男子校育ちのボクが小6女子にTSしたらクラスで一番女子力が高かった件 作:間瀬凪
色鮮やかな春の通学路。
すれ違う低学年の女の子たちが、「あ、郁実ちゃんだ、可愛い……」「あのスカート、ふわふわしてる!」と囁き合っているのが耳に届く。
ふふん、見惚れるがいい。今日の僕は、春の妖精と言っても過言ではないのだから。
歩くたびに、アイボリーの細プリーツスカートがさらさらと肌を撫で、ラベンダー色のカーディガンが春風にふわりと揺れる。
男子のズボンでは決して味わえない、この開放感と布地の優雅なスイング。
背中には艶やかな深紅のランドセル。後頭部でまとめたハーフアップの黒髪が、ピンクのリボンとともに軽やかに跳ねる。
意気揚々と坂道を登り、小学校の校門をくぐった。
昇降口で白い上履きに履き替え、真新しい木の匂いが漂う廊下を通って目指す教室へ。
――『6年2組』。
引き戸をガラガラと開けると、教室は新学期のクラス替え特有のざわめきに包まれていた。
春休みのゲームの話で盛り上がる男子たち。
黒板の前で新しい担任の噂話をする女子たち。
男子校育ちの僕にとって、同じ空間に「女子」が存在しているというだけで、すでに致死量のマイナスイオンを浴びているような心地だ。
(ああ……これが共学の教室! なんと華やかで甘やかな空間か……!)
僕がうっとりとその空気を吸い込んでいた、その時だった。
「――おーい、郁実ーっ! こっちこっち、同じクラスじゃん!」
教室の奥から、元気いっぱいの声が響いた。
窓際の席から大きく両手を振っているのは、肩の上で切りそろえた快活なショートボブの女子。
胸に大きく英字ロゴが入った水色のスウェットに、膝丈のカーゴハーフパンツ。
堀越菜摘(ほりこし・なつみ)。幼稚園からの腐れ縁で、近所に住む幼馴染だ。
菜摘は机の間をパタパタと駆け寄ってくると、僕の肩をポンッと親しげに叩いてきた。
「わっ!?」
「よかったー、また郁実と同じクラスだね! 今年もよろしくね……って、ええっ!?」
僕の姿を間近で捉えた瞬間、菜摘の目が点になった。
彼女は二歩ほど後ずさり、まじまじと僕を上から下まで見つめ、顎を落とした。
「ちょ、ちょっと郁実……!? あんた、今日どうしたのその格好!? 髪の毛ハーフアップにしてリボンなんか付けちゃってさ! それにそのスカート! ふわふわしてて、どこかのお嬢様みたいじゃん!」
「あ、ああ……うん。今日から六年生だし、ちょっと気分を変えて、春らしく可愛くコーディネートしてみたんだ。どうかな、ボクのイメチェン?」
僕が照れ隠しに頬をかきながら言うと、菜摘はパチパチと目を瞬かせた。
「……えっ、いま『ボク』って言った!? 春休みに『もう六年生なんだから自分のこと「いく」って呼ぶの直しなよ』とは言ったけど、そっちに行ったの!?」
「う、うん。『わたし』はどうも言い慣れなくて舌を噛んじゃうし……ほら、『いく』と『ボク』ってちょっと似てない? 最後の『く』も同じだし」
「似てるの最後の一文字だけでしょ! ……まあ、見た目はお嬢様っぽいのに一人称が『ボク』なのは、なんかカッコ可愛いからいいけどさ。……って、そうじゃなくて! 郁実、今日そのスカート履いてきて大丈夫なの!? 放課後ドッジボールやるのに!」
「……え?」
ドッジ、ボール?
僕がぽかんとしていると、菜摘は腰に手を当てて言った。
「え? じゃないよ! そんな可愛いスカート、砂ぼこりで汚れちゃうし、めくれたりして動きにくいじゃん。……まあ、ちゃんと下に黒の見せパン履いてるならいいけどさ」
「……み、見せパン?」
僕が聞き返すと、菜摘は不思議そうに小首をかしげた。
「そうだよ。スカートの下に履く黒い一分丈スパッツ。まさか郁実、履いてないの?」
(み、見せパン……!? 黒の一分丈スパッツ……あっ!!)
言われた瞬間、十一年間の女の子の記憶の引き出しから『スカートを履く日は、鉄棒や風でめくれても下着が見えないように黒いスパッツを重ね履きする』という小学生女子の常識が弾き出された。
だが、これまでの僕はずっとデニムや短パンばかり履いていたせいで、その習慣が身体に染み付いていなかったのだ。おまけに今朝は、十七歳男子の感覚で『憧れのプリーツスカートだ!』と浮かれきっていたため、スパッツを重ね履きするという発想自体が頭からすっぽり抜け落ちていた!
朝の着替えの記憶をプレイバックするまでもない。……履いていない。
僕が今、アイボリーのプリーツスカートの下に身につけているのは、朝一番に恐る恐る履いた、淡いパステルピンクのジュニアショーツ――ただ一枚きりだ。
(……いやまあ、中身の感覚は男子高校生だから、パンツの一枚くらい見えたところで別に減るもんじゃないんだけどさ。それより、せっかく綺麗に着こなしてきたばかりのアイボリーのスカートで、砂ぼこりまみれのドッジボールなんか絶対にやりたくないぞ……!)
「あ、あの……始業式の初日だし、そもそもドッジボールなんて……」
「当たり前でしょ! 始業式なんて午前中で終わるんだから、放課後は男子も女子もみんなでドッジボールやるに決まってんじゃん! 男子の剛速球をノーバンでキャッチしてギャフンと言わせるって、春休み前から約束してたでしょー?」
「…………」
――ガチドッジボール?
――男子の剛速球を、ノーバンでキャッチ……?
僕の頭の中にあった『可憐な女子小学生像』が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。
女の子って……放課後に友達とお洒落な文房具を見に行ったり、カフェでお茶したり、好きなアイドルの話でキャッキャウフフするものじゃないの……?
「な、菜摘ちゃん……女の子が初日からドッジボールなんて、そんな……」
「何言ってんの、春休みの間に練習してきたんだから! ほら、郁実の席は私の隣だよ。早く荷物置きなよ!」
菜摘に腕を引っ張られ、窓際の席へと連れて行かれた。
荷物を下ろしながら、僕は周囲の女子たちを観察してみる。
斜め前には、おとなしそうな篠原実来(しのはら・みく)が座っていた。ふんわりとした三つ編みで、いかにも清楚系美少女な佇まい。
(おお、あの子なら僕の春色コーデを理解してくれるはず……!)
そう期待して目を向けると、実来は机の上に広げた分厚い本を、真剣な眼差しで食い入るように見つめていた。
(読書好きな文学少女かな? 知的な雰囲気も素敵だ……って、あれ?)
表紙をよく見ると、児童文学どころか『オンラインRPG完全攻略・モンスタードロップ確率大全』。辞書のような厚みのページには、無数の付箋がびっしりと貼られている。
「……やっぱり昨日のレイドボス、ドロップ率〇・五%かぁ……渋すぎる。放課後、誰か周回付き合ってくれないかな……」
清楚な見た目から漏れ出るガチゲーマーの呟きに、僕は乾いた笑いを浮かべるしかない。
前方では、ちょっとおませな芹沢梨々花(せりざわ・りりか)が女子数人と談笑中だ。ティーン向け雑誌のモデルを真似た大人びたキュロット姿。
ふと視線が合い、僕のリボンと淡いカーディガンを捉えた瞬間――梨々花はパチパチと目を瞬かせ、何か言いたそうに頬を膨らませてそっぽを向いた。
(な、なんだ今の視線は……!? 僕のコーデ、お洒落女子のお眼鏡には適わなかったのか……!?)
男子たち(ドッジ番長の磯部駿たち)も、「なんか今日の柏木、やけに可愛くねえか……?」「直視できねえよ……」と遠巻きにソワソワしている。
(……野生児に、ガチゲーマーに、お洒落のライバル意識。女子の教室、男子校より人間関係の難易度が高すぎないか……!?)
冷や汗を流していると、恰幅のいい男性担任・大河原先生がガラガラと教室に入ってきた。
「おーい、席に着けー! 始業式を始めるぞー!」
***
体育館での始業式を終え、教室に戻ると真新しい教科書が配られた。
大河原先生が教壇でパンパンと手を叩く。
「よし! じゃあ六年生最初の小手調べとして、春休みの復習プリントを配るぞ! 算数だ。制限時間は二十分!」
教室中から「ええーっ!」「初日からテストかよー!」とブーイングが飛ぶ中、手元にプリントが届いた。
大問1:分数の掛け算・割り算。
大問2:直方体と立方体の体積。
大問3:小数の四則演算と文章題。
(…………)
僕は天を仰ぎそうになった。
僕の脳内CPUは、進学校で学年三位を涼しい顔で叩き出し、高二の時点で既に大学入試の過去問をパズル感覚で解き漁っていたハイスペック仕様だ。難関大レベルの微積分や複素数平面を日常的に処理していた頭脳にとって、小6の算数など――。
(秒殺どころか、まばたきしてる間に終わってしまうんだが……!)
カリカリとペンを走らせる。
分数の割り算は逆数を掛けるだけ。体積は暗算三秒。文章題も鶴亀算の要領で即答。
開始三分、僕の解答欄は寸分の狂いもない数式で埋め尽くされた。
(暇だな……。女子たちの可憐な勉強風景でも眺めるか)
そう思って隣の菜摘を見ると。
「う〜〜ん……! 分数の割り算って、どっちひっくり返すんだっけ!? 前だっけ、後ろだっけ……!?」
菜摘は頭を抱えながら、プチッとシャープペンの芯を折っていた。
前の女子二人組は、消しゴムカスを猛烈にこすり合わせて特大の練り消し作りに没頭している。
(僕の夢見た『知的な乙女たち』はどこへ行ったんだ……!?)
「先生、できました」
静かに手を挙げ、教壇へプリントを提出する。まだ五分も経っていない。
「ん? もうできたのか? どれどれ……」
大河原先生の赤ペンが走る。シュッ、シュッ、シュッ――。
「……おいおい、全問正解だぞ。しかも途中式まで完璧に美しい。柏木、春休みに予習してきたのか!?」
「あ、いえ……普通に解いただけです」
僕が控えめに微笑むと、教室中がどよめいた。
「すげえ、柏木もう終わったの!?」「あいつ、いつの間にあんな頭良くなったんだ……!?」
ふふん。可憐なボクっ娘美少女にして、頭脳明晰な秀才。
勉強面での無双に、僕は密かに胸を張った。
***
「――帰りの会はこれでおしまい! 気をつけて帰るんだぞー!」
午前中の短縮授業が終わり、先生が教室を出ていく。
優雅に帰宅しようとランドセルに手を伸ばした、その瞬間だった。
ガタッ!
隣の菜摘が、勢いよく立ち上がった。
「よーっし、放課後だーっ!」
菜摘は満面の笑みで腕をぐーんと伸ばすと、教室の男子たちに向かって元気に声を張り上げた。
「磯部ーっ! 約束通りドッジボールやるよ! グラウンド集合ね!」
「おう、待ってろよ!」「今日こそ女子チームに勝つからなーっ!」
磯部駿率いる男子たちが、机の間を縫って元気に教室を飛び出していった。春の校庭へと駆けていく小学生たちの賑やかな声。
(うわぁ、みんな元気良すぎる……!)
圧倒されてそっと教室から抜け出そうとした僕の手首を、キュッと菜摘の手が掴んだ。
「……へ?」
「どこ行くの郁実? 郁実も一緒にやるんだよ!」
「えっ!? いやいや、ボクは今日は見学で……せっかくお洒落してきたのに、スカート汚れちゃうよ!」
「えーっ、郁実がいないと人数足りないじゃん! あっ、でも今日見せパン履いてないんだっけ……まあ大丈夫大丈夫! 後ろの方にいて手で押さえてれば平気だって!」
「いや、そういう問題じゃなくて、この服でグラウンド走り回るのがイヤなんだけど!?」
僕の必死の抵抗も虚しく、菜摘にぐいぐい手を引かれてグラウンドへと連れ出されてしまった。
(だ、誰か助けてぇぇぇーーっ!!)
元男子校生・柏木郁実の、可憐で平和なお嬢様ライフの夢は――春風吹き抜ける校庭の賑わいの中へと、あっけなく巻き込まれていくのだった。