炎タイプのポケモンについて学べば学ぶほど、俺は一つの結論に近づきつつあった。
炎タイプの専門トレーナーって、もしかして滅茶苦茶凄い人たちなのでは?
いや、何を今更と思うかもしれない。ジムリーダーや四天王が凄いのは当たり前だし、前世でポケモンを遊んでいた俺だって、その実力は十分に理解していたつもりだった。
ただし、それはゲームの話である。
現実のポケモンは生き物だ。餌を食べ、眠り、遊び、ときには体調を崩すこともある。彼らは人間より遥かに頑丈だが、決して無敵ではない。それぞれの生態に合わせた育成環境が必要であり、間違った接し方をすればポケモン自身はもちろん、周囲の人間まで危険にさらしてしまう。
特に炎タイプは、その危険性がわかりやすい。
ブーバーの体温は千二百度。マグマッグの身体は溶岩そのもの。バクーダは背中に火山を背負っているし、コータスは甲羅の中で石炭を燃やしているし、シャンデラは人の生命力が好物だ。
マルヤクデは凶暴な性格で腹部の発熱器官を叩きつけたり、それを押し付ける形で締め上げて丸焼きにするし、ヒヒダルマなんて性格も喧嘩っ早い乱暴なものなのに、体内で1400度の炎を燃やすことによってダンプカーをパンチで破壊する程のパワーを作るのだ。
そんな連中を普通に育てている人間がいるというのだから、驚くほかない。
俺なんてロコン一匹の育成でも覚えることが山ほどあるというのに。
「……凄いよなぁ」
「コォン?」
「いや、お前のことじゃなくてね。炎タイプの専門家って、どんな生活してるんだろうなって」
グレンジムから帰宅した俺は、部屋のパソコンで各地方の炎タイプの専門トレーナーについて調べていた。
隣ではロコンが丸くなっている。どうやら今日は少し眠たいらしい。温泉に浸かって帰ってきたばかりなので、毛並みはふわふわ、身体はぽかぽか。実に幸せそうな顔をしていた。
俺も後で一緒に昼寝しよう。
それはさておき。
前世の記憶を頼りに、俺は炎タイプを専門とする有名なトレーナーたちの名前をノートに書き出してみた。
カントー地方のカツラ。ホウエン地方のアスナ。シンオウ地方のオーバ。イッシュ地方のポッド。カロス地方のパキラ。アローラ地方のカキ。ガラル地方のカブ。パルデア地方のメロコ。そしてブルーベリー学園のアカマツ。
もちろん、これはあくまで前世のゲームやアニメで知っている人物たちだ。今の世界で同じ立場にいるとは限らないし、そもそも時代が合っているかどうかも怪しい。
それでも、彼らの使用するポケモンについて考えることには意味があると思う。
例えばオーバ。
シンオウ地方の四天王で、エースはゴウカザル。炎と格闘を組み合わせた戦闘スタイルが特徴的だった。
ゴウカザルは頭部に炎を灯しているポケモンだ。その状態で拳や蹴りを繰り出すのだから、相手は物理的な打撃だけでなく、炎への警戒も必要になるだろう。
あの素早さで接近戦を仕掛けてくるゴウカザルに、どう対処すればいいのか。しかもオーバは四天王だ。トレーナーとしての指示能力も相当なものに違いない。
続いて、ポッド。
イッシュ地方のサンヨウジムを兄弟で運営する炎タイプの使い手で、相棒はバオップ。進化したバオッキーは体内の炎を頭部の房に集めるなど、なかなか面白い生態を持っている。
パキラはカロス地方の四天王。エースのファイアローは鳥でありながら炎を操り、空中から高速で攻撃を仕掛けられる。地上で戦うことの多い炎タイプとは、また違った戦術が必要になるだろう。
アローラ地方のカキは、炎タイプの使い手でありながら伝統的な踊りにも精通している。アローラガラガラの青白い炎なんて、普通の火とは性質が違いそうだ。
ガラル地方のカブは、長年ジムリーダーを務めている大ベテラン。マルヤクデやウインディを扱っていたはずだ。特にマルヤクデは身体に発熱器官を持つ巨大なムカデのようなポケモンで、キョダイマックスすればその巨体は建物を超える。
メロコはパルデア地方のスター団のボスだった。コータスを使い、さらに炎タイプの力を利用したスターモービルまで運用していた。あの巨大な車両を実際に見てみたいものだが、さすがに一般人が近づける場所ではないだろう。
アカマツはブルーベリー学園の四天王。料理が得意な炎使いというのは、個人的にかなり興味深い。炎の強さだけでなく、繊細な火加減を扱う技術にも長けていそうだ。
そして。
「……アスナさん、かぁ」
俺は最後に、ホウエン地方のジムリーダーとして記憶している人物の名前を見つめた。
フエンタウンのジムリーダー、アスナ。
新人らしい熱血漢で、威厳を出そうとして慣れない口調で話したり、気合いが空回りしたりする女性だった。
アニメでも、ジムリーダーになりたてで苦労していた記憶がある。
だが、今の俺は彼女に対して、以前とはまったく違う印象を抱いていた。
「……この人、実はとんでもなく優秀なんじゃないか?」
そう考える理由は、彼女の手持ちポケモンだ。
マグマッグ。
バクーダ。
コータス。
ゲームによって細かい構成は違うが、この三匹は特に印象深い。
そして、現在の俺からすると、三匹とも育成難易度が高すぎる。
まず、マグマッグ。
身体が溶岩で構成されているという、炎タイプの中でもかなり特殊なポケモンである。
カツラさんの説明によれば、マグマッグを育てる際には専用の耐熱設備や温度管理が必要になる。普通のポケモンのように抱き上げたり、撫でたりすることも難しい。
しかも身体が冷えすぎれば、固まってしまう危険があるという。
触れば火傷するかもしれないし、冷やしすぎればポケモン自身が危険になる。
……何その無理難題。
育成どころか、一緒に生活するだけでも相当な知識が必要じゃないか。
次はバクーダ。
こいつも大概である。
背中に火山のようなコブがあり、その内部にはマグマが蓄えられている。怒ると噴火することもあるという、文字通り歩く火山だ。
普通なら火山の噴火なんて自然災害である。
それがポケモンとして生活していて、しかもトレーナーの指示で戦うのだ。
……いや、怖いな?
仮にバクーダが街中で興奮したらどうなるんだろう。近くに家があったら? 人がいたら?
そんな事態を防ぐためにも、トレーナーはバクーダの性格や感情を理解し、興奮を抑える方法を身につけなければならないはずだ。
そしてコータス。
石炭を燃やして生きる、甲羅が炉のようになっているポケモンである。
石炭を食べるという時点で変わっているが、それ以上に問題なのが煙だ。
こいつは鼻や甲羅から煙を噴き出す。
つまり、人間と暮らすなら換気設備が重要になるはずだ。燃料となる石炭の調達も必要だろうし、燃焼器官の健康管理だって普通のポケモンとは違うだろう。
それにコータスは見た目以上に頑丈だ。
高い防御力を誇る甲羅と、凄まじい威力の『オーバーヒート』。現実であんなものをまともに食らったら、相手のポケモンもただでは済まない。
「……改めて考えると、凄い組み合わせだなぁ」
溶岩の身体。
噴火する火山。
石炭を燃やす炉。
…………。
「工業地帯か何か?」
「コォン?」
「あ、ごめん。起こしちゃったか」
思わず口に出してしまった。
眠そうにこちらを見上げるロコンを撫で、俺は再び考える。
これらのポケモンを育て、それぞれの能力を理解し、意思疎通を成立させ、さらにバトルで適切な指示を出す。
そんなことができる人間が、本当に未熟なトレーナーなのだろうか。
答えは否だ。
少なくとも、ポケモンの扱いに関しては相応の実力があるはずだ。
アスナが新人だったのは、あくまでジムリーダーとしての話。ジムの運営や挑戦者への接し方に慣れていなかっただけで、トレーナーとしての経験が浅かったとは限らない。
「……そういえば、今のフエンジムって誰がやってるんだ?」
そこで、俺はようやく一つの疑問に行き当たった。
前世のゲームが始まる頃にはアスナがジムリーダーだったが、今の世界もそうだとは限らない。
というわけで、検索してみることにした。
『ホウエン地方 フエンタウン ジムリーダー』
検索。
表示された公式のジム紹介ページを開く。
そこには、見覚えのある老人の写真が掲載されていた。
「……あれ?」
フエンジム。
ジムリーダー、ムラ。
そして、その経歴を見た俺は思わず目を見開いた。
『元ホウエン地方四天王。退任後、フエンタウンのジムリーダーに就任』
「……おお?」
ムラ。
アニメでアスナの祖父として登場した、あの元気なお爺さんだ。
そういえばゲームでも、アスナの祖父が元四天王であることが語られていた。アニメではムラという名前がついており、フエンジムの前任ジムリーダーとして登場している。
今の世界では、その両方の経歴が一つになっているらしい。
「……元四天王で、現役ジムリーダー?」
これはまた、とんでもない経歴だ。
四天王といえば、地方でも最高峰の実力者たちである。
その地位を退いた後もジムリーダーを続けているというのだから、並々ならぬ情熱を感じる。
俺はさらにページを読み進めた。
長年にわたり炎タイプの研究と育成に携わり、現在はフエンジムの運営と後進の指導に力を注いでいるらしい。
そして、紹介されているポケモンたちの中には、見覚えのある名前が並んでいた。
マグカルゴ、バクーダ、コータス。
「……なるほどなぁ」
俺は思わず頷いた。
アスナが将来使うことになるポケモンたちを、今は祖父のムラが育てているわけか。
もしかしたら、いずれ一部のポケモンを引き継ぐのかもしれない。あるいは、祖父の育成方法を学んだうえで、自分のポケモンを育てるのかもしれない。
どちらにしても、納得できる話だった。
何しろ祖父は元四天王である。
炎タイプの扱いに関して、これ以上ないほど恵まれた教育環境だろう。
「……いや、待てよ」
俺は椅子にもたれかかった。
アスナはまだジムリーダーではない。
現在のジムリーダーは祖父のムラ。
ということは、今はまだ彼女がジムを継ぐ前の時代ということになる。
前世の知識がどこまで当てになるかはわからないが、少なくとも時間的な余裕はありそうだ。
「……いつか会ってみたいなぁ」
元四天王のムラ。
そして、将来その跡を継ぐアスナ。
どちらも炎タイプを扱うトレーナーとして、興味が尽きない人物だった。
◇
「ムラの手持ちについて、じゃと?」
「はい!」
翌日。
俺はいつものようにグレンジムへ向かい、カツラさんに昨日調べた内容について尋ねていた。
今日はブーバーの炎の制御について学ぶ予定だったが、その前に少しだけ質問の時間をもらっている。
「ホウエン地方のフエンジムについて調べてたんですけど、ムラさんって元四天王なんですよね?」
「うむ。そうじゃぞ」
「カツラさんは面識があるんですか?」
「もちろんじゃ! 長い付き合いとまでは言わんが、何度か顔を合わせたことがある。炎タイプに関する話題では、なかなか話の尽きん男じゃよ」
「おおっ!」
やっぱり知り合いだったか。
炎タイプの専門家同士、交流があっても不思議ではない。
「ムラさんって、どれくらい強いんですか?」
「ふむ。四天王を務めておった頃の全盛期は知らんが、今でも相当な実力者じゃ。特に炎タイプの特性を活かした戦い方に長けておる」
「なるほど……」
「もっとも、本人はすっかり好々爺といった様子じゃがな! はっはっは!」
その説明を聞いて、俺は少し笑ってしまった。
アニメで見たムラ爺も、そんな感じだった。
ひょうきんなところがあり、孫娘のことを心配する普通のお爺さんという印象だったが、その正体は元四天王。
……いや、凄いな。
「それで、ムラさんの手持ちについてなんですけど」
「うむ?」
「マグカルゴとバクーダとコータスって、育成難易度がかなり高いですよね?」
カツラさんは一瞬だけ目を丸くした。
それから、嬉しそうに口元を緩める。
「ほう! そこに目をつけたか!」
「だって、三匹とも身体の仕組みが特殊じゃないですか。マグカルゴは溶岩ですし、バクーダは噴火するし、コータスは石炭を燃やしますし」
「そうじゃな。いずれも独特の生態を持つポケモンじゃ」
「そんなポケモンたちを同時に育てられるって、相当凄いことですよね?」
「無論じゃ! 何しろ、それぞれ必要とする飼育環境が違うからのう!」
カツラさんは近くの椅子に腰を下ろし、俺にも座るよう促した。
「例えばマグカルゴじゃが、身体が溶岩でできておるため、冷却には細心の注意が必要じゃ。常に身体を温かく保たねばならんし、普通のポケモンと同じような寝床では身体を傷めることもある。体温も10000度と凄まじい高熱じゃ、常に気を配らねば即座に辺り一面火の海よ」
「はい」
「バクーダはまた別じゃ。背中に蓄えられたマグマの状態や、身体の疲労、感情の変化に気を配らねばならん。興奮すると噴火することもあるからのう」
「……街中で噴火されたら大変ですよね」
「はっはっは! まったくじゃ!」
笑い事ではない気もするが、実際にバクーダを育てた経験のあるカツラさんにとっては、そうした苦労も含めて懐かしい思い出なのかもしれない。
「では、コータスはどうじゃと思う?」
「石炭が必要ですよね。それから、煙を出すので換気設備も重要だと思います」
「うむ! よい答えじゃ!」
カツラさんが満足そうに頷く。
「コータスは石炭を燃焼させることでエネルギーを得ておる。ゆえに、適切な燃料を確保する必要がある。さらに、煙の量や色は体調を知る手がかりにもなるのじゃ」
「へぇ……!」
「煙の勢いが弱かったり、普段と様子が違ったりすれば、身体の調子を確認してやらねばならん。もちろん、煙だけですべてがわかるわけではないがのう」
なるほど。
つまり、コータスを育てるには燃料と換気だけでなく、燃焼器官の健康状態まで把握する必要があるわけだ。
俺は急いでノートへ書き込んだ。
マグマッグは温度管理。
バクーダは噴火と感情の制御。
コータスは燃料と燃焼器官の健康管理。
同じ炎タイプでも、求められる知識はまるで違う。
「……やっぱり凄いなぁ」
「はっはっは! ムラのことかね?」
「はい。だって、これだけ育てるのが難しいポケモンを何匹も扱ってるんですよ? しかも四天王を務められるくらい強かったんですよね?」
「うむ。あやつが積み重ねてきた経験は相当なものじゃろうな」
「それに、バトルでも凄く有利な部分があると思うんです」
「ほう?」
俺は少し身を乗り出した。
「例えばマグカルゴです。あの子の身体って溶岩ですよね? ということは、相手が『たいあたり』とか『でんこうせっか』で攻撃してきたら、身体に触れた時点で火傷する危険があるじゃないですか」
「うむ。確かに、接触攻撃を仕掛ける側にとっては厄介じゃな」
「しかも、それってマグカルゴが何か技を使わなくても成立するんですよね?」
「そうじゃな。ただし、相手の身体の頑丈さや耐熱性、攻撃の仕方によって結果は変わるぞ。必ず火傷させられるというわけではない」
「でも、相手の行動を制限できますよね?」
俺がそう言うと、カツラさんはにやりと笑った。
「ふむ。面白いことを考えるのう。では、エンジ君。お前さんがマグカルゴと戦うなら、どうする?」
「俺が、ですか?」
「うむ。マグマッグの身体に触れれば火傷する危険がある。では、どう対処する?」
俺は少し考えた。
相手はマグカルゴ。炎・岩タイプで、身体が溶岩。
接近戦は危険だ。
ならば。
「まず、直接触れる攻撃は避けます。できれば遠距離から攻撃して、相手の得意な距離で戦わないようにします」
「うむ」
「それから、マグカルゴは移動が速いポケモンじゃないので、距離を取りながら攻撃するのが有効だと思います。ただし、『いわなだれ』とか遠くまで届く技には気をつけます」
「ほうほう!」
「あと、身体が溶岩だからって水をかければ絶対に勝てるわけでもないですよね。相手も水タイプが苦手なのは理解してるでしょうし、何か対策してくると思うので」
俺はそこで一度言葉を切った。
そう。
そこが重要なのだ。
ゲームではタイプ相性が絶対的な判断材料の一つになるが、現実ではそれだけでは決まらない。
水タイプの攻撃が炎タイプに有効なのは確かだ。
だが、それを理解しているのは相手も同じ。
炎タイプの専門家なら、弱点を突かれた場合の対処法だって当然考えているはずだ。
「……というか、元四天王のムラさんなら、水タイプへの対策なんて山ほど用意してそうですね」
「はっはっは! そうじゃろうな!」
カツラさんは愉快そうに笑った。
「ムラは炎タイプの長所を活かすだけでなく、短所を補うことにも長けておる。弱点を知っておるからこそ、その弱点を突こうとする相手の行動も読めるのじゃ」
「……なるほど」
「炎タイプだから水に弱い。だから水タイプの攻撃に備える。これは基本じゃ。じゃが、相手もそのことを理解しておる。ならば、その先を考える必要がある」
そう言って、カツラさんは指を一本立てた。
「ただ炎を強くするだけでは、一流の炎使いにはなれんぞ!」
……うん。
やっぱりカツラさんも凄い。
元四天王のムラさんも凄いが、こうして実際に話を聞いていると、目の前の人も相当な実力者なのだと実感する。
考えてみれば、この人はジムリーダーなのだ。
それも長年にわたり、グレンタウンのジムを守ってきたベテランである。
そんな人から直接教えを受けられる俺は、かなり恵まれているのかもしれない。
「……俺、カツラさんのところで勉強できてよかったです」
「む?」
「だって、普通だったらこんなことまで教えてもらえませんよ。炎タイプのこと、もっといっぱい知りたいです!」
俺がそう言うと、カツラさんは一瞬きょとんとした。
そして、豪快に笑った。
「がっはっは! そうかそうか! ならば、これからもしっかり学ぶんじゃぞ!」
「はい!」
「ただし、勉強ばかりでロコンとの訓練を疎かにしてはならんぞ!」
「あはは……気をつけます」
「コォン!」
ロコンがここぞとばかりに鳴いた。
……お前、さっきまで寝てたくせに。
◇
その後、俺たちは屋外の訓練場へ移動した。
今日の課題は、ロコンの『ひのこ』の威力調節である。
単に大きな炎を出すのではなく、必要なだけの炎を出す。カツラさんが特に重視している訓練の一つだ。
「では、始めるとしようかのう!」
「はい! ロコン、準備はいい?」
「コォン!」
ロコンが元気よく飛び出した。
的は三つ。
一つ目は近距離。
二つ目は中距離。
三つ目は遠距離。
それぞれ炎を当てる位置と、目標とする大きさが決められている。
「まずは一番近い的に、小さな『ひのこ』!」
「コン!」
ぽっ。
ロコンの口から小さな火の粉が飛び出した。
炎はまっすぐ飛び、的の中央に命中する。
「よし! 上手だぞ!」
「コォン!」
ロコンが得意げに尻尾を振った。
「次は真ん中! さっきより少し強く!」
「コン!」
ぼふっ!
今度は火の粉が少し大きくなり、真ん中の的を包んだ。
「おおっ! いい感じ!」
「ふむ。なかなか上達しておるのう」
カツラさんも感心したように頷く。
以前は小さな炎を出そうとしても、逆に大きな炎を吐いてしまうことがあったのだが、最近は随分と安定してきた。
もちろん、まだ完全ではない。
距離が変わると炎の大きさも変わってしまうし、興奮すると余計に勢いがつくこともある。
それでも、少しずつ成長していることは確かだった。
「じゃあ最後! 一番遠くの的に向かって、ちょっと強めの『ひのこ』!」
「コォォン!」
ロコンが大きく息を吸い込んだ。
そして。
ぼわっ!
「……あっ」
勢いよく飛び出した炎が、的の周囲まで包み込んだ。
明らかに強すぎる。
「……ロコン?」
「コン?」
「ちょっと張り切りすぎた?」
「……コォン」
ロコンが気まずそうに視線を逸らした。
……うん。
わかりやすい。
「はっはっは! 元気がよいのは結構じゃが、まだまだ練習が必要じゃな!」
「ですねぇ……」
俺は苦笑しながらロコンを抱き上げた。
「でも、前より上手になったぞ。偉い偉い」
「コォン!」
嬉しそうに頬を擦り寄せてくる。
可愛い。
ああ、可愛い。
これだからポケモンとの生活はやめられない。
「ところでエンジ君」
「はい?」
「今のロコンの炎を見て、何か気がつかんかね?」
「え?」
俺は少し考えた。
ロコンは最後の『ひのこ』で、明らかに力を入れすぎていた。
つまり、強い炎を出すことはできるが、その威力を適切に調節する技術はまだ未熟なのだ。
「……ああ、なるほど」
「ほう?」
「炎を強くすることと、上手に扱うことは別なんですね」
カツラさんが満足そうに頷いた。
「その通りじゃ! 炎の大きさや威力を調節することは、バトルだけでなく日常生活でも重要になる。強い炎を出せるからといって、それだけで優れた炎使いとは言えんのじゃよ」
俺はロコンを見下ろした。
ロコンは何を言っているのかわからないらしく、きょとんとしている。
でも、きっといつか理解してくれるだろう。
俺もロコンも、まだまだ勉強中なのだから。
◇
夕方。
グレンジムを後にした俺は、ロコンと一緒にいつもの温泉へ向かっていた。
「いやぁ、今日は勉強になったなぁ」
「コォン!」
「ムラさんのことも色々聞けたし、ロコンの『ひのこ』も上達したし。なかなか充実した一日だったよ」
「コン!」
ロコンは機嫌よく尻尾を振っている。
もっとも、その理由は今から温泉に入れるからだろう。
……本当に温泉が好きだな、お前。
「そういえば、フエンタウンにも温泉があるんだよなぁ」
「……コン?」
ぴくり。
ロコンの耳が動いた。
「グレンタウンとは違う温泉らしいよ。火山の麓にあって、結構有名なんだって」
「コォン!?」
ロコンが立ち止まった。
そして、俺を見上げる。
その目は、先ほどまでの眠そうな顔とは打って変わって輝いていた。
「……行きたいの?」
「コォォン!」
即答である。
「いや、今すぐは無理だって。ホウエン地方だぞ? 海を渡らなきゃいけないんだから」
「コォン……」
しゅん、と耳が下がった。
……そんなに落ち込むことか?
俺は思わず笑ってしまった。
「いつか行こうな。俺もフエンジムに行ってみたいし」
「コン?」
「元四天王のムラさんに会ってみたいんだよ。どんなポケモンを育ててるのか、どんな戦い方をするのか、色々勉強したいんだ」
ロコンはしばらく俺を見上げていた。
それから、嬉しそうに鳴いた。
「コォン!」
「うん。お前も一緒だぞ」
俺はしゃがみ込み、ロコンの頭を撫でた。
ムラ。
そして、その孫娘であるアスナ。
前世の知識では、いずれアスナがフエンジムを引き継ぐはずだ。
ただ、それがいつになるのかはわからない。
今の彼女が何歳で、どんなポケモンを育てているのかも知らない。
そもそもゲームと同じ未来になる保証なんてないのだから、あまり決めつけるのもよくないだろう。
それでも、アスナが将来、炎タイプの専門家として活躍する姿を知っている俺としては、どうしても興味が湧いてしまう。
あのマグマッグやバクーダ、コータスを扱えるようになるまでに、どれほどの努力を積んだのだろうか。
炎タイプの危険な生態を理解し、それぞれの個性を活かす技術を身につける。
そんなことができるトレーナーが、単にジムリーダーになったばかりという理由で未熟なわけがない。
きっと、俺がゲームで見ていた以上に凄い人なのだろう。
「……いつか、会ってみたいなぁ」
「コォン!」
「そのときには、俺も立派な炎使いになってたいな」
そう言って笑うと、ロコンも嬉しそうに鳴いた。
そして、再び温泉の方へ歩き始める。
……ああ、はいはい。
将来の夢もいいけど、今は目の前の温泉が大事ってことね。
まったく、現金な相棒だ。
でも、そんなロコンだからこそ、俺は一緒にいて楽しいのかもしれない。
前世ではゲームの中でしか出会えなかったポケモン。
今では、そのポケモンと一緒に生活し、勉強し、遊び、温泉にまで入っている。
こんな贅沢な人生があるだろうか。
「よし、ロコン! 今日はちょっと長めに入ろうか!」
「コォォン!!」
今日一番の元気な鳴き声が返ってきた。
……うん。
やっぱり、バトルより温泉の方が好きなんじゃないか?
まあ、いいか。
炎タイプの専門トレーナーを目指す道は、まだまだ長い。
焦る必要なんてないのだ。
まずはロコンと一緒に、少しずつ成長していこう。
そしていつか、ホウエン地方のフエンタウンを訪れたとき。
ムラという元四天王の炎使いと、将来その跡を継ぐことになる少女に会ってみたい。
その頃には、俺も少しくらいは胸を張れるトレーナーになっていたいものだ。
……さて。
それじゃあ今日も、温泉を楽しむとしよう。