
ただし、その生態系は原作の設定を尊重したものとなっており、例えばコイキングは河川や湖、海などの水辺に、イシツブテは山岳地帯や洞窟に、ユキワラシは寒冷地に出現する。
さらに、一部のポケモンには時間帯や天候、季節、特殊な環境条件などによって出現する仕組みが採用されていた。
そして、何よりも世界中のファンを熱狂させたのは、歴代のポケモンがすべて実装されるという発表だった。
伝説のポケモンや幻のポケモンも例外ではない。
もっとも、それらは通常のポケモンとは比較にならないほど発見や捕獲が難しく、専用のストーリー、特殊な条件、あるいは大規模な探索を必要とする場合もある。
なお、ウルトラビーストについては、今後配信される大型追加ストーリー『ウルトラスペース編』で実装されることが予告されていた。
バトルシステムも大幅に進化している。
従来のターン制ではなく、ポケモンが実際にフィールドを動き回るリアルタイムバトルが採用され、トレーナーは状況を判断しながら技の指示を出す。地形や天候を利用した戦術も可能であり、同じポケモン同士の戦いであっても、トレーナーの判断力によって勝敗が大きく変わる。
メガシンカ、Zワザ、ダイマックス、キョダイマックス、テラスタルといった歴代の特殊戦闘システムも実装されているが、それぞれ使用条件が存在し、最初から自由に扱えるわけではない。
そして、プレイヤーたちの最大の目標となるのが、アステリア地方の八つのジムを巡るジムチャレンジと、プレイヤー同士で頂点を競い合う『アステア・ポケモンリーグ』だった。
勿論、ポケモンコンテストや育成、釣り、料理、写真撮影など、バトル以外の楽しみ方も用意されている。
まさに、ポケモンファンが長年夢見てきた世界。
そのサービス開始日が、ついに訪れようとしていた。
◇ ◇ ◇
「……あと五分か」
大学の講義を終え、自宅のアパートへ帰ってきた如月優馬は、机の上に置かれたデジタル時計を確認した。
年齢は二十歳。ごく普通の大学二年生であり、幼い頃からポケモンシリーズを遊び続けてきた筋金入りのポケモンファンでもある。
そんな彼の目の前には、発売日に合わせて購入した最新型のフルダイブVR機器が置かれていた。
「まさか、生きているうちに本当にポケモンの世界へ行けるようになるとは思わなかったな」
優馬は感慨深げに呟きながら、スマートフォンに表示された公式サイトを眺める。
そこには、ゲームのサービス開始を待ち望むプレイヤーたちのコメントが凄まじい勢いで流れていた。
『最初の御三家、誰にする?』
『俺は絶対ヒトカゲ! リザードンに乗って空を飛ぶんだ!』
『ポッチャマ一択』
『ニャオハを選んでマスカーニャにする予定』
『メガシンカまであるとか神ゲー確定だろ』
『伝説、幻も捕まえられるってマジ?』
『ミュウツーとかアルセウスに挑戦する廃人が絶対出てくる』
「まあ、そうなるよな」
思わず笑みを浮かべる。
ちなみに、優馬自身も最初のパートナーを誰にするか、ここ数日ずっと悩み続けていた。
最初に選べるポケモンは、歴代の御三家ポケモン全二十七種類。
カントー地方のフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメから、パルデア地方のニャオハ、ホゲータ、クワッスまで、全ての御三家が選択可能となっている。
しかも、最初に選ばなかった御三家も、ゲーム内の特殊イベントなどを通じて入手する機会があるという。そのため、最初の選択が取り返しのつかないものになるわけではない。
とはいえ、最初のパートナーが特別な存在になることは間違いなかった。
「……よし。決めた」
時計の表示が正午へと切り替わる。
同時に、スマートフォンへ通知が届いた。
『ポケットモンスター・フロンティア・オンラインの正式サービスが開始されました』
「さあ、冒険の始まりだ」
優馬はベッドへ横になり、VR機器を装着した。
「ダイブスタート」
その瞬間、視界が真っ白に染まった。
◇ ◇ ◇
最初に感じたのは、柔らかな風だった。
頬を撫でる心地よい感触に目を開けると、そこには青空が広がっていた。
足元には緑の草原が続き、遠くには雪を被った山々が見える。耳を澄ませば鳥の鳴き声が聞こえ、草花の香りが鼻をくすぐった。
「……すげえ」
思わず声が漏れた。
視線を落とすと、自分の手がある。
指を一本ずつ動かしてみる。拳を握り、開き、腕を回してみても、現実世界とほとんど変わらない。
試しにしゃがんで草を触ってみれば、葉の柔らかさまで感じられた。
「これ、本当にゲーム?」
『ようこそ、ポケットモンスター・フロンティア・オンラインへ!』
突然、明るい女性の声が響いた。
目の前に光の粒子が集まり、一人の女性が姿を現す。
白衣を身にまとった、二十代後半ほどの女性だった。肩まで伸びた栗色の髪に、知的な印象を与える青い瞳。白衣の下には動きやすそうなシャツとパンツを着用している。
『私はアステア地方でポケモンの研究をしている、エレーナ博士よ。貴方の冒険を始める前に、いくつか説明させてもらうわね』
「おお、恒例の博士による説明か」
優馬が呟くと、女性はにこりと笑った。
『まずは、貴方のお名前を教えてちょうだい』
目の前に半透明の入力画面が現れた事を確認し、優馬は迷わず文字を入力した。
『ユーマ』
『ユーマ君ね。素敵な名前だわ!』
続いて、アバターの設定画面が表示された。
髪型や顔立ち、体格などを自由に変更できるらしいが、優馬は現実の自分に近い容姿を選択することにした。黒髪に黒い瞳、身長は百七十五センチほど。服装は黒いインナーに青いジャケット、動きやすいパンツとスニーカーを選ぶ。
『それじゃあ、最後に一番大切なことを決めてもらうわ』
エレーナ博士が手を叩くと、彼女の背後に二十七個のモンスターボールが現れた。
『貴方と一緒に冒険する、最初のパートナーポケモンを選んでちょうだい!』
「来たか……!」
目の前に選択画面が表示される。
そこには歴代の御三家ポケモンたちが、立体映像となって並んでいた。
フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。
チコリータ、ヒノアラシ、ワニノコ。
キモリ、アチャモ、ミズゴロウ。
ナエトル、ヒコザル、ポッチャマ。
ツタージャ、ポカブ、ミジュマル。
ハリマロン、フォッコ、ケロマツ。
モクロー、ニャビー、アシマリ。
サルノリ、ヒバニー、メッソン。
ニャオハ、ホゲータ、クワッス。
それぞれが元気よく動き回り、こちらへ愛嬌を振りまいている。
「こうして並べられると、やっぱり迷うな」
優馬は腕を組みながら、ポケモンたちを眺めた。しかし、最終的な答えは既に決まっていた。
「俺が選ぶのは……お前だ」
一匹のポケモンへ手を伸ばす。
そのポケモンは、青い身体に大きな瞳を持ち、首元には白い泡のようなものを巻いていた。
「君にするよ、ケロマツ」
『ケロ!』
ケロマツが元気よく鳴いた。
「よろしく、ケロマツ」
『ケロッ!』
差し出した手に、ケロマツが小さな手を重ねる。その瞬間、システムメッセージが表示された。
ケロマツ ♂
みずタイプ / Lv.5
特性:げきりゅう
技:はたく・なきごえ・あわ
「おっ、技構成も最初は基本的なものか」
『ケロ?』
「何でもないよ。これから一緒に強くなろう」
優馬が笑いかけると、ケロマツも嬉しそうに鳴いた。
『ふふっ、もう仲良くなれたみたいね』
エレーナ博士が微笑む。
『それじゃあ、ユーマ君。貴方にこれを渡しておくわ』
彼女が差し出したのは、小型の電子端末と五個のモンスターボールだった。
『ポケモン図鑑とモンスターボールよ。図鑑にはアステア地方の地図や、冒険に必要な情報も登録されているわ』
「ありがとうございます」
『最後に一つだけ。この世界では、ポケモンたちは単なる戦闘用の存在ではないわ。彼らにも感情があり、それぞれの意思がある。だからこそ、信頼関係を大切にしてあげてね』
「はい。もちろんです」
『それじゃあ、いってらっしゃい! あなたとポケモンたちの冒険が、素晴らしいものになりますように!』
セレナ博士が手を振る。
次の瞬間、優馬の身体が光に包まれた。
◇ ◇ ◇
「……ここが、始まりの街か」
光が収まると、優馬は石畳の広場に立っていた。
目の前には噴水があり、その周囲には色とりどりの花が咲いている。赤い屋根の民家や商店が立ち並び、遠くには大きな風車がゆっくりと回っていた。
空にはポッポやスバメが飛び交い、道端ではエネコが日向ぼっこをしている。
『始まりの街――リーフタウンへようこそ!』
システムメッセージが表示された。どうやら、ここが全プレイヤー共通のスタート地点らしい。
「うわっ、すげえ!」
「見ろよ! 本物のポッポだ!」
「ポッチャマ可愛いー!」
周囲から興奮した声が聞こえてくる。
広場には既に大勢のプレイヤーが集まっており、それぞれのパートナーポケモンと触れ合っていた。
あるプレイヤーはヒトカゲを抱き上げ、別のプレイヤーはポッチャマと記念撮影をしている。
中には、早速ポケモン同士で模擬戦を始めようとして、街の警備NPCに注意されている者までいた。
「ははっ、みんな楽しそうだな」
優馬は微笑みながら、足元のケロマツへ視線を向ける。
「さて、俺たちも行くか」
『ケロ!』
ケロマツが元気よく返事をした。
そのときだった。
「きゃあっ!」
突然、近くから悲鳴が聞こえた。振り向くと、一人の少女が噴水のそばで尻餅をついていた。
年齢は十代半ばほどだろうか。肩まで伸びた明るい茶髪に、大きな琥珀色の瞳。白いブラウスに薄桃色のパーカー、デニムのショートパンツという服装だった。
その目の前では、一匹のニャオハが尻尾を膨らませている。
『ニャオ!』
「ちょ、ちょっと待って! 怒らないでよぉ!」
どうやら、何かの拍子にニャオハを驚かせてしまったらしい。
「大丈夫?」
優馬が近づいて声をかけると、少女が顔を上げた。
「あっ、はい! 大丈夫です! でも、この子が……」
「ニャオハか。どうしたの?」
「抱っこしようとしたら、急に怒っちゃって……」
「なるほど」
優馬はニャオハの様子を観察した。ニャオハは耳を伏せ、身体を低くしている。
どうやら、まだ警戒しているようだ。
「いきなり抱き上げられて、びっくりしたのかもしれないよ」
「えっ?」
「まずは落ち着かせよう。無理に触らず、向こうから近づいてくるのを待ってみたらどうかな?」
少女は目を瞬かせたあと、素直に頷いた。
「わ、分かりました」
彼女がその場にしゃがみ、そっと手を差し出す。
「ごめんね、ニャオハ。びっくりさせちゃったよね」
『……ニャ』
ニャオハはしばらく警戒していたが、やがてゆっくりと少女へ近づき、差し出された手の匂いを嗅いだ。
そして、小さな頭を擦り寄せる。
「わあっ!」
少女の表情がぱっと明るくなった。
「よかったぁ! 嫌われちゃったのかと思った!」
「仲直り出来たみたいだね」
「はい! ありがとうございます!」
少女は立ち上がると、満面の笑みを浮かべた。
「あの、私、ミオっていいます! プレイヤーネームですけど!」
「俺はユーマ。よろしく、ミオ」
「よろしくお願いします、ユーマさん!」
ミオは嬉しそうに頭を下げる。
「ちなみに、ユーマさんは何歳なんですか?」
「二十歳。大学生だよ」
「えっ、大学生なんですか!?」
「そんなに驚くことか?」
「あっ、いえ! 私、中学三年生で十五歳なので、大学生って聞くと大人だなぁって!」
「まあ、大学生っていっても、そんなに大したもんじゃないけどな」
優馬が苦笑すると、ミオも楽しそうに笑った。その足元では、ケロマツとニャオハが互いの顔を覗き込んでいた。
『ケロ?』
『ニャオ』
『ケロケロ!』
『ニャ!』
「おっ、こっちも仲良くなったみたいだな」
「本当ですね!」
二人が微笑ましく見守っていると、突然、広場全体に鐘の音が響き渡った。同時に、空中へ巨大なホログラムが出現する。
『プレイヤーの皆様へ、お知らせいたします』
落ち着いた女性の声が街中に響いた。
『アステア地方では、八人のジムリーダーが皆様の挑戦をお待ちしています。八つのジムバッジを集めたプレイヤーは、定期開催されるアステア・ポケモンリーグへの参加資格を獲得できます』
ホログラムには、八つのジムバッジが映し出された。
『また、ポケモンコンテストも各都市で開催されます。バトルだけでなく、ポケモンたちの魅力を引き出すパフォーマンスにも、ぜひ挑戦してください』
「ポケモンコンテスト……!」
ミオが目を輝かせた。
「私、絶対に出たいです!」
「コンテスト好きなの?」
「はい!バトルもやってみたいですけど、ポケモンたちと一緒にステージに立ってみたかったんです!」
「良いじゃん。頑張れ」
「はい!」
その直後、ホログラムの内容が切り替わった。
『なお、本作ではプレイヤー間の交流を促進するため、フレンド登録、ポケモン交換、協力探索、対戦などの機能を実装しております』
「へえ、交換も普通に出来るんだ。まあ、交換が進化条件のポケモンもいるし当然か」
『また、ジムチャレンジでは挑戦者の育成状況に応じたレギュレーションが適用されます。プレイヤー同士のポケモンリーグでは、指定されたレベルに能力を調整する公平な対戦方式が採用されます』
「なるほど。先に始めた人が一方的に有利になるわけじゃないのか」
優馬が感心していると、ミオが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの、ユーマさん」
「ん?」
「よかったら、フレンド登録してもらえませんか?」
「勿論。俺も始めたばっかりでまだフレンドいないし」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
二人はメニュー画面を開き、フレンド登録を済ませた。
『プレイヤー ミオとフレンドになりました』
通知を確認した優馬は、改めて街の出口へ目を向ける。その先には、どこまでも続く草原と一本の道が見えていた。
「さて……そろそろ冒険を始めるか」
「ユーマさん、どこに行くんですか?」
「まずは街の外に出て、野生のポケモンを探してみようと思ってる」
「じゃあ、私も一緒に行っていいですか?」
「構わないよ。せっかくだし、一緒に冒険しよう」
「やったぁ!」
ミオが嬉しそうに両手を上げた。
こうして、ユーマとミオ、そしてケロマツとニャオハの四人による最初の冒険が始まった。
◇ ◇ ◇
リーフタウンの東側に広がる『はじまりの草原』。
そこは初心者向けのフィールドであり、比較的穏やかな性格のポケモンが多く生息している。
草むらではコラッタやホシガリスが走り回り、木の枝にはキャタピーが葉を食べる姿が見られた。少し離れた場所では、ポッポが地面をつついて餌を探している。
「うわぁ……!」
ミオが感動したように声を漏らす。
「本当にポケモンが生きてるみたい……!」
「だね。ゲームの中だって分かってても、これは凄い」
優馬も周囲を見渡しながら頷いた。すると、近くの草むらががさがさと揺れた。
「ん?」
姿を現したのは、一匹の茶色い小さなポケモンだった。
大きな耳に、ふさふさとした尻尾。
「イーブイ……!」
ミオが小さく叫ぶ。
「マジか。こんな序盤の草むらに出てくる事あるんだ」
『ブイ?』
イーブイは二人を見上げると、不思議そうに首を傾げた。
「可愛い……!」
「ミオ。あんまり急に近づたら警戒されるよ」
「わ、分かってます!」
先ほどの反省を活かしているのか、ミオはその場にしゃがみ、ゆっくりと手を差し出した。しかし、イーブイは警戒したように一歩後退する。
『ブイッ!』
そして、草むらの奥へ駆け出した。
「あっ、待って!」
ミオが立ち上がりかけた、そのとき。
「危ない!」
優馬は咄嗟に彼女の肩を掴み、後ろへ引いた。直後、草むらから別のポケモンが飛び出してきた。その正体は鋭い角を持つ、茶色い身体のポケモン。
「オニスズメ!?」
『オニィッ!』
どうやら、草むらの近くにいたオニスズメの縄張りへ踏み込んでしまったらしい。
オニスズメは羽を大きく広げると、威嚇するように鳴いた。
「ミオ、下がって!」
「は、はい!」
優馬は一歩前へ出る。
「ケロマツ、頼むよ」
『ケロッ!』
ケロマツが素早く前へ飛び出した。同時に、視界の端へ戦闘情報が表示される。
『オニスズメ ♂ Lv.4』
「初戦の相手がオニスズメか。悪くないね」
優馬は口元に笑みを浮かべた。ゲームとはいえ、目の前で翼を広げて威嚇するオニスズメには、画面越しでは味わえない迫力があった。
『オニィッ!』
オニスズメが地面を蹴り、勢いよく飛びかかってくる。
「ケロマツ、右へ避けろ!」
『ケロッ!』
ケロマツは軽やかに跳躍し、オニスズメの攻撃を回避した。
「そのまま、あわで攻撃!」
『ケロロッ!』
ケロマツの口から無数の泡が放たれ、オニスズメへ命中する。
『オニッ!?』
攻撃を受けたオニスズメがよろめく。しかし、すぐに体勢を立て直し、再び飛び上がった。
「立ち上がり速いな……!」
優馬は目を細めた。
従来のゲームならば、技を選択して攻撃が終わるのを待つだけだった。しかし、この世界では相手の動きを見ながら、適切なタイミングで指示を出さなければならない。
オニスズメが旋回し、上空から突っ込んでくる。
「ケロマツ、正面から受けるな!横へ跳んで!」
『ケロッ!』
ケロマツは地面を蹴って横へ跳躍した。
その直後、オニスズメが先ほどまでケロマツのいた場所を通過する。
「今だ!はたく攻撃!」
『ケロッ!』
着地したケロマツが素早く腕を振るい、すれ違いざまのオニスズメへ攻撃を叩き込んだ。
『オニィッ!』
オニスズメが地面へ落下する。
「よし!」
優馬は腰のベルトからモンスターボールを取り出した。
「いけっ、モンスターボール!」
投げられたボールがオニスズメへ命中する。赤い光がオニスズメを包み込み、その身体をボールの中へ吸い込んだ。
地面に落ちたボールが一度、二度と揺れる。そして、三度目の揺れた後
カチッ、と言う小さな音が響いた。
『やったー!オニスズメを捕まえた!』
「……よし!」
優馬は思わず拳を握った。
「初ゲットだ!」
『ケロケロ!』
ケロマツも嬉しそうに跳ね回っている。
「すごいです、ユーマさん!」
ミオが駆け寄ってきた。
「今のバトル、凄く格好よかったです!」
「ありがとう。でも、ケロマツが頑張ってくれたおかげだよ」
優馬はしゃがみ込み、ケロマツの頭を優しく撫でた。
「よくやったよ、ケロマツ」
『ケロッ!』
嬉しそうに目を細めるケロマツ。その姿を見ながら、優馬は改めて実感していた。
ここは確かにゲームの世界だ。
けれど、ポケモンたちは単なるデータではない。
自分の指示を聞き、考え、動き、そして共に戦ってくれる。
その感覚は、これまでのどんなポケモンゲームでも味わえなかったものだった。
「……最高だな、このゲーム」
優馬は青空を見上げ、小さく笑った。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
アステア地方の中央部に位置する巨大都市『セントラルシティ』。
その中心に建つ高層ビルの最上階では、一人の女性が巨大なモニターを眺めていた。年齢は二十代前半。長い銀髪を背中へ流し、黒いジャケットを身にまとった女性だった。
彼女のプレイヤーネームは『レイナ』。
現実世界では社会人として働いている彼女もまた、このゲームの正式サービスを心待ちにしていた一人である。
「……なるほど。思っていた以上に作り込まれているわね」
レイナは窓の外へ視線を向ける。遥か遠くには広大な山脈が連なり、その向こうには雲を突き抜けるほど高い山がそびえていた。
彼女が見つめているのは、アステア地方最高峰とされる『テンペスト山』。
公式サイトによれば、その山頂付近には強力な野生ポケモンが生息しているという。そして、ある特殊な条件を満たしたプレイヤーだけが、山の奥に眠る秘密へ辿り着けるらしい。
「伝説のポケモン、か……」
レイナは口元に微かな笑みを浮かべた。
「面白そうじゃない」
その足元では、一匹のヒトカゲが尻尾の炎を揺らしていた。
『カゲッ!』
「ええ。行きましょうか、ヒトカゲ」
彼女は静かに歩き出す。
一方、アステア地方の南部に位置する港町では、別の少女がポケモンコンテストのポスターを眺めていた。
黒髪を長く伸ばした十七歳の高校生プレイヤー、『アカリ』。
その傍らには、白い身体に赤い角を持つラルトスが寄り添っている。
「……絶対に優勝しようね、ラルトス」
『ラルッ』
少女の言葉に、ラルトスは小さく頷いた。
バトルの頂点を目指す者。
コンテストの頂点を目指す者。
珍しいポケモンとの出会いを求める者。
そして、まだ誰も見たことのない世界の秘密を解き明かそうとする者。数え切れないほどのプレイヤーたちが、それぞれの夢を胸に、アステリア地方での冒険を始めていた。
勿論、その中には後に世界中のプレイヤーから注目されることになる者たちも存在する。
しかし、今はまだ誰も知らない。
この広大な世界で、どのような出会いが待ち受けているのか。そして、どのような冒険が繰り広げられるのかを。
◇ ◇ ◇
「さて、次はどこへ行こうか」
はじまりの草原。
オニスズメの捕獲を終えた優馬は、ポケモン図鑑に表示された地図を眺めていた。
リーフタウンから東へ進めば、小さな森を抜けて『ウィンドシティ』へ辿り着くらしい。そこにはアステア地方最初のジムが存在する。
ジムリーダーの名前は『ハヤテ』。
ひこうタイプの使い手であり、挑戦者の実力に応じて手持ちポケモンを変更するという。
「最初のジムはひこうタイプか……」
優馬は足元のケロマツへ視線を向ける。
「まあ、まずは仲間を増やして、レベルを上げるところからだね」
『ケロッ!』
「ユーマさん!」
ミオが元気よく手を挙げた。
「私、森に行ってみたいです!」
「森?」
「はい! さっき図鑑で調べたら、森には色んなポケモンがいるみたいで!」
「なるほど。じゃあ、行ってみようか」
「やったぁ!」
二人は顔を見合わせて笑い、草原の向こうに見える森へ歩き始めた。
その途中、優馬はふと立ち止まった。
「……ん?」
視界の端に、小さな通知が表示されていた。
『特殊イベント発生条件の一部を達成しました』
「特殊イベント?」
詳細を確認しようとしたが、表示されたのは短い文章だけだった。
『未知の出会いは、思いがけない場所に眠っている』
「……何だ、これ?」
優馬は首を傾げる。しかし、今の段階ではそれ以上の情報を確認できなかった。
「ユーマさん? どうかしました?」
少し先を歩いていたミオが振り返る。
「いや、何でもない。今行くよ」
優馬は通知を閉じ、再び歩き始めた。
その背後で、森の木々が風に揺れる。そして、二人がまだ気づいていない木の上では、一匹の小さなポケモンが、興味深そうに彼らを見つめていた。
緑色の身体。
頭の上には、大きな葉のような突起。
細長い首を持つ、そのポケモンは――。
『……チコ?』
小さく鳴くと、枝から枝へと飛び移り、二人の後を追い始めた。
主人公が選んだ御三家ポケモンは『ケロマツ』でした。