グレンジムに通い始めて、一週間が経った。
俺は現在、人生で最も充実した日々を送っている。何しろ、前世ではゲームや図鑑の文章でしか知ることのできなかったポケモンの生態について、実物を観察しながら勉強できるのだ。しかも先生は、カントー地方でも指折りの炎タイプの専門家、グレンジムのジムリーダーであるカツラさん。ポケモンオタクにとっては夢のような環境だった。
もっとも、俺の相棒は少々退屈しているらしい。
「コォン……」
「ロコン、もうちょっとだから。あと十分だけ」
「コォン」
俺の膝の上で丸くなっているロコンが、六本の尻尾をゆらゆらと動かした。そろそろ温泉に行きたいのだろう。まったく、今日も元気な温泉狐である。
「相変わらず仲がよいのう!」
「仲がいいのは嬉しいんですけど、ロコンが温泉に行きたがるんですよね」
「よいではないか! 温泉は身体を温め、疲労を癒やしてくれる! ただし、入りすぎには注意せねばならんぞ!」
「カツラさんも温泉好きですもんね」
「うむ! わしも若い頃から世話になっておる!」
炎タイプの専門家と、その弟子志望と、温泉好きのロコン。
……何だろう。俺が将来なりたいトレーナー像って、もしかして温泉同好会の会長なのでは?
いやいや、違う違う。
俺は炎タイプの専門トレーナーになるのだ。
温泉はそのついでである。
多分。
◇
「さて、エンジ君! 今日の授業は少々面白いぞ!」
「おおっ!」
「まずはこのポケモンを見てみるがよい!」
カツラさんが取り出したモンスターボールから、赤と黄色の巨体が現れた。
「ブォォッ!」
「ブーバー!」
思わず歓声が出た。
ブーバー。ひふきポケモン。全身から灼熱の熱気を放つ、炎タイプを代表するポケモンの一匹である。
ゲームでは攻撃性能の高いポケモンという印象が強かったが、実物を見るとその存在感はまるで違った。
体高は人間の大人より少し低い程度。しかし太い腕やがっしりした脚、絶えず揺らめく陽炎が、見た目以上の迫力を感じさせる。
「エンジ君。ブーバーの体温は何度じゃ?」
「図鑑によると1200度です!」
「正解じゃ! では、なぜわしはこうしてブーバーの傍に立っていられるのかのう?」
「……ブーバーが熱を調節しているから、ですか?」
「うむ。それも大きな理由じゃ」
カツラさんはブーバーに向かって手を差し出した。
するとブーバーは、慣れた様子で自分の腕を少し引き、カツラさんの手を鼻先で軽くつついた。
「おお……」
「ブーバーは自身の熱をある程度制御できる。もっとも、図鑑に記された体温のすべてが、常時、周囲の物体へそのまま伝わるわけではない。ポケモンの身体の仕組みは、現在の研究でも解明されていない部分が多いからのう」
「じゃあ、1200度っていうのは……」
「そのポケモンが持つ特徴的な体温の目安じゃな。実際に外へ伝わる熱は、身体の部位や状態によっても大きく違う。じゃが、危険であることには変わりないぞ」
カツラさんは作業台に置かれた金属製の器具を持ち上げた。
「まずはこれを見るんじゃ」
台の上には、厚い耐熱板と金属製の棒が用意されていた。
「ブーバー、頼むぞ!」
「ブォッ!」
ブーバーは耐熱板の上に置かれた棒を指先でつまんだ。
数秒後。
金属が赤く輝き始めた。
「うわっ!?」
じゅう、という音がする。
やがて棒の一部が柔らかく変形し、耐熱板の上へ垂れた。
「……溶けた」
「うむ! これがブーバーの熱じゃ!」
「すっげぇ……」
前世で鉄を溶かす炉の映像を見たことはある。
けれど、目の前のブーバーは、そんな熱を自分の身体で生み出せるのだ。
しかも本人は涼しい顔をしている。
「ではエンジ君。こんなブーバーに、カイリキーが思い切りパンチを打ち込んだらどうなると思うかね?」
「……普通に考えたら、殴ったカイリキーの拳が危ないですよね」
「そうじゃな。しかし、カイリキーも普通の生き物ではない。ポケモンは人間と比べて非常に頑丈じゃし、タイプや技によっては熱への耐性も異なる。必ず火傷するとは限らん」
「でも、殴る側に危険があることは変わらない……」
「その通り! では、ここで問題じゃ!」
カツラさんがにやりと笑った。
「ブーバーが相手の接近攻撃を防ぐ際、身体の熱を最大限に上げ続ければ、それが最善の戦法になると思うかね?」
「……うーん」
俺は腕を組んだ。
正直、最初はそう思っていた。
だって身体そのものが灼熱なのだ。
相手が近づけないほど熱くなれば、それだけで強力な防御になる。
ただ、それを実際にやったらどうなる?
周囲は当然熱くなるだろう。
近くにいるトレーナーは?
バトルフィールドの設備は?
何より、相手が水タイプだったら?
「……ダメですね。周囲が危ないし、相手が近づいてこなかったら意味がないです」
「ほう!」
「それに、ずっと熱を出し続けたらブーバーも疲れちゃうんじゃないですか?」
「はっはっは! よく気がついたのう!」
カツラさんは満足そうに頷いた。
「炎タイプのポケモンは熱に強い。じゃが、それは無限に熱を生み出せるという意味ではない! 激しく炎を放てば体力を消耗するし、長時間の高熱状態は負担になることもある」
「つまり、必要なときに必要なだけ熱を上げる……」
「うむ! それができるようになるには、ポケモン自身の鍛錬と、トレーナーとの信頼関係が必要なのじゃ!」
なるほど。
俺は持ってきたノートを開いた。
『ブーバー。身体の熱は攻撃だけでなく防御にも利用できる。ただし、熱の制御が重要。周囲への被害に注意。相手のタイプ、攻撃方法、接触箇所を考える』
書きながら、ふと思った。
もしブーバーの熱を一瞬だけ上げられるなら、相手がパンチを繰り出す瞬間に合わせて防御することで、接触した相手に火傷を負わせられるかもしれない。
ゲームでは『ほのおのからだ』という特性で表現されていたものが、現実ではもっと複雑な戦術になるわけだ。
もちろん相手も馬鹿ではない。
遠距離攻撃で対処するだろうし、じめんタイプの技ならブーバーが不利になる。
それでも、相手の行動を制限できるというのは大きい。
「……面白いなぁ」
「ん?」
「炎タイプって、ただ炎を吐くだけじゃないんですね」
「そうじゃとも! 炎は強力な武器じゃが、同時に扱いの難しい力でもある。だからこそ奥が深いのじゃ!」
嬉しそうなカツラさんの隣で、ブーバーが誇らしげに胸を張った。
「ブォォッ!」
うん。
やっぱり炎タイプは格好いい。
◇
続いて見せてもらったのは、グレンジムの奥にある特殊な飼育施設だった。
分厚い耐熱ガラスの向こうには、火山岩を敷き詰めた飼育区画が広がっている。床には複数の温度計が設置され、天井には大型の排気装置まで備えつけられていた。
「ここは……?」
「炎タイプの中でも、特に高温の環境を好むポケモンの飼育施設じゃ。もっとも、今日見せるのは普段からジムで飼育しているポケモンではなく、研究のために預かっている個体じゃがな」
カツラさんが指さした先。
そこには、赤い溶岩の塊がいた。
「マグ……マァ……」
「マグマッグ!」
思わずガラスに近づきかけ、慌てて踏みとどまった。
マグマッグ。ようがんポケモン。
全身が溶岩でできており、体内では高温のマグマが絶えず流動しているという、とんでもないポケモンだ。
実物は図鑑の写真よりもずっと生々しい。
赤く光る身体の表面がゆっくりと動き、時折、ぷくりと小さな気泡が浮かぶ。
移動した後には赤熱した痕跡が残り、しばらくすると冷えて黒っぽく変色していた。
「……これ、普通の家で飼えるんですか?」
「普通の家では難しいじゃろうなぁ」
「ですよねぇ……」
俺の想像力では、どう考えても家が燃える未来しか見えなかった。
「マグマッグは身体が冷えすぎると動きが鈍くなる。極端に冷却されれば命に関わることもあるからのう。適切な熱源と、身体を休める環境が必要じゃ」
「図鑑にも、眠っている間も身体が固まらないようにしてるって書いてありましたよね」
「うむ。火山地帯に多く生息するのもそのためじゃ。じゃが、マグマッグが生活するうえで重要なのは、単に温度を高くすればよいということではない」
「え?」
「周囲の湿度、足場の材質、休息の取り方、餌の種類。そうしたものも考慮せねばならん。熱くしておけばそれでよい、という話ではないのじゃよ」
なるほどなぁ。
マグマッグは火山に住む生き物だから、熱い場所ならどこでも平気というわけではないのだ。
俺がノートに書き込んでいると、カツラさんが続けた。
「それから、マグマッグを扱ううえで絶対に忘れてはならんことがある」
「何ですか?」
「むやみに触れようとしてはいかん」
「……それは、まあ」
目の前にいるのは溶岩である。
触ろうという発想自体が出てこない。
「ポケモンと仲良くなれば、つい身体に触れたくなるものじゃ。じゃが、人間が安全に触れられるポケモンばかりではない。マグマッグが親愛のつもりで身体を寄せてきても、人間にとっては命の危険がある」
「……あ」
それを聞いて、俺は初めて別の問題に気がついた。
マグマッグ自身には悪意などない。
ただ好きなトレーナーに近づきたいだけかもしれない。
でも、それが危険なのだ。
逆に、トレーナーがマグマッグに触れられないからといって、マグマッグのことを嫌っているわけでもない。
そうした違いを互いに理解する必要がある。
「……難しいですね」
「うむ。じゃが、それがポケモンと共に生きるということじゃ」
カツラさんは静かに頷いた。
「ポケモンは人間の道具ではない。人間とは異なる身体を持ち、異なる習性を持ち、それぞれに感情がある生き物じゃ。トレーナーが一方的に自分の都合を押しつけるだけでは、本当の信頼関係は築けんよ」
俺はガラスの向こうのマグマッグを見つめた。
マグマッグはこちらを一瞥すると、のんびりと岩場を這っていった。
「マグ……」
……うん。
何だか、ちょっと可愛いかもしれない。
顔つきが意外とのんびりしているし、動きもゆったりしている。
ただし、絶対に抱きしめられない。
悲しい現実である。
◇
「さて、次は屋外じゃ!」
昼食を挟み、午後はジムの訓練場へ移動した。
そこには、赤いたてがみを持つ馬のポケモンがいた。
「ヒヒィン!」
「ポニータ!」
「うむ! この子はジムで育成しているポニータじゃよ」
ポニータは俺とロコンに興味を示したのか、こちらへゆっくり歩いてきた。
そのたてがみと尻尾には、美しい炎が揺らめいている。
「……あれ?」
「どうしたのじゃ?」
「ポニータの炎って、触ったら熱いんですよね?」
「もちろんじゃ。じゃが、信頼した相手を背に乗せる際には、その炎で火傷をさせないこともある」
それは知っている。
ポケモン図鑑にも、ポニータは認めた相手なら燃えるたてがみに触れても火傷させないという話がある。
ただ、実際に見るとなかなか不思議な光景だ。
「試してみたいかね?」
「えっ、いいんですか!?」
「無論、いきなり乗せたりはせんぞ。まずはこの子に挨拶してみるんじゃ」
「はい!」
俺はポニータの前に立った。
「こんにちは、ポニータ。俺はエンジ。こっちはロコンだよ」
「コン!」
「ヒヒィン」
ポニータは俺の匂いを嗅ぐように鼻を近づけると、軽く頭を下げた。
俺がカツラさんを見ると、頷きが返ってきた。
「首の横を撫でてやるとよい。ただしたてがみには触らんようにな」
「わかりました」
そっと手を伸ばす。
ポニータの身体は温かかった。
しかし、燃えるたてがみとは違って、触れただけで火傷するような熱ではない。
「……おお」
「ヒヒン」
「すっげぇ、ちゃんと馬の毛並みだ……」
ポニータは心地よさそうに目を細めている。
俺はその首をゆっくり撫でた。
やがてカツラさんが説明してくれた。
「ポニータの炎は、身体の状態や感情にも影響される。信頼した相手には炎を抑えたり、触れても傷つけないようにしたりすることがある。しかし、それは誰でも触れてよいという意味ではないぞ」
「驚かせたり、嫌がることをしたら危ないってことですね」
「その通りじゃ! ポケモンの好意に甘えすぎてはいかん」
なるほど。
やはり、現実のポケモンはゲームよりもずっと奥が深い。
……いや、むしろゲームでは省略されていた部分が、実際にはとてつもなく多いのだろう。
そう考えると、ポケモン図鑑の文章一つとっても面白い。
何気なく読み飛ばしていた情報の裏側に、そのポケモンと長年向き合ってきた研究者やトレーナーの努力がある。
前世の俺は、そういうことを考えたことがあっただろうか。
……多分、ない。
ポニータの炎を見ながら、俺は少しだけ反省した。
◇
「コォン!」
「わかったわかった。今度はお前の番だって」
夕方。
ようやく座学から解放されたロコンが、元気いっぱいに尻尾を振っていた。
現在、俺たちはグレンジムの初心者用訓練場にいる。
今日から本格的にロコンの訓練を始めることになったのだ。
もっとも、いきなり激しいバトルをするつもりはない。
まずはロコン自身の能力を知ることから始める。
「ではエンジ君。ロコンに何をさせたいかね?」
「まずは『ひのこ』を見てみたいです!」
「うむ! よかろう!」
カツラさんは少し離れた場所に専用の的を設置した。
周囲には燃えやすいものがなく、万が一に備えた消火設備も用意されている。
炎タイプの訓練を行う場所だけあって、安全対策は徹底されていた。
「よし、ロコン! あの的に向かって『ひのこ』!」
「コン!」
ロコンが口を開いた。
ぽぽぽっ!
小さな火の粉が飛び出し、的に命中した。
「おおっ!」
「よいぞ! なかなか素直な炎じゃ!」
俺は思わず拍手した。
ロコンは得意げに胸を張っている。
「すごいぞ、ロコン!」
「コォン!」
「では、もう一度じゃ。今度は炎の量を少し減らしてみるとよい」
「量を減らす?」
「うむ。大きな炎を出すことだけが訓練ではない。必要なだけの炎を出せるようになることも、立派な技術じゃ」
なるほど。
「ロコン、今度はちょっとだけ弱くしてみようか」
「コン?」
「さっきより小さい炎。できる?」
「コォン!」
ロコンが頷いた。
そして再び口を開く。
ぼふっ!
「うわっ!?」
さっきより大きな火の粉が飛び出した。
的に命中した炎が、派手に燃え上がる。
「……あれ?」
「コン?」
ロコンも首を傾げていた。
どうやら本人としては小さくしたつもりらしい。
思ったより難しいな、これ。
「はっはっは! 最初はそんなものじゃ!」
カツラさんは愉快そうに笑った。
「炎を強くすることと、弱くすることは、必ずしも同じ技術ではないからのう」
「そうなんですか?」
「うむ。勢いよく炎を吐くのは得意でも、細かい調節が苦手なポケモンは少なくない。じゃが、だからこそ訓練する価値がある!」
言われてみれば確かにそうだ。
大声を出すことと、歌を上手く歌うことが違うようなものか。
単純に出力を上げるだけならできても、その力を繊細に操るには練習が必要なのだろう。
「ロコン、もう一回やってみよう!」
「コン!」
ぽぽっ!
「おっ、今度は少し小さくなった!」
「コォン!」
「よしよし! その調子!」
ぽっ!
「おおっ!」
ぽぽぽっ!
「惜しい!」
ぼふっ!
「うおっ!?」
……まあ、安定はしない。
それでもロコンは一生懸命だった。
小さく炎を吐くたびに俺の方を振り返り、褒めてもらうのを待っている。
可愛い。
いや、本当に可愛い。
こいつ、もしかして俺のことを喜ばせるために頑張っているんじゃなかろうか。
「ロコン! 今のすごく上手だったぞ!」
「コォン!」
案の定、嬉しそうに尻尾を振った。
……うん。
俺も頑張ろう。
◇
訓練が一段落した頃、カツラさんが俺に一つの質問をした。
「エンジ君。今日一日で、何が一番印象に残ったかね?」
「そうですねぇ……」
ブーバーの熱。
マグマッグの身体。
ポニータの炎。
そして、ロコンの『ひのこ』。
どれも面白かった。
でも、一番印象に残ったことといえば……。
「炎タイプのポケモンって、自分の身体を上手く使うことが大事なんだなって思いました」
「ほう?」
「ブーバーは熱を調節できるし、マグマッグは身体そのものがマグマだし、ポニータはたてがみの炎を操れる。それぞれ全然違うんですよね」
「うむ」
「だから、同じ炎タイプだからって、同じように育てちゃダメなんだなって」
カツラさんは黙って俺の話を聞いていた。
「それと……」
「それと?」
「やっぱり、炎タイプってバトルではすごく強いと思います」
俺は真剣に答えた。
「だって、ブーバーみたいなポケモンは触るだけでも危ないし、マグマッグなんて身体が溶岩ですよ? 普通に考えたら、相手の攻撃方法をかなり制限できます」
「そうじゃな」
「でも、それだけで勝てるわけじゃない。相手も工夫してくるし、熱を出しすぎたらこっちも疲れちゃう。それに周囲のことも考えないといけない」
思いつくままに言葉を続ける。
「だから、炎タイプの強さって……強い炎を出すだけじゃなくて、どれだけ上手に扱えるかなんだと思います」
カツラさんはしばらく俺を見つめていた。
それから、にかっと笑った。
「うむ! よい答えじゃ!」
「本当ですか!?」
「うむ! もっとも、まだまだ知らねばならんことは山ほどあるがのう!」
「ですよね!」
「じゃが、それでよい。トレーナーというものは、ポケモンと共に学び続けるものじゃからな!」
カツラさんは自分のモンスターボールを見つめた。
「わしも長年炎タイプのポケモンと共に歩んできた。じゃが、今でも新しい発見がある。何十年付き合っても、ポケモンというものは面白い!」
その顔は、とても楽しそうだった。
何というか。
ポケモンが好きで好きで仕方ない人の顔だった。
……ああ。
この人、本当に炎タイプが大好きなんだな。
そう思うと、俺まで嬉しくなってくる。
「カツラさん!」
「む?」
「俺、もっと勉強したいです! 炎タイプのこと、もっといっぱい知りたい!」
「ふぉっふぉっふぉ! もちろんじゃとも!」
カツラさんは大きく頷いた。
「では、明日はガーディとウインディについて学ぶとしようかのう!」
「おおっ!」
「それから、炎タイプの食事や健康管理についても教えねばならんな!」
「ぜひ!」
「うむ! では、明日も朝から来るとよい!」
「はい!」
「コォン!」
元気よく返事をした俺の隣で、ロコンも尻尾を振った。
そして。
「……コォン」
俺のズボンの裾をくいくいと引っ張る。
「ん?」
「コォン!」
温泉の方角を指すように、鼻先を向けた。
ああ、はいはい。
わかってますとも。
「カツラさん、今日はありがとうございました!」
「うむ! 気をつけて帰るんじゃぞ!」
「はい! じゃあロコン、温泉行こうか!」
「コォォン!」
ロコンは今日一番の元気な声で鳴いた。
……おい。
さっきまでの訓練より嬉しそうじゃないか。
◇
その日の夜。
温泉から帰った俺は、部屋の机に向かってノートを開いていた。
今日学んだことを忘れないうちに書き留めておくためだ。
ページには、ブーバー、マグマッグ、ポニータの名前と、それぞれの身体の特徴が並んでいる。
炎を操る能力。
身体の熱。
周囲への影響。
育成するために必要な環境。
そして、バトルでの応用。
思いつくことを書き込んでいるうちに、ノートはあっという間に文字で埋まってしまった。
「……これ、将来絶対に役に立つよなぁ」
「コォン……」
ベッドの上では、温泉上がりのロコンが丸くなって眠っている。
ふさふさの尻尾を身体に巻きつけ、実に幸せそうな寝顔をしていた。
「ロコン」
「……コン?」
「明日も頑張ろうな」
「コォン……」
眠たげな返事が返ってきた。
俺は笑いながらノートを閉じた。
炎タイプのポケモンを知れば知るほど、その奥深さに驚かされる。
身体が熱いというだけで、バトルの駆け引きは大きく変わる。
炎を吐くというだけで、戦える距離も、相手への牽制も、地形の使い方も変わってくる。
そして何より、それぞれのポケモンには固有の生態や習性がある。
同じ炎タイプでも、ロコンとマグマッグではまったく違う。
ブーバーとポニータでも違う。
その違いを理解し、それぞれの長所を引き出すことができれば……。
「……いつか、カツラさんみたいになれるかな」
窓の外には、グレンタウンの夜景が広がっていた。
遠くに見える火山の稜線。その麓に広がる町並み。そして、夜空を照らす無数の星。
俺はこの島が好きだった。
温かい人たちがいて、美味しいものがあって、温泉があって、何より炎タイプのポケモンがいる。
前世では画面越しに眺めることしかできなかった世界。
今では、その世界で生きている。
だったら、精一杯楽しもうじゃないか。
「……よし。明日もいっぱい勉強するぞ」
「……コォン」
ロコンが寝言のように鳴いた。
俺はベッドへ潜り込み、その柔らかな毛並みをそっと撫でた。
温かい。
今日もいい夢が見られそうだ。
ちなみに翌朝。
ガーディとウインディについての授業で、俺は人生初となる本物のウインディとの触れ合いを経験することになる。
その結果、俺のノートには新しい記録が追加された。
『ウインディ。とにかく大きい。とにかく格好いい。そして、毛並みがとんでもなく気持ちいい。大型犬好きにはたまらない。なお、ロコンが嫉妬するので撫ですぎには注意』
……うん。
これも立派な生態研究ということにしておこう。