隣の苦労人JKと電柱から生まれた赤ん坊を育てることになりました 作:みたらし団子!!
なんか自分の想像と全然違う展開になってしまった.....
でもいろろかのことはあきらめてないです....!!!
俺はやるぞぉーー!!
静まり返る廊下。
直球すぎる問い詰めと、思いがけず目にしてしまった酒寄の涙に、俺は差し込んだ鍵を持ったまま、息を呑んで固まってしまった。
手元に残る鍵の冷たさだけが、嫌にリアルに伝わってくる。
呼吸すら忘れて固まる俺と、ボロボロと涙を流す酒寄。重苦しい沈黙が二人を包み込んだ、その時だった。
ガチャリ、とドアノブが回る無機質な金属音が響き、目の前のドアが開いた。
「——彩葉、帰ってきたの? なんだか外が騒が…しい…」
呑気に顔を出したかぐやが、廊下に漂う尋常じゃない空気を肌で感じ取り、ぴたりと動きを止める。
立ち尽くす俺の姿と、その前で肩を震わせ、ポロポロと大粒の涙を零している彩葉。
予期せぬ光景を目にしたかぐやは、息を呑んで大きく目を丸くした。
「えっ、彩葉!? なんで泣いて……っ、あ...旭...」
「か....かぐや...」
「旭が……旭が勝手に……ッ!」
しゃくりあげながら感情を爆発させる彩葉の声が、薄暗いアパートの廊下に響き渡る。
「あっ、待って!彩葉...お話なら部屋に入ってしよう?...ね?」
このまま押し問答をしていれば近所迷惑どころか、もし誰かに見られたらそれこそ変な噂が立ちかねない。状況を察したかぐやが慌てて彩葉の肩を抱き寄せ、さらには固まっている俺の腕を強引に掴んで、二人の部屋の中へと引きずり込んだ。
パタン、と扉が閉まり、カチャリと鍵がかけられる。
室内に入った途端、外の静けさとは対照的な、息が詰まるほどの緊張感が部屋を包み込んだ。
「……彩葉、大丈夫? ほら、ティッシュ」
かぐやが心配そうに差し出したティッシュを、彩葉は黙って受け取り、目元を強く押し当てる。だが、一度溢れ出した涙は簡単には止まらないようだった。
俺は玄関のたたきに立ったまま、靴を脱ぐことすらできずに佇んでいた。
部屋の中には、以前俺が手伝って組み立てた配信用の物や、三人でくだらない話をしたり、ご飯を食べたローテーブルがある。かつては当たり前のように過ごしていたその空間が、今の俺にはたまらなく息苦しい。
「……旭」
かぐやが目をウルウルさせ俺に聞いてくる。
「旭...かぐやたちのこと……嫌いになったから遠ざかってたの……?」
「違うよね?...忙しいからしょうがなかったんだよね?...ねぇ..」
「また一緒に配信しようよ...また一緒にご飯食べようよ...」
「それとも...もうかぐや達と一緒にいるのは嫌になった...?」
「!?ちがっ……嫌になるわけないだろ!!」
思わず強い声が出た。それだけは、絶対に誤解されたくなかった。
だが、その言葉を聞いた酒寄が、ティッシュを握りしめたままバッと顔を上げる。その瞳には、なおも激しい感情が宿っていた。
「じゃあなんでよ……! 嫌じゃないなら、なんで避けるの!? ご飯誘っても断って、勉強を手伝おうとしても断って……っ! 芦花たちの言ってた通り、私たちが有名になり始めたから……男の影にならないように身を引こうとしてたんでしょ!?」
鋭く突きつけられた核心に、俺は声を出せなくなった。
図星だった。
二人のチャンネルが伸び、路上ライブが大成功を収め、名実ともに「人気ライバー」として歩み始めた二人。
これからもっと大きな舞台へ上がっていくはずの彼女たちの足引っ張りになりたくなかった。
万が一にも「裏方に男がいる」「同居している」なんて噂が立てば、積み上げてきた努力が一瞬で無に帰してしまう。
——距離を置く。それが推したちの未来のためであり、俺というイレギュラーが物語を壊さないための最適解なのだ。
配信活動を始める前から、そう自分に言い聞かせていた。
最初の頃、配信の手伝いをするのは本当に楽しかった。二人と一緒に企画を考えたり、バカみたいに笑い合ったりする時間は、俺にとってもかけがえのない日常だったのだ。
けれど、二人の目指す「ハッピーエンド」のために、俺という存在が彼女たちの物語を壊してしまってはいけない。
二人と過ごす時間が楽しければ楽しいほど、離れなければいけないという思いは強くなっていった。だからこそ、かぐやや酒寄からの夕飯の誘いや「遊ぼう」という声を断るたび、胸が引きちぎられるような断腸の思いを抱えていたのだ。
「……俺だって……」
俺は視線を落とし、胸の奥に溜め込んでいた本音を絞り出すように口を開いた。
「俺だって、めちゃくちゃ楽しかったんだよ! 節分企画をしたり、ペットボトルロケットを飛ばしたり、ほかにもたくさんやったけど……全部、全部最高に楽しかったんだ! ……だけどっ……!」
溢れそうになる感情をなんとか抑え込み、拳を強く握りしめる。
「……二人の邪魔になりたくなかったんだよ。かぐやも酒寄も、すごい勢いで有名になって、これからもっと遠くに行く。そこに俺みたいな男が一緒にいたら、いつか変なアンチや噂に足をすくわれるかもしれないだろ? ……俺は、二人の夢や物語を壊したくなかったんだ」
「そんなの……っ!」
酒寄が足を踏みだし、俺の胸倉を掴みかねない勢いで詰め寄ってくる。
「そんなの、あんたの勝手な勘違いでしょ!?」
その一言が、部屋の中に強く響いた。
「私やかぐやが……いつ『邪魔だ』なんて言った!? いつ『離れてくれ』なんて頼んだ!? あんたは『二人のため』って顔をして、本当は自分が傷つかないように、責任から逃げるために一人で勝手に引き下がっただけじゃない!!」
「酒寄……」
「私たちが……どれだけあんたに感謝してるか……どれだけ一緒の時間を楽しんでたか……あんたは何も分かってない……っ! 20万人行こうが30万人行こうが、旭がいないと……旭と一緒に笑えなきゃ、意味ないじゃない……ッ!!」
ボロボロと溢れ出る涙を拭いもせず、酒寄は俺の胸元に拳を押し当てるようにして叫んだ。
その拳は微かに震えていて、伝わってくるのは怒りではなく、俺が遠ざかろうとしていたことに対する、痛いほどの「拒絶された悲しみ」だった。
横で見守っていたかぐやも、目元を赤くしながら静かに頷いている。
「そうだよ、旭……。かぐやもね、最近旭が遊んでくれなくて、すごく寂しかったんだよ……? かぐやが何か悪いことして嫌われちゃったのかなって、ずっと不安だったんだから……」
二人のまっすぐな言葉と、酒寄の涙が、俺の胸を強く打つ。
配慮のつもりだった。
彼女たちの未来を守るための、懸命な判断のつもりだった。
けれど俺がやっていたことは、「配慮」なんて綺麗事ではなく、ただ二人を不安にさせ、傷つけていただけだったのだと、嫌というほど思い知らされた。
「……ごめん」
気づけば、俺の口からかすれた声が漏れていた。
「ごめん……酒寄、かぐや。俺……二人の気持ち、何も考えてなかった」
小さなアパートの部屋で、俺は二人に向かって、ゆっくりと頭を下げた。
かぐやはそんな俺のかすれた声を聞くと、涙を拭いながらローテーブルの上のノートパソコンへと駆け寄り、その画面をこちらへ向けた。
「ほら見てよ、旭……! 視聴者の人だって、みんな待ってるんだよ!?」
画面に映し出されていたのは、前回の配信のコメント欄や配信の切り抜きに寄せられた大量の書き込みだった。
『裏方さんのこと恋しいんだが??』
『謎の優秀な裏方さん復帰求む!!』
『最近かぐやちゃん元気ないの裏方さんロスだろこれ……早く戻ってきて〜!』
『裏方さんがいる時の配信、マジで神回しかなかったから待ってる』
画面を埋め尽くす温かい言葉の数々に、胸の奥が熱く焦げ付くような感覚が走る。
だが――それでも、現実的なリスクが脳裏をよぎってしまう。
「でも……っ、もし俺が男だってバレたら……ファンが離れたり、変な炎上を――」
「そんなの知らない!!」
俺の心配を置き去りにするように、酒寄の叫びが部屋に響き渡った。
涙の痕が残る頬をそのままに、彼女はまっすぐに俺を睨みつける。
「そんなの知らないわよ!! 視聴者の人が何を言おうが、どう思おうが関係ない! 私たちは、旭と一緒に活動したいの!!」
「そうだよ……旭。かぐやも、旭と一緒に配信したい……!」
かぐやも力強く頷き、縋るような瞳で俺を見つめてくる。
「俺だって……俺だって二人と一緒にやりたいけど……っ!」
「……決めたわ」
俺の言葉を遮り、彩葉が意を決したようにすっと息を呑んだ。
その瞳から弱々しさは完全に消え去り、そこにあったのは全てを薙ぎ払うような、凛とした恐ろしいまでの「覚悟」だった。
「今まではかぐやしか声を出してなかったけど……私達も声出し解禁するわ」
「……なっ!?」
唐突に飛び出したあり得ない提案に、俺の思考は完全にフリーズした。
ライバーとしての身バレリスクや配信スタイルの根本的な変更を、この場のノリと勢いで決めていいわけがない。
「酒寄、お前正気か!? 声出しなんてしたら、今までと勝手が――」
「視聴者にはしっかり説明すれば済む話でしょ? 『今までサポートしてくれていた優秀な裏方さんと、本格的にチームとして活動していきます』って」
彩葉は一歩踏みだし、俺の至近距離で仁王立ちになると、不敵すら感じさせる強い口調で畳みかけてくる。
「それに……もし『なんで男が混ざってるんだ』なんて難癖をつけてくる奴がいたら、言ってやるわよ。『裏方さんが勝手に遠慮して離れようとしたから、私が泣いて引き留めたんです』ってね! 配信で全部暴露してやるわ!」
「は……!?」
「それでもしつこく叩いてくるようなアンチや無粋な輩は、片っ端から全員ブロックして永久追放よ。文句なんて言わせないわ」
「なっ……!??!?」
酒寄彩葉という女のとんでもない暴論と、それを本気で実行しようとしている恐ろしい覚悟を前にして、俺は開いた口が塞がらず、ただただ戦慄するしかなかった。
リスクを回避するために俺が身を引こうとしていたのに、当の本人たちは「噂になるくらいなら、最初から旭を巻き込んで全員で表に出て、文句を言う奴は全員叩き潰す」という、あまりにも攻撃的な解決策を叩きつけてきたのだ。
「……旭。これで言い訳は通じないわよ?」
涙の残る目元を少し赤くしながらも、絶対に逃がさないと言わんばかりの強い瞳で、酒寄は俺の胸元を人差し指でツンと突いた。
「お前ら……無敵すぎるだろ……」
呆れと、そして胸の奥から込み上げてくる強烈な感動が混ざり合った吐息が、俺の口から漏れ出た。
ライバーとしての未来も、炎上リスクも、世間の目すらも全部まとめて薙ぎ払って俺を連れ戻そうとする二人の破天荒な覚悟。そんなの、参ってしまうに決まっている。
自分の過剰な配慮や格好つけが心底くだらなく思えるほど、ふたりのまっすぐで重すぎる熱量が俺の迷いを完全に打ち砕いていた。
「……わかったよ。俺の負けだ。もう二度と変な遠慮して離れようなんて思わない」
そう口にして降伏を宣言すると、酒寄は満足そうに鼻を鳴らし、かぐやもぱぁっと表情を輝かせた。
ようやく重苦しい空気が霧散し、俺も深く息を吐き出す。気まずさと疲れでドッと身体が重くなり、差しっぱなしにしてきた自室の鍵のことも思い出して、俺はドアの方へと向き直った。
「じゃあ……話はひとまずまとまったし、俺も一旦自分の部屋帰るわ」
「――は? どこ行くの?」
ガシッ、と強い力で腕を掴まれ、背筋に冷たい悪寒が走った。
振り返ると、そこには涙を拭ったばかりの酒寄が立っていた。
その瞳からは先ほどまでの弱々しさも熱量も消え失せ、光の宿らないハイライトの消えた暗い瞳で、俺を逃がすまいとじっと見つめ返してきている。
「え……いや、どこ行くのって、自分の部屋に――」
「逃がすわけないでしょ。せっかく捕まえたのに」
「逃げるつもりなんてないって! 単に着替えたり鍵抜いたり――」
「ダメ。また部屋に引きこもって『課題がある』とか言って鍵かける気でしょ。信用してないわ」
「疑心暗鬼がすぎるだろ!?」
焦る俺の横で、かぐやがパタパタと駆け寄ってくると、反対側の腕にしっかりと抱きついてきた。
「そうだよ旭! どこにも行っちゃダメ! かぐやね、久しぶりに旭のご飯食べたい!!」
ウルウルとした瞳で俺を見上げてくるかぐやの追撃。
胃袋を直接狙い撃ちにするような素直な甘えに、俺の理性は完全にノックアウトされた。
「……旭のご飯、最近全然食べてないんだよ? ずっと食べれなくてかぐやの胃袋が泣いてるんだから!」
「……私も、あんたの作ったご飯食べたいわ。ちゃんと責任取りなさい」
真っ黒な瞳のまま強硬に腕を引っ張る酒寄と、お腹を減らして全力でまとわりついてくるかぐや。
完全に左右を挟まれ、もはや自室へ戻る選択肢どころか、靴を脱ぐことすら強制される流れになってしまった。
「……はいはい、わかりましたよ。作ればいいんだろ、作れば!」
両手を上げて降伏すると、二人は一転して「やったぁー!!」と顔を見合わせて歓声をあげた。
さっきまで泣いて怒って暴論を吐いていたとは思えない現金な変わり様に、俺は「やっぱり無敵すぎる」と、今度こそ心の底から呆れて苦笑するしかなかった。
(´゜∀。`)