ナリキリヤ×コワシヤ   作:光り輝くダンディー

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第2話 平和条約

 

 

この世界に転生してから、しばらくの時間が経過した。

 

街を歩きながら、男は考えていた。

 

(さて……これからどうするか)

 

この場所には、自分を満足させてくれるような強者がいるのだろうか。

 

それを探すのも悪くない。

 

だが、その前に一つ、やっておきたいことがあった。

 

(範馬勇次郎なら、どうする?)

 

男の脳裏に浮かんだのは、かつての範馬勇次郎の行動だった。

 

アメリカという国家と、そしてその大統領と、平和条約を結んだという話。

 

(……そうだな)

 

男は足を止めた。

 

(俺も、この世界の代表と平和条約を結んでおくか)

 

地上最強の生物である自分が、国家や組織と対等な関係を築く必要など本来ない。

 

しかし、勇次郎はそうした。

 

ならば、自分も同じことをする。

 

(だが、ここにアメリカ大統領はいない。何故なら、ここはザバン市だ)

 

男は街の様子を眺めた。

 

この街を代表する者。

 

それならば、市長が適任だろう。

 

(よし。市長と平和条約を結ぶ)

 

そう決めると、男は再び歩き出した。

 

目的地は、市の中心部にある市長の執務施設だった。

 

◇

 

ザバン市の市庁舎。

 

街の行政を取り仕切る市長が執務を行うその施設には、複数の警備員が配置されていた。

 

そこへ、一人の男が近づいてくる。

 

金髪の男だった。

 

堂々とした足取りで正面から歩いてくるその姿に、警備員の一人が気づく。

 

「おい、止まれ!」

 

男は足を止めなかった。

 

「ここは市長の執務施設だ。用件を言え!」

 

「……市長に会いに来た」

 

低く、威圧感のある声。

 

「面会の約束はあるのか?」

 

「ない」

 

「ならば通すわけにはいかん!」

 

警備員たちが男の前に立ち塞がる。

 

しかし、男はまるで気にしていなかった。

 

「退け」

 

「何だと?」

 

「聞こえなかったか。退けと言っている」

 

その態度に、警備員たちの表情が険しくなる。

 

「不審者だ! 取り押さえろ!」

 

数人の警備員が一斉に動いた。

 

だが、男は一歩も退かない。

 

迫ってきた警備員の一人へ、拳を振るう。

 

ドゴォッ!!

 

一撃を受けた警備員の身体が大きく吹き飛び、床に崩れ落ちた。

 

「なっ……!?」

 

別の警備員が横から腕を伸ばす。

 

男はその腕を払い、流れるような動きで拳を叩き込んだ。

 

ドガッ!!

 

二人目も床へ倒れる。

 

男は歩みを止めない。

 

「邪魔だ」

 

その一言とともに、立ちはだかる警備員たちを次々と打ち倒していく。

 

一発、また一発。

 

その拳が振るわれるたび、警備員たちは抵抗する間もなく倒れていった。

 

やがて、警備員の一人が拳銃を抜いた。

 

「動くな!」

 

銃口が男へ向けられる。

 

しかし、男は止まらない。

 

「撃つぞ!」

 

乾いた銃声が響いた。

 

パァンッ!!

 

弾丸は、男の肉体を捉えない。

 

避けたのではない。当たるはずがないのだ。

 

音速を超える鉄塊が生々しい頭部に到達するよりも早く、男の頭部(こうべ)が微かに揺らいだに過ぎない。

 

「な……!」

 

警備員が驚愕した、その瞬間。

 

男は一気に間合いを詰めていた。

 

「阿呆(あほう)がッッ!!」

 

ドゴォンッ!!

 

拳が振るわれる。

 

警備員は内臓を激しく揺さぶられ、言葉もなくその場に崩れ落ちた。

 

その光景を見た別の警備員たちが、慌てて拳銃を構える。

 

しかし、その手は生まれたての小鹿のように震えていた。

 

男がゆっくりと顔を上げる。

 

その瞬間だった。

 

警備員たちの目には、周囲の景色がぐにゃりと歪んだように映った。

 

空間の湾曲。

 

否、違う。男から放たれる「純度100%の闘気」が、人間の脳に「空間の歪み」を錯覚させているのだ。

 

(近づいてはいけない……!)

 

(逆らってはいけない……!)

 

五感のすべてが、遺伝子に刻まれた本能が、彼らに死の警告を鳴らし続けていた。

 

「……どうした」

 

男は不敵に、獰猛に笑った。

 

「来ないのか? 闘(や)るのなら……付き合うが?」

 

それでも、警備員たちは拳銃を手放さなかった。

 

「撃てぇッ!」

 

再び銃声が響く。

 

だが、男はその攻撃をものともせず、間合いを詰めた。

 

ドガッ! バキィッ!!

 

拳が、蹴りが、次々と繰り出される。

 

一人が吹き飛び、もう一人が床に崩れ落ちる。

 

男にとっては、ただの一撃に過ぎない。

 

しかし、受ける側にとっては、それだけで戦いを続けられなくなるほどの衝撃だった。

 

最後の警備員が後ずさる。

 

男はその前に立つと、拳を軽く握った。

 

「終わりか?」

 

返事はない。

 

警備員はその場に崩れ落ちた。

 

市庁舎の警備員たちは、誰一人として男を止められなかった。

 

その間も、男の呼吸は乱れていない。

 

表情にも、疲労の色はなかった。

 

まるで、道端に落ちている小石を退けてきただけのようだった。

 

◇

 

「市長! 大変です!」

 

市長室に、一人の警備員が駆け込んできた。

 

「何事だ!」

 

「侵入者です! 正面から押し入り、警備員たちを次々と倒しています!」

 

「侵入者だと? 何者だ!」

 

警備員は一瞬ためらった後、答えた。

 

「……解体屋(バラシヤ)ジョネスです!」

 

「何だと……!?」

 

市長の顔から血の気が引いた。

 

解体屋ジョネス。

 

その名は、この街でもっとも有名だ。

 

恐ろしい犯罪者として名を轟かせている男だ。

 

「なぜ、ジョネスがここに……!」

 

「分かりません! ですが、拳銃を持った警備員も含め、誰も止められません!」

 

「何人やられた!?」

 

「すでに相当数が……!」

 

市長は言葉を失った。

 

まさか、あのジョネスが市庁舎に押し入ってくるとは。

 

一体何が目的なのか。

 

金か。

 

要求か。

 

それとも、市長である自分を狙っているのか。

 

考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりが浮かんでくる。

 

「市長! こちらへ避難を!」

 

「わ、分かった……!」

 

その時だった。

 

廊下の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。

 

市長室の扉の前で、足音が止まる。

 

そして。

 

ドンッ!!

 

扉が開かれた。

 

そこに立っていたのは、金髪の男だった。

 

◇

 

「……貴様が、この街の代表(トップ)か」

 

男が市長を見下ろす。その立ち姿は、まるで玉座に君臨する王そのもの。

 

「は、はい……。私が、この街の市長です……」

 

市長は蛇に睨まれた蛙のようになりながら、震える声で答えた。

 

目の前にいるのは、あの残虐非道な「解体屋(バラシヤ)ジョネス」のはずだ。

 

だが何かが違う。眼前に立つ男の放つ『圧』は、一介の連続殺人鬼などが持ち得る器を遥かに超越していた。

 

「俺は範馬勇次郎だ」

 

「……は?」

 

市長は耳を疑った。

 

範馬勇次郎? 聞いたこともない名だ。

 

目の前にいる男が何を狂って別人の名を名乗っているのか、市長には理解できない。しかし、その疑問を口にする権利など、今の自分には1ミリも残されていないことだけは理解できた。

 

「貴様らと平和条約を結びに来た」

 

「へ、平和条約……?」

 

「如何(いか)にも」

 

男は当然のように、傲然と言い放つ。

 

「俺がこの街に滞在する間、貴様らから俺に手を出さぬ限り……俺も貴様らに手は出さん。国家が個人を”守護る”のではない。この俺が、ザバン市(貴様ら)を守護ってやるという話だ」

 

「…………!」

 

市長は言葉を失った。

 

あまりにも傲慢。あまりにも理不尽。

 

しかし、市庁舎の警備を素手で壊滅させてみせたこの怪物の前では、その「理不尽な条件」を受け入れる以外の選択肢など存在し得ない。

 

「どうした。異論でもあるのか? あるのなら……今ここで、その小柄な肉体ごと揉み潰してやってもよいのだぞ?」

 

「い、いえ! ありません! 喜んでお受けしますッッ!!」

 

市長は脱兎のごとく、即座に頭(こうべ)を垂れた。

 

「そうか。ならば、これで成立だ。精々、俺を退屈させるなよ」

 

男は満足げに踵を返し、無言で市長室を出ていった。

 

その背中を見送りながら、市長は自分が呼吸すら忘れていたことに気づき、激しく咳き込んだ。

 

◇

 

男が去った後。

 

市長室には、しばらく沈黙が流れていた。

 

やがて、市長は恐る恐る廊下へ出る。

 

そこには、倒れた警備員たちがいた。

 

正面玄関から市長室に至るまで、警備に当たっていた者たちが次々と倒されている。

 

拳銃を持った警備員ですら、男を止めることはできなかった。

 

「……何ということだ」

 

市長は呆然と呟いた。

 

「解体屋(バラシヤ)などというものではない……」

 

目の前に広がる光景を見つめる。

 

「奴は……壊滅屋(コワシヤ)だ」

 

その言葉は、やがて市庁舎の職員たちの耳にも届くことになる。

 

◇

 

その日のうちに、ザバン市(裏社会・表社会を問わず)では、ある「怪情報」が爆発的な速度で駆け巡り始めていた。

 

「聞いたか? 市長執務室にジョネスが押し入ったらしいぞ」

 

「ジョネス? あの素手で肉を毟る『解体屋』か?」

 

「ああ。しかも、たった一人、完全なる無手(すで)で乗り込んだそうだ」

 

「一人で……? 市庁舎の警備と言えば、全員が射撃訓練を受けたプロだぞ。武器は何を使った?」

 

「だから、素手だと言っている。拳銃を構えた警備員を、まるで蝿でも叩き落とすように、ただのワンパンで沈めたらしい……」

 

話を聞いた者たちは、一様に言葉を失い、冷や汗でシャツを濡らした。

 

さらに別の場所、とある情報屋の溜まり場では、こんな『定義の更新』が行われていた。

 

「おい、これからは『解体屋(バラシヤ)』なんてチャチな名前で呼ぶなよ。あいつの新しい二つ名は――『壊滅屋(コワシヤ)』だ」

 

「壊滅屋……?」

 

「ああ、市庁舎の防衛システムそのものを、文字通りたった一人で『壊滅』させたからさ。解体なんて生易しいお仕事じゃねえ、あれはもはや人災だ」

 

また、裏社会の連中を最も困惑させたのは、その襲撃の「奇妙すぎる目的」だった。

 

「それより、ジョネスが市長と『平和条約』を結んだって聞いたぞ」

 

「平和条約ゥ!? 何だそりゃ、どこの国家間の話だ!?」

 

「俺にもサッパリ分からん。だが、市長に直接会って、『俺が滞在する間、手を出すな。代わりに俺も手を出さん』と言い残して去ったらしい」

 

「犯罪者が、一国の地方自治体と不侵犯条約だと……?」

 

一人で殴り込んだという事実。

 

拳銃を持った警備員を素手で叩き伏せたという事実。

 

市長の警備を壊滅させたという事実。

 

そして――市長と対等に「平和条約」を結んだという、あまりにも不条理な現実。

 

どこまでが真実で、どこからが尾ひれのついた噂なのか。

 

それを正確に測れる者は、もはや恐怖のどん底にいる市長以外には存在しなかった。

 

ただ一つ確かなのは、その日を境に、ザバン市における彼の認識が完全に書き換わったこと。

 

解体屋(バラシヤ)ジョネス。

 

その男は、いつしか畏怖を込めてこう呼ばれるようになっていく。

 

――『壊滅屋(コワシヤ)』ジョネス、と。

 

◇

 

その頃、当の本人はというと。

 

街の喧騒、弱者どもの怯えが混ざり合う空気から離れ、静まり返った夜道を悠然と歩いていた。

 

(……さて、次はどうするか)

 

先ほどの平和条約について、特に不満はない。

 

これで、このザバン市(国)との最低限の約束(ルール)は成立した。

 

これでもう、有象無象の法や権力が、俺の歩みを邪魔することもあるまい。

 

(ふむ。範馬勇次郎として、まずは一つ、国家(トップ)と対等であることを成し遂げたな)

 

男は満足げに、月明かりの下で口元を獰猛に歪める。

 

自分の名が街中で驚天動地の噂になっていることなど、知る由もない。

 

ましてや、自分の知らないところで『壊滅屋(コワシヤ)』などという、勇次郎からすれば「ずいぶんとスケールの小さな異名」が生まれていることなど、想像すらしていなかった。

 

男の名は、範馬勇次郎。

 

それ以外にありはしない。

 

「……そろそろ、俺を芯から震わせる『本物』が現れてもいい頃合いだが……」

 

まだ見ぬ強者との闘争を求め、男は未知なる闇の先へと、ただ傲然と歩みを進める。

 

この世界の真の姿(念能力)を、HUNTER×HUNTERの世界を、男はまだ、何も知らない。

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