十種影法術の一部になりまして   作:ハロウィンに渋谷事変とか配信するから

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十種影法術の一部になりまして

 

「はぁ。幕末の明治って。せーっかく呪術廻戦の世界に転生したのに誰にも会えないじゃん。まっ、なんて、会えても声かけれる自信はないけど」

 

 禪院玄(ぜんいんげん)は分家でありながらも十種影法術を発現。その日から本家の養子として迎え入れられた。

 術式が肉体に刻まれるより前に躯倶留隊の一員だった父は任務で命を落とした。母も禪院家の扱いに耐えられず、夜逃げ同然に出て行った。

 

 玄は置いていかれた。言葉一つ何も伝えられずに、もの一つ何も残されずに。

 

 捨てられたも同然だった。

 

「つーか、禪院ってマジ最悪なんだけど。これなら、まだ前世とか無かった方がまだマシだったよぉ。ホントマジで倫理観とかないんだから。まあ、おかげで練習台どもに罪悪感とかゼロだったけど。ハハッ、俺も十分クズになっちったぜ」

 

 だが、母に捨てられたこと、そこに何か思うような感情はない。玄にだって捨てられることに心当たりはある。母はまるでボロ雑巾のような扱いだった。それを外から見ることしか出来なかった。寄り添うことも語らうことも支えることもままならない。何もかもが遠かった。

 

 だから、居なくなったその日、悲しみや怒りより壊れる前に逃げてくれてよかった、なんて思ったほどだった。

 

「ハハッ、才能があれば幾分マシかぁ。ゴミ溜めはゴミ溜めだったわ」

 

 弱い方の加茂憲紀くんの気持ちが痛いほど分かった。

 それでもあっちはやり直せる関係性だったからまだ救いはあるのだろう。こっちは無理だ。きっと玄の顔を見るだけでトラウマのフラッシュバックで気絶されるまである。そんなの二人のどちらもつらすぎる。きっと会わないことが互いに幸せだ。

 

 禪院玄はそう結論付けた。

 

「それにしてもマジで暇。んー、後の偉人に会う旅とか良いかも。でも、別にそこまで歴史にも興味ねーしなー。そのバタフライエフェクトの責任なんて取れねーしー」

 

 スマホもゲームもアニメもマンガもテレビもラジオも、それどころかインターネットがまだ生まれていないのだ。この時代の娯楽は未来の娯楽とどうしても比べてしまう。正直、見劣りは否めない。

 

 あまり現代っ子を舐めないでほしい。

 酒は不味く感じるし、女性を求めるより、その人間関係が面倒くさいのだ。そもそも禪院のあれこれでお腹いっぱいである。だからといって薬をやるほどバカじゃないし、読書は死ぬほど読んでもう飽きたし、極めた。むしろ、読み過ぎてノイローゼである。

 

 ならば、することなど一つだけ。

 呪術に全てのリソースを捧げること。人生の余すところなく、自身の強さを磨くことに重点を置いた。それに禪院で強くなることは自由になることと同義だ。暇つぶしもできて、他を黙らせて我を通すことも出来るようになる。まさに一石二鳥だ。

 

 幸運なことに術師としての環境には恵まれている。

 あとは、出来ることをただひたすらに増やして鍛える。戦って戦って戦いに明け暮れる。

 術式の解釈は術師の想像力次第。

 その世界は術師が自由に描き、鍛えていくもの。だから、同じ術式だとしてもその力の模様は千差万別。

 漫画やアニメで術式の運用方法を知っているのだ。人よりもアドバンテージはある。だから、徹底的に鍛えた。

 

「だから、俺にとってこの命は。この人生は。この呪術は。死ぬまでの暇つぶしなんだよ」

 

 そして、ついに九つの式神を手にした。

 

 そこは日本の何処かの離小島。

 日本の上から下まで全ての依頼をたった一人で引き受けて、解決して、その上で半ば脅して手に入れた個人所有の島である。きっととんでもないことになる為、誰にも見られぬように帳を降ろして、外界と遮断した。

 

 玄のいよいよ人生最大にして術式最後の大一番。

 

「嗚呼、楽しみだ。愉しみだ。たのしみだ! タノシミだぁ!」

 

 布瑠部由良由良。

 八握剣異戒神将魔虚羅。

 

「お前もそう思うよなぁ。魔虚羅ァ!!」

 

 玄にとって最高の暇つぶし。

 

 式神調伏の儀が始まる。

 

 先手は玄。包帯まみれの腕や足が変化する。肥大化し形が変わって解ける包帯から見えるのは玉犬の手足。

 

 瞬時に肉薄し、両手の爪で微塵切りにする。

 

「早くギア上げるこったぜ、まこーら! 俺は影で、俺は十種影法術そのもので、俺は人間でなくて良い。とっくの昔にこっちはそう定義してんだ。儀式が呆気なく終わっちまうだろーが!!」

 

 さり気ない情報の開示は術師の常である。

 

 何より、その軽薄な言葉よりもずっと重い縛りが課されている。

 最初は伏黒恵や宿儺のような正統な式神使いを真似して戦っていた。大半はそれで何とか敵を退けることができたし、術式の性能的に頼っていれば困ることはなかった。

 

 それでも自身の才能と肉体の限界を知る。

 自身には伏黒恵や宿儺のような大きな可能性がないことを嫌というほど理解した。何度も重ねた敗北と与えられた屈辱に苦悩し、生き恥と絶望を繰り返した末に辿り着いた答えは⋯⋯。

 

 人間であることを辞めること。

 

 つまりは自身の式神化だった。

 

 自らの肉体を削いで、調伏した式神で埋めるという暴挙。後戻りのできない、逆天与呪縛をやることにした。

 幸運にも転生という経験が魂の知覚を可能とし、おかげで同時顕現可能数の制限を式神を取り込み、自らの魂と生命力、或いは寿命のようなものを式神に分ける縛りで突破した。

 

 その包帯の中身は影であり、式神であり、空っぽであり、キメラであり、人ではない。

 

 玄の肉体は反転術式の効かない呪霊のようなもので、もはや九つの式神へと入れ替えた為にテセウスの舟状態だ。

 それでも自我を失わないのは、それを簡単に実行出来てしまうくらいに精神力が常軌を逸していて、覚悟が決まりきっているからだ。或いは頭がおかしいのだ。既にイカれていて、もはや壊れている。

 

 才能も肉体も魂も、その限界を精神力をもって凌駕した、してみせた。だからこそ、望んだ力を得た。犠牲と代償を支払って強くなった。間違いなくあっち側へと足を踏み入れた。

 

 孤独なほどに。

 

 

 ガコンと法陣が回転する。爪による斬撃への適応。

 

 即時再生した魔虚羅が反撃を開始する。先ずは小手調べの殴り合い。体術の応酬。暴力の嵐。

 人外の身体能力と五感、取り込んだ式神の能力。それらが縛りで高められた上で一つとなった。その上で呪力の強化を行うのだ。人間の打撃力など遥かに凌駕しているし、当然のように空の面も捉えられる。

 地上から空中まで衝撃波を撒き散らしてクレーターを作りながら、急速に適応していく魔虚羅と殴り合う。

 

 ガコン。打撃への適応の開始。

 

 右腕を大蛇(ヘビ)に、蝦蟇(カエル)の舌の如く伸び縮みする性質を付与。そうしてムチのようにしならせると一気に加速、音速を超えた打撃を生み出し、魔虚羅の剣を破壊する。

 

 だが、その腕を掴まれて地面に叩きつけられそうになるが、地面に出来た影に沈み、衝撃を抑える。蛇型の腕を影に戻して魔虚羅から逃れると人の手に成形して仕切り直す。

 

「ハハッ! イイね! ヒリヒリするねぇ! 禪院家で、もう俺より強い奴はいない。もう、ほかの御三家だって⋯!」

 

 虚しい。

 

 原作の名だたる強者はいない。

 誰も、何もない時代の最強。なにも、なにもかもがない。それはきっと玄の人生のこれまでと重なった。禪院玄には何もない。前世から今まで。まるで死んでいるように生きていた。

 

 暗闇だった。虚無だった。虚空だった。暗黒だった。

 渇く。飢える。空っぽだった。膿んでいた。

 ただ通り過ぎるだけの影法師だった。

 

 だから、十種影法術は玄にとっての集大成で最後の最後で掴み取った唯一無二の本物。命を乗せる価値があるもの。魔虚羅を調伏することは他に何もない玄にとっての終着点であり、自分自身の証明に他ならなかった。

 

 

 適応により、魔虚羅への打撃によるダメージは与えられなくなった。それまでほぼ無傷だった玄に軽傷ながら鈍い痛みを与え始める。

 

 だが、玄はただ無策に殴り合いに興じて適応させていた訳では無い。命のやり取りの最中、密かに準備を進めていた。

 万象の水を鵺の電気を帯びる呪力にて、電気分解。生成される重水が影の中にて濃縮されていく。その量が満たされた。

 

 魔虚羅を影の中へ引きずり込む。

 

 そこは真っ暗闇の影の世界。その貯蔵量は術者の膂力に依存する。だが、玄は人の形をしただけの人外。その影は世界と呼ぶに相応しい広さがある。

 

「術式反転、光明」

 

 自身では手に入れることの出来なかった反転術式も円鹿を取り込むことで覚えた。自身は影から抜け出すと同時に大量の電気の呪力を送り込む。影の世界は反転し、眩く光るその世界は、圧縮され、やがて光は膨大な熱を持つ。

 

 純粋水素爆弾が完成し、影の世界にて爆発する。

 

「これで終わりでも良かったのに。流石はまこーらじゃん。そろそろ呪力にも適応してきたってとこかねー」

 

 ドロドロと魔虚羅が影から這い出る。

 

 自身の死をほんの少しだけ感じ取って、冷や汗が一滴垂れるのだった。

 

 

 

 世界は自分に優しくない。

 

 そんなことはないことぐらい理解している。

 

 どれだけ禪院家を扱き下ろしても、彼らだって命懸けで呪霊から人々を守っているということは紛れもない事実だ。一側面だけをひたすらに信じるのは、ずっと嫌いでいたいだけの己の醜さだと人は気づけない。

 自分は空っぽなどと貶んで、悲劇の主人公にすれば期待せずにされずに絶望せずに済む。自分の都合の良いように誰かのせいにし続ければ、自分だけは傷つかずに生きられる。

 

 でも、それはきっと成長しないことと同義だ。

 

 何かを捨てることはそれから逃げることと変わらない。

 何かを諦めることはそれから逃げることと変わらない。

 何かを許さないことは、それ以外を見ないことと変わらない。

 

 つまらない、空っぽ、面白くない。

 その全ては全部自分自身に当てはまる言葉だ。

 

 世界はきっと自身の解釈次第。術式と何も変わらない。

 

 世界は面白いことで溢れてるし、本気で全力は恥ずかしいことじゃない。面白く思えないのは理解しようとすることを拒絶しているからだ。

 

 自分に中身を注げるのは自分だけだ。誰かじゃない。

 傷つくことも、失うことも、面倒くさいことも、全部怖いことだ。でも、ただ何となく流された先の偽物で満足するより、その痛みの先にある本物は後悔しても納得できるものになっているはずだ。

 

 必要なのは一歩踏み出す勇気だけ。

 

 

「でも、その為には自信が欲しいんだよ。誇れる自分が必要なんだ。情けなくないことを証明したい。俺は生きていていいって胸を張りたい」

 

 でも、きっと、それでも。

 

 だから。

 

 

 

「領域展開」

 

 玄の領域展開は術式の焼き切れがある以上、取り込んでいるとはいえ式神との一時的な接続困難となる。その為、必然的に命をかけることになる。

 

 焼き切れの回復まで考慮して、展開時間は0.2秒。

 

 それでも十分過ぎるほどの必殺の領域。

 

「空無辺処(くうむへんしょ)」

 

 心象風景などは無く、その世界は一切の漆黒である。

 

 やがて、世界に孔が空く。

 全ての物質は影へと飲み込まれ、そこに生まれるのは真なる真空。宇宙は、今現代で再現できる真空は、観測できない小さなエネルギーが何もないように見せかけているだけの偽の真空。

 

 真の真空こそが無であり、虚であり、空である。

 それは宇宙が終わるとされるシナリオの一つ。

 物質の終焉。世界の欠落。宇宙規模の消滅。

 

 この領域は真空崩壊と呼ばれる現象の、その再現である。

 

 その速度は光速にて必中。言うまでもなく時空を塗り替えるほど破滅。姿形を一切残さない、ありとあらゆるを凌駕する崩壊。

 その本来の威力を抑えるという縛り。加えて0.2秒の展開にて、もしもでもあってはならない現実への影響を限りなく最小限に留める。ついでに影の中の純粋水素爆弾で出来た放射能も捨てておく。

 

 

 魔虚羅はまだ玄の存在まで、その術式の全てに適応出来ていない。

 

「ありがとう。楽しかった。魔虚羅。これでようやく前に進める気がするんだ」

 

 

 画して、禪院玄は小さな島を一つ消し飛ばして魔虚羅の調伏に成功したのだった。

 

 

 

 

「意外とやるじゃないか。まさか、魔虚羅を調伏する者が現れるなんてね」

 

 

 




このあと、極の番で術式の一部になって原作にお邪魔する形です。
いやぁ、久しぶりに書いたし、投稿はドッキドキ!
続きを書くかは迷いどころですねぇ!
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