男子校育ちのボクが小6女子にTSしたらクラスで一番女子力が高かった件 作:間瀬凪
――ズキッ、と。
まぶたの裏に朝の柔らかな日差しを感じた瞬間、僕の意識を無理やり覚醒させたのは、下腹部を突き上げる猛烈な尿意だった。
「……っ!? や、ヤバい……!」
昨晩、寝る前に水分を取りすぎただろうか。パンパンに膨れ上がった膀胱が、一刻の猶予も許されないレベルの限界警報をけたたましく鳴り響かせている。
ふわりと鼻腔をくすぐったフローラル系の妙に甘い柔軟剤の香りや、見慣れないパステルカラーのシーツの感触に首をかしげる余裕すらなかった。
漏らすわけにはいかない!
僕は跳ね起きるようにベッドから飛び出し、パジャマの裾をバタつかせながら、自室のドアを蹴破る勢いで廊下のトイレへと突進した。
バタンッ!
トイレに滑り込み、内鍵をガチャンと閉める。
便座のフタを跳ね上げ、僕は十七年間の身体に染み付いたルーティン通り、パジャマのズボンと下着のウエストゴムを掴んで膝まで一気に引き下げ、便座へと腰を下ろした。
家庭のトイレでは飛び散りを防ぐために座ってするのが、知性派男子である僕の当然の作法だ。
そして、座った姿勢のまま、そこにあるべき『いつもの相棒』の向きを下向きに押さえつけようと、無意識に前へ手を伸ばす。
便座の隙間から前方に飛び出したり便器のフチに当たったりしないよう、角度を軽く下向きに微調整する――男子が座って用を足す時の、ごく当たり前の動作。
――が。
「………………へ?」
スカッ。
僕の手のひらは、何の手応えも掴むことなく空を切った。
押さえるはずのストッパーが完全に消滅していたせいで勢い余り、危うくそのまま便器の中へ手を突っ込みそうになって、慌てて手首を引き戻す。
え? ちょっと待って。
僕の手が触れたのは、つるりとした下腹部の平坦な皮膚の感触だけ。下向きに押さえつけるべき物体も、二つの袋も、影も形もない。
「……な、ない!? 掴めない!? ついてない……!?!?」
ガビーン!!と、僕の頭の中で雷鳴が轟いた。
ついてない! 僕の! 息子が! 消失している!!
――が、その異常事態を吟味している余裕はコンマ一秒すら残されていなかった。
尿意のゲージはすでに百パーセントのレッドゾーンをぶっちぎっている。何がどうなっているのか、なぜついていないのか、そんな哲学的な疑問はすべて後回しだ!
いま最優先すべきは、この十七年の人生の尊厳を守ること――絶対に漏らさないこと、ただそれだけ!!
「う、うおおおおおおっ……!?」
考えるな、出せ! 全神経を排泄だけに集中させろ!
僕は思考を完全にシャットダウンし、ただ無心で下腹部の筋肉を緩めた。
その瞬間――ドバッと一気に放出された。
男子の感覚をはるかに凌駕する排出スピード!
まるでダムの放流口を全開にしたような勢いで、あっという間にすべてが出し切られていく。
だが、無我夢中で便座の先端に浅く腰掛け、内股気味に出してしまったのが完全に仇となった。
男子のように方向を制御する突起がないため、便器の中に落ちるはずだった温かい水分が、皮膚を伝って両太ももの内側へと一気に流れ広がっていく。
(う、うわっ!? な、生温かッ!? えっ、ちょっと待って、べちょべちょなんだけどぉぉぉっ!?)
股間から太ももの内側にかけて、信じられない範囲が自分の体温でぐっしょりと濡れている。
「……っ、ふう……」
やがて、凄まじい勢いの放出がようやく終わった。
膀胱を満たしていた限界寸前の圧迫感は綺麗さっぱり消え去り、下腹部に心地よい脱力感が広がる。
……ふう、助かった。あと一秒遅れていたら人生最大の汚点をぶちまけるところだった。
――と、危機を脱して一息ついた、まさにその瞬間だった。
停止していた僕の脳のCPUが、一気にフルスロットルで再起動した。
「………………は?」
冷や汗が、すうっと背筋を滑り落ちていく。
ちょ、ちょっと待ってほしい。そもそも僕は誰だ?
僕の名前は柏木郁実(かしわぎ・いくみ)。県内でも三番手くらいに位置する私立の中高一貫男子校に通う高校二年生、十七歳だ。
大した努力もせず、持ち前の要領の良さと地頭だけで学年成績三位を涼しい顔でキープしている、自他共に認める知性派モブ男子――のはずである。
頭の奥底には、まだ昨日の放課後の残像だって鮮明に焼き付いている。
男子校の日常なんてものは、基本的に無彩色のモノクロームだ。
黒の詰め襟、灰色の校舎、砂煙が舞い散る乾いたグラウンド、そして部活帰りの野獣どもが放つ濃厚な男の汗の臭い。世界中から『彩度』という概念を根こそぎ奪い去ったような、ひたすら殺風景で泥臭い空間。
その中で、僕は特に目立つこともなく、放課後に親友と二人で昇降口前の自販機に寄り道し、百円玉を投入して紙パックのレモンティーをストローですすりながら、他愛もない世間話をしていたはずだ。
『なあ郁実。女子のいる世界って、どんな感じなんだろうな』
『さあな。僕らには一生縁のない異次元の話だろ』
『古くから「紅一点」とか「花を添える」なんて言葉があるだろ? あれ、真理だと思うんだよな。駅の反対側の共学校の連中を見てみろよ。パステルカラーのスカート、揺れるリボン、風に乗って漂ってくるシャンプーの甘い匂い……。男の世界がただの灰色なら、女子の世界はそれ自体が鮮烈な色彩そのものなんだよ。あいつら、絶対毎日が薔薇色で楽しいに決まってる』
『はいはい、お前の過剰な女子幻想は聞き飽きたよ。まあ……華やかで楽しそうっていうのは、否定しないけどさ』
――そんな、男子校生特有の青臭く平和な会話を交わして帰宅し、自分のベッドで眠りについたはずなのだ。
それなのに、今、僕の身に何が起きた……?
僕の秀才の頭脳が、目の前で起きた一連の事象を猛スピードで演算し、整理し始めた。
まず、座って相棒を下向きに押さえようとしたら、何も掴めなかった。ついていない。突起物も、二つの袋も、影も形もない。
次に、排泄のスピード。男子の半分以下の時間で、一瞬ですべてが出し切られた。
そして極めつけは、この太ももの大惨事だ。突起がないせいで方向の制御が一切利かず、皮膚を伝って内股まで温かい水分が流れ広がっている。
手で恐る恐る、自分の股間のあたりにそっと触れてみる。そこにあるのは――つるりとした平坦な皮膚と、柔らかな窪み。
僕の知っている男子の身体の構造とは、根本的に、一から十まで何一つとして合致しない。
進学校で鍛えた僕の知識が、生物の教科書の解剖図を引っ張り出し、一つの明白すぎる事実を突きつけてきた。
(こ、これ……女性の身体の構造じゃないか……!?)
突起物がないんじゃない。「最初からついていない性別」なのだ。
女性の尿道は男性より極端に短く、抵抗が少ないから一気にドバッと出る。方向をコントロールできないから、座る角度を間違えれば太ももを伝って漏れてしまう。
すべてが合致する。教科書の記述通り、完璧に辻褄が合ってしまうのだ。
「な、なんで……!? なんで僕の身体が、女の子になってるんだ……!?」
声を出した瞬間、自分の喉からこぼれた高めの澄んだ声音に、さらに背筋が粟立った。
違う。さっきから感じていた違和感は、股間だけじゃない。
下腹部に力を入れたときに視界の端に入った自分の手。細くて、白くて、指先に男子高校生のようなゴツゴツした骨っぽさが全くない。
膝まで下げられたパジャマの丈。いつもならスネ毛の生えた脛がむき出しになるはずなのに、白くなめらかな太ももと膝小僧は、明らかにひと回りもふた回りも小さく、華奢だ。
さらに、俯いた顔の横へさらりと滑り落ちてきた、肩の下まで届く長い黒髪と、そこからふわりと漂うフローラル系の甘いシャンプーの香り。
(これ……夢じゃない……。悪友のドッキリなんかじゃ絶対にない……!)
要領だけで学年三位をキープしてきた僕の明晰な頭脳が、いま目の前にある自分の身体の情報を一瞬で組み上げ、一つの恐るべき結論を叩き出していた。
(僕の身体は、間違いなく『女の子』になっている……! しかも、ただの女子高生じゃない。この手足の小ささ、この身体のサイズ感は――もっと幼い子どもの身体だ……!)
昨晩、自販機の前で親友と話していた『色彩豊かな女子の世界』の残像が、強烈な皮肉となって脳裏をよぎる。
まさか、僕自身がそっち側の世界に放り込まれるなんて、誰が想像できただろうか。
信じがたい超常現象。混乱と戦慄で心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
だが――。
呆然と固まる僕の思考を、内股のひやりと冷え始めた感触が容赦なく現実へと引き戻した。
最初は生温かかったはずの水分が、空気に触れて急速に熱を奪われ、冷たい雫となってツーッと重力に従って太ももを垂れ落ちていく。
(……っ! だ、大惨事の真っ只中だった……!!)
女の子になった理由だとか、何がどうしてこうなったのかという状況の究明は後だ!
このままでは、立ち上がることすらできない。
目の前に突きつけられた絶体絶命の危機を前に、僕の視線は壁のホルダーへと吸い寄せられた。
――まずは、この濡れそぼった太ももをどうにかしなければならない。
目の前にぶら下がるトイレットペーパーの白いロール。
いま僕に必要なのは、哲学的な思考でも、失われた相棒への哀悼でもない。
男子なら身震いして二、三回振れば終了だが、今の僕には振るべきパーツがないどころか、広範囲の緊急除染作業が必要不可欠なのだ!
「紙……! トイレットペーパーだ……! しかも大量に!!」
僕は横のホルダーへ手を伸ばし、ガラガラガラガラッと凄まじい勢いで紙を引き出した。
……待てよ? 小用を足すだけで、毎回こんなにトイレットペーパーを消費するのか!?
もし外出先でペーパーが切れていたら、その時点で文字通りの詰み(チェックメイト)じゃないか!
さらに、次の難関が襲いかかる。
(ふ、拭き方……! 確か前から後ろだっけ!?)
紙を何重にも折りたたみ、まずは太ももの内側の水分を吸い取る。
そして、肝心のデリケートゾーンへおそるおそる手を伸ばした。
男子の感覚だと無意識に逆から手を動かしてしまいそうになるが、雑菌が入って膀胱炎にならないよう、慎重に『前から後ろへ』。しかも擦らずに、そっと押し当てて水分を吸わせるように――。
「……おわっ!?」
不慣れな手つきで紙を押し当てた瞬間、僕は思わず変な声を漏らして手を止めた。
そこに在るはずのモノがついていないどころではない。
ペーパー越しに指先へと伝わってきたのは、十七年間の男子人生で一度も自分の身体に感じたことのない、ふわりと沈み込むような不思議な柔らかさだったのだ。
(な、なんだこの頼りないくらいの柔らかさは……!? 軟骨みたいな硬い芯も、袋の手応えも本当に何もないぞ……!)
頭の中で教科書の知識として理解したはずの『女の子になった』という事実が、かつてない未知の感触となって、僕に決定的な現実を突きつけていた。