グレンタウンに生まれて十年。前世の記憶を持っているので精神年齢については少々ややこしいが、ともかく俺ことエンジは無事に十歳の誕生日を迎えた。
十歳といえば、ポケモントレーナーにとって一つの節目である。正式にトレーナーとして登録し、各地を旅する資格を得られる年齢だ。もっとも、資格があるからといって、全員がすぐに旅立つわけではない。学校へ通い続ける子もいれば、家業を手伝いながらポケモンを育てる子もいる。
俺も今のところ、すぐに島を出るつもりはなかった。
何しろ、グレンタウンにはカツラさんがいる。炎タイプの専門家として、これ以上ないほど恵まれた環境で勉強できるのだ。それを放り出して旅立つのは、少々もったいない。
それに、相棒のロコンだってまだまだ成長途中である。
「コォン!」
「はいはい、わかってるって。今日はちゃんと温泉に行くから」
「コン!」
……まあ、本人はそんなことより温泉の方が大切らしいが。
俺とロコンが出会ってから、もう二年以上が経過した。
当時は俺の膝の上で丸くなっていた小さな狐も、今では随分と立派になった。ふさふさの六本の尻尾は以前より豊かになり、赤茶色の毛並みには美しい艶がある。食事と運動、それから日々の手入れの成果だろう。
もちろん、俺との関係も良好だ。
……良好すぎて、最近は俺のベッドを完全に自分の寝床だと思っている節がある。
朝起きると顔の横にロコンがいるのは当たり前。たまに尻尾で顔を覆われて窒息しかけることもあるが、まあ、それもご愛嬌というやつだ。
そんなロコンと共に、俺は今日もグレンジムへ向かっていた。
◇
「十歳の誕生日、おめでとう! エンジ君!」
「ありがとうございます、カツラさん!」
「コォン!」
グレンジムに入るなり、カツラさんから豪快な祝福を受けた。
この二年間ですっかり顔馴染みになったジムの職員たちからも、お祝いの言葉をいただいた。おまけに受付のお姉さんからは、ロコン用のポケモンおやつまで貰ってしまった。
いやぁ、ありがたい。
「それにしても早いものじゃな。お前さんが初めてここへ来てから、もう二年か!」
「そうですねぇ。最初は炎タイプのことなんて、知ってるつもりになってただけでしたから」
「ほう? 今は違うと?」
「今は知らないことだらけだって、ちゃんとわかってます!」
「はっはっは! そいつは結構!」
カツラさんが愉快そうに笑う。
冗談めかして言ったが、実際その通りだった。
前世ではポケモンオタクを自称していた俺だが、この二年間で随分と鼻っ柱をへし折られたものである。
ブーバーは高温の環境を好むが、それだけで生きているわけではない。適切な栄養を摂取させなければ体調を崩すし、炎を使いすぎれば疲労も溜まる。
マグマッグに至っては、そもそも通常のポケモンとは飼育環境がまるで違う。身体が溶岩なのだから当然だが、実際に世話の手順を教わると、その複雑さには驚かされるばかりだった。
ポニータやギャロップの燃えるたてがみだって、常に同じ温度ではない。炎の状態は感情や体調にも左右されるし、興奮しているときに不用意に近づけば危険だ。
そして俺の相棒であるロコンも例外ではない。
炎タイプだから熱いものなら何でも平気、というわけではないし、温泉好きだからといって長湯させすぎるのもよくない。湯上がりには水分補給が必要だし、毛並みの手入れも欠かせない。
それに何より、ロコンはかなりの甘えん坊である。
褒められるとやる気を出すし、叱られると露骨に落ち込む。遊びたいときは尻尾を振って誘ってくるし、構ってもらえないと膝の上へ飛び乗ってくる。
……いや、これは炎タイプ関係ないな。
「さて、エンジ君! 今日も訓練を始めるとしよう!」
「はい!」
「この二年間でロコンも随分と成長した。そろそろ、これまでとは違う炎の扱い方にも挑戦してみるとよいじゃろう!」
「おおっ!」
新しい訓練。
それはつまり、新しい技を覚える機会ということだ。
俺は期待に胸を膨らませながら、ロコンと共に訓練場へ向かった。
◇
この世界に来てから、俺が特に強く実感したことがある。
それは、ポケモンの技の習得についてだ。
ゲームでは、ポケモンはレベルを上げることで新しい技を覚える。決められたレベルに到達すると、突然技を習得するわけだ。
だが、現実ではそうはいかない。
そもそも、ポケモンにゲームのような明確なレベルなんて存在しないのである。
強さを数値化した指標はあるが、それはあくまで能力を評価するための目安だ。経験を積めば能力は向上するものの、一定の数値に到達した瞬間、新しい技を閃くなんてことはない。
では、どうやって新しい技を覚えるのか。
答えは単純。
練習である。
もちろん、種族ごとの身体構造や適性による制限は存在する。どんなポケモンでも努力さえすれば好きな技を覚えられる、というわけではない。
しかし、適性さえあれば、技を習得する方法は一つではないのだ。
他のポケモンから教わる。
既に覚えている技を応用する。
自分の身体能力を鍛え、新しい動作を身につける。
そうした積み重ねによって、ポケモンは新しい技を習得していく。
そして今日、俺たちはそのことを改めて実感することになった。
「よし、ロコン! いつもの『ひのこ』から始めよう!」
「コォン!」
俺の指示に従い、ロコンが訓練場の中央へ進み出た。
正面には耐熱性の標的が三つ。
それぞれ異なる距離に設置されており、発射する炎の大きさや速度を調整する練習に使っている。
「一番手前の的に、小さく『ひのこ』!」
「コン!」
ぽぽぽっ!
ロコンの口から三つの小さな火球が飛び出した。
火球はそれぞれ標的の中央に命中し、小さな炎を上げて消える。
「いいぞ! 次は二番目! 少し強めに!」
「コォン!」
ぼぼっ!
今度は先ほどより大きな火球が二つ。
遠くの的に命中し、鮮やかな炎を散らした。
「よし、最後! 三番目の的に一発だけ! しっかり狙って!」
「コォォン!」
ロコンが大きく息を吸い込む。
そして。
ぼうっ!
勢いよく飛び出した炎の塊が、三番目の標的に向かって一直線に飛んでいく。
その瞬間だった。
パンッ!!
「うわっ!?」
鋭い破裂音が訓練場に響いた。
炎が的に命中した瞬間、弾け飛んだのだ。
爆竹を鳴らしたような音と共に、火の粉が四方へ飛び散った。
もちろん、訓練場の周囲には防火設備が整っている。飛び散った火の粉も耐熱壁に当たって消え、被害はなかった。
しかし、俺は目を丸くした。
「……え?」
「コ、コン?」
ロコンも自分の吐いた炎を見つめていた。
どうやら、本人も予想していなかったらしい。
「……今の、何だ?」
普通の『ひのこ』ではない。
威力を強めただけなら、炎が大きくなるか、燃焼時間が長くなる程度のはずだ。
だが、今の炎は明らかに違った。
標的へ命中した瞬間、内部から破裂したように炎が広がったのだ。
「……まさか」
俺の頭に、一つの技の名前が浮かんだ。
「ロコン! もう一回できるか!?」
「コォン!」
ロコンは大きく頷いた。
もう一度、標的に向かって構える。
そして口の中に炎を集め始めた。
先ほどよりも慎重に。
炎を大きくするのではなく、小さな塊へとまとめるように。
「コォン!」
ぼっ!
赤い火球が飛び出した。
先ほどほど大きくはない。
だが、その炎は標的に命中した瞬間。
パンッ!
再び弾けた。
「……おおっ!」
思わず歓声を上げた。
これは間違いない。
「『はじけるほのお』だ!」
「コォン!?」
「ロコン! 今の『はじけるほのお』だぞ!」
俺が興奮して叫ぶと、ロコンも嬉しそうに跳ね回った。
『はじけるほのお』。
炎の塊を相手にぶつけ、着弾した際に爆発させる技である。
ゲームでは攻撃した相手の周囲にも炎が飛び散り、隣接するポケモンへダメージを与えるという特徴があった。
現実なら、その性質はさらに厄介だろう。
相手や地面などに命中した炎が破裂するのだから、単純な『ひのこ』とは攻撃範囲がまるで違う。
しかも、爆発によって火の粉が広範囲に飛び散る。
つまり、複数の相手を巻き込む攻撃としても使えるわけだ。
「はっはっは! 見事じゃ!」
いつの間にか近づいていたカツラさんが、豪快に笑いながら拍手した。
「炎を一点に集め、着弾した瞬間に解放する! なるほど、なかなか面白いことを覚えたのう!」
「はい! でも、狙ってやったわけじゃなくて……」
「最初はそんなものじゃよ!」
カツラさんはロコンの前にしゃがみ込んだ。
「ロコン。今の感覚を覚えておくんじゃぞ。炎をただ大きくするのではなく、一つにまとめる。そして、命中した際に一気に広げる。これができれば、立派な技になる!」
「コォン!」
「ただし、今のままでは危険じゃ。炎がどこまで飛び散るか、自分でもわかっておらんじゃろう?」
「……コン」
ロコンが少しだけ耳を伏せた。
「そう落ち込む必要はない! だからこそ練習するんじゃ!」
「はい! ロコン、頑張ろう!」
「コォン!」
こうして、俺たちの新しい訓練が始まった。
◇
『はじけるほのお』の練習は、思っていた以上に難しかった。
何しろ、これまでの『ひのこ』とは炎の扱い方が違う。
『ひのこ』は小さな炎を飛ばす技だ。威力や大きさを調節することはあっても、基本的には炎を相手に当てることが目的になる。
一方、『はじけるほのお』は着弾した際に炎を破裂させる。
そのためには、発射する炎の形を保ちながら、命中した瞬間に勢いよく広げる必要があった。
これが難しい。
炎をまとめすぎれば、着弾しても破裂しない。
逆に勢いをつけすぎれば、飛んでいる途中で炎が散ってしまう。
最初の数日は失敗の連続だった。
「ロコン! もう少し小さく!」
「コォン!」
ぼわっ!
「大きい大きい! それ普通の『ひのこ』になってる!」
「コン!?」
「今度はもう少しまとめてみよう!」
「コォン!」
ぽすっ。
「……あれ?」
「……コン?」
小さな火球が標的に当たり、そのまま消えた。
どうやら今度は勢いが足りなかったらしい。
「……難しいなぁ」
「コォン……」
ロコンも困ったように首を傾げている。
それでも、俺たちは諦めなかった。
カツラさんに助言をもらい、訓練方法を変えながら、何度も挑戦した。
炎を大きくするのではなく、密度を高める。
発射する瞬間の勢いを調節する。
そして、着弾したときに炎が広がる感覚を覚える。
そうした練習を続けた結果。
数週間後。
「ロコン! 『はじけるほのお』!」
「コォォン!!」
ぼっ!
ロコンの口から鮮やかな赤い火球が飛び出した。
火球は標的の中央に命中し。
パンッ!!
勢いよく破裂した。
飛び散った火の粉が周囲の小さな標的にも命中し、次々と燃え上がる。
「……成功!」
「コォォン!」
ロコンが嬉しそうに飛び跳ねた。
俺も思わず駆け寄り、その身体を抱き上げる。
「やったなロコン! すごいぞ!」
「コォン! コォン!」
尻尾をぶんぶん振りながら、俺の頬を舐めてくる。
ああ、もう。
可愛いなぁ、お前!
「はっはっは! よく頑張ったな、二人とも!」
カツラさんも満足そうに頷いた。
「もっとも、まだまだ改良の余地はあるぞ! 炎が飛び散る範囲や、爆発の大きさを調節できるようになれば、さらに使い勝手がよくなるじゃろう!」
「はい!」
確かに、今の『はじけるほのお』はまだ威力も範囲も安定していない。
しかし、技としては十分に成立している。
『ひのこ』の練習を積み重ねた結果、まったく新しい技を習得できたのだ。
これは大きな成果だった。
そして、そんな俺たちの様子を見ていたカツラさんが、何やら思いついたように笑った。
「よし! では、次はもう少し難しいことに挑戦してみるか!」
「え?」
「ブーバー! 出番じゃぞ!」
「ブォォッ!」
モンスターボールから現れたのは、カツラさんの相棒であるブーバーだった。
……あれ?
もしかして、今度はブーバー先生による特別授業ですか?
◇
「ブーバー! 『かえんほうしゃ』!」
「ブォォォォッ!!」
ゴオオオオッ!!
凄まじい炎がブーバーの口から噴き出した。
赤々と燃える炎が一直線に伸び、遠くに設置された耐熱性の標的を包み込む。
「うおお……!」
思わず声が漏れた。
さすがカツラさんのブーバー。
炎の勢いも、射程も、安定感も桁違いだ。
しかも驚くべきことに、炎の幅がほとんど変わらない。
長く伸びる炎が、狙った場所へ正確に届いている。
「どうじゃ、エンジ君!」
「すごいです! 炎が全然ぶれてない!」
「うむ! 『かえんほうしゃ』は、連続して炎を放出する技じゃ。炎の勢いを維持しながら、狙った方向へ正確に送り続ける必要がある!」
なるほど。
『ひのこ』や『はじけるほのお』は炎を塊として飛ばす技だ。
一方、『かえんほうしゃ』は炎を途切れさせずに吐き続ける。
似ているようで、必要な技術はかなり違う。
「ロコンにも練習させてみようと思うんじゃが、どうじゃ?」
「もちろんです!」
「コォン!」
ロコンもやる気満々だ。
ブーバーはそんなロコンを見下ろし、軽く頷いた。
「ブォッ!」
「コォン!」
何やら師弟関係が成立したらしい。
……ブーバー先生、よろしくお願いします。
まず、ブーバーが見本を見せる。
大きな炎を吐くのではなく、細く、ゆっくりと。
次に、それを真似するようロコンへ促した。
「ロコン。最初は短くてもいいから、炎を繋げてみよう」
「コン!」
ロコンが口を開く。
ぼっ、ぼぼっ!
小さな火球が連続して飛び出した。
……うん。
見事な『ひのこ』の連射である。
「……まあ、最初はそうなるよな」
「ブォッ!」
ブーバーがもう一度見本を見せる。
今度は小さな炎を途切れさせず、ゆっくりと伸ばしていく。
ロコンはその様子を真剣に見つめていた。
「コォン……」
そして、再挑戦。
ぼおっ!
今度は少しだけ炎が長く伸びた。
「おっ!」
しかし、すぐに途切れてしまう。
「コォン……」
「惜しい! でも、さっきよりよかったぞ!」
俺が褒めると、ロコンは嬉しそうに尻尾を振った。
ブーバーも満足げに頷いている。
「ブォッ!」
……いい先生だなぁ。
さすがはカツラさんの相棒である。
◇
それからしばらく、ロコンはブーバーから『かえんほうしゃ』の指導を受けることになった。
もっとも、練習は順調とは言い難かった。
『ひのこ』を連続して吐くことはできる。
炎を長く伸ばすことも、少しずつできるようになった。
だが、どうしても途中で炎が途切れてしまうのだ。
ブーバーのように、一定の勢いを維持したまま炎を放出することができない。
「……うーん」
「コォン……」
訓練場の隅で、俺とロコンは揃って首を傾げていた。
何が問題なのだろう。
炎の量が足りない?
それとも、息を吐く力が弱い?
いや、ロコンは『はじけるほのお』を使えるようになっている。単純な炎の威力が足りないとは思えない。
となると、問題は炎を維持する技術の方か。
「……ロコン。もう一回だけやってみようか」
「コン!」
ロコンが頷いた。
俺は標的の位置を少し近づけた。
「無理に遠くまで伸ばそうとしなくていいよ。まずは炎を途切れさせないようにしてみよう」
「コォン!」
ロコンが口を開く。
ぼおおっ!
炎が伸びた。
これまでよりも長く、そして安定している。
「おっ! いいぞ!」
しかし。
ぼわっ!
突然、炎が横へ大きく広がった。
「うわっ!?」
標的の周囲を、扇状に広がった炎が包み込んだ。
炎そのものの勢いは、ブーバーの『かえんほうしゃ』ほど強くない。
だが、広がった範囲は明らかに大きかった。
「……あれ?」
俺は目を丸くした。
ロコンも不思議そうに標的を見つめている。
そして、その様子を見ていたカツラさんが、興味深そうに声を上げた。
「ほう! これは面白い!」
「カツラさん?」
「エンジ君! 今の炎をどう思う?」
「えっと……『かえんほうしゃ』にはなってないですけど、炎が広範囲に広がりましたね」
「うむ! では、その炎の使い道を考えてみるんじゃ!」
使い道。
俺は改めて標的を見た。
ロコンの炎は、一直線に伸びるのではなく、扇状に広がっていた。
そして、炎に包まれた範囲の表面が、一様に焼け焦げている。
……ああ。
なるほど。
「……『やきつくす』?」
思わず呟いた。
『やきつくす』。
炎で相手を包み込み、焼き尽くす技である。
ゲームでは複数の相手を攻撃でき、相手が持っているきのみを燃やしてしまうという特徴があった。
現実でも、燃えやすい物を焼き払うには有効な技だろう。
『かえんほうしゃ』のように一点へ炎を集中させるのではなく、広範囲へ炎を行き渡らせる。
威力では劣っていても、使い道は十分にある。
「ロコン! もう一回、今みたいに炎を広げられるか!?」
「コォン!」
ロコンは頷いた。
そして、再び口を開く。
ぼおおっ!
今度は最初から扇状に炎が広がった。
標的の表面を炎が舐めるように覆い、真っ赤に染め上げる。
「……おおっ!」
見事な炎だった。
しかも、先ほどよりも安定している。
「はっはっは! なるほど、なるほど! 『かえんほうしゃ』を教えようとしておったら、別の技を覚えたわけか!」
カツラさんが楽しそうに笑った。
「じゃが、これも立派な成果じゃぞ! 『やきつくす』は炎の広がり方を利用する技じゃ。今のロコンには、むしろこちらの方が扱いやすいのかもしれんな!」
「……なるほど」
俺は納得した。
確かに、ロコンは『ひのこ』の練習を重ねる中で、炎を小さくしたり、大きくしたりする技術を身につけてきた。
『はじけるほのお』では、炎を一点にまとめてから広げる方法を覚えた。
そして今回の『やきつくす』は、炎を広い範囲へ行き渡らせる技だ。
つまり、これまでの練習で培ってきた技術が、そのまま応用できるのである。
「……あれ?」
そこで、俺はふと思った。
もしかして、技の習得ってこういうことなのだろうか。
ゲームではレベルを上げれば覚えられる技でも、現実では様々な技術の組み合わせによって成立している。
『ひのこ』を練習する。
炎の量を調節できるようになる。
炎を一点にまとめられるようになる。
その応用で『はじけるほのお』を覚える。
そして、炎を連続して吐く練習をする。
その過程で、炎を広範囲へ広げる技術を身につけ、『やきつくす』を覚える。
つまり、技の習得には繋がりがあるのだ。
「……面白いなぁ」
俺は思わず笑ってしまった。
いや、本当に面白い。
ゲームでは技を覚える瞬間なんて、ほんの数秒の出来事だった。
しかし現実では違う。
何度も練習し、失敗し、試行錯誤を重ねることで、新しい技が生まれる。
しかも、教えようとしていた技とは違う技を覚えることだってある。
これは、実際にポケモンを育てていなければわからないことだろう。
「ロコン! すごいぞ!」
「コォン!」
俺が褒めると、ロコンは嬉しそうに飛び跳ねた。
ブーバーも満足そうに鳴いている。
「ブォォッ!」
「……ブーバー先生、ありがとうございます!」
「ブォッ!」
ブーバーが胸を張った。
うん。
どうやら、本人も満更ではないらしい。
◇
もっとも、『やきつくす』を覚えたからといって、そこで練習が終わるわけではない。
むしろ、ここからが本番だった。
「ロコン! 次は炎を広げる範囲を小さくしてみよう!」
「コォン!」
ぼおっ!
「よし! 今度は少し広く!」
「コン!」
ぼおおっ!
「いいぞ! 次は標的の右半分だけ!」
「コォン!」
ぼわっ!
「……全部燃えたな」
「……コン」
まだまだ細かい制御は難しいらしい。
しかし、以前と比べれば格段に成長していた。
特に、『ひのこ』の威力調節を長い時間かけて練習してきたことが大きい。
炎の量を調節できるからこそ、『はじけるほのお』では爆発の大きさを、『やきつくす』では炎の広がり方を調整できる。
そして、どちらも単なる火力の向上ではない。
使い方によって、まったく異なる役割を持つ技なのだ。
例えば『はじけるほのお』なら、相手の足元や背後に着弾させることで、爆発した炎を利用して行動範囲を制限できるかもしれない。
直接命中させなくても、周囲へ飛び散る炎が牽制になる。
一方、『やきつくす』なら、広範囲を炎で覆うことができる。
相手が複数いる場合や、燃えやすい障害物を処理する場面などでは、特に有効だろう。
ただし、どちらも周囲への被害には注意が必要になる。
『はじけるほのお』は飛び散った火の粉が予想外の場所へ届く危険があるし、『やきつくす』は炎が広がる分、周囲のものを巻き込みやすい。
つまり、使い勝手がよいからといって、どこでも使っていい技ではないのだ。
「……やっぱり、炎タイプって難しいなぁ」
「コォン?」
「いや、褒めてるんだよ。すごく面白いってこと」
「コォン!」
ロコンは嬉しそうに尻尾を振った。
……うん。
我ながら、いい相棒に恵まれたと思う。
◇
「さて、エンジ君! 今日の訓練はここまでじゃ!」
「はい! ありがとうございました!」
「コォン!」
夕方になり、俺たちは訓練場を後にした。
ロコンは随分と疲れたらしく、俺の腕の中でぐったりしている。
もっとも、体調が悪いわけではない。
単純に、炎を使いすぎて疲れているだけだ。
しっかり水分を補給させ、少し休ませれば元気になるだろう。
「いやぁ、今日はすごかったなぁ」
「コォン……」
「『はじけるほのお』も覚えたし、『やきつくす』まで使えるようになったし。二年間頑張ってきた甲斐があったよ」
俺はロコンの頭を撫でた。
ロコンは満足そうに目を細める。
「……でも、まだまだ覚えたい技はいっぱいあるんだよなぁ」
俺は空を見上げた。
『かえんほうしゃ』。
『おにび』。
『ほのおのうず』。
『だいもんじ』。
『オーバーヒート』。
前世のゲームではお馴染みだった技の数々。
しかし、この世界ではどれも簡単に覚えられるものではない。
それぞれに必要な技術があり、習得するための練習が必要になる。
しかも、ロコン自身の得意不得意だってあるだろう。
無理に強い技を覚えさせるより、今使える技をしっかり磨いた方がよい場合だってある。
……まあ、焦る必要はないか。
俺はまだ十歳。
ロコンもまだまだ若い。
これから先、いくらでも成長できる。
「……いつか『かえんほうしゃ』も覚えような」
「コォン!」
「うん。ブーバー先生みたいに、すごい炎を出せるようになろう」
ロコンが嬉しそうに鳴いた。
そして。
「……コン?」
突然、耳をぴくりと動かした。
「ん?」
ロコンが俺の腕の中から顔を上げる。
その視線の先には、いつもの温泉施設があった。
……ああ。
なるほど。
「……温泉?」
「コォォン!」
さっきまでぐったりしていたくせに、突然元気になった。
「お前なぁ……」
俺は思わず笑ってしまった。
今日だけでどれほど炎を吐いたと思っているんだ。
普通なら、さっさと帰って休みたいところだろうに。
「……まあ、軽く汗を流すくらいならいいか。ただし、今日は長湯禁止な」
「コォン!」
「それから、水分補給もちゃんとすること!」
「コン!」
「あと、帰ったらしっかりご飯食べて寝るんだぞ!」
「コォン!」
元気よく返事をするロコン。
まったく。
こいつは本当に温泉が好きだなぁ。
……いや、俺も好きだから人のことは言えないんだけど。
◇
その日の夜。
俺は自分の部屋で、これまでの訓練記録を整理していた。
二年間で書き溜めたノートは、既に何冊にもなっている。
ロコンの体調管理。
食事の内容。
炎の温度や大きさ。
技の練習方法。
そして、訓練での成功と失敗。
それらを見返しながら、俺は改めて感じていた。
ポケモンを育てるというのは、本当に奥が深い。
特に技の習得については、前世の常識がまったく通用しない。
ゲームではレベルを上げれば自然に覚える技でも、現実では練習しなければ身につかない。
逆に、レベルが足りないから覚えられない、なんてこともない。
ポケモン自身の能力と適性、そして練習方法次第で、思いがけない技を習得できることもある。
今回のロコンが、まさにそうだった。
『ひのこ』の練習から『はじけるほのお』を覚え、ブーバーの『かえんほうしゃ』を参考にした練習から『やきつくす』を習得した。
狙っていた技とは違うものを覚えたというのも、実に面白い。
もしかしたら、他の技にも似たような関係があるのかもしれない。
例えば『おにび』。
あれは単純に炎をぶつけるのではなく、相手を火傷させることに特化した技だ。
炎の温度や持続時間を調節できるようになれば、習得の糸口が見つかるかもしれない。
あるいは『ほのおのうず』。
あれは炎を渦状に回転させ、相手を閉じ込める技だ。
『やきつくす』で炎を広げる技術を身につけた今なら、炎の流れを操作する訓練へ繋げられるかもしれない。
そして『かえんほうしゃ』。
今回は習得できなかったが、炎を連続して吐き続ける練習は、決して無駄ではなかった。
むしろ、『やきつくす』を覚えられたのは、その練習のおかげである。
「……うん。やっぱり面白いなぁ」
俺はノートを閉じた。
前世では画面越しに見ていたポケモンの技。
今では、その技を覚えるために相棒と一緒に努力している。
こんな経験ができるなんて、転生したばかりの頃には想像もしていなかった。
「……ロコン」
「……コォン?」
ベッドの上で丸くなっていたロコンが、眠たそうに顔を上げた。
「今日はお疲れ様。すごく頑張ったな」
「コォン……」
俺はその頭を優しく撫でた。
ロコンは満足そうに目を細め、ふさふさの尻尾を揺らした。
「明日はゆっくり休もうか。訓練はお休みにしてさ」
「……コン?」
「温泉に行って、美味しいもの食べて、のんびりしよう」
「コォォン!」
途端に元気になった。
……うん。
やっぱり、温泉のことになると反応が違う。
でも、そんなロコンだからこそ、俺は一緒にいて楽しいのかもしれない。
前世ではゲームの中でしか出会えなかったポケモン。
今では、そのポケモンと共に生活し、勉強し、遊び、温泉にまで入っている。
しかも、こうして一緒に成長していけるのだ。
こんなに楽しい人生があるだろうか。
「……いつか、もっと強くなろうな」
「コォン!」
「カツラさんみたいな、立派な炎使いになれるように」
俺がそう言うと、ロコンは嬉しそうに鳴いた。
そして、俺の胸元に頭を擦りつけてくる。
その温かな身体を抱きしめながら、俺は静かに目を閉じた。
十歳になったエンジと、相棒のロコン。
まだまだ未熟な俺たちだが、確実に成長している。
そして、いつか。
カントー地方を飛び出し、様々な地方を旅する日が来るのだろう。
そのときには、今日覚えた技もきっと役に立つはずだ。
……もっとも。
今はまだ、グレンタウンでのんびり過ごす日々を楽しもう。
何しろ、この島には温泉があるのだから。