男子校育ちのボクが小6女子にTSしたらクラスで一番女子力が高かった件 作:間瀬凪
――自分の身体なのに、まるで知らない精密機械にでも触れているかのようなおっかなびっくりな感覚だった。
トイレの個室の中、僕は小さく息を詰めながら、不慣れな手首の返しで慎重にトイレットペーパーを動かしていた。
紙をそっと押し当てるたびに伝わる、芯のないふわりとした不思議な柔らかさに戸惑う。それでもなんとか冷静さを保ち、『前から後ろへ』の鉄則を守り抜いて、濡れてしまった太ももの内側まで残らずきれいに拭い去った。
「……ふう……」
使用済みのペーパーを便器に落とし、レバーを引いて水を流す。
ようやく緊急事態を乗り切った安堵とともに、僕は膝まで下げていたパジャマと下着を、そろそろと引き上げた。
その時、下着の布地が肌に触れた瞬間の感触に、僕は小さく息を呑んだ。
生地自体は肌触りの良い綿で、お腹からお尻まですっぽりと深く包み込んでくれる、しっかりとした安心感がある。淡いパステルピンクの、小学生らしい健全なジュニア用ショーツだ。
だが――男子の下着とは、構造が根本から違っていた。
トランクスのような足回りのスカスカした風通しの良さもなければ、ボクサーパンツのように太ももを包む丈(すそ)もない。フロントの立体的なゆとりすらなく、驚くほどフラットな布地が、下腹部とお尻にぴったりフィットしている。
そして何より――。
「……ん……っ、なんか、くすぐったい……?」
太ももの付け根、足ぐりの部分に入っている細いゴムだ。
男子のトランクスでは絶対に肌に触れることのない位置――脚の付け根のラインをぐるりと囲むゴムが、肌にピタッと密着している。歩いたり体重を移動させたりするたびに、付け根の皮膚をかすかに擦るような、何とも言えないくすぐったい違和感が這い上がってくるのだ。
守られている安心感はあるのに、この付け根のゴムの当たり具合ばかりが気になって、どうにも落ち着かない。
まだ慣れない足ぐりの感触にそわそわしながら、僕は恐る恐る立ち上がり、便座の前で足を揃えてみた。
その瞬間――。
「…………あれ?」
僕は、その場に棒立ちになった。
何気なく、右足と左足を交互に軽く前後に振ってみる。
すっ、すっ。
……な、なんだこれは?
「す、涼しい……!? っていうか、めちゃくちゃ身軽じゃないか……!?」
思わず声が漏れた。
十七年間の男子人生において、股の間には常に『ある程度の質量を持った異物』がぶら下がっていた。歩くたびに太ももの内側にペタペタと当たり、夏場になれば蒸れて鬱陶しく、座り方を間違えれば挟み込んで激痛が走る、あの厄介極まりない付属パーツ。
それが――跡形もなく消え去っているのだ。
内股の間に、何一つ挟まらない。
障害物が何もない。驚くほどフラットで、風通しが良くて、どこまでも軽やか。
「す、すごい……! 足の内側が、こんなにスッキリしてるなんて……! これが女子の標準装備の世界なのか……!?」
さっきまでのパニックはどこへやら、僕は思わずその場で足踏みを繰り返し、股間に何一つぶら下がっていない圧倒的な解放感とスッキリ感を、じっくりと噛み締めてしまった。
***
トイレを出た僕は、吸い寄せられるように洗面所へと向かった。
白い洗面台の前に立ち、恐る恐る顔を上げる。
壁に埋め込まれた縦長の鏡。そこに映し出されていたのは――。
「う、嘘だろ……」
そこにいたのは、寝癖でわずかに毛先が跳ねた、さらさらの見事な黒髪。
透き通るように白い肌に、吸い込まれそうなほど丸く大きな瞳。
華奢な鎖骨と、まだ丸みを帯びる前の平坦で薄い胸元。
どこからどう見ても、息を呑むほど可憐で愛らしい――十二歳前後の美少女の姿だった。
「こ、これが……僕……?」
思わず自分の頬に触れる。鏡の中の美少女も、同じように白く小さな手のひらで、柔らかそうな頬をぷにっと押し込んだ。
つるつるだ。毛穴の一つも見当たらない。男子高校生特有の髭の剃り跡も、皮脂のテカリも皆無。
その時だった。
「郁実ー? 起きてるんでしょー? トイレ長いわよ、早く顔洗っちゃいなさい」
階段の下から、聞き慣れた母親の声が飛んできた。
僕の心臓がトクンと跳ねる。
……お母さんだ。
声の主は間違いなく僕の母親だが、その呼びかけに一切の動揺や不審な様子はない。
「あ、う、うん! 今、顔洗うところ!」
慌てて返事をしながら、僕は冷水でパシャパシャと顔を洗った。
タオル掛けに手を伸ばすと、そこにかかっていたのは、男子高校生が使うような無骨なスポーツタオルではなく、端っこに小さなイチゴの刺繍が入った可愛らしいピンクのフェイスタオル。
水滴を拭き取りながら、廊下をそろそろと歩いて階段の上から階下を窺ってみる。
「郁実、早くしなさいよー。今日のご飯、あなたの好きなフレンチトースト焼いてるんだから」
キッチンからフライパンのジュウジュウという小気味よい音と、バターとメープルの甘い香りが漂ってくる。
……フレンチトースト?
男子高校生だった頃の僕の朝食といえば、納豆ご飯に生卵をぶち込むか、食パンを二枚一気にかじりながら牛乳で流し込むような、ひたすら炭水化物を詰め込む餌のようなメニューだったはずだ。それが、まるで休日のカフェのような洒落た朝食。
さらに、リビングのドアが開いて、出勤前の父親が新聞を小脇に抱えて廊下に出てきた。
「お、郁実、おはよう。今日も早いな。……なんだ、まだぼーっとしてるのか? 女の子なんだから、ちゃんと髪もとかしてきなさいよ」
そう言って、父は僕の頭をぽんぽんと優しく撫で、そのまま洗面所へとすれ違っていった。
(……え? お父さんも……?)
僕は呆然と立ち尽くした。
普段なら「おい郁実、今日も部活か? しっかり走ってこいよ」と肩をバシッと叩いてくるような体育会系の父が、なんの躊躇もなく、極めて自然に「女の子の娘」として僕に接してきたのだ。
誰一人として疑っていない。
僕が女の子であることが、この家では天地がひっくり返っても揺るがない「当たり前の日常」として完全に定着しているのだ。
僕は急いで自室へと駆け戻り、ドアを閉めて鍵をかけた。
そして、改めて自分の部屋を見渡した瞬間――僕はまたしても言葉を失った。
「……あれ? 僕の部屋まで、こんなことになってたのか……!?」
さっきは寝起きの猛烈な尿意で周りを見る余裕なんてなかったが、部屋の空気からして、部活のエナメルバッグのゴム臭さや男物の制汗スプレーのシトラス臭はどこにもない。お日様の光を吸い込んだシーツと、フローラル系の甘く優しい柔軟剤の香りだけが満ちている。
天井の木目の節の位置は確かに僕の部屋だ。だが、男らしく遮光性だけを重視して選んだはずの無骨な紺色のカーテンは、柔らかいアイボリー地に淡い小花柄がプリントされた可愛らしいカーテンにすり替わっていた。
床を見下ろせば、脱ぎ散らかしたままのジャージや適当に放り出した参考書タワーの姿はどこにもなく、フローリングには小さな丸いパステルグリーンのラグマット。ベッドの枕元には、手のひらサイズの白ウサギのマスコットまでちょこんと座っている。
僕はゴクリと唾を飲み込み、学習机の上をひっくり返すように調べ始めた。
卓上カレンダーの日付。
「……二千二十一年四月……!? 五年前の、春!?」
今が十七歳・高校二年生の僕からすれば、五年前の春といえば――十二歳。小学校六年生に進級したばかりの、新学期の始まりだ!
机の上に積まれた真新しい教科書を見る。『小学6年 算数』『新しい理科6』。
どれも折り目一つないピカピカの新品で、表紙にはまだ真新しいインクの匂いが残っている。
そして、新学年用の連絡帳の表紙の記名欄。
そこには、少し丸っこい丁寧な筆跡で、こう書かれていた。
『6年2組 柏木 郁実』
「名前は……同じだ」
柏木郁実。
僕の名前は、男としても女としても違和感のない中性的な名前だった。
男子校時代は親友から「郁実」「柏木」と自然に呼ばれていたが、女の子の名前としても全く不自然さがない。
僕は椅子に座り込み、学年三位の秀才の頭脳をフル回転させて、現状をロジカルに整理し始めた。
(……よし、落ち着いて仮説を立てよう)
第一に、僕の意識と記憶は間違いなく「私立男子校に通う十七歳の高校二年生」のものだ。数学の微積分の公式も、世界史の年号も、昨日の男子校の部室の汗臭い記憶も完全に残っている。
第二に、目の前にある肉体と環境は「五年前の十二歳、小学校六年生の女の子」のものだ。
第三に、名前は「柏木郁実」のまま。そして家族の態度から見ても、見知らぬ他人に乗り移ったわけではなく、「過去の僕自身の人生」なのだ。ただし――生まれた時から性別が女として育ってきたパラレルワールドの世界線。
そう結論づけた、まさにその瞬間だった。
トクン、と頭の奥が脈打ち、まるで閉じていた引き出しが一気に開くように、「生まれた時から女の子として育ってきた柏木郁実」の十二年間の記憶が、鮮明に脳裏へとよみがえってきたのだ。
両親に「郁実」と呼ばれて可愛がられた幼少期の記憶、隣の席の幼馴染・堀越菜摘(ほりこし・なつみ)と一緒に泥だらけになって駆け回った日々、通い慣れた小学校の通学路やクラスメイトたちの顔と名前――。
男として十七年生きてきた僕のメイン人格と記憶の上に、女の子として十二年生きてきたこの世界の記憶が、何の違和感もなく自然に重なり合って統合されていく。
(タイムスリップ……しかもTS(性転換)かよ……! でも、この世界の記憶もあるなら、学校や日常生活でボロを出さずにやっていけるぞ!)
ラノベかネット小説でしか見たことのない超常現象が、まさかこの僕の身に降りかかるとは。
普通なら、ここで「元の世界に戻してくれ!」と頭を抱えて発狂するか、絶望して涙に暮れるところだろう。
だが。
僕は、椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げながらニヤリと口角を吊り上げた。
(……待てよ?)
大した努力もせず、要領の良さだけで世渡りしてきた僕だ。
元の世界に戻る方法なんて、今のところ見当もつかない。手がかりゼロの状況で、いつ戻れるかも分からない過去に怯えてウジウジ悩むなんて、非合理的で時間の無駄以外の何物でもない。
それなら――。
(これ、合法的に女の子ライフを満喫できる、人生最大のボーナスステージなんじゃないか!?)
昨日の放課後、親友と語り合った言葉が脳裏に蘇る。
『男の世界がただの灰色なら、女子の世界はそれ自体が鮮烈な色彩そのものなんだよ』
そうだ。僕は男子校という無彩色の牢獄で、女子という彩り豊かな存在に密かに強い憧れを抱いていたのだ。
可愛い服、いい匂いのシャンプー、お洒落なヘアアレンジ、華やかなスイーツ。
男のままなら一生体験できなかった未知のワンダーランドを、中身が十七歳男子の僕が、正真正銘の美少女の肉体でエンジョイできるのだ!
「最高じゃないか……! 悩んでる暇なんてない、楽しまなきゃ大損だ!」
僕は勢いよく立ち上がると、部屋のクローゼットの扉を両手でバッと観音開きにした。