隣の苦労人JKと電柱から生まれた赤ん坊を育てることになりました 作:みたらし団子!!
「……ん、寝てたか……」
話し合いの最中、俺は机に突っ伏して寝てしまっていたようだ。
「……トイレ行こ……」
重い身体を起こし、立ち上がってトイレに向かう。
用を足していると、リビングの方から話し声が聞こえてきた。
「ふぁ〜……旭、おはよ……う。あれ? 旭? なんでいないの……?」
彩葉の寝ぼけたような声がする。
「まさか……逃げた?」
そんなはずはないだろ、逃げたら後が怖いし……
「トイレだトイレ!」
なんか怖くなってきたのでトイレから酒寄に叫ぶ
「なんだ、トイレか」
「ふぁ〜……彩葉おはよ〜」
ふにゃふにゃした声でかぐやが起きてきたようだ。
「あれ!! 旭?」
かぐやが俺を探す気配がする。
「大丈夫よかぐや、あいつトイレに行っただけだから」
「よかった〜」
ホッと息を吐くかぐやの声を聞きながら、俺はトイレを出てリビングへと戻った。
「みんな起きたか? おはよう」
俺が声をかけると、かぐやが勢いよく向かってきて抱きついた。
「旭〜! おはよう〜!」
「……なにそれ、ズルい」
横から彩葉の小さな呟きとジト目が飛んでくるが、俺はあえて気づかないフリをした。
「うわっ! 朝から元気すぎだろ……」
めんどくさそうな顔を作りつつも、俺はかぐやの頭を優しく撫でる。当のかぐやは「〜♪」と嬉しそうに鼻歌を歌いながら笑っていた。
「よしよし。とりあえずお腹空いただろ。朝ご飯作るから離れてくれ」
俺がそう言うと、かぐやは「はーい!」と素直に腕を解いた。
俺は手際よく冷蔵庫から材料を取り出し、トーストを焼きながら簡単な目玉焼きとスープを作り始める。
旭が料理をしているのを見ていると昨日のことを思い出す
あの日、ボロアパートの廊下で、勝手に遠ざかろうとする旭を引き止めた日のことを思い出す。
『勝手に気を使って、勝手に遠慮して……ッ! なんで一人で決めつけるのよ……ッ!』
あの時、涙を流してでも引き止めて本当によかった。今こうして当たり前に自分の目の前で料理を作ってくれている旭の背中を見つめながら、彩葉は静かに胸を撫で下ろす。
強引に部屋へ連れ戻したあの日、もう二度とあいつを逃がさないと決めたのだ。
「はい、できたぞ。冷めないうちに食べよう」
「わぁ〜! 旭の朝ご飯だー!」
「いただきます!」
三人で並んでテーブルにつき、朝食を口に運ぶ。
かぐやが美味しそうにパンを頬張り、彩葉もほっとした表情でスープを飲んでいた。一度は失われかけたこの温かい日常の風景に、俺は静かに安堵の息を吐くのだった。
俺達はご飯を食べ終わり、机を囲う様に座る。
「それじゃあ……昨日話し合ったことの確認ね」
彩葉がそう言うと、昨日書き込んだメモ帳を開いた。
「まず初めに、かぐやが配信で大事な報告がある事をいう」
「その次に俺達が出てきて……」
「声出しってわけだね!!」
かぐやが身を乗り出す。
「そう……そして、裏方さんが出なくなった理由と、あさPって名前に変わった理由を話す」
「……そうだな」
俺が少し強張った顔で頷くと、彩葉は力強く言い放った。
「何ビビってんのよ。まぁ任せなさい、リスナーがどんな反応したって私たちが全部丸め込んでやるんだから」
「そうだよ!! 旭はずっと一緒だからね!」
「……そうだな、ありがとう」
「もし、アンチが来たらいかに私たちが悲しんだかを全部言ってやる」
なんかすごいカッコいい顔で言ってるんですけど……。
そして迎えたお昼。配信開始の時間がやってきた。
「みんな〜! こんかぐや〜! 今日はね、すっごく大事なお知らせがあるんだよ!」
かぐやの明るい声が響くと、待機していた大勢のリスナーから一気にコメントが流れる。
『こんかぐやー!』
『大事なお知らせ!?』
『結婚!?引退!?なんだなんだ!?』
「ふふん、違うよ〜! 実はね……いつも影で私を支えてくれてる、裏方さんといろPが、今日から声出しで出演してくれます!」
その言葉を合図に、俺と彩葉は挨拶をする。
「……どうも、裏方さんです」
「いろPです」
直後、コメント欄の流れる速度が爆発的に跳ね上がった。
『うおああああああ!?』
『声良っ!!??』
『裏方さんイケボすぎるんだが!?』
『いろPさんの声も最高……!』
『裏方さん&いろP声出し!?神回確定!!』
リスナーの熱狂を画面越しに感じながら、かぐやがさらに声を弾ませる。
「そしてそして! もう一つ大事なお知らせです! なんと今日から、裏方さんは『あさP』に名前が変わります!!」
『あさP!?』
『え、なんで急に!?』
『一時期いなかったのと関係ある??』
「そう!! まずは皆が疑問に思ってた『なんで一時期裏方さんが出なくなったのか』についてなんだけど~」
「これはね~裏方さんが『自分が男だとバレたら炎上する』って考えて離れたことが原因なの!」
「最初はみんなも知ってる通り色々手伝ってくれたけど、だんだん配信に来なくなったっしょ?」
「かぐや達も最初は忙しいなら仕方ないよねって思ってたけどさすがに何週間も経てば鈍感なかぐやちゃんも気づいたよね~」
「連絡しても「忙しいからごめん」って何度断られたか....すっごい悲しかったんだから!!」
「うぐっ」
「まぁ? 結果的に戻ってきたから結果オーライ!!」
「なんで戻ってきたかって? それはね~いろPの泣き落としだよ!!」
『ファッ!?』
『あのクールないろPが泣き落とし!?』
『嘘だろwww』
『てぇてぇぇぇぇぇ!』
『kwsk!!もっと詳しく!!』
鼓膜ならぬ網膜を突き破らんばかりの勢いで流れるコメントの滝。
俺は隣でプルプルと震えている張本人にジト目を向けた。
「……いろP、あんなこと言われてるけどいいのか?」
俺が横から突っ込むと、彩葉は腕を組んでそっぽを向いた。
「もちろん」
「……お前、顔赤いぞ?」
「うっさい」
『顔真っ赤ないろP想像して萌え死んだ』
『てか裏方さん、いろP泣かしたんか! 許せねぇ!ww』
『あさPといろP仲良すぎだろww』
『男バレ炎上警戒してたのに、ただのイチャイチャ空間じゃねーか!』
俺と酒寄のやり取りを見たコメント欄は、炎上どころか大爆笑と謎の温かいイジりで埋め尽くされていた。俺が男であることへの反発など、かぐやの暴露といろPの赤面の前には完全に霞んでしまっている。
「ちょっとあさP!? あんたまでニヤニヤしてんじゃないわよ!」
「いや、だってあの時の必死な顔思い出したらさ」
「あああああっ! もうストップ! それ以上言ったらマジでその頭にキーボード叩きつけるからね!?」
「お、おう……悪かったって」
顔を真っ赤にして本気で怒り出す酒寄に、俺は思わず苦笑して両手を上げる。
その様子を見て、かぐやがお腹を抱えて笑い転げていた。
『あさPよわいww』
『この三人、バランス良すぎだろ』
次々と流れるリスナーからの温かいコメント。
男だとバレたら、絶対にアンチが湧いてかぐや達の居場所を壊してしまう。そう怯えて一人で勝手に身を引いた俺の杞憂を、この二人はこんなにもあっさりと、ふっ飛ばしてくれたのだ。
胸の奥にじんわりと熱いものが広がるのを感じながら、俺は視聴者に向かってスッと息を吸い込み、真面目な声色に切り替えた。
「……えー、リスナーの皆さん。改めて、今日から裏方さん改め『あさP』になります」
俺が静かに話し始めると、二人がスッと口を閉じ、コメント欄の流れる速度も少しだけ落ち着いた。
「かぐやが言った通り、俺は自分が男だとバレて、二人に迷惑がかかるのが怖くて一度逃げました。でも、かぐやと……いろPが、バカみたいに全力で俺を引き戻してくれたんです」
「こんな最高な二人が、俺を必要だと言ってくれた。だからもう、絶対に逃げません」
「これからアンチが来ようが何が起きようが、俺が裏から二人を全力で守ります。 リスナーの皆さんも、どうかこれからの『新生・かぐやいろPチャンネル』をよろしくお願いします!」
一瞬の静寂の後。
画面の右側を、今日一番のすさまじい勢いでコメントの滝が流れ始めた。
『あさP……!!』
『かっけええええええ!!』
『男だろうが関係ねぇ! かぐやちゃんたちを頼んだぞ!』
『泣いた。お前ら一生一緒にいろ』
『最高のチームじゃん……アンチなんか俺らが追い払ってやるよ!』
熱狂するコメント欄を見つめながら、酒寄が隣でふっと優しく微笑む気配がした。
そして、真ん中に座るかぐやが、満面の笑みでリスナーに向けて元気に叫ぶ。
「っていうわけ! だからみんな、今日から私たち三人をよろしくねーーっ!!」
「それじゃあみんな、また次の配信でね! おつかぐ〜!」
かぐやの元気な挨拶とともに、配信ソフトの『終了』ボタンが押される。
つい数秒前までコメントの滝が流れていたモニターが静止し、部屋の中にふっと静寂が訪れた。
「……終わった……」
俺は全身の力が抜け、そのままぐったりと床に倒れた。
緊張でこわばっていた筋肉が一気に弛緩し、大きなため息がこぼれる。
「大・成・功ーっ!!」
バンッ! と勢いよく立ち上がったかぐやが、そのまま背後から俺におおいかぶさるように抱きついてきた。
「うおっ、おいかぐや、危ないって……!」
「えへへ〜! コメント欄、すっごく温かかったね! 旭、もう全然心配ないじゃん!」
その声は心の底から嬉しそうで、俺は半分呆れながらも、回された彼女の腕をポンポンと優しく叩いた。
「……ああ。本当に、お前らのおかげだ」
ふと視線を横に向けると、酒寄がモニターに映る配信のアーカイブ画面をじっと見つめていた。その横顔は、いつもの気の強い彼女からは想像できないほど、穏やかで……どこかホッとしたような表情をしている。
「……酒寄」
「……なに」
「その、なんだ。……色々と、ありがとな」
俺が誤魔化さずに素直な礼を口にすると、酒寄はビクッと肩を揺らし、慌ててそっぽを向いた。
「べ、別に! 私はただ、三人で配信をしたかっただけだし!!」
「はいはい、そういうことにしとくよ」
「なによその言い方! ……それにしても」
酒寄はくるりとこちらに向き直ると、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「『これからアンチが来ようが何が起きようが、俺が裏から二人を全力で守ります』……だっけ? いやー、あさPプロデューサー様は言うことが違うわねー!」
「っ!? お前それ絶対言うな!」
「『俺を必要だと言ってくれた! だから絶対に逃げません!』くぅ〜っ、痺れる〜!」
「やめろ! 配信のテンションでつい出ちゃっただけだろ!」
顔から火が出そうになる俺を見て、かぐやがケラケラと笑い声を上げる。
「あはははは! 旭、顔真っ赤!」
「うるさい! お前らだって泣き落としのこと散々イジられてただろ!」
「私はノーダメージだもんねー!」
「んなっ! 旭のバーカ!」
ワイワイと騒がしい部屋。
男である俺が表に出ることで、すべてが壊れてしまうんじゃないか。そんな俺の勝手な恐怖は、この騒がしくて温かい時間の中に完全に溶けて消えていた。
「……よし!」
俺は照れ隠しにパンッと手を叩き、勢いよく立ち上がった。
「今日は新生チャンネルの門出を祝って……夜はちょっと豪華に打ち上げでもするか!」
「賛成ー!! お肉がいい! 焼肉!」
「私はお寿司がいいな。回らないやつ」
「お前らな……まぁ、今日くらいは奮発してやるか」
俺たちは顔を見合わせ、三人で同時に吹き出した。
ここからが、俺たちの本当のスタートだ。
もう迷わないし、逃げ出したりもしない。
この騒がしくて温かい大切な居場所を、かぐやと彩葉を、俺が一番近くで支えていくんだと、心の中で静かに、けれど強く誓ったのだった。
※引退しません